だから、風呂場ももちろん大名専用の風呂場がある。
ここは檜の風呂桶に、源泉掛け流しの温泉だ。
打ち身や関節痛に効くし、美人湯とも言われている。
どこまで本当かは知らないが、少しでも早く、この痣が消えるのを祈るしかない。
風呂場に着くと、俺は遙を床の上に下ろし、布を外した。
くノ一に着替えさせられたのか、遙は浴衣を着ていた。
「嫌っ!!ヤダっ!!怖い!!」
遙は、胸元を隠すように両腕を当てて、身体を縮こませてぽろぽろと涙を流した。
「大丈夫だ、遙。風呂に入れば汚れは落ちる。お前は綺麗だ。心の綺麗な女だ。例え誰に抱かれたとしても、俺の事しか想えない心の綺麗な女だ。お前の心が俺に向かってる限り、お前は決して穢されたりなんかしねぇ。これは痣だ。痣なんて見慣れてる。だから、隠さなくていい」
俺は、遙の身体を起こして、髪を撫でながら宥めた。
遙は祈りを捧げるように、固く手を組んで、胸元を隠して涙を流している。
「政宗にだけは見られたくなかった、こんな姿…ううっ…」
「他の誰に見せるつもりだ、俺は許さねぇ。本当は城の奥に囲って、誰にも見せたくねぇくらいだ。言ったはずだ。これは手術と一緒だ。俺は、お前が錯乱しないための麻酔だ。俺は、お前のどんな姿でも、愛す。お前が俺の醜い右目を愛してくれたように、お前を愛する。だから、見せろ」
そう言いながら、遙の腕を掴んでゆっくりと下ろすと、固く抵抗していた腕の力が段々と抜けて行った。
「遙、お前は綺麗だ。俺の美しい宝だ。ダイヤモンドと同じだ。世界で一番固くて傷付かない、永遠に輝く宝石だ。こんな痣、ダイヤモンドを曇らせる汚れと一緒だ。だから、お前は何にも傷付けられてなんかいねぇ。俺が元通り綺麗に磨いてやる。時間をかけて、たっぷりと。だから、俺に身を任せろ」
そう言うと、遙は、すうっと涙を流して目を閉じて力を抜いた。
浴衣の襟に手をかけると怯えたように身体を強張らせたが、触れるだけのキスをしながらゆっくりと脱がせて行くと、また段々と力が抜けて行った。
よくもまぁ呆れるほど、手酷くキスマーク付けやがって。
胸元だけじゃねぇ。
胸にも、腕にも、腹にも、腰の少し上にも、わざと遙の目に入る所にびっしりと。
遙がこんな姿で絶対俺に会えないと読んだつもりだろうが、詰めが甘い。
こんな傷、癒せるのは、たった一人愛した男だけだっていうのが全然分かってねぇ。
あいつは、まだまだ子どもだ。
正直、真田が遙の綺麗な裸体を見た印でもあるから、俺にとっても辛くてたまらないし、叩っ斬って目を抉り出してぇくらいだ。
ただ、あの短い時間でキスマークに没頭してたのなら、当然未遂だな。
愛撫だってどこまで出来てたか怪しい。
俺は、遙をすっかり脱がせ、自分も手早く着流しと下帯を脱ぐと、風呂敷包みを持って、遙を抱き上げて浴室に入った。
遙はずっと目を閉じたまま、怯えて小刻みに震えていた。
俺は、遙を腰かけに座らせて、まず、土で汚れた髪を洗うため、浴槽の湯を後ろからかけて丁寧に濡らして、そして顔を上に向かせて、顔が濡れないように、湯をかけた。
それから、別の腰かけに置いた、風呂敷を広げると、シャンプーを取り出し、ゆっくりとマッサージをするように頭を洗い、長い髪を丁寧に洗った。
「気持ちいい…。すごく久しぶり…」
「ああ、俺がお前にこうするのは7年振りだからな。そのまま目、瞑ってろ」
湯をかけて泡を流して、コンディショナーを付けてまた洗い流す。
垢すりのタオルにボディシャンプーを付けて、泡を立ててから、首の後ろから、背中、腕を洗って行く。
身体の前を洗おうとすると、遙は、叫び声をあげようとしたので、こちらを向かせて、唇で塞いだ。
「んー!!んんー!!」
身を捩らせて逃れようとする遙を片腕で抱き締めて、そのまま手早くごしごしと洗って行くと、また遙は抵抗を止めたので唇を離して、柔らかくキスをした。
「ううっ…」
「さっきもう見たから今更だ。おとなしくじっとしてろ」
俺はタオルを洗ってもう一度ボディソープを付けて泡立てると、もう一度丁寧に身体を擦って洗って行った。
脚も丁寧に、爪先まで全部。
脚は綺麗だから、本当に上半身しか見ていないんだろう。
まだ、誰にも穢されていない、そこをボディソープを手に取って洗うと、遙は俺にしがみついて甘い吐息を漏らして震えた。
そのままヒップに手を滑らせて洗うと、手桶で何度も湯をかけて、泡を洗い流した。
「遙、綺麗になったぞ。顔洗ってから、先に温泉入ってろ。怖かったら目ぇ瞑ってろ」
「うん…」
遙はなるべく自分の身体を見ないようにしながら、顔を洗顔石鹸で何度か洗うと、浴槽に入り、そして、小さく身体を丸めて目を閉じて、震えていた。
俺も久々のシャンプーと、ボディソープで全身を洗うとすっきりした。
やっぱり、石鹸で身体を洗うのは気持ちがいい。
フランスから取り寄せて使ってはいるけど、遙の香りが懐かしい。
「おい、遙。俺の身体、見るなら今のうちだぞ。見たかったら、目ぇ開けろ」
そう言うと、遙は恐る恐る目を開けて、俺の姿を見た。
恐怖で強張っていた表情がすぐに柔らかくなり、遙は眩しそうに、俺を見つめた。
「政宗、やっぱり綺麗…。もう、忘れかけてた。綺麗な筋肉の身体。前より逞しくなったね…。顔は随分大人びて、前よりも精悍な顔立ちになって、相変わらず超絶美形で色気が増してる…。本当に前よりずっとずっと男前になったね…」
そう言って、甘い吐息を漏らした。
「この身体を見てもいいのはお前だけだ。この身体で抱くのもお前だけだ。この7年間、誰にも見せてねぇ。まぁ、これから毎晩でも見せてやるけどな。しばらくここで湯治だ。お前を片時も離さねぇからな」
そう言って、俺も湯船に浸かり遙を膝の上に抱いた。
湯船が深いから、こうして抱いても、遙の首まで温泉に浸かる。
「そのまま、俺の顔だけ見てろ。お前は本当に綺麗になったな…。前よりも一層知的な顔つきになった。知性が溢れ出してる。知的美人ってやつだ。あれから7年も経ったと思えないくらい、若く見えるけどな。俺より年下に見える」
「よく言われる。まだ学生とよく間違えられる。はぁ…これでも若手外科医のエースだったんだけどな」
「外科医?」
「うん。手術をするのは外科医なんだ。内科も一応診れるし、つぶしが効く上に、技術職だから結婚を先延ばしに出来るかなぁって思って外科医になったの。その代わり、救急の患者さんの手術のために待機してる事が多くてね、事故で重体になった患者さんの救命のために、1秒を争う中で頭を働かせる事が多くてね、だから、頭の回転は前よりずっと速くなったと思う。身体もキツいから女で外科医ってあんまり多くなくてね、男社会で揉まれてたから、佐助に男前って言われて、政宗に嫌われちゃうかと思った…」
「お前、よっぽど周りの男を男だと思ってなかったんだな。あの猿飛佐助に男前って言わせるなんて、よっぽど男みたいに振舞ってたんだな。確かにお前の頭の回転は正直俺の予想以上に良くなってるけど、俺の前ではあの頃と同じ、綺麗で可愛い女だ。こうして、可愛く腕の中で甘えてるお前が男前なんかに見えるはずねぇだろ?お前は相変わらず綺麗で可愛い」
そう言って、何度も触れるだけのキスを何度も繰り返した。
あまり深入りすると、俺も止まらなくなるし、また遙が取り乱したら、厄介だ。
せっかくやっと落ち着いたなら、このまま嫌な事は考えさせない方がいい。
「政宗のキス、好き。もっと…」
「俺を煽るな。止まらなくなる。また前みたいにのぼせるぞ?」
「うっ…そうだった」
「もう少ししたら、上がるぞ。温泉は湯当たりするからな」
「無色透明だけど、やっぱり温泉なんだ。何か、下呂温泉みたいに肌がつるつるするなって思って」
「そうだ。美人湯らしいぜ?ここで、ゆっくり女を磨けるな。部屋に帰ったら、またゆっくりキスしてやるから、今はこのまま俺の膝の上で甘えてろ」
「うん…」
遙は、少し身体を起こして、俺の肩に頬を甘えるように寄せて、背中に腕を回して身体を預けた。
その顔が幸せそうに緩む。
俺も、ゆっくりと遙の腕を撫でた。
確かに美人湯と言うだけあって、肌がつるつるとして、触り心地がいい。
二人そのまま抱き合いながら、ゆっくりと湯に浸かっていると、遙の顔がほんのりと赤くなって行った。
「政宗、何かのぼせて来た」
「分かった。上がるぞ」
俺は遙を膝の上から下ろし、湯船から出ると、遙の手を引いて、浴室から出た。
本当に、鏡なんてなくて良かったと思う。
俺は、手拭いで遙の髪を丁寧に拭き取り、身体も綺麗に拭き取ると浴衣を着せた。
そして、俺も手早く手拭いで髪と身体を拭くと、風呂セットをまた風呂敷で包んで、手早く身仕度を整えると、遙を布ですっぽり包んで抱き上げて、風呂敷包みを持って風呂場から出た。
そこには小十郎が控えていた。
「小十郎、布団の準備は?」
「出来ております」
「お前が先に行け。人払いを徹底しろ」
「はっ!」
小十郎は、俺を先導して歩き出した。
興味津々の部下達を小十郎が叱り飛ばして退散させて、二階へ上がると、俺だけ部屋に入って遙を下ろした。
小十郎は、外で控えている。
布を解くと、遙はようやく落ち着いたのか、ホッとしたような顔をしていた。
「本当に政宗に守られてるって感じがする」
「当たり前だ。伊達の総力を上げてお前を守ってる。だから、心配すんな。何か飲むか?」
「お水がいい。あと、タバコ」
「分かった」
俺が水差しから湯飲みに水を注いでいる間に、遙はタバコとライターをバッグから取り出した。
「お前のバッグからは何でも出てくるな」
「うん、ドラえもんの四次元ポケットにしてもらったの。私がここに来ても困らないように」
「ドラえもんか!傑作だ!四次元ポケットにしてもらったって?」
「この世界に送ってくれた人がいたの。政宗に再会するために。それで、政宗とすぐ出会えない時に困らないように、必要な物だけ出て来る四次元ポケット。どこでもドアが出ればすぐに飛んで行けたんだけど、そう上手くは出来てないみたいで、苦労したなぁ」
「そうか…。まぁ、詳しい事情はどうでもいい。俺と再会するためにお前に協力したやつなら、歓迎だ。相変わらずそのタバコか。俺ももらう。こっちに持って帰ったけど、半分だけ吸って、残してある。何かもったいなくてな。お前との思い出がタバコと共にまた消える気がしてなかなか吸えなかった」
俺は、灰皿を引き寄せ、KOOLを取り出し、ライターで火を点けた。
遙もタバコに火を点けると、ゆっくりとタバコを燻らせた。
「昨日もお前を思い出しながら吸ってた。懐かしい味がする。鎌倉でこのタバコに変えてから、お前と離れるまでずっとこのタバコだったな…」
「そうだね…。職場では禁煙だったから、家に帰ってから、政宗の事を想いながら、吸ってた」
「そうか…。長かったな…。でも、そのお陰で、お前に戦を見せずに済んだ。天下統一してから、まだそんなに経ってねぇからな。2年くらいか…」
「そうなんだ。私もやっと一人前に手術が出来るようになってしばらく経ったし、これも運命かな。お互い無駄な7年じゃなかったんだね」
「そうかもな」
それから、二人、無言で懐かしいKOOLをゆっくりと吸って、短くなったタバコを灰皿で揉み消した。
「お前は、もう眠れ。俺がついてるから、大丈夫だ。うなされたらすぐに起こして抱き締めてキスしてやるから、大丈夫だ。だから、安心して眠れ」
「うん」
遙は湯飲みの水を飲み干すと、布団の中に潜り込み、やがて眠りに落ちて行った。
俺は、布団を遙の首元まで引き上げて、痣を隠した。
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