遙はぐっすりと眠っている。
「小十郎、婚儀の事を相談したくてな。遙の身分をどうするかだ」
「そうですね…。奥州藤原家のお血筋と言う事で、政宗様は摂政関白の太政大臣でございますから…」
「誰か今上帝の血筋の宮家で、源の誰かの養女にするのが妥当か…」
「もしくは、藤原家の公卿の家柄ですね。政宗様が天下人になられて太政大臣になられた時に、藤原摂関家の再興だと公家共が諸手を挙げて喜んでおりましたから、政宗様の一声で、どうとでもなるでしょう」
「公卿共を付け上がらせたくねぇからな。宮家の方が都合がいい。今上帝の血筋の宮家にした方が、格も上がるし、天皇家との繋がりも強くなる。俺が帝さえ抑えれば、公卿共はますます俺に逆らえねぇ」
「しかし、今の公卿には何の力もございません。源の血筋の大名となると、やはり武田の家柄が名門で一番相応しいのは確かでございます。天皇の末裔で大名でもある、この上ない家柄でございます。あまり、宮家や藤原家に拘ると、平家物語を思い出して、何やら不吉な予感も致します」
「はぁ…確かに家柄では武田は理想的だ。しかし、娘を嫁がせたい信玄が、遙を養女にはしねぇだろうな。やっぱり宮家だな。他の大名も諦めるだろ。流石に宮家じゃ文句も言えねぇし、お互いに張り合えもしねぇ。縁談騒ぎも丸く収まる。それに伊達に宮家の血筋が加われば、名実共に、最高の家柄になる」
小十郎はしばらくじっと考え込んでいた。
「そうですね…。武田の世継ぎは、器が小さいですから、信玄公亡き後は、勢力も弱まりましょう。では、どの宮家がいいか、熟慮して、遙様の養女縁組を進めます」
「ああ、そうしてくれ。下がっていいぞ」
「はっ!失礼致します」
俺もしばらく机に肘を付いて、考え込んでいた。
どの宮家が相応しいか。
「政宗、太政大臣だったの?」
突然後ろから声をかけられて、振り向いた。
「お前、起きてたのか?」
「ううん。眠りが浅くてうとうとしてたの。夢を見てるような感じで、声が聞こえて、うとうとしながら聞いてたの」
「そうか…。ああ、源氏の血筋じゃねぇと将軍にはなれねぇからな。奥州藤原家の血筋が幸いして、藤原摂関の太政大臣だ」
「ふふっ…光る君みたい…」
「冗談じゃねぇ。あんな浮気男と一緒にすんな。俺はお前一筋だ」
「でも、せっかくなら、准太上天皇を願い出ればいいのに。摂政関白より上でしょう?」
「お前、源氏物語も詳しいのか…。全く驚かされっ放しだ。悪くねぇな、それも」
「天下一の伊達男の上に准太上天皇だなんて、光る君を超えるね。絶対、光源氏より男前だし。私を宮家の養女にするなら、丁度いいんじゃない?」
「そうだな。それもいいな。はぁ、束帯を着て帝に謁見か。面倒くせぇ。まぁ、お前の十二単姿は見てみてぇな。綺麗だろうな…。そう考えると悪くねぇ。甲斐の用事が終わったら、久しぶりに上洛するか」
「政宗の束帯姿、楽しみだなぁ。絶対に似合うと思うな」
「お前がそんなに楽しみにしてるなら、着るのも悪くねぇな。これから公卿共に根回しだ。藤原家が摂政関白以上の位に就くなら、大喜びしてあっさりと承諾して、帝を説得するだろう。問題は、お前が何者か、どれだけの教養を試されるかだな。お前の琴を後で聞かせてもらう。それから、俺にまだ隠してる嗜みはねぇか?」
「香道をちょこっと。だから、万葉集と古今集と新古今集は多少知ってる。自分で和歌は作れないけど」
「やっぱりまだ隠してたか。道理で、あの世界でよく和歌を知ってたはずだ。それで十分だ。小十郎の笛と合わせて琴を弾けばいい。それで帝も納得するだろ。この際、身分はいくらでも誤魔化せる。伊達領内の武家の娘という事にすればいい。教養さえ見せ付ければ、公卿共も上手く騙されるだろ。お前の嗜みは、大名の妻にも相応しいほどだから、絶対上手く行く」
「はぁ…お琴練習しなきゃ。小十郎の笛と合わせて弾きたい曲はあるんだ。誰も知らない曲だから、誤魔化しも効く」
「全く…。まだ隠してたか。そんな曲まであるなら、後で練習だな。お前、その身体、小十郎に見られても大丈夫か?」
「正直、嫌だけど、琴を弾いてる間は忘れられそう。それに、小十郎は、もう知ってるんでしょ?小十郎の笛は聴いてみたいし」
「ああ、小十郎だけは、おおよそ何があったか知ってる。そうか…。それがお前の慰めになるなら、後で用意させる。とにかく、今は身体を休めろ。お前にはまだあの娘の治療をする必要がある。猿飛で手に負えないなら、また出向かなきゃならねぇしな。もちろん伊達が守るから安心しろ」
「うん…政宗、一緒に寝て?眠るまで、抱き締めて。あの頃みたいに、政宗の腕の中で眠りたい。そうしたら、怖い夢も見ないかも知れない」
「ああ、分かった」
俺は、遙の布団の中に入ると、遙を抱き締めた。
ああ、本当に久しぶりだ。
こうして腕の中に抱き締めていつも眠っていた感触を忘れかけていたのに、遙の香りに包まれてこうして抱き締めると、また幸せな気持ちでいっぱいになって行く。
「久しぶりの政宗の腕の中、気持ちいい。やっぱり、政宗じゃないと嫌。抱き締めてもらうだけで、こんなに幸せな気持ちになるのは政宗だけだから」
「俺も幸せでたまらない。もうお前を焦がれながら、寂しい一人寝をしないですむと思ったら、夢みたいに幸せだ」
俺はそっと遙にキスをした。
こうして抱き締めてキスをすると、あの頃の気持ちが蘇って、何度も何度もキスを繰り返す。
柔らかな唇をもっと感じたくて抱き締める腕に力が入って、抱きすくめてもっと求めてしまう。
段々と深いキスになって行くと、遙はまた怯えたように、身体を強張らせた。
少し唇を離して囁く。
「嫌な記憶を塗り替えるためのキスだ。お前、真田のキスに犯されたまんま、ずっと俺を拒む気か?そんなの許さねぇ。お前が真田のキスをずっと覚えてるなんて、絶対許さねぇ。お前にキスしていいのは俺だけだ。お前が覚えてていいのは、俺のキスだけだ。これは、お前が穢されたと思ってる唇の治療だ。だから、おとなしく受け入れろ」
「何で幸村って知ってるの?」
「俺を甘く見るんじゃねぇ。どう推測しても、下手人は真田幸村だ。戦は絶対起こさねぇから安心しろ。お前が悲しむ事はしねぇから。だから、今はただ、俺を受け入れろ」
俺は遙の返答を聞かずに、またキスをし始めた。
また、柔らかいキスを何度も繰り返しながら、それを深いキスへ変えて行く。
遙の怖がるように強張って震えていた身体が、段々と解れて行き、俺にしがみついて、甘えるように俺のキスに応え始めた。
お互いに、そっと舌を触れ合わせ、軽く吸い上げる。
遙は甘えるような声を上げ始めた。
その可愛い声を聞いたら、もう止まらなくなった。
より一層抱きすくめて、深いキスを何度も何度も繰り返す。
初めはぎこちなかった遙のキスも、あの頃と同じように、俺が教えた通りのキスに段々と戻って行って、気持ち良くてたまらない。
角度を何度も変えながら、夢中になって時間を忘れてキスを交わしていると、互いの息が上がっていって、ようやく唇を離した。
遙は涙を流していた。
「思い出したよ、政宗のキス。キスだけなのに、すごく気持ちよくて、幸せな陶酔感で身体が蕩けそうになるの。今、幸せでたまらない。もっとキスしてたい」
「ああ、いくらでもしてやる。7年間会えなかった分だけ何度でも」
また、深いキスを交わして、何度も何度も飽きる事なく、互いの唇と舌の柔らかさを堪能して、たっぷり20分ほど繰り返すとようやく満足して唇を離した。
こんなに濡れたキスを繰り返したら、もっと深く繋がりたくなる。
でも、今の遙にはまだ無理だ。
俺は、熱く火照った身体を持て余しながらも、遙を強く抱き締める事で、ぐっと抑え込んだ。
そして、腕枕をして、そっと背中に手を回すと、遙は俺の着物の襟を握り締めながら、また眠りに落ちていった。
その幸せそうな綺麗な寝顔をしばらく眺めているうちに、俺も段々と眠くなって行って、何時の間にか眠ってしまった。
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