「ああ、俺もそう思って怒り狂った。でも、遙の前の男は酷い奴でな、金銭的にも遙に頼りきりで、遙に借りも相当あった。伝令も全て遙が負担していて痺れを切らした遙は、頭を冷やさせるために連絡を止めた。その途端、その男は遙を捨てやがった。別れ話もさせずにな。遙は、呆れるほど律儀な女だ。その男がまた接触するのを恐れて、別れ話をするために俺を退けた。俺が嫉妬しないための配慮だったが、タイミングが悪かったな。執拗に遙に迫っていた所に俺が帰宅して、浮気だと思った俺は、遙をなじって外に飛び出した。でも、後で全部俺の誤解だって分かったんだ…。それを教えてくれたのは、遙の親友、美紀だ」
政宗様は、言葉を切って俺に湯呑を差し出した。
酒を注いで差し上げると、政宗様は一気に呷って溜息を吐いた。
「俺、伊達の世継ぎとして生まれたから勘定方に任せきりで、遙の負担なんて考えた事もなかった。遙のお家は裕福だが、生活費は遙が働いて賄っていたんだ。俺はそれに甘えていた事に気付いていなかった。美紀は遙の前の男と俺は本質的に違うとは言ってくれたが、俺は自分が許せなくて、美紀の力を借りて小判を向こうの貨幣に換金した。それで遙の生活を保障する事にした。あと、罪滅ぼしと、遙の願いを叶えるために、美紀に協力してもらった」
そこで、政宗様は悪戯っぽく笑った。
俺は、その意味深な笑みに尋ねられずにいられなかった。
「政宗様、遙様の願いとは…?」
「俺との祝言だ」
その瞬間、背後から歓声が上がった。
「筆頭おめでとうございますっ!!」
「ううっ、俺も筆頭の祝言を祝いたかったッス!!」
「流石、筆頭、男前ッス!!」
政宗様は声を立てて笑った。
政宗様の祝言のお話を既に聞いていた俺の心境は複雑だった。
「政宗様、なにゆえ祝い客もいない祝言など思い付かれたのですか?」
そう問うと、政宗様は悲しそうな表情になった。
「遙の世界の祝言は、神の前で永遠の愛を誓うんだ。俺と遙は、離れたらもう二度と出会えないと二人とも思ってた。遙は他の男とそんな祝言を挙げるのは嫌だって泣いた。あいつ、世継ぎだったからな。祝言は避けられねぇ。だから、祝い客もなにも関係ねぇ。他の男に取られる前に、先に俺が神の前で遙に永遠の愛を誓った。証人は美紀だ。この指輪がその誓いの証だ。遙もいまだに外していねぇ。猿飛がそう言ってた」
「筆頭!!流石ッス!!流石天下一の伊達男ッス!!」
「姐さんが健気で可愛いッス!!筆頭にぞっこんで最っ高に可愛いッス!!」
「当たり前だっ!!遙ほど健気で綺麗で可愛い女なんてこの世にいねぇっ!!すっげぇ幸せな祝言だった…」
政宗様は思い出したのか、また今度は感涙に咽び泣いた。
背後からも感極まったように啜り泣きが聞こえて来る。
ひとしきり泣くと、政宗様は、祝言の一日を噛みしめるようにお話なさった。
突然祝言の場に連れて行かれて驚いた遙様の事。
遙様との誓いのお言葉。
遙様の世界の祝言の習わし。
想像を絶するロマンチックな祝言で、思わず俺はもらい泣きをした。
政宗様が何故あんなにお幸せそうだったのかやっと分かった。
そして、その場にいられなかった事が口惜しくてたまらなかった。
背後からも感極まったような男泣きの泣き声が聞こえて来る。
政宗様は幸せそうに語ると、満足そうに何度も頷いて、また手酌で酒を呷った。
「Hey, お前ぇら、ここで中入りだ!朝餉が済んだら続きだ!!」
「押忍!!」
すっかり夜も明けて、日も随分と高くなっている。
朝餉の事をすっかり忘れていた。
俺は、部下達に朝餉の手配を指示した。
政宗様はいったん席を外し、顔を洗って来たのか、しばらくしてから髪を少し濡らして戻って来て、また酒を飲んでいた。
俺も席を外して首尾を確認して厠から戻り、また政宗様の酒に付き合った。
ほどなくして、軽めの朝餉が運ばれて来て、それをつまみに政宗様と酒を酌み交わした。
いつもの惚気とは一味違う、本当にお幸せそうな政宗様を見て心が安らぐ。
本当に政宗様は心から遙様を愛しておられるのだとしみじみと感じた。
部下達は、政宗様のお話が早く聞きたくてたまらないのか、さっさと朝餉を済ませてバタバタとまた廊下に集まった。
俺と政宗様はまだ半分くらいしか食べてねぇってのに。
まあ、酒のつまみだと思えば話の再開は出来る。
中入り含めての12刻スペシャルで収まるか、かなり不安だが、ここまで聞いたら、最後まで聞かないと後味が悪ぃし気になって仕方ねぇ。
「政宗様、そして祝言の後はどうなさったのでございますか?」
「ああ、新婚旅行に二人で行った。伊東温泉、伊豆の国の東にあたるか。でも、その前に話を戻さなきゃならねぇな。美紀と遙の馴れ初めだ。美紀の人柄も遙の人柄も分かる、俺のお気に入りのエピソードだ。男のプライドって厄介だな。遙をなじって飛び出した後、すぐに謝りに行けば良かったのに、またそれで遙を泣かせちまった…」
政宗様は、小判の換金のエピソードをお話になった。
美紀は、流石遙様の親友というだけあって、本当に親切な御仁だ。
遙様を大切に思えばこそ、政宗様の事も大切にしている。
そして、お二人とも大学という学問所で医学の見習い生、つまり学生だった。
政宗様のお話によると、遙様の通われていた大学は日本最難関で、その中でも医学を学ぶ学生は日本随一。
宋の時代の科挙と同じくらい難しく、その中でも遙様は1、2を争うほど優秀だったという事だ。
宋と同じく優秀な者は金銭的に優遇されるため、裕福なお家柄出身の遙様は、そんなに難しい大学に入らなくてもいいのにと周りから妬まれ、その美貌ゆえにまた妬まれ、男からは高嶺の花で孤立してらした。
でも、遙様はご自分で生計を立てられ、陰で努力をしていた事に美紀が気付き、仲良くなって、遙様は天才でも何でもなく、普通の喜怒哀楽を持ったお方だと分かって親友になったという事だ。
とても心温まる話だ。
だからこそ、美紀は遙様のお幸せのために政宗様に協力し、政宗様と遙様の祝言の段取りを行ない、新婚旅行まで手配したという話だ。
俺は思わず感嘆の吐息を漏らした。
それほどまでに優秀で類い稀なお人柄だったからこそ、政宗様が遙様を愛したのは想像にかたくない。
猿飛佐助忍隊を掌握したのもそのお人柄ゆえで、さらに類い稀な頭脳であの短時間であの布陣を敷かれたのだ。
誠に得難いお方だ。
政宗様は、遙様との仲直りのお話に戻られ、遙様に贈りたかった酒の話をした。
「あいつ、酒が好きでな、舶来の酒をブレンドして作った酒の事をカクテルって言うんだ。遙にどうしても贈りたかったカクテルがあった。俺が恋をしたら、それは永遠の愛になるって意味が込められた、マ・シェリってカクテルだ。英語だったらダーリンだな。これはフランス語で、男が愛しい女を呼ぶ呼び名だ。遙の恋文のモンシェリは、女が男を呼ぶ呼び名だ。だから、俺にとって、マシェリは特別な思い入れがある言葉なんだ…」
「左様でございますか…」
道理で30回以上も呼んでらしたはずだ。
やっと納得した。
政宗様は、それから小判換金後の、遙様との幸せな逢瀬の日々のお話をなさった。
その合間を縫って、特注品の鞄を政宗様が恋文と共に注文なさったお話では、また皆でもらい泣きをした。
あの鞄があったから、遙様の存在を確認出来たようなものだ。
続いて、政宗様は、新婚旅行のお話をなさった。
遙様は、行書が読めなくて、政宗様のいろはの手習いに感動なさって鶺鴒の花押をせがんだと聞いた時は思わず笑ってしまった。
あれ程、英語だけでなく他の言語も操る遙様が行書すら読めない所がかえって微笑ましい。
遙様の初めての恋文はとても切なく、また部下達のもらい泣きの大合唱を呼んだ。
それでも、政宗様は本当に幸せな時を過ごされたのがひしひしと伝わって来た。
遙様を抱き締めて眠る喜び、目覚めてまだ安らかに眠る寝顔を眺める喜び。
そんな想いを一度知ったら、誰か姫を娶れという方が無理だ。
だからこそ、政宗様はずっと婚儀を拒んでいらした。
別れの時を政宗様も遙様も悟ってからは、聞いている俺達も辛くてもらい泣きをした。
遙様は、最後に政宗様に知り得る限りの帝王学を授けられた。
それが、今の政治に生かされていると思うと、遙様だけが政宗様の奥方様に相応しいと改めて感動した。
そして、別れの時は唐突に訪れ、政宗様は最後に遙様の手をしっかりと握ったのに、遙様だけが連れて帰れなかった。
その時の政宗様の悲しみを切々と訴えられたら、涙が止まらなかった。
俺達は政宗様と共に号泣をした。
しかし、しばらくして政宗様は涙を拭って爽やかに微笑まれた。
「俺、遙に戦を見せたくなかったから、それでいいと思ってる。あいつも立派な医者になった。だからこそ、今が再会の時なんだ。これが運命だと思ってる。あの娘が右目を患って遙に救われたのも運命だ。俺もそれで完全に救われた。だから、俺はまた遙に会いに行く。今度は堂々とな」
「政宗様っ!!」
「筆頭!!うおおおお!!」
何といじらしいお言葉!!
遙様を愛すればこそのお言葉でございます!!
流石は政宗様でございます!!
俺は涙が止まらなかった。
「政宗様っ!必ずや、また数日のうちに遙様にお会いしに行って差し上げて下さいっ!!」
「ああ、そうする。これで、俺の話は終わりだな。これが、俺と遙の恋の全てだ」
廊下から割れんばかりの拍手喝采と号泣が聞こえて来た。
まさか俺も政宗様がこんな秘密を抱えてらしたとは思わなかった。
正に部下が言う通り、愛の大河ドラマだ!!
「もう、夕刻だな。風呂に入って来る。お前ぇらもゆっくり休め。風呂から上がったらまたゆっくり飲む。何かすっきりした」
政宗様は爽やかな笑みを浮かべると、風呂の仕度をしてお部屋を出て行かれた。
必ずや政宗様と遙様を再会させて差し上げなければ!!
俺はそう固く決心をして、部屋に戻ると黒脛巾組を呼び出した。
「遙様からの接触はねぇか?」
「猿飛佐助の右腕からの接触がございました。数日中に遙様を政宗様にお返しするとの事です」
「数日中に…?妙だな…。何か隠してる様子は?」
「政宗様が落ち着かれる頃合いを知りたかった様子ではございました」
「なるほどな。戦を嫌う遙様らしい。分かった。引き続き探索を続けろ。下がっていいぞ」
「失礼仕ります」
俺は黒脛巾組を下がらせて、しばらくその接触の意味を考えていた。
右目の娘の治療がその頃終わって政宗様の下へ来られるのなら大歓迎だ。
だが、何故だか胸騒ぎがする。
どうしようもない違和感の理由を脳内で洗い出す。
遙様が姿を現さなかったのは、政宗様が怒り狂っておられたから。
しかし、政宗様は、右目の娘を見た瞬間に怒りを収められたはずだ。
それなのに、遙様は、最後までお声しか政宗様に聞かせなかった。
そこがどうしても引っかかる。
声は出せても、姿を見せられなかった理由があるはずだ。
だからきっと猿飛佐助が接触して来た。
何だか嫌な予感がしてたまらない。
もし、取り返しのつかないようなお怪我でもされていたら、政宗様は荒れに荒れに荒れ狂って、武田を攻めるだろう。
遙様の身に何かあって、政宗様のお怒りが収まるまで様子を窺っていたと考えるべきだ。
やっと立ち直ったばかりの政宗様を、今刺激する訳には行かない。
お話するなら明日だ。
後は黒脛巾組の報告を待つしかない。
遙様、どうかご無事でいらっしゃいますように。
切ないほどにそう願うしかなかった。
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