25.Workin' Day and Night

ちらりと時計を見ると、3時半だった。
そろそろメールをチェックした方がいいし、仄香に何か食べさせなければならない時間だ。

「仄香、少し仕事がある。スタバへ行くぞ。そこで好きな物を頼め。俺も適当に食べながら、仕事を済ませる」
「ええっ!?ごめんなさい…。お仕事なのに」
「気にするな。Macを持って来てるから大丈夫だ」
「ああ、その封筒みたいな革のケース、中にパソコン入ってたんだ?」
「Macだけどな。BootCampでWindows7も搭載してるから便利だぜ?法人担当に最高スペックにカスタムメイドさせたから、快適だ。お前ぇも学割利くうちに買っておけ。数万円は額が変わるし、Mac Book Airはやっぱり軽い。Macくらい買ってやるから、卒論に手を着ける前にMacに慣れておけ。どうしてもWindows向けのソフトが多いが、iPadやiPhoneとの親和性が高いから、うちの会社はPCからMacへ移行してBootCampでWindowsを搭載する予定だ。俺の右腕になるなら、在学中にMacは使えるようになれ。別にiPhoneはいらねぇけどな。iPod touchで十分だ」
「Windowsしか分からないや…。出来るかなぁ?」
「iPod touchかiPadで初めは慣れればいい。ただし、Flashが使えねぇから、Macの方がWebの閲覧は便利だな。さぁ、着いたぜ。俺はスタバラテ、トールとスコーンな。席を確保して来るから好きなの頼んで来い」

仄香に5千円を渡して、俺は奥のテーブルへ着き、荷物を置いてMacを立ち上げた。
部署内のメールに目を通して、ふざけた奴には釘を刺すメールを書いて、取引先とのやり取りをざっと読んだ。
機密に関わりそうなファイルは夜確認すると綱元にメールを書いて、当たり障りのないスライドを開いて、プレゼンテーションの確認をした。
アニメーションに凝ってる割に、肝心な内容の詰めが甘い。
担当者に、スライドの構成を端的に指示して、アニメーションに凝る暇があれば、もっとプレゼンの内容に頭を使えと指示をして、溜息を吐いた。
そして、プレゼンの原稿の添削をしてそれも送り付けると、仄香の気配を前に感じて目を上げた。

「小十郎、仕事してる時の顔、別人だね…。すんごい頭が回転してる感じがしたよ?」
「ああ、下らない仕事とそうでない仕事があってな、それを見極めて緩急をつけないと仕事にならねぇからな。今日は休暇だが、取引先へプレゼンに行くチームがあるから指示してただけだ。ソフトウェアが便利になると、見た目だけ凝って中身のないスライドを作る奴がいて、それでイラついてた、悪かった」
「もう、お仕事はいいの?」
「今の所な。どうせ15分で終わらせるつもりだったから丁度良かった。スタバの待ち時間って大体それ位だからな」
「そこまで計算してたんだ…。やっぱり小十郎はすごいね!」

仄香は感心したように吐息を吐いて、俺の前に座った。
プレゼンの指示が終われば、後はiPod touchでどうとでもなる。
俺はMacの電源を落として片付けた。

「帰ってから、もう一度ファイル類と作り直させたスライドの確認だな。それまではiPod touchでメール確認だけでいいから気にするな。それも余程の事がない限り、さっきのメールで十分だろ。これで数時間はゆっくり出来る」
「良かった!何か、小十郎、本当にカッコいいなぁ。仕事が出来る男って感じで。そりゃモテるよねぇ」
「だから迷惑してるんだ。一息入れたら喫煙所で一服してからさっさと買い物済ませて銀座だ。まぁ、俺は選ぶの速いから、そんなにかからねぇな」
「うっ、ごめん、遅くて」
「お前ぇはゆっくりでいい。着飾ったお前ぇを見るのは俺の楽しみだからな。だから、お前ぇは何も気にしなくていい」

仄香の頭をよしよしと撫でると、仄香はホッとしたように笑った。
そして、ケーキを食べながらコーヒーを飲み始めた。
俺もやっと一息吐いてコーヒーを少し飲んで、ゆっくりと軽い食事を済ませた。

「仄香、悪かったな。東京に戻ったらまともなメシを食わせてやるから」
「ううん、いいの。こういうデート初めてだから嬉しいし、ケーキがあれば夜まで大丈夫だもん」
「お前ぇ、マリー・アントワネットか?パンがなければケーキを食えばいいって」
「あはは!小十郎、上手い事、言うね!うん、別に、夜も小十郎の部屋でゆっくり出来ればいいし」
「そうか?なら、デパ地下で適当に何か買って帰って部屋でのんびりするか?」
「うん、その方がいいな。あ!部屋着とかどうしよう…」
「取りに帰ってもいいが、面倒ならここで買って行け。待っててやるから。どうせ俺の部屋に置くつもりなら、新しいの買ってもいいだろう」
「うん…。ああ、でも何か恥ずかしい…」
「お前ぇの好きにすればいい。どうせ家は隣りだしな。別に取りに帰っても俺は構わねぇ」
「うー。やっぱりここで買う。…不測の事態のために…」

俺は思わず笑ってしまった。
昨日、あれだけ大胆だったのに、恥らうなんて今更だ。

「クッ…不測の事態か。まぁ、俺もお前ぇに誘惑されたら、もう拒めねぇからな。自分で考えて、お前ぇの好きにしたらいい。ここを出たら、お前ぇは部屋着を買って来ればいい。俺はアルマーニとエトロに行った後は、喫煙所で時間を潰してるから。女ってそういうの時間がかかるんだろ?まだ4時前だ。とにかく4時半までには決めて来い」

俺は、胸ポケットからマネークリップを取り出して、3万円挟んで仄香に渡した。
正直、女の下着の値段なんて知らねぇが、まぁ足りるだろう。
仄香はそっと中身を見て頬を染めた。
…何でそこで赤くなるかさっぱり分からねぇ。

「えーと、小十郎…?」
「なんだ?」
「これって、あの、その、えーと、なるべくセクシーなのを買って来いって事…?」
「いや、相場が分からねぇから適当に渡しただけだが?そういうものなのか?」
「ううん、いいの、何でもないの。そっか、小十郎は知らないんだ」
「ほぅ…。セクシーな物ほど高いって事か、知らなかったぜ。流石に女物ばかり売ってる売り場には行かねぇからな。フェラガモは、メンズも扱ってるから知ってただけだ。クッ…どう選ぶかは自分で決めろ。いずれにせよ、お前ぇが俺を受け入れる気になった時に後悔しないように選ぶんだな。俺はそういう売り場は苦手だから付き合わねぇからな」
「いいの、いいの、むしろ来ないで恥ずかしいから!」

仄香は顔を真っ赤にして、ケーキをあっという間に平らげ、冷めて来たコーヒーを一気に飲み干した。
俺は、半分残ったコーヒーの紙コップを仄香に持たせて荷物を持って立ち上がった。

「じゃあ、後でどこの喫煙所にいるか電話するから、携帯だけは気を付けろ」
「うん、トレイを返して来るね。コーヒーは?」
「喫煙所で飲むから、通路に出たら渡してくれ」
「うん、分かった」

仄香はトレイを返すと、俺にコーヒーを渡した。

「じゃあ、行って来るね!」
「ああ、行って来い。電話に出なかったら店の前まで行くからな」

そう言うと仄香は顔を真っ赤にして、やだやだと言いながら走り去って行った。
俺はのんびりとアルマーニとエトロを順番に見て、たまたま気に入った生地のシャツやニットを各シーズンごとに見つけて数着ずつ迷わずに買った。
日本人にしてはガタイのいい俺は、イタリアブランドでも、運が悪い時は品切れの事がある。
今日はラッキーだった。

あまり派手でなく、かっちりし過ぎていない少し光沢感のある生地や、抑え目な柄シャツも合わせる服を選ばない柄で気に入った。
ただ、サイズを探すのに手間取り、喫煙所に着いた頃にはもうそろそろ4時半だった。
ゆっくりとタバコをふかしながら、コーヒーの残りを少し飲んで、一本吸い終わるともう一本に火を点けて吸い始めた。

「小十郎ー!!」

紙袋を下げた仄香が、息を切らせて走って来た。
俺の所まで来ると、仄香は完全に息が上がっていた。

「よくここにいるって分かったな」
「だって、ここ見通し良かったし、小十郎、背が高くて目立つから。お店出てから見回したら見つけたの。はぁ、間に合って良かった…」
「お前ぇ、フェラガモの靴で走ると滑るから気を付けろよ?裏は革張りだからな」
「ええっ!?そうなの?」
「ああ、My Ferragamoなら走っても大丈夫だけどな」
「そ、そうなんだ…。とりあえず、私も一本…」
「ああ、一服しろ」

仄香は頷くとバッグからタバコを取り出して吸い始めた。
1ミリのメンソールなんて吸っても吸わなくても同じだと思うが、それで息抜き出来るなら、まぁ、いい。
仄香はあっという間に一本吸い終わり、俺はコーヒーを差し出した。
仄香は二口ほど飲むと、ようやく落ち着いたような表情になった。
俺もタバコを吸い終わるとコーヒーを飲み干して、ゴミ箱に捨てた。

「それにしても、小十郎のお金ってどこから沸いて出るの?びっくりだよ」
「ああ、誰にも言ってねぇからな。俺は戸籍上、輝宗様の養子でな、給料とは別に月に1000万円は懐に入る。政宗様はそれ以上か。全部俺が管理してるけどな。それで、働きながら資格も取れって事で、通信教育でイギリスのMBAを取ったりしたか。公認会計士は在学中に取ったし、今は米国公認会計士の勉強中だな。まぁ、間もなく合格だけどな。次は知財関連の強化のために弁理士の勉強か。お前ぇは就活しねぇなら、一年で公認会計士を取れ。入社したら働きながら、米国公認会計士、次に弁理士、MBAだ。もちろん語学も数ヶ国語な。キツいぜ?」
「ええっ!?」
「お前ぇの才能を活かしてやるって言っただろ?それなりの覚悟はしてもらうし、スキルがねぇと出来ない仕事を任せるつもりだ。だから、お前ぇの常識が完全に通用する環境だ。予備校代くらい出してやるし、面倒だからMacもiPadもiPod touchも買ってやる。死ぬ気で勉強しろ」
「なるほどね。小十郎のそばにいるってそういう事なんだ。資格がないとペーペーの私がトップ集団の更に上の方にいられる訳ないもんね」
「そういう事だ。仄香、今からなら6時前には銀座に着く。ブランドは二択だ。車の中で話そう」
「うん」

仄香は、俺の腕に自分の腕を絡ませて歩き出した。
昨日とは違う。
朧げだった未来予想図が、今は現実だ。
それがとても嬉しかった。

それにしても、仄香の紙袋がやけに大きいのが気になる。
ワードローブのどこに収納するべきか考えながら俺は車に戻った。
prev next
しおりを挟む
top