届カナイ愛ト知ッテイタノニ抑エ切レズニ愛シ続ケタ -4-

「あのさ、焔。姫様を抱いた経緯はよく分かったんだけどさ、それで何で身も心も二人が結ばれたか全然分かんないんだよね。姫様はそりゃ幸せだったと思うよ?好きな男に抱かれてさ、処女喪失の痛みもなくてさ、その上イカせてもらった訳だろ?でも、男としては何の得もないじゃん?何で真田幸村がそれで恋に落ちる訳?」

純粋に疑問に思って尋ねると、焔は淋し気に笑った。

「佐助様には理解出来ないでしょう。それは哀しい事でもあり、また醜い感情に囚われる事もなく幸せであるとも言えます。佐助様が裏の仕事に関わっている限り、知らない方が幸せな感情でございます」
「それって、つまり、愛って事?」

焔は哀し気な笑みを浮かべたまま頷いた。

「愛は、時にはとても幸せなものですが、時にはとても痛くて哀しいものです。だから、俺も佐助様も大切な者を作る事が出来ないのです。愛する者が傷付けば、己も傷付く。愛するが故に時には互いに傷付け合う。そして、愛する者を守るために他人を手にかける事すら厭わない時もある。忍にとってはとても厄介な感情でございます」
「そうだね…。字面では知ってる。だから、大切な者を作らないようにしてる。後戻り出来なくなって傷付けるのが怖いから。例え好きになっても、その子の幸せを遠くから見守りたい。俺なんかを愛したらいけない。だから、本当に大切にしたい人には唇にすら触れられない。だから俺は、本当の愛を知らない。遙を愛してると思ったけど、愛する男の下へ返したいってのは、愛と違うと思うよ」
「佐助様は、愛を既に知っておられますよ。貴方は遙様を愛していらっしゃいます。心の底から。だからこそ、唇にすら触れられないのです。忍でいる限り、愛する女を傷付けるのを避けられません。傷付けたくないから深入りしないために触れられないのです。そして、こうして愛する遙様をこのように傷付けられたからこそ、佐助様は怒りに燃えているのでございます」

俺は眠る遙を見下ろし、また沸き上がる怒りと哀しみに拳を握り締めた。

「ただし、佐助様はやはり本当に幸せな愛情というものを知らないのは確かでございますね。身も心も深い絆で結ばれた時に初めて分かる感情です。それは、例え恋仲でも夫婦でも、一部の方々しか知らない感情です。中でも遙様は、伊達政宗と類い稀なほど身も心も深く結ばれて、それで7年もの間、伊達政宗だけを想い続けていらっしゃいました。とてもとても幸せな温もりと、優しさに溢れた愛情に常に包まれていたに違いありません。だからこそ、遙様は伊達政宗を忘れられなかったのです。伊達政宗も遙様のお声を聞けただけで涙を流すほど、深く深く遙様を愛しております。そうですね、鍵になるのは幸せな温もりとでも申しましょうか」
「幸せな温もり…?」
「人は心が弱った時、温もりを求めます。だからこそ、病人の治療を手当てとも言います。手の温もりが病を癒すとも言えるくらいに人の身体の温もりとは癒しになります」
「それは何となく分かる気がする。遙を抱き締めた時、すごくホッとして何か幸せな感じがして、俺の穢れが少し祓えたような気がしたんだ…」
「左様でございましたか。ならば、話は早いですね」

焔は嬉しそうに微笑んだ後に、また冷静に分析する顔付きになった。

「まず、幸村様の感情の根底には、姫様をとても大切に思う気持ちがあります。守役としてずっと姫様のお側にいた時の様子からそれは明らかです。そして、幸村様は姫様と肌を重ねる事で初めて女人の温もりを知りました。更に、姫様の真っ直ぐな愛の言葉まで囁かれたら、温もりとの相乗効果で主として大切に思う気持ちが愛情に変わるのはとても容易い事です。それで幸村様は姫様と恋に落ちました」
「ああ、そうか。俺みたいに仕事で女を抱くんじゃなくて、真っさらな状態で呆れるほど真っ直ぐな性格だから、単純に初めての温もりと姫様の愛情に絆された訳だ。ったくつくづく温もりに弱いね、真田幸村は。遙に恋したのも遙を抱き締めて眠ったからだったよ、そういえば。分かった、納得」
「ああ、幸村様が遙様に恋した経緯はそうだったんですね?」
「まぁ、その前にお館様の命の恩人って大切にしてた気持ちがあったからだけどさ。似た状況だね。大切に思う気持ちが恋心に変わったって。ただ、着物の上からの温もりと、素肌の温もりじゃ、やっぱり素肌の温もりの方が上なのは間違いないね。俺だって着物の上から遙をそっと抱き締める程度ならまだ幸せ気分だけど、流石に素肌で抱き合ったら、絶対無理、理性崩壊完全陥落する。後戻り出来ないくらいに恋するね。つまり、真田幸村の恋ってそういう事?」
「左様でございます」
「はぁ、よく分かった」

じゃあそういう経緯で、姫様と恋に落ちて、そして涼風の報告から遙を憎んだ。
ここまでは納得。
でも、憎んだり嫌いになったりしたら、人は無関心になるものだ。
何故、遙をこんな形で傷付けようとしたのか、それが分からない。

「あのさ、焔。焔の尋問でさ、姫様の幸せのために遙を傷付けようとしたってあったけど、何でその答えにすっ飛ぶか、意味不明なんだけど?」

焔は堪え切れないように笑った。

「俺も正直、あまりにも子どもじみた発想で、まさかとは思いましたが、誘導尋問の結果どうしてもその考えにしか結論は至らないのです。幸村様の思考回路を読むと」
「じゃあ、焔が読んだ順に解説して?」

焔は深く溜息を吐いて、呆れたような、怒りに満ちたような表情になった。

「俺の最初の想定は、姫様と幸村様が幼稚ながらも肉体関係のある真剣な恋をしたという想定でした。肉体関係がなければ遙様をこのように陵辱出来ませんから。そこで二人の恋の障害となるのはお館様です。ですからお館様から姫様を貰い受けるつもりかと聞きました。当然、幸村様の性格上、そのつもりはない事も分かっていました。すると、お館様のお望み通り、姫様は伊達政宗に嫁ぐ事になります。姫様に恋をした幸村様は、当然姫様の幸せを願います。それで、姫様のお望み通り逢瀬を複数回したのです。次に、姫様を誰が幸せに出来るかと考えたら、夫となる伊達政宗だけです。しかし、伊達政宗は遙様に心を奪われている。つまり、姫様の幸せにとって、遙様は邪魔だという結論に至ります。そこで、伊達政宗が遙様を愛せなくするにはどうすればいいのかと考えます。幸村様は、遙様が誰とでも寝る女だと勘違いしていたため、まずは籠絡を思い付いたはずです。しかし、籠絡する時間がなかった。それならば、手酷く穢して心を傷付け、二度と誰も想えないようにする、という方法しかありません。幸村様の考えでは、佐助様と寝たからといって、遙様が伊達政宗を想っているのには変わりがない。それならば、わざと悲痛な政宗殿の声を聞かせながら薬を使って陵辱しようという結論に至った訳です。確実に遙様が傷付く方法です。それで遙様という障害を取り除いて、伊達政宗に姫様を大切にしてもらおうという真田幸村の策略です」

俺は、呆れ果てて口を開けて何か言おうとしたけど、言葉も出ずに、そのまま固まった。

幼稚にもほどがある…!!
焔の説明は全部筋が通っていて、間違いなく真田幸村の思考回路の順に展開して行ってるのに、発想の方向が情けなさ過ぎる!!
そして、最後の結論の酷さと言ったらもう、怒り心頭で言葉も出ない。
遙が可哀想過ぎるよっ!!
他の思考回路は間違いだらけなのに、遙を傷付ける方法だけは的確過ぎて、そこがまた憎たらしい!!
どんだけ遙が傷付いたかと思うと、殺しても殺し足りない!!
遙にとっては殺されるよりも酷い仕打ちだよっ、本当にっ!!
ああ、本当、昨日、遙に真田幸村を見かけたら撃てって言えば良かったよっ!!

ああ、本当に、全部、俺のせいかも…。
真田幸村を疑うには十分な条件だったのに、どこかでまだ信じてた俺が馬鹿だった。
情になんか流されなかったら、非情な手が打てて、遙も真田幸村を撃ってた。
それに、姫様が伊達政宗に犯されるだなんて真田幸村に吹き込んだのも俺だ。
姫様の幸せをそのせいで願ったと考えて間違いない。
だから、遙という障害を取り除こうとした。

「遙、ごめん…。全部、俺のせいだ…。真田幸村をあんなに疑ってたのにまだどこかで信じてたのがいけなかったんだ。忍の勘は伊達じゃない。それなりに根拠があるのに、きちんと忠告が出来なかった。情になんか流されちゃったから…。それに真田幸村に余計な事を吹き込んだのも俺だ…」

何だか溜息と共に涙が少し零れた。
本当に、本当に、君の事を守りたかったのに…。
こんなに傷付けて、ゴメン…。
俺がきちんと裏を取らなかったのがいけなかったんだ…。

「佐助様、ご自分を責めないで下さい。佐助様が忠告出来なかったお気持ちも、遙様が伊達政宗の妻だと明かせなかったお気持ちも痛いほど分かります。お二人共とても慎重で、滅多な事を口走ったりなさらないからです。例えくだけてお話をしていても、どこまで話すかお二人共きちんとわきまえていらっしゃいました。その上で信頼関係で結ばれていらっしゃいました。責めるべきは真田幸村の幼稚な浅知恵でございます!」

焔はその名の如く、燃えるような瞳で真田幸村を睨み付けた。

「敬愛して止まぬ我が主、遙様に対する屈辱的な誤解だけでも許し難い!!遙様のお人柄を少しでも考えれば、そのような軽々しい女などという考えなど、浮かぶはずもございません!!あれ程、ご自分の身を犠牲にし、病の人々を助けるためには睡眠もお食事も取らない。それなのに気丈に振る舞い、病の人々にはとてもお優しい笑みを向けられ励まされ、病の人の心を守るためには心を鬼にして叱る事もある。我々をただの手足などと決して思わず、厳しい事を仰った後には、必ずお優しいお言葉と微笑みをかけて労わって下さる。分からない事はとても丁寧に分かりやすく教えて下さり、こちらの理解が悪い場合でも教え方が悪いとご自分を責められる。それ程のお方が、そのような誤解を受けただけでも、この焔、真田幸村を決して許せません!!何故、強がっていた緊張の糸が解けて、佐助様の胸を借りて泣いてしまっただけなのだと思えなかったのか、遙様の事を何も見て来なかったも同然!!それで遙様に恋をしたなどと笑止千万!!真田幸村には遙様を想う資格など毛ほどもございません!!その上、姫様の本当の幸せを履き違えて遙様を政宗殿から奪おうなど、殺しても殺し足りませぬ!!姫様の真の幸せとは、お館様から姫様を真田幸村が貰い受ける事のみです!!真田幸村にそんな漢気すらなかったゆえに、代わりに何の罪もない遙様が死ぬより辛い残酷な仕打ちを受けてしまわれたなんて、到底許せません!!死んだ方がマシだと思うような痛みを真田幸村に与える事より他、遙様に報いる術はございません!!」

焔は激情のままに、怒りを迸らせた。
沈着冷静な焔がこんなに激怒するのは本当に珍しい。
焔がこんなに怒り狂うのは、俺の身に何かあった時か、味方の裏切りがあった時くらいだ。
焔は、真田幸村の尋問を終えた瞬間に全てを悟り、ずっと怒りを堪えて来たからこそ、今こうして爆発している。
焔にとっても、遙はとても大切な人だという事だ。
俺の場合は恋心、焔は純粋な敬愛。
それでも、お互いに大切に思う人を傷付けられたのには変わりがない。
それも、許し難い侮辱的な誤解までして。
焔の怒りは、俺の怒りそのものだ。
prev next
しおりを挟む
top