04.Hiding My Heart

成実に「政宗様と一緒に学校の図書館で待ってろ」とメールを打って、もう一度仄香に電話をする。
大学から自宅はそう離れてはいない。
メールの時刻を見て、もしかしたらこのまま一度自宅に向かった方が早いのではという考えが脳裏を掠める。
同時に、政宗様が図書館に逃げ込むまで大事なかったかどうかも気掛かりで、心なしか胃の辺りがきりきりとする。
俺は煙草に火を点け、煙を吸い込んでゆっくりと吐き出して目を閉じて頭の中を整理する。

もう一度仄香に電話をして繋がらなかったら政宗様を優先させるべきだ。
もしかしたら政宗様なら仄香を優先させるべきだとおっしゃるかも知れない。
でも、政宗様は俺にとっては何にも代えがたい大切な主だ。
俺は祈るような気持ちで仄香にもう一度電話をした。

「もしもし、小十郎?」

数回のリングトーンの後にやっと仄香が電話に出てホッとする。

「お前ぇ、今どこにいる?」
「まだ大学。買う物を考えていたら、御徒町と後楽園に行きたくてどっち先に行くか迷っちゃって」

まだ何事も起きていなかったと知って、ようやく俺は安堵した。

「今から迎えに行く」
「えっ?小十郎、仕事は?」
「今から政宗様を迎えに行く所だから、ついでに乗って行け。お前ぇに重たい荷物を持たせる訳にはいかねぇしな」
「ありがとう!本当はこっそり準備したかったんだけどな」

電話の向こうの、仄香の悪戯っぽい笑みが目に浮かぶようで、俺の口許にも笑みが上る。

「大学病院の駐車場に停めるからその近くで待ってろ。圏外には行くなよ?それから、明智に会ってもついて行くな」
「光秀さん、忙しいから私に構ってる暇なんてないよ」
「いいから黙って言う事を聞いていい子で待ってろ」

明智に見つかったらまたからかわれると思うと思わず眉間に皺が寄る。

「もう、すぐ子供扱いするんだから。分かったよ、お兄ちゃん」

冗談ぽく呼ばれた『お兄ちゃん』という呼び方に胸がつきんと痛んだ。
自分が仄香を子供扱いするような言い方をしたくせに、いざ仄香に兄扱いされてこんなに傷付くなんて、何てざまだ。

俺と政宗様は十歳年が離れている。
政宗様が仄香に初めての恋をしたのは、俺と同じ頃かそれより先だったかも知れない。
姉として慕っていたのがいつの間にか恋心に変わるのはよくある話だ。

政宗様はまだ幼かった。
まだ背も低く、華奢で可愛らしい小学生がいくら一生懸命『好きだ』と言っても、それが本気の恋に聞こえなかったのは仕方がない。
仄香も「私も政宗が好きだよ」と言って、膝の上の政宗様の頭を撫でて笑っていたが、政宗様の本当の想いを理解してはいなかった。

だからこそ俺も仄香を妹のように扱う事に徹していた。
俺が本気で想いを告げれば、間違なく異性として意識している事が伝わる。
政宗様も同じ想いで『好きだ』と告げたのに、年齢の壁で誤解されてしまった。
あまりに不公平だと思った。

だから俺は決めたのだった。
政宗様が仄香に一人の男として意識されないうちは、俺も決して自分の想いを仄香に悟られないようにすると。

俺は胸の奥の痛みを誤魔化すようにそっと息を吐き、電話の向こうの仄香には見えないのにいつものような優しい笑顔を浮かべた。

「着いたら電話する。30分もかからねぇはずだ」
「分かった。待ってるね」

電話を切って今度は政宗様に仄香を迎えに行く旨を連絡する。
仄香と一緒に帰宅出来る事に政宗様は大喜びだった。

「仄香を助手席に乗せるなよ?助手席は成実で、仄香は俺の隣りだ」
「勿論です。あと1時間半程かかりますが、よろしいですか?」
「Why?」
「先に仄香と夕食の買い出しに行って参ります」
「What!?小十郎、抜け駆けすんなって言っただろ!?」

電話の向こうで「買い物デートだなんてズルい」と文句を並べ立てる主に指摘されて初めて、男子校に通う高校生から見ればこれは立派なデートなのだと気付く。
まだまだお若いと口許に笑みが上ると同時に、何だか政宗様の初々しい思考回路が伝染したかのように、仄香と買い物に行く事に妙に心が浮つく。

「俺も行く!荷物持ちが必要だろ?」
「この小十郎一人で十分です。それに、買い物中に雑誌を見た人間に追いかけられても庇い切れません」

政宗様は言葉に詰まり、残念そうに溜め息を吐いた。

「バレンタインデーなんて滅びればいい」
「同感です。しかし、仄香は今年も何か用意しているようですから、そう気を落とされますな。お待たせして申し訳ございませんが、学校の課題でも終わらせて、暇つぶしに成実の課題も見て差し上げて下さい」
「仕方ねぇな。他にやる事もねぇしな。仄香と一緒に帰れるなら我慢してやるよ。だからあまり待たせんなよ?」
「承知。では失礼致します」

俺は時計を確認し、近道を考えながら車を発進させた。
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