Au Revoir -1-

政宗と別れて7年が経った。
これだけ月日が流れると、あの夏の思い出は夢だったんじゃないかと思うくらいに記憶が色褪せていく。
それでも、左手に輝く指輪がそれが夢ではないと証明していた。
この指輪を見る度に、政宗の優しい笑顔が心に浮かんだ。

7年の月日は長いようでとても短かった。
政宗と離れ離れになってしまった私は、哀しい想いに囚われたくなくて、ひたすら勉強に打ち込んだ。
前期研修医として、出身大学の大学病院で2年間勤め、念願の外科医になったのが3年前の事だ。
研修課程を終了したので、去年から実家に戻るよう再三連絡があったが、私は無視し続けた。

実家に帰ってしまったら、お見合いが待っている。
私の人生の墓場だ。

最後に政宗に触れられたままのこの身体に、まだ誰にも触れられたくなかった。
だからこそ半ば技術職のような外科医を選んだのだった。
結婚して子供を産んでいる間に腕が鈍ってしまう事を理由に、いくらでも結婚を先伸ばしに出来る。
国が主催する海外研修にも申し込んで、来年は渡米する事になっている。
私が卒業してから、妹も私立の医学部に合格した。
このままアメリカから帰って来なければ、もしかしたら私の両親も諦めて妹を後継ぎにしてくれるかも知れない。
そうしたら、私は政宗の面影をずっと心に抱いていられる。

部屋に帰ると、私は荷物をどさりと置き、ソファに深く座って煙草に火を点けた。
病院の敷地内は禁煙なので、部屋に帰らないとなかなか落ち着けない。
いっそこれを機に禁煙してしまえばいいのに、政宗が選んでくれた銘柄の煙草を手放してしまうのは何だか寂しくて、私は頑張った自分へのご褒美と言い訳をつけて、部屋で独り煙草を吸っていた。

Keep Only One Love.
たった一つの愛を貫け。

箱を手に取る度、政宗の声が蘇る。

ずっと政宗だけを愛している。
離れてしまっても、面影が薄れてしまっても、政宗を恋しく思う気持ちだけは変わらない。

それでも、時折無性に虚しくなってしまう。
これだけ想っているのに私の想いは政宗に届かない。
もしかしたら、私の知らない所で二人は通じ合っているのかも知れないけれど、いくら政宗を想っても、もう政宗の声が私に届くことはなかった。
ずっとずっと、虚しい片思いをしているのではないかという気持ちに囚われることもある。
そんな時、二人で撮った写真を見ると、政宗の笑顔が相変わらず優しくて、私をとても大切に想っている事が伝わって来て、私は再び政宗に恋してしまうのだった。

「政宗…。会いたいよ…」

政宗の笑顔の写真を指でなぞると、胸の奥から熱いものが込み上げて来て、私はパタンとアルバムを閉じた。

今すぐ抱き締めて欲しい。
優しく口付けて、髪を撫でて欲しい。
そして、耳元で「愛してる」と囁いて欲しい。

何度そう願ったことだろう。
世間の恋人ならそう望めばすぐに叶えられる望みなのに、私はもう二度とあの温もりに包まれることはない。

そう考えたらやるせなくなって、私はアルバムを片づけ、PCを立ち上げて論文検索を始めた。
どれくらいの間没頭していたのか分からないけれど、静寂はチャイムによって打ち破られた。
モニターを見ると、美紀が映し出されている。

「はーい。どうしたの?」
「遙!一緒にご飯食べようよ!私、作って来たよ!」

美紀は鍋ごと持って来ていて、両手が塞がっている状態だった。
近所に引っ越してきた美紀は、仕事が終わるとよく一緒にご飯を食べに来るようになった。
あらかじめ連絡をくれるならまだしも、突然こうして訪れて来るものだから、最初は驚いたけれど、最近はすっかり慣れてしまった。

「分かった。今、開けるから」

ドアを開けると、疲れているだろうに、明るい笑顔の美紀がいた。
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