Love Phantom -5-

伊達の兵士達の視線が完全に伊達政宗に引きつけられて動かない。
息を呑んで、伊達政宗を見つめて静まり返っている。

俺は、鳴るか鳴らないかの指鳴らしをした。
全員注視の合図。
全員の視線の気配を感じてすぐに、両手を後ろに回して、手話で指令を飛ばした。

遙の身に何が起きたか探れ。
報告のあるものは、報告せよ。
遙の身に何かがあると伊達政宗に知れたら、甲斐は全滅だ。
遙が無事なら、真田幸村を撃退して、伊達政宗に差し出せ。
すでに手遅れの場合、厳戒体制を維持、伝令を確保。
伊達政宗撤退と共に、総動員で遙を救出、以上。

その間、約30秒。
伊達政宗は、泣き止まない子の頭を優しく優しく撫でて、あやし続けていた。

「大丈夫だ。大丈夫だから、心配すんな。お前が泣いたら遙が悲しむ。だから、泣くな…」

背後の気配がさりげなく移動していく。
焔の気配を斜め後ろに感じて、俺は斜めに立った。
お互いに視野ぎりぎりの、前を向いていても、目の端で口元の小さな動きが見える位置。
伊達政宗を見ている振りをして、唇の微かな動きだけで会話出来る位置。

「拷問の薬を使って幸村が遙様を陵辱中。紅い華のため差し出すのは不可能。強姦未遂。政宗に聞こえる距離、単独では救出不能、以上」

何だって!?
あの真田幸村が、そんな事を!?
目の前が真っ暗になりそうだったけど、すぐに思考を切り替えて指令を飛ばした。

「四方から囲み、全員で吹き矢を使え。即効性の痺れ薬だ。半日効くやつ。完全に気配を消し、全弾打ち込め。その後、遙を落ち着かせ、解毒せよ、以上」
「承知」

全弾打ち込んだら、効きすぎて死ぬ恐れもあるけれど、解毒の薬もある。
とにかく伊達政宗撤退までは、声も出せずに動けないようにしなければ。

伊達政宗は、子どもを抱き締めたまま、すうっと涙を流した。
一筋涙が流れると、次々に溢れ出して、伊達政宗は、目をそっと閉じて、遙によく似た切なげな表情で静かに泣いた。

ああ、とても遙の涙によく似た、綺麗な綺麗な涙だ…。
静かに涙を流す顔の美しさや表情まで、そっくりだ。
似た者夫婦って言うけど、伊達政宗と遙は、本当に深い深い絆で結ばれているんだ…。

それを思うと、腹の中が煮え滾って、怒りと悔しさと哀しみのあまり、俺らしくもなく、目頭が熱くなっていった。

酷い、酷過ぎる。
遙をあんなに悲痛な声で呼ぶ政宗の声を聞かせながら、遙を犯すなんて、酷過ぎる!!
殺すより残酷だ!
しかも、あの薬を使ったら、抵抗も出来ずに叫び声も上げられない。
何度、遙は政宗の名前を呼んだ事だろう…。

俺は怒りに震える拳を握りしめた。

焔は伊達政宗が目を閉じた瞬間に、すぐに遠く後ろに後退し、他の気配も動き出している。
そうか、あの納屋か…!!
俺が気付いた瞬間、部下達の気配は完全に消えた。
真田幸村は、忍の気配に敏感だから、俺ですら感じられない位に、完全に消えた。
間に合ってくれればいい。
後は、それを祈るしかない。

「お侍さん、泣いてるの?どこか痛いの?」

すっかり泣き止んだ子どもが、心配そうに政宗に尋ねた。

「ああ、心が痛くてたまらなくて、切なくて、泣いてる…」
「お胸が痛いの?遙先生ならきっと治してくれるよ?」
「ああ、そうだな…。俺の心の痛みを治せるのは、遙だけだ…。俺の大切な大切な、この世でたった一人、今でも愛して止まない、遙だけだ…」

そう囁くように言って、政宗はまた静かに泣いた。
綺麗な綺麗な涙が、頬を伝って滑り落ちて行く。
涙で押し殺した声が、あまりにも切なげで、その言葉が酷く心に響いて、ずっと堪えていた涙腺が決壊して、一筋だけ涙が頬を滑り落ちて行った。
ああ、涙は滅多に俺、流さないのに。

「遙先生、呼んで来ようか?」
「いや、いい。お前を見て、遙が出て来ない理由が分かった。それより、俺に話を聞かせてくれ。お前の右目と、遙の話を」
「うん、いいよ!」

政宗は涙を拭うと、子どもの前に座り込んだ。
涙を拭った左手の薬指には、遙の指輪と全くお揃いの指輪がはめられていて、手の動きに合わせて、3粒の大きなダイヤモンドがキラキラと煌めいた。
これが、永遠の輝き…。
永遠の愛の証の、揃いの結婚指輪…。
純愛の結晶…。
伊達政宗と遙の夫婦の証…。

子どももお尻をついて、膝を抱えて座って政宗を見上げた。
俺は、その子の後ろまで歩いて行った。
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