「政宗様。夕餉の仕度が整いました。遙様には重湯を少しだけご用意致しました。また、茶もご用意致しました。遙様のお申し付け通り、予防接種も施して参りました」
「Okay, 流石だ、小十郎。煎茶の用意も遅らせたか?」
「いえ、淹れ直させました」
「分かった。入れ」
「はっ!」
小十郎は、中居を下がらせ、自ら膳を三つ部屋の中に入れると、襖を閉め、盆に乗った夕餉を机の上に配膳した。
「遙、起きるぞ」
「うん」
遙の身体を起こすと、遙は、バッグの中から缶に入った飲み物を取り出して、俺の隣りに座った。
小十郎は、物珍しそうにそれを眺めている。
「ああ、小十郎。これが気になるか?この中には飲み物が入っている。未来の飲み物だ」
「そうですか」
「うん、あのね、これは食事が出来ない患者さん向けの医療用の飲み物でね、これ一つで一食分の栄養が全部入っているの。医者しか扱えないんだけどね。だから、これさえ飲んでいれば飢え死にはしないし、これ以上痩せ細らないから安心して」
「左様でございますか。遙様がお医者様でホッと致しました。政宗様、毒味は済んでおります。どうぞお召し上がり下さい」
「分かった。遙、お前は無理して全部食べなくていい。気分が悪くなりそうだったら残せ」
「うん」
俺が箸を取って食事に手を付けると、続いて小十郎も箸を取った。
遙は、重湯を冷ましながら、ゆっくりと食べては辛そうな表情になって、途中で箸を止めた。
「政宗って一人で食事をするのかと思ってた」
「俺に何かがあった時に、すぐに対処出来るように、小十郎が必ず控えてる。一人で食べると味気ないしな」
「そうなんだ…」
「政宗様、東大寺を焚いておられましたか。良い香りが致します」
「ああ、気分が落ち着くからな。遙のために用意していた。遙はまだ隠し事してやがったぜ?香道の嗜みもあるって。上等な伽羅だって一発で当てやがった上に、東大寺の事も知っていやがった」
「東大寺は流石に初めて焚いてもらったよ!!幻の伽羅だもん!」
小十郎は声を立てて笑った。
「東大寺までご存知でしたか!誠に得難いお方です。香合わせなどはなさるのですか?」
「流石にそこまでは。平安貴族の香合わせまでは出来ないよ。源氏物語の姫君の印象に合わせた香を調合したり、和歌集の歌に合わせた香を調合して、歌を鑑賞したり、その程度」
「そうですか。そのうち伝統通りの香合わせも覚えて行けば、もっと楽しめるでしょう。ご存知の和歌集は?」
「本当に有名なのだけ。万葉集、古今集、新古今集を少しだけ。百人一首はほとんど全部覚えているかな」
「それだけご存知なら十分ご立派でございます。漢詩や漢文などは?」
「論語を少しだけ。他には有名な杜甫とか白居易とかの漢詩を少しだけ。何とか日本語で読み下しは出来るけど、明の言葉で発音は出来ないな」
「お前、漢字、書けないくせに漢文読めるのか?」
「うっ…書こうとすると思い出せないんだけど、読むのは出来る」
「はぁ…てっきり漢字は全くダメだと思ってたら、漢文まで読めるのか。また隠してたな?」
「隠してないもん!聞かれなかったもん!大学入試に必要だったから勉強しただけだもん!」
「大学でございますか。学問を学ぶ所でございますね。女だてらに漢文とは、かの紫式部のようでございます。恐れ入りました」
遙ついて話しながら、ゆっくりと食事をするのはとても楽しい。
こんなに楽しい食事は久しぶりだ。
遙はゆっくりと重湯を飲み干すと、胃の辺りを押さえて顔を顰めた。
「大丈夫か?」
「うん、ちょっと胃が痛いかも…。何か気分も悪い。絶食してたから、何かまだ胃が受け付けないみたいで…。でも、栄養剤は飲む。体力落ちてて、胃が痛いだけだと思うから。水分さえ摂ってれば、そうそう死なないよ。お茶をもらおうかな」
「かしこまりました」
小十郎は、三人分、煎茶を淹れた。
遙は二口飲んで、ホッとしたように吐息を漏らした。
「やっぱりお茶が落ち着くな。飲まず食わずだったから、水分が足りてないんだな、きっと」
「そうか…。好きなだけ飲め。それでお前の身体が良くなるならいくらでも用意させる」
「ありがとう。もうちょっと、しばらくお茶飲んでる」
俺と小十郎は、遙がゆっくりと茶を飲んでいるうちに食事を終えて、食後の茶を飲み始めた。
「ねぇねぇ、政宗。聞きたい事があるんだけど」
「ん?何だ?」
遙が興味津々というように目をきらきらさせて質問した。
でもその目は、何か色々な事を考えているような、知的な目付きだ。
昔から遙の勉強している横顔が好きでたまらなかった。
それも楽しんで頭を使っている時の顔は生き生きとしていて、美しさが際立つと同時に、とても可愛かった。
今、遙はそんな顔をしている。
可愛らしくて、愛しくて、俺は遙の頭をそっと撫でた。
「あのね、年貢ってどうしてるの?」
「ああ、伊達の財源の話か。年貢はなくした。いつきという娘が一揆を起こしてな、農民から米を取り上げないようにした。というか、買い取る事にした。別に伊達が専売してる訳じゃねぇけどな。主に買い取るのは商人か。でも、不正に買い叩かないよう監視はしてる」
「わぁ、流石だね!!農民も安心して生活出来るね!政宗、すごいよ!」
遙は嬉しそうに笑って感心した。
いつか、遙とまた出会えるのなら、遙が悲しむような政治はしたくなくて練った策だ。
こうして喜ばれると、とても嬉しい。
俺は微笑んで、遙の頬をそっと撫でた。
遙はくすぐったそうに目を瞑って開くと、また質問した。
「じゃあ、伊達の財源は?」
「商人から大名に至るまで、全ての街道に通行料を払わせている。商売には街道を使わねぇ訳にはいかねぇしな。それは全て伊達の財源になってる。船の通行料も同じだ。高速道路と同じだな。それから、消費税と所得税を課している。大名の懐に入るのは基本的には住民税だな。生活には潤沢なように保証し、農民からの年貢の取り立ては禁じた。率は伊達が決めてる。ただし、その他の大名の政治には干渉しないようにしてる。分国法とかな。地方分権ってやつだな。必要に応じて地方に足りない分は伊達の財源から交付してる。地方交付税だな」
「すごーい!中央集権と地方分権の両立だね!今の世の流れは地方分権に傾いてるから、政宗の策は最先端だよ!それなら他の大名も生活あんまり変わらないし、苦情も出ないね!」
「ああ、そうだな。不満があるから一揆や反乱が起きる。お前ともし再会出来るのなら、そんな悲しい世界にはしたくなかった。大名達もすぐに納得したぜ?」
遙は眩しそうに俺を見つめて、感嘆の吐息を漏らした。
俺は、くすりと笑って話を続けた。
「全国から税を徴収したらかなりの額だぜ?大名の力を削ぐため、大名の領外の宿場は接待税を高く課している。ほどほどにな。そうしたら、領外には気軽には出れねぇ。あとは、砂糖税と酒税とタバコ税だな。あれは安定した財源で、伊達の専売だ。どぶろくは目を瞑ってる」
「その専売は、私も賛成。確か、前漢の時代の専売が、塩、酒、鉄だったと思う。大名の力を削ぐなら鉄の専売もアリだけど、富国強兵のためにはしない方が、武力の増強を促進出来るかな。鉄の専売で反乱が起きかねないし、ヨーロッパはあと数百年はずっと富国強兵をし続けるから。塩は、日本は海に囲まれてるからほとんど意味ないし、内陸の藩だけが損するから、政宗の目の付け所は本当に正解!」
「お前にそうやって褒められると、本当に嬉しいな。それにしても、お前も大したもんだ。出来るのは医学だけじゃねぇのは相変わらずだな。お前は最高の女だ!」
唇にキスをしたかったけど、小十郎の手前、頬にそっとキスをした。
遙は嬉しそうに微笑んで、また質問をした。
「武士階級はどうしてるの?」
「他国は、領主の裁量に任せてる。伊達直轄地は武士も田畑を耕したり塩や味噌を作ったりしてるから、食料は潤沢だ。屯田兵ってやつか。長曾我部、前田、毛利、島津も同じだな。この四国の兵力と伊達の兵力を合わせれば、外国の牽制は楽勝だな」
「屯田兵か…。常備軍を遊ばせとくとお金がかかる上に食糧難になるから、それはいいね。多分、ヨーロッパにはない発想だよ。従軍は交代制?」
「ああ、そうだ。それに当然、伊達の家臣にも殆どの税は課してる。領土が広いから免税したら財源が減るからな。それに、他の大名達も伊達も例外なくほぼ平等の課税なら納得するしな。余った財源で、不作で生活の苦しい藩に援助だ。主に足りない物資で現物援助だ。後の税の使い道は、物流活性化のための街道の整備や船や航路の開発や農業用の治水開墾に使ってる。インフラの整備だな。マルサもたくさんいるぜ?脱税管理だ」
遙は驚いたように目を瞠って、そして思い出したように笑った。
「ふふっ、政宗、流石だねぇ。そういえば、マルサの女、一緒に見たもんね。全く感心するよ。あの一ヶ月でそこまで観察してたんだねぇ」
「ん?財務省と国税庁のホームページ見たら一発だったぜ?よく出来た徴税だ。すぐにメモして持って帰って、俺なりにアレンジした」
「はぁ…道理で国政について色々質問してた訳だ。官僚制について話した後に何か調べてると思ってたら、財務省と国税庁を調べてたんだ。でも、ほとんどの武将が無傷でしょう?それぞれの国を治めてるんでしょう?反乱はどう抑えてるの?」
俺は悪戯っぽく笑った。
流石の遙も思い付かなかったと思うと、楽しくて仕方ない。
「ペルシャの王の目、王の耳だ」
遙はまた目を瞠った。
「ええっ!?そんな昔の時代の策まで読み込んでたの!?」
俺は声を立てて笑った。
遙を驚かせる事が出来て、楽しくてたまらない。
「ああ、あの資料集、マジで便利だな!そのために黒脛巾組を大幅に増強した。それから常備軍が常にすぐに動かせる。普段は屯田兵だけどな。ただ、ペルシャの政治はやり過ぎだし領土が広すぎた。だから、あくまで戦の動きだけを監視させて、それは全ての大名にも了承させている。もう、誰も戦は懲り懲りだから、全員あっさりと承諾したぜ?戦の動きしか監視しないから後は好きにしろってな。だから、伊達は戦の監視と徴税以外は内政には全く干渉しない事になってる。年に一回全国の大名達が集まって会議だ。そこで意見や不満や要望を聞いて話し合う。なかなかいい策だろ?」
「政宗もやっぱり策士だね。驚いたよ。最高の策だね。じゃあ、貨幣は?」
流石、遙だ、目の付け所がいい。
本当に頭のキレる女だ。
だからこそ更に惹かれて止まない。
「お前、やっぱ流石だな。目の付け所がいい」
「そう?金って柔らかいから偽造しやすいし、他の金属の混ぜ物で余計に巧妙に隠せるから、どうしてるのかなって気になったの」
「お前、金属まで詳しいのか。大したもんだ」
「金属については少し大学で勉強したもん。それに、金は貿易の切り札だからね。金は伊達直轄で、門外不出にした方がいい。半永久的にね。なるべく金は延べ棒にして集めて保管した方がいい。400年後以降に絶対役立つ」
「お前がそう言うなら間違いなぇな。小判は使ってねぇ。統一貨幣を作った」
遙は今度は納得したように頷いた。
「それ賛成。素材は、銅か銀?」
「銅をベースにした合金だ」
「なるほどね。貴金属の中で一番安いからね。国内貨幣には最適。金と銀を使うのは、貿易がいいな。でも、いずれ銅が必要な時代が来るから、海外の銅山は押さえた方がいい。まだ誰も目を付けてないから、簡単に押さえられる」
やっぱり遙は俺の知らない事をよく知ってる。
本当に得難い頭脳だ。
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