部下が、伊達政宗の奥義で3人吹き飛ばされて倒れているのが見えた。
俺が着くまであと10秒。
何とか立ち上がれ!!
7、6、5、4、よし立ち上がった!
指笛を吹くと、すぐに陣形を立て直した。
伊達の騎馬隊はみな馬を降りて陣形を取っている。
いつでも民家に飛び込めるよう、適度な間合いで、威嚇している。
2、1、到着!
伊達政宗との距離は20尺、完璧な間合い。
「猿飛佐助、見参」
「やっと現れたか、猿飛佐助。遙を奪いに来た。俺の目的は、遙だけだ。遙を渡せば誰の命も取らねぇ。遙を今すぐ出せっ!!」
伊達政宗の隻眼はギラギラと炎に燃えたように怒りに満ち溢れ、全身から凄まじい殺気が迸り、怒りに呼応するように、全身がばちばちと帯電している。
あまりの迫力に、俺ですら、気圧された。
表情を変えないので精一杯だ。
あのリーゼント軍団を率いて、戦を楽しむかのようにニヤリと笑って戦う姿はよく見て来た。
よく練られた戦略で、手早く戦を終わらせて来た伊達政宗の本気で戦う姿は、今まで見て来たつもりだったけど、この男は、本当は今の今まで全く本気を出していなかった事を悟った。
今、伊達政宗は、最高潮の怒りに満ち溢れ、言葉は穏やかでも、下手な刺激をしたら、数分のうちに俺達を全滅させ、もし遙が見つからないのならば、後続部隊を全て動かしてでも、甲斐に攻め入るつもりだ。
こんなにガチで本気で怒り狂った伊達政宗を見るのは初めてだ。
遙!?
君、本当に何者なのっ!?
肩に担いで走ってくれば良かったよっ!!
ヤバいよっ、俺、既に、ピンチ!!
遙到着まで、あと5分。
早く来てよっ!!
頭の中で目まぐるしく計算する。
上空から見た伊達軍の戦力は、精鋭じゃない。
おそらく疱瘡に免疫のある、寄せ集め部隊。
俺と焔で伊達政宗を抑え、残り5人で防衛すれば、15分なら時間稼ぎは出来る。
10分以内に絶対来てよっ、遙!!
俺は笑顔の仮面をつけながら、背中にだらだら汗をかいていた。
それほどまでに、今の伊達政宗の迫力は圧倒的だ。
「悪いけど、話し合いの余地はないかな?」
「話す事は何もねぇ。お前ぇらに与えられた選択肢はただ一つ!遙を俺に渡す事だけだっ!!」
言い放つと共に、伊達政宗は一気に間合いを詰めて来た。
六爪じゃない、刀一本。
俺は小太刀の二刀流で、それを受け止めた。
刃が交わる音が大きく鳴り響いた。
後ろに6尺は後退させられるほどの凄まじい剣圧だ。
これで斬られずに済むのは、小太刀は防衛戦に向いているからだ。
そのまま、何とか剣を受け止めたまま、両者の力が拮抗して動かない。
出陣から約3分経過、遙到着まであと3分。
何とかなるかも!!
焔の気配が頭上に現れ、伊達政宗の死角、つまり右斜め後ろに降り立つと、伊達政宗は、舌打ちをして後ろに飛び後退して間合いを取り直した。
刀に有利な絶妙な間合いを取りながら、俺達の力量を計るかのように交互に隻眼を走らせた。
俺と焔は、じりじりと、防衛に適した間合いに移動しながら、伊達政宗の動きを封じるように二手に分かれて囲んだ。
伊達政宗も、刀を構えたまま、じりじりと移動する。
多分、これで、2分経過。
あと1分なら何とかなるっ!!
「おとなしく、遙を渡せ、猿飛!!遙は伊達で預かる!!遙は俺だけのもんだ!!」
「今は、渡せない!!お館様と交渉してよ!!」
「武田の姫を押し付けられるのは御免だぜっ!!」
言うなり、伊達政宗は二刀流で、俺と焔を一度に仕留めようと刀を振るった。
下段で俺達はそれぞれ刀を受け止めた。
稲妻と共にまた大きな金属音が広場に鳴り響く。
またものすごい剣圧に押されつつ、わざと時間稼ぎのために力を拮抗させて、たっぷり30秒ほど経った所で俺と焔は同時に小太刀を上に振るって押し返して、また間合いを取った。
もう遙が現れてもいい頃なのに、背後に気配を全く感じない。
本来なら1分前に既に走る足音が聞こえて来るはずだったのに、おかしい。
遙の身に何かあったと考えるべきだ。
俺は小太刀を二本構えたまま、それをゆっくりと擦り合わせた。
金属のキィィンという鋭い音が鳴り響く。
これは、探索せよ、の合図。
すぐに焔はそれに気付き、伊達政宗に怪しまれない程度の速さで、じりじりと、後退して行った。
それに合わせて伊達政宗と一対一で対峙する陣形に変えて行く。
伊達政宗の燃えるような視線が俺だけに注がれた。
また刀に有利な広い間合いをすっと取られる。
そして、刀を一本収め、また両手で構えを取った。
「何を考えてやがる、猿飛佐助」
「村人を守る事かな」
「ほざけっ!!」
言うが早いか、上から飛び込んで来るようにまた刀が上段から振り下ろされた。
それを受け止めて渾身の力で弾き返した。
ダメだ。
あと何回、これで持ちこたえられるか。
肩で息をしながら、また構えを取る。
防衛戦は、得意な方だけど、力量が圧倒的に違い過ぎる。
全身から殺気と怒りを迸らせつつも、六爪を使わない所を見ると、これでも伊達政宗は今にも爆発しそうな怒りを必死に堪えながら戦っているのが分かる。
何故だか互いを傷付けないように、戦っている。
俺も、伊達政宗も。
構えを解かないまま、じりじりと間合いを取りながら、仕掛けるタイミングを図りつつ、何か時間稼ぎをしているような感じがする。
もしかして、伊達政宗も、遙がどこかから出て来るのを待ってるのか…?
もしかして、伊達政宗は遙の事を、俺が予想していた以上によく知っている…?
遙が誰も傷付けたくないのを知っていて、怒りに燃えながらも、じっと耐えて、遙を待っている…?
俺の部下達も刃を交わせながらも、誰も致命傷を受けていない。
背後の気配で分かる。
焔が大分後ろに後退した。
また小太刀を擦り合わる音が響き、その後に、カチっと軽く二本の小太刀で音を立てる。
焔の放った合言葉だ。
これで、主を探索せよ、という合言葉が部下全員に伝わった。
これで、戦闘開始から、12分くらいだ。
背後の部下達の気配が、じりじりと後退しだした。
すごく胸騒ぎがする。
いくら何でも遅すぎる。
たとえ途中で転んだとしても、もう着いていていい頃だ。
嫌な予感がしてたまらない。
すごくすごく嫌な予感、胸が苦しくてたまらないほどの胸騒ぎがする。
絶対、遙の身に何かがあった。
それも、相当危険な目に遭っている気がする。
銃声は聞こえなかった。
と言う事は、遙が危険を察知出来なかった人物に襲われた、という事だ。
つまり、真田幸村…。
俺の胸騒ぎの原因…。
真田幸村が何を考えているのか分からない。
恐らく何らかの方法で、伊達政宗の到着に気付き、村の背後から忍び込み、こちらに向かう遙を襲った。
もしくは、捕らえて伊達政宗に渡さないように拘束して口封じをしている。
ただ囚われの身になっているだけなら、発見し次第、真田幸村から救出して伊達政宗に差し出すのが最高の一手。
だから、探索を待つしかない。
でも、このむかつくような胸騒ぎは、只事ではない気がする。
ああ、本当に肩に担いでくれば良かった!!
「遙っ!!どこだっ!!早く俺の所へ来いっ!!」
伊達政宗が、村中に響くような悲痛な声で叫んだ。
怒りに満ち溢れつつも、哀しみに満ちた瞳をしている。
その瞬間、確信した。
伊達政宗は、間違いなく遙と会った事があって、それで遙を待ってると。
しかも…ただ会っただけじゃない。
伊達政宗は、とても遙を大切に想っている。
そんな感じの悲痛な叫びと目の色だった。
何か、嫌な予感が倍増して行った。
頭の中で色々な符号がカチカチと組み上がっていく。
遙のたった一つの願いは、伊達政宗の下へ行く事。
そして、恐らく伊達政宗は遙をとても大切に想っている。
自らの先鋒での出陣、この戦い方、それから背後に伊達三傑まで動かしている。
まだ憶測の段階にしか過ぎないけど、でも、でも、でも…。
もしかして、もしかしてなんだけど、遙の夫って伊達政宗の事!?
いやいやいやいや、そんな噂聞いた事ないし、伊達政宗の神隠しなんて。
でも、あの願掛けの耳飾りは二人ともしている…。
伊達政宗が女遊び止めたのっていつだっけ…?
天下統一の戦を始めたのと同時だ…。
あれは、えーと…えええっ!?
7年くらい前だ!!
遙の夫の失踪の時期と一緒!!
全身から冷や汗どころの話じゃない。
こうして構えてる小太刀の手が震えないので精一杯!
もし、本当に遙の夫が伊達政宗で、真田幸村が遙を襲って殺害したなんて事になったら、甲斐は間違いなく滅びる!!
数日で十万超の軍勢で襲撃されて、全滅!!
ま、マジで!?
本当に担いで走れば良かった!!
「遙!!返事をしろっ!!遙っ!!俺にお前の声を聞かせろっ!!遙っ!!」
また伊達政宗が悲痛な叫びを上げた。
その瞳は、ほとんど泣きそうなほどに切なそうに潤んでいる。
声を聞かせろって、絶対声を知ってるって事だよね?
切なくて泣きたいくらいに、遙を焦がれてるって事だよね?
って事は、やっぱり遙の夫って伊達政宗なんだ!!
ヤバいヤバいヤバい、これで遙が出て来なかったら、本気で伊達政宗が痺れを切らして、村中探し回る、絶対に!!
それで、亡骸でも見つけようものなら、甲斐は終わりだ!!
なら、せめて、遙が最期に仕掛けた切り札、発動して!!
ねぇ!!切り札って何!?
何でもいいから、早く発動して!!
「遙!!お前を迎えに来た!!俺の所に戻って来い!!早く俺の腕ん中に飛び込んで来いっ!!」
ダメ押しのビンゴ、来たー!!
戻って来いって、腕に飛び込めって、遙はやっぱりかつて伊達政宗のものだったんだ!!
遙の夫、伊達政宗に確定!!
ヤバいヤバいヤバい、これで、遙が出て来なかったら、甲斐壊滅決定!!
お願い、切り札切り札!!
お願いだから、今すぐ発動して!!
「やだやだ!!先生を連れてかないで!!うわーん!!」
突然大声で泣きながら俺のすぐ背後から飛び出した、この声は、右目のあの子!!
その瞬間、伊達政宗は血相を変えて叫んだ。
「お前ぇら全員、剣を引けっ!!今すぐだっ!!」
「でも筆頭!!」
「黙って剣を引け!!」
「押忍!!」
俺はその瞬間、大きく後ろに飛んで後退した。
いや、マジ、びびって驚いて、後退しちゃった…。
遙の切り札ってこの子の事だったの!?
疱瘡で右目を失った…伊達政宗と同じだ!!
伊達政宗にこの子を斬れるはずがない!
この子は、遙を絶対失う訳にはいかないし、遙をあんなに慕ってるから、絶対必ず発動する切り札!
それも、あの伊達政宗を絶対に黙らせる、最高最強の切り札!!
流石、あの肝っ玉母ちゃんの子!!
無知ゆえに怖いもの知らずの、最高最強の最後の切り札だっ!!
伊達政宗は、すぐに刀を収めた。
俺も小太刀を収めて部下達に武器を収める指示を送った。
小太刀が収められる。
遙が手術をした子どもは真っ直ぐに伊達政宗に向かって走り、その脚にぎゅうっと抱き付いた。
慌てて追いかけて来た母親が、限月の前立てを見て凍り付いて、俺の前でへなへなと座り込んだ。
「お願い!!遙先生を連れてかないでっ!!うわーん!!」
伊達政宗はサッと青褪めて、子どもの前に膝をついて座り、籠め手と兜を外すと優しく抱き締めた。
子どもの後頭部をそっと撫でてあやす、伊達政宗の隻眼は、今まで見た事がないくらいに、とてもとても優しかった。
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