揺れる灯火 -4-

明くる朝、大名達を見送って部屋で書類に目を通していると、小十郎がやって来た。

「政宗様、小十郎でございます」
「小十郎か。入れ」
「はっ」

小十郎は俺の部屋へ入ると、何か言いた気な、しかし躊躇われるのか、どこか哀しげな表情を浮かべた。

また縁談の話かも知れねぇな。

俺は溜め息を吐いた。

「小十郎、何か言いたそうだな。縁談の話か?俺は聞かねぇからな」

ふいと顔を背けると、小十郎は驚くほどきっぱりと俺の拒絶をはねのけた。

「そういう訳には参りません。政宗様、貴方はもう24歳におなりです。今までは、天下統一までとおっしゃっておられたからこそ目を瞑って参りましたが、これ以上は許されません。然るべき姫を娶って、御家の安泰に努めて頂かなくては困ります。重臣一同、武田との婚儀に賛成しております。どうか、武田との婚儀、前向きに考えては頂けませんか?」

字面通りに聞くと嘆願だが、小十郎の声音には有無を言わせぬものがあった。
小十郎の言葉に何か引っ掛かるものを感じて、俺は小十郎に視線を戻した。

「お前、さっき、『重臣一同賛成している』って言ったな?いつの事だ?武田から婚儀の申し入れがあったのは昨日の宴の場が初めてだ。今朝武田を見送って、その後お前達が集まる余裕なんてなかったはずだぜ?小十郎、まさかお前…事前に武田から申し入れがあったんじゃねぇだろうな?」

小十郎を睨み付けて言うと、小十郎は哀しげな表情になり、深い溜め息を吐いてから俺の前に平伏した。

「政宗様に隠し立て致しました事、お詫び申し上げます。ですが…!」

小十郎は顔を上げると、怖いくらいに真剣な顔をして言った。

「伊達家の安泰を願えばこそです!政宗様がいくら天下をお取りになっても、お世継ぎがいなくて伊達の天下が維持出来ましょうか?お世継ぎが生まれなければ、また戦乱の世に戻ってしまうのは政宗様もお分かりでしょう。武田は政宗様にとって、不足のないお相手でございます。この小十郎、政宗様がどなたかを想っていらっしゃる事は薄々気付いておりました。しかし、貴方は今や天下人なのですよ。どうか、我々の意も酌んで頂けませんか」

小十郎の言葉が胸に突き刺さる。
言われなくても分かっている。
俺の立場も、俺の成すべき事も。

それでも…。
それでもこの想いだけは捨てられねぇんだ!

「俺だってそんな事は分かっている!頭では分かっていても、そんなに簡単に割り切れねぇんだよっ!」

小十郎は悪くない。
それでも、俺は自分を抑え切れなくて、小十郎に向かって思わず怒鳴ると立ち上がり部屋を出て行こうとした。

「政宗様!お待ち下さい!」

振り返ると小十郎が必死の形相で俺を引き止めようとしたが、俺は応える事なく部屋を飛び出して行った。


部屋を飛び出して真直ぐ厩へ向かうと、愛馬にひらりと跨がり俺は城門から駆け出して行った。
こうして供も連れずに出歩くのなんて久し振りだった。
後ろから俺を止める声が聞こえたが、それもすぐに遠ざかった。
城下の武家屋敷を通り過ぎ、あてもなく馬を繰る。

どこか遠くへ行きたかった。

やがて俺が辿り着いたのは、仙台の町外れの浜辺だった。
誰もいない砂浜を駆け、しばらくして俺は馬を降りた。

人気のない浜辺は、最後に遙と行った海を思い起こさせた。
あの時と違って、浜辺を吹く風は肌寒かった。
無性に遙の温もりが恋しくなる。
馬を座らせて、その腹にもたれかかって暖を取りながら、目の前に広がる大海原を見つめた。
住む世界は違うのに、目の前の海は遙と一緒に見た海とよく似ていた。
こうして海を眺めていると、また遙と出会って、二人で眺められそうな気さえしてくる。
俺は、首から下げたロケットを着物の襟の下から取り出し、蓋を開けた。
遙の変わらぬ笑顔を見て切なくなる。
目を閉じればまだ遙の温もりが思い出せるのに、他の女を抱いて、記憶が塗り替えられるのが怖かった。

「遙…」

ロケットをそっと握り、胸に当てて目を閉じると、遙の甘い歌声を思い出した。
俺がねだるとよく歌ってくれたEternal Flameを。
記憶を辿りながら、俺も歌い始めた。

Close your eyes
Give me your hand, darling
Do you feel my heart beating?
Do you understand?
Do you feel the same?
Am I only dreaming?
Is this burning an eternal flame?

「an eternal flame…でも、もうすぐ吹き消されそうだ、遙…」

いつか遙が聞いていた、Wild is the windという曲のように、嵐にさらわれて、俺の恋の炎も吹き消されそうな気がした。
でも、俺はそれを打ち消したくて、何度も繰り返しEternal Flameを歌った。
歌っているうちに、いつの間にか頬に涙が伝っていた。

「政宗様…」

背後から小十郎の声が聞こえて、俺は涙も拭わずに振り返った。

「政宗様…」

小十郎は一瞬驚いたように目を瞠ったが、すぐに事情を察したように哀しそうな表情になった。

「それほどまでにその女人をお想いですか。どのような御方ですか?」
「前に話したじゃねぇか」

俺の前に控えた小十郎を恨めしげに見つめると、小十郎は優しく笑った。

「今一度お聞かせ下さい」

俺はロケットを弄りながら、ぽつりぽつりと話し出した。

「遠い遠い、俺の手の届かない所にいる女だ」
「はい」
「馬鹿みたいにお人好しで、優しくて、俺を心の底から愛してくれた。俺のこの右目も、全部」
「そうですか…」

小十郎は優しい笑顔を浮かべて頷いた。
それが少し嬉しくて、俺は言葉を重ねた。

「ああ。それにとても頭のいい女だった。俺に政を教えてくれたのもあいつだった。どうすれば平和な世界が作れるのか、あいつは真剣に考えて、手掛かりを教えてくれた。昨日の会議の運び方も、教えてくれたのはあいつだった。あいつは医者の卵だった。だからこそ俺の右目も愛してくれた」
「それは真にございますか?真ならば得難い女人ですね」
「ああ」

俺は首から下げていたロケットを外し、小十郎に差し出した。

「蓋を開けてみろ」

小十郎は、物珍しそうに片翼のロケットを眺めて、そっと蓋を開けた。
途端に小十郎は声を上げた。

「これは…!」
「ああ、これは写真という。絵とは全然違うよな」
「写真ですか…。とても綺麗な方ですね」

小十郎は感嘆の声を漏らした。

「お前もそう思うか?綺麗な女だ。容姿も、心も。遙という」
「遙様ですか…。本当にもうお会い出来ないのですか?」

小十郎は痛ましげに俺を見つめた。
俺はその視線を真直ぐ受けるのが辛くて顔を背けた。

「多分…。でも俺はまだ望みを捨てたくねぇんだ。また会えると信じてぇんだ。…お前は反対するかも知れねぇけど…」

小十郎はしばらくの沈黙の後に溜め息を吐いた。

「まず、全国の治水開墾、強兵に努めましょう。武田や伊達の家臣は、しばらくこの小十郎が何とか致します」
「小十郎?」

俺は俯いていた顔を上げた。
小十郎は俺にロケットを返して言った。

「もし奇跡が起きてその女人と再会出来るなら、この小十郎、何としてでも政宗様の望みを叶えましょう。しかし、この小十郎とて限界はあります。政宗様には覚悟を決めて頂かなくてはならない事もございます」
「小十郎、thanks」

心から礼を言うと小十郎は哀しげに、でも優しく笑った。

「この小十郎、政宗様がそのような御方に出会えて嬉しく思いますよ。どうかお二人が再び巡り合えるよう、祈って止みません」

小十郎の願いは俺の願いそのものだった。

遙…。
俺達はまた会えるんだろうか。
会えるのはいつなんだろうか。

遙…遙…。
早く俺に会いに来てくれ。
俺が姫を迎えるその前に。
お前の面影を忘れてしまうその前に…。
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