越後の上等な酒だ。
悪酔いはしねぇが、それだけにどれだけ酔うのに時間がかかるか全く読めねぇ!!
12刻スペシャルで収まるか不安になる。
政宗様は一気に湯呑の酒を飲み干すと、深い溜息を吐いた。
「小十郎、全然足りねぇ。もう一杯だ…ぐすっ…」
「はっ!」
俺は、また政宗様の湯呑に酒を注いだ。
また政宗様は一気に飲み干して、溜息を吐くと、またさめざめと泣きながら、俺の湯呑にも酒を注いだ。
「お前も飲めよ。素面でなんか話せねぇし、お前も素面だと話しにくい」
「かしこまりました」
俺も政宗様に倣って一気に飲み干した。
かなりいい酒だ。
淡麗辛口、越の寒梅、か。
ふと一升瓶を見ると、一刻も持たなそうで焦る。
一本空けた所ですぐにまた手配だ。
俺は、かなり酒に強いから、政宗様のお望み通りにはなかなか酔えない。
ただ、酒を酌み交わすだけでも政宗様は納得なさるから、頭は冴え切った状態でいつもお話を聞く。
俺は、また政宗様の湯呑に酒をなみなみと注いで、政宗様は一気に飲み干して、ようやく少し満足したように溜息を吐いた。
とりあえず、さりげなくつまみを政宗様の前に置いて、また酒を注いでおいた。
政宗様は、煙管で煙草を吸うと、灰皿に灰を落とし、また少し酒を飲むと溜息を吐いた。
「俺が早計だったばかりに、遙を傷付けちまった…」
囁くようにそう言うと、またさめざめと泣き、酒を呷った。
俺は、素知らぬ振りをして政宗様に尋ねた。
「早計だったとは…?」
政宗様は、涙ぐんで嗚咽を漏らした。
「あいつっ!!俺と同じ、疱瘡で右目を患った幼い娘の治療をしてて、甲斐を離れられなかったんだっ!!それなのに、俺があいつを迎えに行ったから、決心が鈍るとでも思ったのか、俺の前に姿すら現さなかった!!きっとあいつ、俺に会いたくて扉の向こうで泣いてた気がするっ!!俺が遙を傷付けちまった…!!…ぐすっ…」
「政宗様、ご自分を責めてはなりません。遙様は、きっと政宗様のお声を聞けて、喜んでらしたと思いますよ?政宗様からお話をお伺いした遙様とはそういう女人だとこの小十郎は感じました」
「ううっ…小十郎、お前はそう思うか?」
「ええ、もちろんでございます」
「でもっ、でもっ、俺は、一目でいいから遙に会いたかったっ!!ちゃんと話してくれれば、俺だって攫うのを諦めて、抱き締めるだけで後日出直したっ!!何で、あいつは変な所であんなに頑固なんだっ!?」
政宗様は泣き崩れて、また湯呑の酒を飲み干した。
灼をしながら考える。
何だか少し引っかかる。
遙様は、政宗様の性格をよく分かっていらっしゃるはず。
政宗様を宥めすかしてお帰ししそうなものなのに、姿も現さないとは、妙だ。
「もしや政宗様、お怒りのあまり村人達を怖がらせてしまって、猿飛佐助に警戒されてしまわれたのではございませんか?」
そう尋ねると、政宗様はぎくっと固まった後、またさめざめと泣きながら頷いた。
「俺が到着と共に、猿飛佐助の部下達と戦闘になった。その後、猿飛佐助がすぐに現れ戦闘になった。苛ついて、怒り狂ってたのは間違いねぇ」
「村人達は?」
「皆、屋内に退避していた。誰も戦う所を見てねぇし、怪我もしてねぇよ」
「そうですか…」
政宗様がお怒りになると、全身が稲妻で包まれる。
流石の遙様もその状態の政宗様には近寄る事が出来なかったのかも知れない。
恐らく、猿飛佐助の忍が政宗様到着と俺の存在を直前に知り、猿飛佐助に報告した所、遙様が政宗様と俺を守るために忍隊の指揮を取り、村人達も退避させたのだろう。
だが、まだ引っかかる。
直前であれ、それだけの布陣を敷けたのなら、政宗様の到着をお待ちしてすぐに説得に当たるほどの女傑のはずなのに、何故姿を現さなかったのか。
遙様ならば、戦闘になる事すら嫌いそうなお方のような気がする。
伊達の存在を伏せたのも、政宗様と俺を守るだけでなく、戦を恐れたのだろう。
「政宗様、右目を患った幼い娘の存在は、どうして露顕したのでございますか?」
「俺が、遙を迎えに来たって叫んだら、右目の幼い娘が遙を連れてっちゃヤダって泣きながら飛び出して来た。それで、俺は全てを悟ったんだ。遙はこの娘の治療のために村を離れられねぇって…。俺、怒り狂ってたから、遙も俺を説得出来る自信がなかったんだろな…。俺が遙を連れ去ったら、あの娘の治療が出来なくなる。だから、遙はきっと姿を現さなかったんだ…ううっ…全部、俺のせいだ…」
「そうでしたか…」
政宗様はまたさめざめと泣きながら一気に湯呑の酒を飲み干した。
そして、ぐすぐすと泣いておられる。
政宗様のお怒りは相当だったんだろう。
多分、引き金は武田の姫との遭遇だ。
政宗様は胸騒ぎがするとおっしゃっていた。
だからこそ、焦って怒りを爆発させてしまったのだろう。
ああ、本当に、俺がお供さえ出来れば、政宗様を抑える事が出来たのに、無念極まりない!!
そうすれば、政宗様がこんなに泣き酒をする事もなかったはずだ!!
俺が疱瘡に免疫がなかったばかりに…!!
俺も手酌でなみなみと酒を注ぐと、一気に飲み干した。
ああ、無念でたまらねぇ!!
「政宗様、右目の娘の治療はあとどれ程かかるのでございますか?正直、切り取ってさえしまえば、後は猿飛佐助に任せてもよろしいのではないのですか?」
「んな事、出来る訳ねぇだろ!!遙が許すはずがねぇ!!ううっ…遙っ!!」
「遙様が許さないとは、一体…?」
政宗様は手酌で酒を注ぐと一気に飲み干して、溜息を吐いた。
「あいつ、この7年ですげぇ医者になりやがった。俺の右目は痛み止めもなく、気を失うほどの激痛の中切り取られたが、遙はそれを不憫に思って、娘に麻酔という痛みを全く感じさせない強い眠り薬を使って右目を摘出した。俺みたいに、小刀で乱暴に抉って目蓋を縫うだけの治療なんかじゃねぇ。俺はあの時、何度も右目が膿んでその度に熱が出て膿を出して、傷痕もぐちゃぐちゃだった。遙は猿飛佐助を助手にして、一刻半かけて、丁寧に眼球を摘出しただけじゃなくて、その中に出来た疱瘡の膿疱も綺麗に取り除いた。血管も全部完璧に止血して、傷痕から出血する事も膿む事もねぇ。あの娘は、眼球摘出後、3日しか経ってなかったのに、とても元気だった。でも、それは遙がずっと痛み止めの処置をしていたからだ。それだけじゃねぇ。完全に治ったら、見た目には偽物って分からねぇくらい精巧な義眼を入れて治すって聞いた。俺みたいに眼帯で目を隠す必要なんてなくなる。マジですげぇ医者になりやがった」
「何と…!!そのような事が可能なのですか!?」
「ああ。あいつ、伊達に7年間修行してねぇ。猿飛佐助が言ってた。遙はあの娘の治療に全てを懸けてるって。多分、遙には俺の右目と重なって見えたんだろう。だから、力の限りを尽くして、俺みたいに哀しい子どもを作らないように必死だったんだ…。ううっ…遙っ!!」
俺は、遙様の医術に本当に驚き、そして、それが政宗様の御為だと思うと、胸がいっぱいになって涙が溢れて来た。
「遙様っ!!何っとお心優しいっ!!政宗様をご自分の手で救えなかった事を悔やみ、二度と政宗様のような哀しいお子様を作らないようにとのご決心!そして、お見事な医術!!この小十郎、感動の極みでございますっ!!」
政宗様は、泣きながら俺の肩に手を置いて、何度も何度も頷いた。
「遙様っ!!やっぱ最っ高の姐さんッス!!うおおおお!!」
「当たり前だっ!!俺のこの醜い右目も愛してくれた女だっ!!今までそんな女、いなかった!!右目の摘出だって、普通の女なら卒倒しちまうくらいに生々しくてグロいのに、それをやってのけたんだ!!最高の女に決まってんだろっ!!」
政宗様は、部屋の外に向かって怒鳴った。
すっかり盗み聞きをされているのをお忘れになっておられる。
でも、政宗様のお気持ちもよく分かる。
あの飛び出した右目を見るだけで肝を潰しても仕方ないのに、それを一刻半もかけて丁寧に摘出したなんて、肝の据わり方が半端じゃねぇ。
誠に素晴らしいお方だ。
何だか俺も泣けて来る。
政宗様のお世話を今までして来たのが全て小姓だったのは、眼帯の下の右目を見て卒倒してしまった女中がいたからだった。
政宗様はそれで深く傷付かれた。
政宗様の右目を摘出しようとした典医ですら肝を潰して、代わりに俺が摘出したというのに、完璧に治療をして、その上政宗様の悲願だった義眼まで入れるおつもりなど、本当に素晴らしい医者としか言いようがない。
「遙はあの娘に義眼を入れるまでは甲斐を離れられねぇんだ。なのに、俺が早まったから…ぐすっ…」
政宗様はまた涙を流し、手酌で酒をなみなみと注ぐと一気に呷って、溜息を吐いた。
そして、思い出したように、また嗚咽を漏らして泣き始めた。
「あいつは、どれだけ俺を泣かせれば気が済むんだっ!!ううっ…。遙は、とても優しくて、怒る事なんてまずあり得ねぇ。なのに、あの娘の視力がなくなったと気付いてすぐに、母親を呼び出して叱ったんだ。…ぐすっ…。あの娘の目玉が飛び出しちまっても嫌ったりしねぇか、それでも可愛がれるか、化け物だなんて罵ったりしねぇかってっ!!俺の心の傷を知っててあの娘の心を救おうとした。それを聞いた俺の気持ちを考えてみろっ!!惚れ直すに決まってんだろ!?俺、すっげぇ救われた!!泣かずにいられるかっ!!遙の俺への愛の証だっ!!」
ぽろぽろと泣く政宗様に、既に聞いて知ってるのに、俺はまたもらい泣きをしてしまった。
政宗様を深く深く傷付けた義姫様のお言葉を知っていて、完全に治せるのも分かっているのに、母親を叱った遙様のお気持ちは、政宗様への愛情以外の何物でもない。
それほどまでに、遙様が政宗様を大切に想っておられると思ったら、泣かずにいられねぇ!!
襖の向こうからも、もらい泣きの声の大合唱が聞こえて来た。
「遙様っ!!最っ高ッス!!筆頭への愛に感動の嵐ッス!!姐さん、最っ高に情が深いッス!!うおおおお!」
政宗様は何度も満足そうに頷いて、そしてまた手酌で酒を注ぐと一気に呷った。
俺も飲まずにいられなくて、手酌で酒を注いで一気に飲み干した。
そこで、一升瓶が空になった。
「おい、酒の追加だっ!!」
「はい、小十郎様っ!!」
俺は席を立ち、襖の前に空瓶を置くと、部下がそれを下げてまた調達しに行った。
俺は、新しい酒の封を切ると、政宗様の湯呑になみなみと酒を注いだ。
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