30.Remember

俺はタバコを吸いながら、iPadを取り出してメールの確認をした。
もう既に夜11時を過ぎている。
今日は昼に起きたからまだ眠くはないが、土日を挟むから急ぎの仕事はなさそうだった。
仄香は興味津々というように、iPadを覗き込んでいる。

「そのうち使い方を教えてやるから、また明日な。急ぎの仕事はねぇから、今晩はのんびりするか。お前ぇも疲れただろ?午後から何かと慌ただしかったからな」
「私は助手席ばかり座ってたけど、それでも何か疲れちゃったな。こうしてソファに座ってゆっくり飲んでると落ち着く…。小十郎の部屋って本当に落ち着くね」
「そうか?お前ぇ、着替えたらどうだ?そのまま寝ても構わねぇが、俺に着替えさせたいか?」

そう尋ねると、仄香は頬を染めて慌てて首を横に振った。

「ううん、自分で着替える。えーと、ついでにシャワー浴びて来ていい?メイク落としたいし」
「ああ、構わねぇ。俺もお前ぇの後にシャワーを浴びて、もう少し飲む」
「分かった。じゃあ、行って来るね!」

仄香は、今日買ってきた部屋着の袋を持ってバスルームへ消えて行った。
俺もスーツを脱いで、片付け、部屋着に着替えて、スコッチをゆっくり飲み干した。
そして、モーツァルトのミルク割りを作って、昨日の夜を思い出しながらゆっくりと飲んだ。

仄香に昨日の事を告げるか。
何とか誘導して思い出させるか。
それとも、ゆっくりと関係を深めて昨日の事はなかった事にするか。

昨日の事を伏せて、欺き続けるのはこういう関係になった以上気が引ける。
でも、それで仄香が傷付くなら、このまま俺の胸にしまっておいた方がいい。

しばらくシャワーの音を聞きながら、戯れに英語の経済ニュースをタバコを吸いながら読み始めた。
今日の紙面を全て読み終わる頃、バスルームの扉が開く音がして俺は振り向き、そして唖然とした。

仄香は胸が総レースの紫色の花柄のベビードールとも言えるようなスリップドレスを着ていた。
ブラをしていないが、絶妙に胸の先は隠れるデザインで、丈もベビードールよりもほんの少し長い程度で、太ももの真ん中より少し上までを覆うだけで、ほとんど太ももが無防備にさらけ出されている。
アンシメトリーな裾はレースで装飾されていて、一部は本当に際どいくらいに短い。
それも薄手のサテンの生地で、ほんのりと細い脚が見えるか見えないか絶妙な透け具合だ。
思わず俺はタバコを取り落としそうになって、慌てて灰皿でもみ消した。

誘ってんのか!?
俺は、ズキズキと痛みそうな頭を振って、ふいと顔を逸らして新しいタバコに火を点けた。

「小十郎?」

仄香は怪訝そうに俺の名前を呼んで、そして隣りに座った。
俺は溜息を吐いて仄香に尋ねた。

「お前ぇ、寝る時いつもそういう格好か?」
「え?うん、ここ1年ほどは。何かね、アメリカじゃパジャマは野暮ったいからベビードールで寝るのが流行ってるらしいの。流石にあんまりセクシーなのは恥ずかしいから、スリップみたいなのしか着ないよ?シャネルの5番って格好良く言えればいいんだけど、サテンのベビードールって寝心地いいんだよ?」
「そうか…」

これも女子校出身ゆえの無防備さなのか、男慣れしてないから余計に無邪気なのか、仄香はのほほんと微笑んでいるが、とてもじゃねぇが、俺は冷静でなんていられねぇ。
さりげなく顔を背けてタバコを吸い終わると、モーツァルトを一気に飲み干した。

「好きな酒飲んでろ。寝てても構わねぇ。俺もシャワーを浴びて来る」
「あ、うん。じゃあ、もう少し飲んでる」
「好きにしろ」

俺は、バスローブを持ってバスルームへ入った。
熱めのシャワーを浴びながら呟く。

「シャネルの5番だなんて、とんでもねぇな…。マリリン・モンローか!?女子校を舐めてたぜ、はぁ…」

まさか仄香が直視出来ないほどセクシーな格好で寝ていたなんて思ってもみなくて、俺らしくもなくうろたえる。
いくら仄香が少しずつ関係を深めたいと言っても、あんな格好の仄香を抱き締めたら無理だ。
耐えられるはずがねぇ。

本当に、一体全体何のつもりであんな格好をしているのか問いただしたい気持ちでいっぱいだ。
どうせドラマで見て、綺麗で憧れたからとかそんなオチだろうが、その格好がどれだけ男をそそるのか全然分かってねぇ!
ごしごしと身体を洗って、背中の鈍い痛みに眉を顰めて、鏡を見ると、昨日仄香に着けられたミミズ腫れの跡があった。
その跡を見て、ふと妙案が浮かんだ。

いっそ、この跡を見せてやるか…?
隠しようがなくて変な誤解をされるくらいなら、今夜見せて、昨日の事を話してやるのも一つの手だ。
ったく、あんな格好をするお前ぇが悪い。
覚悟しやがれ!!

俺はまた熱めのシャワーで泡を洗い流すと、身体を拭いて部屋着に着替えて、上半身はタオルだけ引っかけて、濡れ髪を拭きながら部屋に戻った。
仄香は振り返り、俺の姿を見て驚いたような表情を浮かべた後、頬を染めて見惚れるような表情になった。

「小十郎ってすごく筋肉質…。肩も腕も胸もお腹も。まさか、こんなに綺麗でフェロモンたっぷりの身体してると思わなかったよ…。わぁ、どうしよう…ドキドキする。ねぇ、小十郎、バスローブ羽織ったら?あんまり直視してたら、フェロモンに当てられそう…」
「いや、暑いからしばらくこのままだな」

仄香は頬を染めつつ、ソファに移動する俺を見つめていた。
そして、仄香の隣りに腰かける瞬間、仄香はあっと声を上げた。

「こ、小十郎!!その、背中のミミズ腫れ、どうしたの!?ううっ、もしかして、バレンタインの前の日辺りに女の子抱いたの?」

俺はくすりと笑って、涙目の仄香の頭をそっと撫でた。

「よく見てみろ。まだ新しい傷だ」

背中を向けると、仄香は息を呑んだ。

「本当だ…。まるで今朝辺りに付けられた傷みたい…」

俺はまた仄香に向き直り、耳元で囁いた。

「当たり前だ。これは、お前ぇが俺に着けた跡だからな」
「えっ!?」

仄香は俺の胸に手を付いて身体を離し、そして唖然と俺を見つめた。

「えーと、えーと、それって…?」
「昨日のお前ぇはすごかったぜ?俺を誘惑して、抱いて欲しいって言い出した。俺は責任を取るつもりで、お前ぇが俺の女になるなら抱いてやると条件を出した。お前ぇは、その条件を飲んで俺に抱かれた。それがお前ぇがやらかした、大胆な事だ。まさか全く覚えてなかったとは、流石にショックだったぜ?」

仄香は本当に驚いたように目を瞠り、唖然としたように俺を見つめていた。

「じゃ、じゃあ、幸せ気分とは別のすごく気持ちいい感じがしてたのは、もしかして、もしかして…」
「俺に抱かれてたからだ」

仄香は頭を抱えて俯いて、しばらく唸っていた。
俺はタバコを吸いながら、氷をたっぷり入れてモーツァルトを飲んだ。

「うう、そんな大事な事、覚えてなくてごめんなさい。そんな大胆な事したなんて、しかも、覚えてないなんて、小十郎に酷い事した…」
「酷いと思うなら、思い出せ。何なら手伝ってやるぜ?」

仄香は驚いたように目を見開き、頬を染めて俺を見つめた。

「えーと、手伝うって…?」
「昨日の再現だな。ただし、昨日ほどは飲ませねぇ。お前ぇがほろ酔いで、記憶に残るようにな。酒で記憶をなくしても、覚えてる事だってあるだろうし、思い出す事もあるだろう。嫌か?」

そっと仄香の頭を撫でながら尋ねると、仄香は迷うように瞳を揺らした後、目を伏せて首を横に振った。

「私、小十郎に抱かれた事、ちゃんと思い出したい。もっとゆっくり関係を深めたかったけど、昨日、そんな事になってたなら、全部思い出したい。だって、初めての事、覚えてないなんて悲しい。小十郎が抱いてくれたなら尚更。でも、ちょっと怖い…」
「お前ぇの気持ちはよく分かった。怖いならもう少しだけ飲んで、タバコでも吸って落ち着け。ほろ酔い加減になったら、それなりに怖くなくなる。こうしてても怖いか?」

俺は仄香の肩をそっと抱き寄せ、髪を優しく撫でた。
甘える猫のように仄香は気持ち良さそうに目を細め、俺の胸に頬を寄せてすりすりと頬ずりをした。
こんな格好の仄香を抱き寄せてとても冷静でなんていられないが、ぐっと劣情を抑えこんで、そっと髪を撫で続けた。

「小十郎に頭撫でられるの、好き。でも、何だかドキドキする。だって、小十郎の身体、すごく色っぽいんだもん。どうしよう…。何かすごく甘えたいというか、えーと、えーと…」
「フッ…こうして欲しいか?」

俺は仄香を片腕で抱き締めて、顎のラインを耳元からなぞるとそのままそっと顎を掴み、触れるだけのキスを繰り返した。
仄香は幸せそうに吐息を吐いた。
少し顔を離して見ると、仄香は頬を染めて俺を見つめた。

「小十郎のキスって気持ちいい。もっと…」
「そうか?あんまり煽ると止まらなくなるぜ?」
「いいの。昨日の事、思い出したいから」
「分かった。じゃあ、たっぷり時間をかけて思い出させてやる」

俺は仄香を抱きすくめると、優しいキスから深いキスへ変えていった。
仄香は、感じたように甘えた声を上げ始めて、どうしようもなくすぐに抱きたくなってしまった。

それでも、こうしてキスを交わすと、互いの吐息からまたモーツァルトのチョコレートの香りがして、こんな甘いキスは仄香としかした事がなくて、性急には抱きたくない。
もうしばらく、この甘い香りのキスを続けていたい。
頬に当てていた手を仄香の後頭部に滑らせ、髪をくしゃりと指に絡ませてキスを続けると、仄香の息が上がっていった。
そして、耐えらえないというように、俺の胸に手を当てて、仄香は唇を離した。
潤んだ瞳で俺を見上げ、頬を染めて何か言いたげな表情をしている。

ここまで来て怖気づいたのか…?

少し不安に駆られて、俺も仄香を見つめた。

「小十郎、何か身体が変…。気持ちよくて、身体が疼いて、えーと、えーと…」

仄香の声が段々と小さくなっていく。
俺は笑いをかみ殺した。

仄香にとっては今日が初めての日、同然だ。
あのキスだけで濡れたと思うと嬉しくてたまらない。

「お前ぇの疼いてたまらねぇのはここだろ?」

俺は仄香をソファに押し倒して、さらけ出された太ももをゆっくりと撫で上げると、ショーツに手をかけた。

……サイドが紐になってやがる…。
男には都合がいいが、誘い過ぎだろ!?

俺はそれをはらりと解くと、指を薄い茂みの向こう側にそっと滑らせた。
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