03. Emergency

「もしもし…」
「ったく何やってんだよ!携帯繋がらねぇし」

名乗ろうとする前に主に押し殺した声でどやされる。
政宗様は苛ついたように舌打ちをした。

「申し訳ございません。先程成実から連絡を受けました。今どちらに?」
「学校の図書館だ。一応警備員を呼んだが、学校の外に出られそうもなくて戻って来た所だ」

政宗様は電話の向こうで深い溜め息を吐いた。
毎年他校の女子に待ち伏せされる事はあったが、成実と帰宅出来ない程に女子に追いかけられた事など今まではなかった。
自分の知らない何かがあったのではないかと勘付く。

「最近身辺で変わった事でもございましたか?」
「……ねぇよ」

一瞬言葉に詰まった政宗様の返答を聞いて、やはり何かあったのだという確信を深める。

「正直におっしゃって下さい。制服で繁華街にお出かけになりましたか?」

政宗様は沈黙の後、溜め息を吐いて「Yes」と答えた。

「寄り道はなさいますなとあれ程申し上げたはずです!」

政宗様の通う高校の制服は普通の学ランだが、バッグやボタンに校章が入っている。
その校章は都内の中高生だったら誰でも知っている、言わば憧れの的だ。

「仕方ねぇだろっ!去年のChristmas、仄香にプレゼントをやりたかっただけだ」
「そういう事ならこの小十郎にご相談下さればいくらでも店にご案内致しましたのに」
「ダメだっ!お前が選んだ店じゃ意味がねぇんだよ…。ちゃんと俺の脚で歩き回って、自分で探して、選んで、仄香にやりたかったんだ…」

少し掠れた声でぽつりぽつりと話す政宗様の表情が容易に想像出来た。
少しの後ろめたさを映しながらも、それでも譲れないという意思の強い瞳。
そして、その瞳には仄香への強い想いが揺れているはずだ。

政宗様は今までに何度か仄香に想いを告げていたようだが、可愛い弟がじゃれているとしか受け取られなかったようだ。

俺も政宗様も、仄香にあんなに近くにいたのに、男として意識されない。
それは虚しくもあり、同時に酷く心地良かった。
俺達が男として意識されない限り、仄香は変わらぬ笑顔を見せて、今までと変わらず傍にいてくれる。

仄香に男が出来ない限りは。

またあの銀髪の優男の顔が脳裏を掠める。

「去年のChristmas前に成実と新宿に行った時に、知らねぇ間にスナップを撮られていたらしい。それがティーン向けの雑誌に載っちまった。俺も今日その雑誌を見せられるまで知らなかったんだ」

苦り切った様子でぽつりぽつりと語る政宗様に思考が現実に引き戻される。

「分かりました。今後このような事がないよう、雑誌各社に圧力をかけます」
「Thanks, 小十郎。なぁ、今から出られるか?迎えに来てくれ。成実の事も気掛かりだ」
「承知致しました。すぐにお迎えに上がります」
「あいつら、俺の名前を知っていやがった。最悪、自宅まで割れてるかも知れねぇ。学校の名簿に載ってるし」

名簿の漏洩の線も考えられなくはない。
しかし、流石にそう大勢押し寄せるはずもないだろうと見当を付ける。
俺が凄めば引き下がる程度のものだろう。

「この小十郎にお任せを。ご心配には及びません」
「それを聞いて安心したぜ、小十郎。じゃあ待ってるからな」

電話はそこで切れた。

「綱元、俺は今から政宗様を迎えに行く。お前はティーン向け雑誌に当たれ」
「分かった。圧力をかけておく。今回の件、肖像権の線で訴訟する事も視野に入れる」
「ああ、任せた」

俺はコートとバッグを持ってデスクを離れた。

「悪いが急用だ。飲み会はまたな」

先程の女子社員に声をかけると彼女は少し残念そうに微笑んで、俺を送り出した。

駐車場への道すがら、先程読まなかったメールをチェックする。
政宗様から1件。成実から2件。
他の2件は意外な事に仄香からだった。

あいつ、今年は男と過ごすんじゃねぇのか…?

逸る気持ちで仄香のメールを開く。

『小十郎、今日は忙しい?去年みたいにご飯作って待ってるね。ダメだったらメールしてね。小十郎の分もちゃんと取っておくから』

仄香は忘れてなんてなかった。
男と過ごすのではなく、今年も俺達と一緒に過ごしてくれる。

安堵して。
次にふつふつと喜びが沸き上がって来る。

俺はもう一つのメールを開いた。

『政宗から合鍵を借りたの。ちょっと準備に手間取りそうだから。先にお屋敷に行ってるね』

そのメールを見た瞬間、血の気が引く思いがした。

もし、政宗様がおっしゃる通り自宅まで割れていたら、仄香は追っかけの質問責めに遭うだろう。
何の事情も知らない仄香がありのままを話したら、彼女達に恨まれる。
もしかしたら危険な目に遭う事だってあるかも知れない。

俺は慌てて仄香に電話をかけた。
仄香はなかなか電話に出ない。
リングトーンが永遠のように長く聞こえる。

仄香、頼む。
無事でいてくれ…!
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