26.Mission

車に戻り、俺はすぐに綱元にメールを打った。
もうそろそろ政宗様の授業が終わる時間だ。
学校に手配をして、昨日の今日だから念のため最終下校時刻まで学校に足止めをして、綱元に迎えに行かせて、そのままお台場の伊達グループのホテルで食事をして宿題をさせてから屋敷に帰すという段取りだ。
その間に、仄香と一旦屋敷に戻り、お台場で政宗様と合流をして、俺達の関係を打ち明けなければならない。

政宗様の想いをよく知っている俺にとって、辛くてたまらない事だが、これだけは譲れないし、避けて通れない。
しかし、どういう経緯でそうなったかなんて、事細かになど話せる訳がない。
俺は、心の中で溜息を吐いて、車を銀座に向けて走らせた。

「仄香、俺と付き合う事について、政宗様にご報告しなきゃならねぇな。元を正せば全部俺が原因なんだが、あんな事を政宗様に言える訳がねぇし、お前ぇが酔って誘惑したなんても言えねぇし、どこから話すか悩んでる所だ」
「そういえばそうだったね…。小十郎の部屋にばかりいたら不自然だから、ちゃんと言わなきゃだけど…。ううっ、私が酒乱だったばかりに…」
「まぁ、一夜明かしたのは政宗様もお気付きだろう。言い逃れは出来ねぇな。問題はどう打ち明けるかだ。はぁ、正直に俺が飲ませ過ぎてお前ぇを酔い潰したから一夜明かしたって言うしかねぇな。それはいい。問題は、それで何でお前ぇが俺と付き合う気になったかって事だな。酔った勢いの告白が原因だが、政宗様は納得なさらないだろうな」
「そうだよねぇ。はぁ、そこまで考えてなかったけど…。でも、人を好きになるのに理由なんてないでしょう?酔った勢いで告白しちゃったけど、それは本心で、酔いが覚めてもやっぱり小十郎の事が好きで、年齢の差だけが不安要素だったけど、小十郎が受け止めてくれたから付き合う事にしたって言うしかないんじゃないかなぁ。告白の事を覚えてないから気が引けるけど、大筋で事実だし…」
「まぁ、大筋ではな」

事実は、もっと色々な事が起こっていて、かなりそれも大幅に端折りに端折っているが、仕方がねぇ。
仄香がまず全然覚えてねぇし、あんな事、絶対に政宗様に言える訳がねぇ。

「仄香、これだけは言っておく。政宗様は本気でお前ぇの事が好きだ。恋してるって意味でな。だから、そのお気持ちを考えて話さなきゃならねぇ」
「ええっ!?政宗ったらそうだったの!?知らなかった…。困った…」
「言わば、俺と政宗様はお前ぇを巡るライバルだったって事だ。俺は政宗様のために、ずっと一線を引いてたけどな。こうして均衡が崩れた」
「じゃあ、やっぱり私の本心から話すしかないよ。小十郎はずっと私の憧れで、酔った勢いで私が告白して、酔いが覚めてから小十郎ともう一度話し合って付き合う事にしたって。だって突き詰めればそれが真実で、政宗だってそれは否定出来ないもの」
「まぁ、それが妥当で、簡潔な真実だな。気が重いが、それしかねぇな」
「あと、伊達グループに就職決めた事も言う。元はと言えば、小十郎はその説得のために私を呼んだんだから。夜は酔い潰れて話にならなかったけど、翌日小十郎とよく話し合って、決めたって言う。その時小十郎と付き合う事も決めたも同然だから、そう言う。それでいい?」
「まぁ、俺は一応お前ぇに選択肢を与えて話したからな。あとはお前ぇの決断だったのは確かだ。お前ぇの心の中の事までは俺には言えなぇな。情けねぇが、お前ぇに政宗様を説得してもらうしかねぇ。俺は政宗様に弱い。お前ぇが決断しなかったら、やっぱり俺は政宗様のために一歩引いてたからな」
「そっか…。私達、本当に偶然が重なって付き合う事になったんだね。一歩間違えば、ずっとすれ違ってたんだ…」
「そうだな。仄香、後悔してるか?」
「ううん、してない。やっぱり小十郎以上に素敵な人はいないって本当に思うから」
「それを聞いて安心した」

本当に俺達は危ない橋を渡ったんだとしみじみと思った。
何度もすれ違う可能性にぶつかった。
違う選択肢が提示されている場面もたくさんあった。
でも、その中でやはり仄香は俺を選んだ。
これは、奇跡に近い必然だった。

「お前ぇ、政宗様の事はどう思ってるんだ?」
「政宗の事?めっきり大人びて男前になって来てびっくりしたけど、まだまだかな。あと3年後くらいが楽しみだけど、私には年下過ぎるな。小十郎が言ってた価値観の共有って考えると、やっぱり政宗は伴侶としては対象外かな。政宗が社会に出る時は私は27歳だもの。年増もいい所だし、小十郎の言う通りなら、社会人経験が私の方が上ってある意味上手く行かないと思う。その点、年上の男の人って年の差があっても何か違和感ないから、いくら政宗が素敵になっても、私は小十郎を選んだな。だって、30代になった小十郎ってどんなだろうって想像したら、誰にも渡したくないくらいの男前に絶対なってるもん。男前の政宗を支える、更に上手の男前に小十郎はなってるよ、きっと。違う意味で私は政宗を尊敬する事になると思うけど、その時には私は年齢的に手遅れだな」
「そうか…。お前ぇがそう納得するならいい。俺は、政宗様がお前ぇを想っている事を知ってるから、お前ぇがあまり政宗様のお側にいたら、政宗様に奪われるんじゃねぇかって心配した。でも、お前ぇがそう思っているなら大丈夫だな。安心した」

思わずホッとしてそう言うと、仄香はくすくすと笑った。

「笑い事じゃねぇぞ。俺はお前ぇを育て上げてるうちにどうしようもなくお前ぇに惹かれた。お前ぇにだってそれは起こり得る。その上、政宗様は天才的だからな。お前ぇが政宗様を教育しているうちに、あの才能が開花する瞬間にでもお前ぇが立ち会ったら、俺にはどうする事も出来ねぇな。だから、俺はもう待たない。先に外堀を埋めて、お前ぇと婚約するつもりだ」
「そうだね…。小十郎は秀才、政宗は天才、かな。小十郎でも十分天才的だと思うけど、政宗は違った意味ですごい子だからね。将来が楽しみ。伊達が安泰って意味でね。でも、政宗って子どもっぽいんだよなぁ、年齢を差し引いても。それで母性本能がくすぐられる人ならいいんだろうけど、私はダメだ。ずっと小十郎に甘やかされて来たから、甘える方が好き。弱音吐きたい時、抱き締めて頭撫でて、話を黙って聞いてくれるような人がいい。それってやっぱり小十郎だよ。小十郎になら、一生甘えてられる気がする。私は一生小十郎を超えられないから。それってとっても幸せかもって今日ずっと考えてたの。だから、小十郎が私の両親にきちんと挨拶してくれるのも、政宗に報告してくれるのも嬉しいよ?」
「お前ぇを甘やかしてたのが、こうしていい方向に転ぶとはな。政宗様がお前ぇを甘やかせられるお年になるまで、少なくともあと10年はかかるだろうな。その間、お前ぇも成長し続けるとなると、やっぱり政宗様はお前ぇと一緒になるのは難しいな。案外、お前ぇの性格は甘えたで、俺にしか甘えられねぇって言えば、政宗様も何も言えねぇかもな。それが、一番の核心だろ?お前ぇが俺を選んだ」
「そう言われてみればそうかも。一番角が立たないし、昨日泊まったのだって、小十郎への甘えが出たからだもんね。じゃあ、全部私が話すよ。政宗相手には小十郎は話にくいと思うから」
「はぁ、情けねぇな。全部女に言わせるなんてな。まぁ、政宗様相手に角が立たないように話すとなると仕方ねぇか。悪ぃ」
「ううん、いいの。それより、銀座、楽しみだなぁ」

仄香は夕闇に染まり始めた、窓の外の景色を眩しそうに眺めた。
昨日、仄香が政宗様に対して浮かべていた表情が脳裏に蘇り、少し不安になる。
でも、やはり仄香の慎重な性格と、すぐに不安に駆られて俺に相談に来る事を考えると、仄香にはやっぱり甘えられる男が必要で、そのポジションだけは誰にも譲りたくない。
政宗様は、きっと多くの女を魅了する男に成長なさるだろうが、あのお方に包容力というものが身に付くまで、しばらく時間がかかりそうだ。
仄香は俺を選んで、正解だったのかも知れない。
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