「政宗様。猿飛佐助がこちらに参りましたが、いかが致しましょう」
「遙、どうする?」
「あの子の容体の件だと思うから、話を聞きたい」
「そうか。小十郎、猿飛をここに通せ」
「はっ!」
間もなく小十郎は、猿飛を伴って部屋に入った。
「良かった…。やっと落ち着いたんだね。やっぱり愛する夫でしか癒せないよね」
「当たり前だ。まぁ、俺に隠してたのは許せねぇが、あの時は頭に血が上ってたから、お前の策は正解だったな。そのまま甲斐を攻め滅ぼす所だった。用件を話せ」
「はぁ、やっぱりね。あの時の政宗殿なら甲斐は終わりだと思ったよ、本当に。用件は、右目の子についてだ」
遙は、凛とした冷静で知的な顔付きになった。
猿飛を見つめる目付きは鋭い刃物のようだ。
俺の腕の中で甘えてる顔と大違いだ。
年相応の、冷静で大人びた顔付きだ。
猿飛に男前と言われたのも分かる気がする。
何か頭の中で、色々な事を目まぐるしい速さで想定しているのが分かる。
「佐助、あの子の義眼から出る浸出液は確認してる?」
「ああ、一日数回、確認してるよ」
「量と色は?」
「量は前よりは減ってるけど、まだまだだね。一日何度か出さないと、放っておいたら貯まる量って言えばいいかな。色は、相変わらず黄色みがかった透明。ただ、少し黄色みがかった白い濁りが見える」
「そう…」
遙は、バッグを引き寄せ、袋に入ったスポイトと、同じく袋に入ったプラスチックの小指より小さな容器を取り出した。
そして、液体の入ったビニールのバッグに、ビニールの長いチューブを4組取り出して、2組の注射器と針と薬のようなものを2種類4組、それからアルコールと書いてある袋をたくさん取り出した。
封を切って手際良くアルコールで手を念入りに消毒すると、薬の封を切って注射器で刺して薬を吸い上げ2種類をそれぞれのビニールバッグの中に注入した。
それもあっという間の作業だ。
「これで、6時間置きに点滴。水滴の落ちる速さは変更なし。追加のアルコールも渡しておくから、一処置一手洗い消毒を徹底する事。あの子には、右目の周辺は絶対触らないようにキツく申し付けて。あと右目の周辺の消毒を。痒がったら、付き添いが手指を消毒、アルコールで拭いて、傷が出来ないように注意して掻いてあげてまた消毒。留置針周辺が腫れたら、温かい手拭いで温めて、経過観察。5分経っても改善が見られなかったらすぐに点滴を中止して、針を抜いてアルコールで消毒。上からアルコール綿で押さえるだけでいい。その上から絆創膏を貼って5分間圧迫して止血。絶対揉まない事。それから私をすぐに呼んで。止血後、腫れが引くまで温め続ける事。到着し次第、別の場所に針を入れ直す。どの道、あと7日以内に針は交換する。それから、濁った浸出液をこのスポイトで吸い取って、この小さな容器に入れて密封して届けて。容器の半分あれば十分。浸出液を採取する容器は採取直前にアルコールで消毒の後、完全に自然乾燥。手指も消毒。完全に乾いたらすぐに浸出液を採取し、そこからスポイトで採取し小さな容器に移し替えて密閉。それは手早くね。この小さな容器とスポイトは滅菌済みだから消毒の必要なし。それは今夜か明日早朝までに、浸出液が溜まった頃合いに採取。採取後すぐに届けて。検査の後、すぐに薬を変更する」
「分かった」
「他に変わった様子は?バイタルは?」
「血圧、脈拍共に異常なし。食欲も食事も普通。熱は37度5分前後。口内の水疱はかなり改善した」
「咳は?」
「してない」
「よし、経過は順調。細菌の二次感染が懸念だな。目の違和感は?酷く痛んで泣く事は?」
「違和感は訴えているけど、泣くほど痛くはないみたいだよ」
「そう。違和感は慣れだから我慢してって伝えて。どうしても義眼が当たって痛くてたまらないって言ってたら、義眼を入れ直すからすぐに報告。じゃあ、これ、明日一日分の薬。浸出液を持って来るのを忘れないように。その時、他の患者のカルテも届けて。あと流行地域の風向きの記録を一日3回付けて報告。以上」
そう言って、遙は注射器と薬の空き瓶以外の全ての道具を机の上に積み上げた。
猿飛は、風呂敷でそれらを包むと微笑んだ。
「すっかり元通りに指示を飛ばせるようになったね。安心したよ。また、指示された物を持って来る。じゃあね。政宗殿、失礼致します」
猿飛は下がって行った。
俺は、ただただ絶句しながら遙の素早い動作や次々に短く無駄ない指示を飛ばす表情を見つめていた。
全くもって、本当に頭がキレまくる知性溢れる男前だった。
言葉使いも全くの別人だ。
短く端的に、無駄な言葉使いを一切入れていない。
猿飛が男前だって言ってたのがよーく分かった。
小十郎も目を瞠って驚いている。
「お前…俺の前と全然違うな…。言葉使いも全くの別人だ。猿飛もお前が男前だと思うのも無理ねぇな」
「ううっ…やっぱり男前だった?幻滅した?嫌いになった?」
「いや、別の意味で惚れた。シビれた。それで女を落とせそうなくらい、カッコ良かったぜ?」
「遙様にこのような一面があったとは、この小十郎も驚きました。まるで、男装の麗人の指揮官のようでございました」
「政宗にも小十郎にも男前って言われた…ううっ…」
遙の目に涙が浮かんで俺達は慌てた。
「遙様を泣かせるつもりなど毛頭ございませんでした。どうか、お許し下さい。しかし、この小十郎、ますます安心致しました。遙様ほどのお方がいらっしゃいましたら、伊達の基盤はこれ以上はないほど盤石なものになります。政宗様のおっしゃる通り、見目麗しく知性溢れるお世継ぎがお生まれになる事は間違いございません。これで伊達も天下も安泰でございます」
「その通りだ、遙。俺は馬鹿な嫁は御免だ。お前は頭が回りすぎるくらいだが、それくらいで丁度いい。世継ぎの事を考えれば、お前ほど適した女はいねぇよ。それに、俺の前では、可愛い可愛い、あの頃と変わらない遙だ。お前の頭脳が必要になった時だけ知恵を借りる。とにかく、今は仕事から離れて、俺に甘えてろ」
「うん…」
肩を抱き寄せると、遙は涙を拭って甘えるように俺にしなだれかかった。
小十郎もホッとしたように微笑んだ。
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