05.Trouble Maker

大学の構内に入るのは久し振りだ。
大学病院に近い門からは一般車両も構内に入る事が出来てバス路線も乗り入れている。
もう午後という事もあり、駐車場もさほど混んでいる事はなく、俺は大学病院に隣接している駐車場に車を停め、携帯を取り出した。
メールが一件届いている。
仄香からのメールだった。

『生協書籍部にいるね』

俺が卒業してから移転していなければ、ここからさほど遠くない所にある。
相変わらず古めかしい建物のままなのだろうか。

仄香はあまり大学病院の奥には来た事がないはずだから、俺が出向いた方が早いだろうと、車から降りる。
後部座席からコートを取り出して羽織っていると、後ろから声をかけられた。

「片倉君、お久し振りですねぇ。仄香さんのお迎えですか?」

振り返らなくても分かる。
このうさん臭い話し方をする大学時代の友人なんてこいつしかいねぇ。

「明智か。テメェ、忙しいんじゃねぇのか?」
「夜勤明けですから、今から宿舎に戻る所です」

言われて振り返れば、いつもの白衣ではなく黒いロングコートを来ている。
俺達ビジネスマンと違って医者ってやつの服装は自由なのかも知れねぇが、原宿辺りで見かけるような所謂ヴィジュアル系ゴシックのコートを着ていて、社会人をなめてるとしか思えない。
しかもそれが呆れる程似合っている。

そもそも医者が髑髏の柄のコートなんて着るものか?縁起でもねぇ、と内心突っ込みを入れるが、こいつは学生時代からこうだった。
まあ、目を凝らさないとそれとはすぐに分からない程の柄だから悪目立ちしている訳ではない。

「そういえば先程仄香さんが生協書籍部の方へ歩いて行くのを見かけました」
「知ってる」
「行くんですか?」

何を当たり前の事を聞いてるとばかりに片眉を吊り上げると、明智は揶揄するような人の悪い笑みを浮かべた。

「今、行かない方がいいんじゃないですか?」

こいつがこういう風に勿体ぶった言い方をする時はろくな事がない。

「…何が言いたい」

クスッと笑うと明智は一歩距離を詰め、耳元で低く囁いた。

「人の恋路を邪魔する奴は何とやら…とよく言うでしょう?」

俺は弾かれたように明智を見た。
その口許は先程よりも綺麗な弧を描いている。

「彼女、銀髪がお好みだとは知りませんでしたよ。もっと早く知っていたら私も放ってはおかなかったのに残念です」

『銀髪』と聞いて、脳裏に今日見た光景が蘇った。

仄香が一緒に歩いていたのはあの男なのか…?

「片倉君?」

明智は笑みを消して怪訝そうな顔で俺を見つめた。
大方俺をからかったつもりが思った通りの反応が得られなくてつまらなかったのだろう。
だが俺はそんな事に構っていられなかった。

ずっと政宗様と二人だけで慈しみ見守って来た仄香が名前も知らない男に横から奪われる。
言い様のない焦燥感と苛立ちに駆られてすぐにでも問い質したくなる。
仄香に電話しようと携帯を開き、そしてパタンと閉じた。

「仄香を見かけたのはいつ頃だ?」
「10分ほど前ですかね。バス路線沿いの自販機の所で見かけました」

10分前ならまだ仄香はあの男と一緒にいるかも知れねぇ。

うじうじしてるのは俺らしくもねぇ。
直接会って己の目で確かめる。

俺は足速に生協書籍部へ向かった。


仄香、俺は素直にお前ぇの恋を祝福してやれるほど出来た人間じゃねぇ。
お前ぇにふさわしくねぇ男だったら、お前ぇが何と言おうと俺はお前ぇを奪い返す。
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