理系女子と文系男子 -6-

「政宗様がこれほど饒舌に、ご自分の策についてお話になり、そして、それを完全に理解してお話について行ける女人がいるなど、初めて見ました…。それも、現在と今後の政策について対等にお話するなど…。対等どころか政宗様を驚かせるなど…。正直、度肝を抜かれました。この小十郎でも完全には理解し兼ねた政宗様の政策を完全に理解するだけでも驚きですのに、新発明と世界の資源の確保ですか。想像を絶します!政宗様と釣り合うのは、遙様しかいらっしゃらないと、改めて身に染みて実感した次第でございます。科学技術の発想に関しましては、下手したら政宗様や長曾我部様以上でございます!」
「小十郎、前に言ったじゃねぇか。俺に策を教えてくれたのは遙だって。それに遙は未来の世界でも最難関大学のエースだからな!何でも出来るんじゃねぇか?」
「ええっ!?政宗!私そこまで詳しく策なんて練ってないし教えてないよ!それに、そこまで何でも知ってる訳じゃないもん!」
「嘘言うな。お前の知識は化け物級だ。それに、お前にあれだけたくさんヒントをもらって調べ物した上に、本までもらったら、後の策なんて天下統一しながら熟慮したら案外簡単に作れたぜ?5年もあれば十分だった。やっぱ、世界史と財務省と国税庁が良かったな!後は、お前の世界の官僚制か。あれはすごく役に立った。全部お前のおかげだ。だからこうしてしばらく江戸を離れてても何も問題ねぇ。お前は本当に大したやつだ。更に惚れ直した。まぁ、お前の知識云々はさておき、元々俺はお前を愛してるからな!昔から健気なお前が可愛くて仕方ねぇ。もう片時も離さねぇよ!」

俺は、うーんと伸びをした。

「ほら、遙。いつまでもぼんやりしてないで、早く栄養剤飲め。お前の身体が心配だ」
「あ、うん」

遙は栄養剤を一気に飲み干すと、やっと落ち着いたような表情になった。

「どうする?楽の稽古はするか?」
「うん。2時間ほど。その前に一服したいな。それに、まだ寝るの、怖い…」
「分かった。小十郎、膳を下げて、楽の仕度だ。その間にしばらく一服する。それから、楽を一刻ほど稽古する」
「かしこまりました。それでは、今しばらくお待ちを。失礼致します」

小十郎は膳を下げて、部屋を出て行った。
俺と遙は、タバコを吸いながら、のんびりと茶を飲んだ。

「はぁ…。よくよく考えたら歴史が変わっちゃわないか心配だなぁ…」
「いい方向に変わるなら問題ねぇだろ?」
「うん、それがね、私をこの世界に送ってくれたのは、政宗の世界の人なんだ。この世界の未来のね。だから、あんまりにも歴史が変わったら、その人の存在が消えて、私の存在もこの世界の存在も消えちゃうか心配で…」
「この世界の未来の人間か…。でも、俺があの政策に着手してからもう2年近く経ってる。その間、何にも問題なんか起きなかったし、こうしてお前は俺と共にいる。あったのは神隠しと異常気象くらいか。それも微々たるもんだ。だから、何も起きねぇよ、心配すんな。世界相手に戦を起こすつもりもねぇし、何にも変わらねぇよ」
「そっか…。世界史が大きく変わらなかったら、問題は起きないのか。だから、私の存在が消えないのか。道理であの人の科学技術が進んでいた訳だ。じゃあ、科学技術の開発は問題なさそうだね。この世界の科学が未来ですごく発展してたのも、政宗との再会も、全部運命で必然だったんだね、きっと」
「お前は俺と一緒になるために生まれて来た、Born to be my babyだ。お前は生まれて来た時から、俺のものだったんだ。運命の恋人で、妻だ、きっと」
「そうなのかもね…」

俺は触れるだけのキスを遙にして、またタバコをゆっくりと吸った。
遙もタバコを吸いながら茶を飲んでいる。

「はぁ、食後にタバコ吸えるって久しぶり。食後のタバコは美味しいねぇ」

俺は堪え切れずに笑った。

「何で笑うの?」
「いや、お前、まともな食事してないのに、食後って言うから」
「うっ…だって、何か胃の調子が悪いんだもん。それに、あの缶はちゃんとした食事だもん」
「ただの栄養ドリンクだろ?調子良くなったら、ちゃんとまともな飯食わせてやるから、早く良くなれ」
「うん…。政宗の手料理が食べたいな」
「ああ、いいぜ?江戸に帰ったらゆっくりな。疱瘡の収束はあとどれくらいだ?」
「予想では、もうそろそろ収束してるはず。あの子の目は多分あと1週間はかかるかな。でも、それからが勝負。患者から剥がれたかさぶたが砂塵と混ざってどこまで飛ぶか心配だから、しばらく村は閉鎖だし、あの道は通らない方がいいと思う。だから、佐助に風向きの記録を付けさせる事にしたの」
「なるほどな。衛生兵にでも薬を渡して甲斐に連れて来た伊達軍全員に予防接種するか」
「そうだね。それがいいと思うよ」

俺はタバコを吸い終わり、ゆっくりと茶を飲み始めた。
遙は、もう一本タバコに火を点けて吸い始めた。
その細い肩を抱き寄せる。

「怖い思いをさせて悪かった。俺が早まったばかりに、お前がこんなに傷付いて。今、すごく不安定でタバコに頼ってるだろ?」

遙はふぅっと煙を吐いて、苦笑いをした。
その肩は、少し震えていた。
多分、真田幸村に襲われた事を思い出しているんだろう。

「やっぱり、政宗は私の事をよく分かってるね。うん、すごく不安定で、ふとした拍子にあの記憶がフラッシュバックしそうになる。パニックを起こしそうになるの。だから、政宗と小十郎が、会話を切らさないように話してくれるから、気が紛れてすごく助かる。でも、やっぱり夜は怖いな…。あの薄暗い納屋を思い出すから。行燈の間接照明は落ち着くんだけど、やっぱり怖い。政宗がそばにいてくれてるから何とかパニックを起こさないですんでるけど、本当にギリギリ精一杯。一歩間違えば、また錯乱しそう…」
「そうか…」

俺は、遙のさらさらの髪をそっと撫でた。
遙はタバコを吸い終わると茶を飲み、ホッとした顔をして、俺にぎゅうっと抱き付いた。

「政宗の身体、あったかい…。すごく安心する。政宗は私の精神安定剤だ…」
「精神安定剤、か。お前、そういう薬、持ってないのか?」
「うん、持ってる。心療内科は得意じゃないけど、一応、睡眠薬の処方は出来るし、PTSD、つまり心理的外傷の薬もある。ただ、薄皮を少しずつ剥がすようにしか良くならないから、かなり時間はかかると思うよ。すぐには効かない。それに、完全に夢を見ない薬じゃないから、きっとまたうなされると思う」
「心理的外傷、か。心の傷だな。あれは時間がかかる。下手したら一生抱える。俺が母上に傷付けられた辛い思い出から解放されたのは、お前に出会って右目も愛してくれたからだ。今度は俺がお前を癒す番だ。一生かけてでも、お前を大切に優しく愛して、忘れさせる」
「ありがとう。政宗、大好き」

遙がキスをねだるように顔を上げて俺を見つめたので、そっと触れるだけのキスをした。

「政宗、もっと…。まだ、唇が穢されている感じがして、気持ち悪いの」
「分かった。消毒だな」

俺は、触れるだけのキスから、少しずつ段々と深いキスに変えて行った。
遙は俺の着物の襟を握り締め、俺のキスに応えている。
あの頃と変わらない、幸せな陶酔感で心が満たされる、気持ちが良くてたまらないキスだ。
遙をキツく抱きすくめて、何度も何度も深いキスをしているうちに、また遙は、甘えるような声を上げ始めて、どうしようもないくらいに、そのまま抱きたくなる。
ああ、また生殺しだ。
それを抑え込むように、抱き締める腕に力を込めて、キスを繰り返した。
そして、これ以上は俺も我慢の限界という所でやっと唇を離すと、お互いに息が上がっていた。
遙の目は、陶酔感で潤んでいて、これ以上はないほど艶っぽい。
7年前より断然色っぽい。
そんな顔をされたら、そのまま押し倒して抱きたくなる。
俺は深い溜息を吐いてぐっと堪えた。

真田幸村、絶対に許さねぇ!!
何で自分の妻なのに好きなように抱けねぇんだ!!
遙をこんなに傷付けやがって!!
7年間の積年の恨み、覚悟しやがれっ!!

俺は、怒りを必死に堪えながら、優しく遙に尋ねた。

「遙、少しはマシになったか?」
「うん…。毎日何度もこうしてくれたら、多分、2週間もあれば幸村のキスは完全に忘れると思う。政宗のキス、好き…。すごく気持ちいい。身体が蕩けそう。もっと…」

あと、2週間もこんなディープキスだけでなんか耐えられるかよっ!!
今だって、堪えるので精一杯で息も絶え絶えだっ!!

「遙、マジで頼むから、これ以上俺を煽るな。ガチで止まらなくなる。お前、今すぐ俺に抱かれるつもりか?」
「うっ…それはまだ怖い…」
「だったら、今は我慢しろ。また後で落ち着いたら、キスしてやるから」
「うん…」

俺は遙を抱き締め、溜息を吐いた。
どこまで理性が持つか、本気で自信が全くない。
あの頃より大人びて、色気も増して、身体つきまで更に色っぽくなってる遙をこうして抱き締めてるだけでも、色々ヤバい。
抱き締めるだけなら、とても幸せで、大切にしたい気持ちが溢れ出すから何とか耐えられるものの、キスをあんなにねだられたら、理性崩壊寸前だ。
俺も、早く気分を切り替えないと、本当にそのまま押し倒したくなる。

「政宗様、楽の用意が整いました。遙様のご様子はいかがでしょうか。稽古が出来ぬほど疲れていらっしゃるなら、また明日にでも改めて稽古させて頂きますが」

良かった!
小十郎の救いの声だ!
楽でも聞いてたら、気分が切り替わる!

「遙、どうする?」
「近所迷惑にならないなら、練習したいな」
「この宿の敷地は広いし、泊まってるのは全員伊達軍だから、遠慮はいらねぇよ」
「そう?だったら、練習する。まだ寝るの怖いから」
「分かった。小十郎、これから楽の稽古だ。入れ」
「はっ!」

小十郎は、袴に笛を差し、琴を持って部屋に入って襖を閉めた。
prev next
しおりを挟む
top