28.Decision

お台場のホテルに着くと、すぐに政宗様のいらっしゃるスイートルームに通された。
部屋に入ると、政宗様は仄香を見て目を瞠って、そして悔しそうに顔を歪めた。

「小十郎、昨日と今日、何が起きたか包み隠さず話せ。じゃねぇと、俺は納得しねぇからな!」
「承知。まず、昨日は仄香と酒を飲み交わしながら、就活を止めさせるための説得を致しました。しかし、この小十郎の誤算で、仄香は酔い潰れて帰りたくないとごね出して、手が付けられない状態になり、二日酔いを懸念して有給を取り、今日改めて説得をして就活を止める事を承諾させた次第でございます」
「就活を止めさせられたのはいい。でも、やっぱり納得行かねぇ!!小十郎の部屋で何があった!?仄香はそこで小十郎の女になったんじゃねぇのか!?」

まぁ、普通、女が男の部屋に泊まったらそう考えるべきだし、政宗様の推測は正しい。
ただ一つ、物を申すとすれば、それを仄香が全く覚えていないと言う事だ。

「あのね、政宗、違うの。確かに小十郎と付き合う事に決めたんだけど、それは、今日、二人で話し合って決めた事なの。本当に昨日は私が酔い潰れて、帰りたくないって駄々をこねて小十郎を困らせて、小十郎は私が一人で二日酔いで苦しむのが可哀想になって、有給を取ってくれたの。それにね、小十郎は何も悪くないよ。小十郎に甘えたくて仕方なくて、酔った勢いで小十郎に告白したのは私だから」
「お前が…!?」

政宗様は本当に驚いたように目を見開いた。
そして、悔しそうに目を伏せて、しばらくの間、沈黙していた。

「本当に何もなかったのか?」
「うっ…よく覚えてないんだけど、酔った勢いで、小十郎を誘惑した覚えがある…。もしかしたら、キスをねだったかも知れない。ごめん、本当にほとんど覚えてなくて。でも小十郎にすごく甘えまくってたような気はするの。きっとすごく小十郎を困らせたと思う」
「仄香が、小十郎を誘惑…!?…はぁ…」

政宗様はまた驚いたように目を瞠って、そして深い溜息を吐いた。

「そうだよな、小十郎から手を出す訳はねぇし、引き金になるとしたら、仄香が何かやらかさない限り、小十郎が動くはずがねぇ。ましてや、口説き落とすために仄香に飲ませるはずなんてねぇし、本当に小十郎の誤算だったんだろうな。それで?仄香、責任を取るために付き合うつもりじゃねぇだろうな?酒に酔った勢いの告白なんて帳消しにしても構わねぇくらいだぞ?」
「ううん、責任を取るためじゃないよ。小十郎は、ちゃんと今日、私の気持ちをゆっくりと聞いてくれた。人生のアドバイスも色々してくれた。選ぶ会社も、男の人の事も。やっぱり、私は小十郎に甘やかされて育ったから、甘えられる人と付き合いたいし、私が甘えられるのは小十郎だけ。小十郎とは価値観も似てるし、小十郎には絶対に敵わないってすごく尊敬出来る。それに、小十郎の背中を追いかけながら、私自身も成長出来る。働くのも小十郎のそばがいいし、付き合うのも小十郎がいい。心からそう思ったの。私は外の世界に触れたくて、違う価値観の人達の中に飛び込みたくて就活をしようと思ったけど、それは必ずしも幸せな事じゃないって事もよく分かった。それに、一緒にいて安心出来るのはやっぱり小十郎だし、まだまだ教えて欲しい事もいっぱいある。それじゃ、政宗は納得しない?」

政宗様は言葉に詰まり、じっと仄香を見つめていたが、やがて溜息を吐いて、寂しそうに笑った。

「やっぱり小十郎には敵わねぇな。俺が仄香を超えられるようになるまで少なくともあと3年はかかる。その上、仄香を甘やかせられるほどの大人になろうと思ったら、学生のうちじゃ無理だな。仄香はその間も成長し続けるし、俺が惚れた女だ。仄香を一丁前に甘やかすには予想以上に時間がかかりそうだ。今だって、甘えてるのは俺の方だしな。仄香が甘えられる男と付き合いたいなら、現段階じゃ小十郎しかいねぇな。それで仄香が伊達グループに入る事を決めたなら、俺は文句は言えねぇ。正直、小十郎に妬けて仕方ねぇが、仕事でもいいから生涯そばで俺を支えてくれるなら、それでもいい。ただし!小十郎がお前ぇを泣かせるような事をしたら、俺は絶対に小十郎からお前を奪うから覚悟しろよ!」
「俺の惚れた女です。嬉し涙は流す事はあっても悲しませるような事は致しません」
「分かってる。小十郎がそんな事はしねぇってな。はぁ…。小十郎、綱元。俺、仄香を諦めるためにも、もっと自分を成長させるためにも、高校2年か3年の秋からハーバードへ留学する。向こうの名門高校へ編入手続きをなるべく早く取ってくれ。SATやTOEFLなんて楽勝だ。すぐに大学生になれる。早く大人になりたいし、向こうはダブルメジャーだからな。経営学経済学とテクノロジー系のダブル専攻で学士を取って、MBAと米国公認会計士を取って帰国してから親父の後を継ぐ。余裕があればコンピューターサイエンスの修士かPh.Dも取る。婆娑羅大じゃ役不足だ。向こうで飛び級してでも少なくとも修士以上の学位を早く取って帰って来る。仄香が絶対後悔するようないい男に早くなるからな!」

キッと俺を睨み付けて放った言葉に、俺は本当に感動した。
流石、政宗様だ。
俺は、政宗様のためにも日本を離れられなかったが、政宗様ご自身が世界中から優秀な人材が集まる大学で、グローバルな視点を身に付けて帰って来られるのならば、願ったり叶ったりだ。
それに、今はSkypeやFaceTimeでお顔を見て様子を見られる。
きっとお一人でも大丈夫だろう。
成実も一緒に行かせたら、好都合だ。
成実を婆娑羅大の入試に合格させようと思ったら、頭が痛くなる。
それなら、入試は楽だが中でしごかれる大学へ入れた方がいい。

「流石は政宗様でございます。正直、この小十郎も政宗様にはいずれ留学はして頂きたいとは思っておりました。政宗様ご自身がそうご決断なさるのであれば、すぐにでも手続きを取ります。大学受験資格認定試験に相当する試験がアメリカにもございますので、合格し次第ハーバード大学へ進学なさればよろしいかと思います。成実も、日本の大学入試よりそちらに適性がありますので、政宗様と共に留学させる所存。週に一度はSkypeかFaceTimeでご様子をお聞かせ下さるお約束だけはして下さいませ」

それを聞いた成実が予想通り大喜びした。

「小十郎、俺、大学受験しなくていいの!?ラッキー!SATなら中3でもうちの中学なら満点取れるから楽勝だもんね!やったぁ!婆娑羅大の入試受けなくて済むー!」
「成実、向こうは呆れるほど入試は楽だが、卒業は厳しいからな。甘く見るんじゃねぇぞ」
「うっ、分かってるよ。でも、アメリカの高校って呆れるほどテキスト簡単なんだもん。俺も梵と飛び級して帰って来る」
「ああ、そうしろ。お前ぇは法律と理系のダブルメジャーだ。パテントの資格を取って来い。国際的な知財関連の訴訟を担当させる。専攻はこちらで指示する」
「うん、分かった」

政宗様は、また寂しそうなお顔になった。

「俺、本当に仄香の事が好きだった…。本当に、こんなに年が離れてなかったらっていつも思ってた。俺、きっとそばにいたらずっと仄香の事ばかり想ってると思うし、きっとこの道を選ぶのが、俺のためにもなるし、伊達のためにもなる。仄香の事を諦めるのに、きっと何年もかかると思う。だから、俺は日本を離れる。小十郎、仄香、最後に俺の我儘、聞いてくれるか?」

チラリと仄香を見遣ると、仄香は目に涙を溜めて頷いていた。

「政宗様の我儘とは?」
「仄香が小十郎を選んだのは分かってる。でも、最後に仄香を抱き締めてキスがしたい。挨拶程度のな。ダメか?」

政宗様のお気持ちは痛いほど分かる。
正直、自分の女にそんな事をされて冷静でなんていられないが、政宗様は特別だ。
それほど、俺達は長い事、仄香だけを想い、二人で大切にして来た。
仄香は困ったように、俺を見つめた。

「小十郎、どうしよう…」
「一つだけ言っておく。仄香、お前ぇ、昨日酔って俺にキスしたぜ?あれはお前ぇの思い違いじゃねぇ。ファーストキスを俺に取っておくために政宗様を拒もうなんて思う必要はねぇ。お前ぇが政宗様の望みを叶えて差し上げたかったら俺は何も言わねぇ。俺には政宗様のお気持ちが痛いほど分かるからな」
「そっか…。やっぱりあれはキスだったんだ…。うん、いいよ、政宗がそんなに私の事を想ってくれてるなら、これで最初で最後のキスをしよう?」
「Thanks, 仄香。俺、ずっとずっとお前の事が好きだった。愛してる」

政宗様は、立ち上がり、仄香をキツく抱き締めて、少し震えながら、触れるだけのキスをして、身体を離して静かに涙を流した。

「お前達は先に帰っていい。留学の事は綱元とこれから相談する。今日はここに泊まる。明日は休みだからな。出来るだけの調べ物を綱元にさせて、計画を立てる」
「分かりました」
「政宗っ、ゴメンね」
「仄香、謝るな。小十郎と必ず幸せになれ。最後にキス出来て俺はそれで満足だ。俺のファーストキスだったからな。俺が帰国するまでに、仕事が出来るいい女になってろよ。まぁ、まだしばらく日本にいるけどな。Goodbye, my first love…」

ぽろぽろと涙を流し始めた仄香の肩を抱いて、俺は政宗様のお部屋を後にした。

「私、政宗があんなに私の事を想ってくれてたなんて知らなかったよ…。何時の間にあんなにキザな子になってたの?私、政宗に酷い事しちゃった?」
「いや、お前ぇは何も悪くねぇよ。政宗様は、きっとこんな日が来るって気付いておられたはずだ。だから、留学の事もすぐに切り出した。前々からお考えだったんだろうな。お前ぇの決断が政宗様の決断を決定付けただけだ。政宗様のご決断は、ご自身のためだけじゃなく、伊達のためでもある。お前ぇに未練が残ってるうちは政宗様も動けなかっただろう。正直妬けたが、政宗様のファーストキスがお前ぇで、きっと政宗様はそれで気持ちに区切りを付けられた。お前ぇに感謝してるはずだぜ?政宗様はそういうお方だ」
「小十郎にも悪い事した…。政宗に唇を許した…」
「政宗様の最後の我儘だから許す。それに、俺はお前ぇのファーストキスをもらったからな。お前ぇが覚えていないだけで」
「う…それも何か悲しい…」
「とにかく、今は何も考えるな。帰るぞ」
「うん…」

俺は仄香の手を引いて車に戻り、仄香と一緒に屋敷に帰った。
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