届カナイ愛ト知ッテイタノニ抑エ切レズニ愛シ続ケタ -8-

焔は下がって行った。
それから1時間ほど経ってまた遙はうなされて悲鳴と共に飛び起き、また若草に落ち着かされたものの、状態は酷くなっていた。

胃の辺りを押さえて吐き気を訴え、若草が廁まで付き添い、嘔吐しては水を飲むものの、すぐにまた嘔吐してしまう。
何度もそれを繰り返しては、それで疲れ果てて眠りに就くものの、また同じようにうなされては悲鳴を上げて錯乱し、嘔吐を繰り返しては眠りに就く。
こんな状態じゃ、食事も出来ない。
この状態は、翌日も続いた。

元々細い身体が更に痩せ細って、やつれていく。
水を飲ませても、すぐに吐いてしまう。
こんな状態じゃ、身体が持たない。
水気も食事も受け付けない。
どう見積もっても、あと数日が限界だ。
どのタイミングで遙を伊達政宗の下へ返すか考えあぐねる。
焔は部下の報告に痺れを切らして、昨日から自分自身で伊達陣営の偵察に出かけて戻って来ない。

丑三つ時になって、ようやく焔は戻って来た。
遙は先程、嘔吐して泣き濡れて、疲れて眠ってしまった所だ。
俺は、部屋の外の焔の気配に向かって呼んだ。

「焔、入って。遙、今眠ってるから。多分、あと1時間は起きないから」
「かしこまりました」

焔は部屋に入って遙を見るなり目を瞠って、そして辛そうな表情で溜息を吐いた。

「水気もお食事も受け付けないのですね。早急に伊達政宗の下へお返ししなければなりませんね。俺は、伊達陣営の偵察から帰った所です」
「ご苦労様。で、伊達政宗は落ち着いた?」
「伊達政宗は、黒脛巾組に、猿飛忍隊との接触を許可していたようでございます。守りが固いため部下の情報からは何も掴めませんでしたので、俺自身が出向き、黒脛巾組と接触を致しました。伊達政宗は、傷心で片倉小十郎相手にやけ酒中です。片倉小十郎が部下達に、落ち着くまで2晩かかると言っていたそうなので、遙様をお連れするのは明朝がよろしいかと思います。また、片倉小十郎は、すでに何か勘付いている様子。俺は黒脛巾組からの情報と引き換えに、数日中に遙様を伊達政宗の下へお返しすると片倉小十郎への言付けを依頼しました。ただし、伊達政宗へは内密にと。片倉小十郎の助言で適切に伊達政宗が動くはずだと申しましたら黒脛巾組も納得しました」
「よくやった、焔。片倉小十郎が何か勘付いているのに軍を動かさないのは、まだ戦を仕掛けるつもりがないからだね。何か勘付いているけど、確信してない訳だ。遙が手に入る確約が君から得られたなら、片倉小十郎も伊達政宗を抑えるはず。あとは、戦の回避をどうするかだな…。この状態の遙を見たら、また怒り心頭で伊達政宗が全軍を動かしかねない。困ったな…。遙があんなに恐れてた戦が起きたら、遙はきっと自分を責める」
「ですから、伊達政宗を抑えられるのは遙様だけです。遙様が戦だけは止めて欲しいと伊達政宗に懇願すれば、伊達政宗は間違いなく思い留まるでしょう。遙様は夜明けと共に伊達政宗の所へお連れしましょう。ただし、その前に、遙様自身の文で戦を止める牽制をしなければなりませんね」
「そうだね…。次に遙が眠りに落ちてしばらくしたら、催眠をかけて、文を書いてもらおうかな」
「そうですね。正直、今の遙様にどれだけ催眠が効くか不安ですが、手を尽くします」

その時、遙は寝返りを打って、苦しそうな呻き声を漏らした。
すぐに若草が遙の背を撫でる。

「吐きそう…。何か薬を探す」
「ああ、遙様っ!やっとお薬をご自分で飲めるようになったのですね?」
「うん、一度吐いてから、吐き気止めを飲むからお水を用意しておいて。薬を取って来るから」
「分かりました!」

若草はいそいそと立ち上がり、水差しから湯呑みに水を注いだ。
その間に遙はよろけるように、部屋の角に置かれた鞄の前に蹲り、薬を探している様子だった。
そして、薬を見つけたのかそれを胸元で握り締めると、苦しそうに胸元から胃にかけて、両腕全体で押さえながら、よろよろと部屋の外へ向かった。
慌てて若草が蝋燭を持って、その後を追いかけて部屋の外へ出て行った。

それからしばらくして、廁の方から若草の悲鳴が聞こえて、俺と焔は弾かれたように部屋を飛び出した。
廁の前で、若草と遙がもみ合っている。
遙の手には、懐刀が握られていて、床に落ちた蝋燭の火で刃が光った。

「お願い、死なせてっ!!もう、嫌っ!!」
「遙様、なりませぬっ!!遙様っ!!」
「離してっ!!」

俺は急いで遙の腕を捻り上げ、懐刀を取り上げた。
それを焔に手渡して、暴れる遙を抱き上げて部屋に戻った。
遙は、狂ったように泣き喚き、死にたいと繰り返した。
その言葉が痛いくらいに胸に突き刺さる。
遙を永遠に失うなんて考えたくない。
生きていれば、いつか傷も癒えて、また笑顔が見られるかも知れない。

本当に、君の口から死にたいなんて言葉だけは聞きたくなかったよ…。
いつか、近い将来、政宗殿の腕の中で幸せそうに微笑む君が見たかったよ…。

部屋に戻ると、遙を床の上に下ろし、後ろからキツく抱き締めた。
あまりにショックで、言葉も出ない。
ただ、遙が動けないようにこうして抱き締めて止める事しか出来ない。
遙は、嗚咽を漏らして泣いていた。

「死ぬなら、政宗の手で死にたかった…。政宗が最後にくれた懐刀で死にたかった…」

焔の気配を斜め後ろに感じて、視線を遣った。
焔は両手で懐刀を俺に差し出して見せた。
竹に雀の伊達の家紋が見事な蒔絵で装飾されている、黒い漆塗りの見事な鞘。
間違いなく伊達政宗から貰い受けた懐刀だろう。

「遙の命より大切な物ってこの懐刀の事だったの?」

そう尋ねると、遙は頷いた。
だから、遙は俺に鞄を触らせなかったんだ。
これは、遙の最大の秘密だから。
遙と伊達政宗の深い絆の象徴だから。

「政宗が神隠しに遭う直前にくれたの。これを政宗だと思って命より大切にしてたの。だから、死ぬならこの懐刀で死にたかった…」

そう囁いて、遙はさめざめと泣いた。
死ぬより辛い目に遭った遙の気持ちを考えると、責める事なんて出来ない。
でも、遙をこのまま失う事も出来ない。
何より俺自身が辛くてたまらないし、哀しみと怒りに狂った伊達政宗の暴走を考えると、遙の死はこの世の終わりのような物だ。

「死んだりしたらダメだよ…。政宗殿が哀しむ。俺だって悲しいよ…。政宗殿が怒り狂ったら、甲斐は滅びる。甲斐だけじゃない。政宗殿は哀しみのあまり、自分が死ぬまで戦を続けるよ、きっと…」
「戦だけはダメっ!!」
「じゃあ、一緒に政宗殿の所へ行こう?」
「ヤダっ!!政宗にだけはこんな姿、見られたくないよっ!!お願い、死なせて…」

また遙はさめざめと泣いた。
焔が溜息を吐き、俺の隣りに座ると唇の動きだけで俺に話しかけた。

「遙様の思いを利用してこの難局を乗り越えましょう。遙様を欺いて、遺書を書いて頂きます。介錯をすると欺いて峰打ちで気絶させ、その間に催眠で眠らせます。その後、すぐに伊達政宗の所へお連れしましょう」
「そうだね、それしかないね。俺が先に出立して政宗殿に遙の遺書を届けて戦を止める。その後すぐに焔が到着する段取りにしよう」
「承知」

俺は、溜息を吐いて遙の耳元で囁いた。

「君の気持ちはよく分かったよ。君が死ぬより辛い目に遭ったのもよく分かってる。だから、君の最期の望みを叶えてあげる。政宗殿の懐刀で死なせてあげる。でも、君を苦しませたくないから、介錯だけはさせてくれる?」
「うん…。佐助、ありがとう…。もう疲れたよ…」
「分かってる。君、心残りないの?何か心残りがあったら叶えてあげるから、言って?死ぬ前に政宗殿に伝えたい言葉があったら、文を書いて?」
「心残りは右目のあの子。佐助に義眼と麻酔を預けるから、あの子を完全に治してあげて。それから、政宗への伝言は、私自身の言葉で伝える。声をそのまま届ける機械、ボイスレコーダーがあるから、それに録音する。政宗なら使い方は分かるから」
「分かった。右目のあの子は責任を持って治すよ。ボイスレコーダーも政宗殿に届ける。それで心残りはもうない?」

遙は涙を流しながら頷いた。
焔が遙の鞄を遙の脇に置くと、遙は義眼と麻酔の注射を取り出し、透明な袋に入れて机の上に置いた。
そして、小さな機械を取り出すと、涙ながらに政宗殿への最期の伝言を話し、そして機械をいじったあとに手を離した。
やはり、最期の遙の願いは、戦だけは止めてという内容だった。
これさえあれば、伊達政宗を牽制出来る。
遙のこの声を聞いたら、伊達政宗も動けない。
怒り狂うだろうが、すぐに遙を届ければ、遙の心の傷を治す事に専念するはずだ。

「遙、確かに受け取ったよ。君の遺言通りに約束を果たす。君を守れなかった罪滅ぼしは必ずするよ。最後にこれだけは言わせて。俺、本当に君の事が好きだった。好きで好きでたまらなかった。命を懸けて守りたかったよ。守れなくてゴメン…。全部、俺のせいだ。こんなに愛してるのに、君を守れなかった。遙、ゴメンね…。せめて、愛する君を苦しませないように死なせてあげるから、許して…」

そう囁くと、気持ちが溢れ出して、また涙が零れて止まらなくなった。
遙の首筋に顔を埋めて泣くと、遙も嗚咽を漏らして泣いた。

「佐助の気持ちに応えられなくてゴメン…。でも、私も佐助が大好きだったよ。佐助は私の救いだったよ。政宗しか愛せなくてゴメンね…」
「いいんだよ、君の心は分かり切っていたから。本当は政宗殿の腕の中で微笑む君が見たかったけど、君の最期の願いを叶えてあげる。それが、俺の罪滅ぼしで、君に最後にあげられる愛情だから。焔、遙に懐刀を渡して。遙、受け取ってもすぐに抜かないでね。苦しまないようにすぐに小太刀で介錯するから、合図をするまで待って」
「うん…」

俺は遙の後ろに立ち、焔から小太刀を受け取って構えた。
そして、焔は遙に懐刀を手渡した。
震える手で遙は鞘から刃を抜いた。
そして、頚動脈に刃を当てる。
俺は、小太刀の刃を逆に向けて、遙の首の後ろに構えた。
遙が少しでも自分を傷付ける前に気絶させなければならない。
俺は焔に目で合図を送った。
峰打ちの前に遙から懐刀を取り上げさせるためだ。
焔は俺の意図を察して頷いて、さりげなく遙を止められる位置に移動した。

「心の準備はいい?」
「うん…」
「じゃあ、これでサヨナラだね。遙、本当に大好きだったよ。ゴメンね。さぁ、行くよっ!!斬って!!」

俺の掛け声と共に、焔は遙の手が動くより先に懐刀を弾き飛ばし、遙が驚くより前に俺は峰打ちで遙を気絶させた。
一つ間違えば遙の首に傷が付く所で流石に緊張した。
あの伊達政宗の懐刀ならば、切れ味もきっといいはずだから、角度を間違えたら危ない所だった。
俺も焔も緊張が解けて、ホッと溜息を吐いた。

すぐに焔は遙の聴覚だけ復活させて催眠を施して眠らせた。
そして、俺はボイスレコーダーを懐にしまった。

「焔は、鞄を持って遙を連れて先に馬で出立して。ここからは忍隊の指揮の全権は俺に戻す。武田の屋敷の警護と諜報の指揮を取ってから、焔より先に着くように出立するから」
「かしこまりました」

焔は、遙を頭まですっぽりと布で包むと、鞄を持って遙を抱き上げて部屋を出て行った。
俺もくノ一達に姫様の監視の強化を改めて命じ、お館様にご挨拶に行く日程を変更して頂く文を書いて遣いにやると、愛鳥を呼んで、政宗殿の下へと向かった。

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