理系女子と文系男子 -7-

遙は、バッグを漁ってiPodと小型のスピーカーを取り出した。
どうやらこの7年間で、相当バージョンアップして形も変わったようだが、間違いなくiPodの特徴は変わっていない。
ただ、画面の大きさが2倍以上になっていて、ボタンは一つだけだ。
遙は、それをいじりながら、不思議そうな顔をした。

「どうした?」
「うん…。何か、入れた覚えのない曲まで入ってて、メモリがほぼ無限大になってる。それに、電池残量が100%のまま…。電池も無制限なのかな?」
「四次元ポケット効果なんじゃねぇか?」
「そっか。まさかiPod touchまでグレードupしてると思わなかったよ。オフラインでアプリも音楽も落とせるのか…。メモリを気にしなくてもいいのは便利かな」

小十郎は不思議そうな顔をして遙を見つめている。

「小十郎、未来の道具だ。この機械から曲が流れる。遙が今、曲を探してるから、お前は琴を用意して待ってろ」
「承知」

小十郎は、琴を包んだ錦を解いて、爪を取り出し、並べた。

「政宗様、調弦はいかが致しましょう?」
「遙、どうする?」
「曲、見つかったから、私が調弦するよ」
「では、遙様の方に琴を向けますので、失礼致します」

小十郎は、遙と向かい合わせになるように琴を向けた。
俺が、二人を横から眺める形になるよう二人が座った。
机に肘をついて、タバコを吸いながら、遙が調弦する様子を眺める。
長い髪が、肩からさらりと流れるように落ちて、琴に目を落とすその睫毛は長く、綺麗な鼻筋は日本人離れしていて、とても綺麗だ。
爪で一本ずつ調弦をしていく。
耳がいいのか、数回掻き鳴らすだけで、確実に弦の音がぴったりと調整されて、あっと言う間に調弦は終わった。

「耳がよろしいのですね。ぴったりと調弦出来ておりますよ。流石でございます」
「調弦出来ても、上手く弾けなかったらただの調律師だもの。お稽古しなきゃ」
「そうですね。それでは、早速、調べの手本をお聞かせ下さい」
「うん。春の海っていう曲なの。ちょっと待ってね」
「春の海、か。確かに聞いた事がねぇな」
「そうですね」

遙は、スピーカーと線を繋いで、iPodをいじった。

「じゃあ、今からかけるから、2回くらいは最後まで通しで聴いて、その後、音を取りながら合わせて弾いて行こう。小十郎の笛の方が先に音が取れそうだから、私はその後で合わせるよ」
「承知致しました」
「じゃあ、音楽かけるね。スタート!」

遙がiPodを触ると、琴の音色が流れ始めた。
続いて、笛の音色が主旋律を奏でる。
正に正月に相応しい、めでたく風流な調べだ。
小十郎は、軽く膝を指でとんとんと叩きながら、耳を澄ませて音を取っている。
途中から笛と琴が絶妙な掛け合いをする調べだ。
ただ、この奏者、ド下手だ。
二人の息が全然合ってない。
特に、琴がたどたどしい。
曲はすごくいいのに、もったいない事、この上ない。
笛だって、小十郎の足元にも全然及ばない。
苛ついて俺はタバコを揉み消して、眉間に皺を寄せて聴いていた。
最後まで、何とか我慢して聴いて、やっと終わって俺は苛つきながら感想を述べた。

「遙、もっとマシな奏者のやつねぇのか?せっかくいい調べなのに、台無しだ。はっきり言ってド下手だ。小十郎の笛の足元にはこれっぽっちも及ばねぇし、二人の息が全然合ってねぇ。お前らが奏でるとしたら、完全に息が合わねぇとこの調べは台無しになる。遙、お前は小十郎の息づかいをよーく頭に叩き込んで、小十郎に完全に合わせろ。突っ走ったり遅れたりすんな。小十郎が作り出すタメやスピードに完全に合わせろ。あくまで琴は伴奏だと思え。そうしたら上手く行く」
「政宗、流石厳しい事、言うね。耳が肥えてるね。確かにスムーズじゃない所は色々あったね。もっとマシな奏者の探してもいいけど、時間かかるから、音を取るだけだし、これでもう一度だけ我慢して聴いてもらってもいい?」
「そうだな…。なぁ、小十郎。お前、音、一回で取れたか?」
「ええ、もちろんでございます。多少の違いは出るかと思いますが、即興が許されるのでございましたらすぐに奏でられます」
「流石だ、小十郎。この譜面通りに奏でる必要はねぇ。お前ならもっといい音色も出せるし、いい即興も出来るだろうからな。遙、お前、この譜面見て弾いた事はあるか?」
「CDに合わせて譜面見て弾いてた事はあるよ。10代の頃、何度も通しで弾いたよ。ただ、久しぶりだから一発で通しで弾ける自信はないな」
「お前、即興は出来るか?」
「エレキギターなら即興は得意だけど、お琴ではやった事ないなぁ…。誤魔化し程度のアレンジは出来るかも」
「よし、分かった。じゃあ、聞き直しは止めだ。あんなの聴いてられねぇ。遙、お前は出だしだけ弾いて、後は小十郎の笛をよーく聴いてろ。笛と琴の掛け合いの所だけ参加だ。ただし、小十郎のリズムに完全に合わせろ。自信がなくなったらすぐにそこで中止して、また小十郎の笛をよく聴け」
「う、うん。自信ないけど、頑張る。ついて行けなくなったらすぐに止めて小十郎の笛、最後まで聴いててもいい?もし弾けそうになったら途中参加してもいい?」
「ああ、そうしろ。じゃあ、始めろ」
「うん」

遙は出だしを奏で始めた。
音色といい、タメといい、さっきの奏者より断然上手い。
音楽が好きなだけあって、聴かせ所をわきまえている。聴いていてシビれるほど気持ちがいい。
そして、小十郎の笛が主旋律を奏で始めた。
流石、小十郎の笛は名人中の名人級だ。
タメもこぶしも音色も最高にシビれる。
遙も聞き惚れるように、気持ち良さそうに伴奏をしている。
最初の何節かで、小十郎の息づかいに呑まれたように、完全に小十郎に合わせて弾いている。
正直、遙がここまで上手いとは予想してなかった。
ブランクが空いてる分、多少自信なさげな音の所もあるが、無理には弾かず、そこで手を休めて何節か小十郎の笛を聴いてはまた合わせて行った。
そして、笛と琴の掛け合いが始まった。
小十郎は大胆にアレンジをして、笛を鳴かせるように奏で、それに合わせるように遙も琴を激しく掻き鳴らす。
難しい所は無理に音量は出さずに、ただ遅れないように小十郎のスピードに合わせ、盛り上がりが終わった後の余韻をタメるように手を止めて、またゆっくりと風雅に最初のフレーズを弾いた。
そこから、また笛と琴の掛け合いが始まり、遙はまた手を休めながら小十郎の息づかいとリズムをとりながら聴いて、また途中で参加して、最後に小十郎の笛が終わった後の余韻に合わせた琴の独奏を奏でて調べを弾き終えた。
座敷には、まだ風雅な雰囲気が漂っていた。

「政宗、ごめん。やっぱり一発じゃ弾けなかった」
「10年間弾いてなくてそれだけ弾けたら十分だ。上手かったぜ?さっきの奏者より断然上手い。小十郎の笛は相変わらず最高にcoolだったぜ?お前ほど笛の上手いやつはなかなかいねぇな」
「お褒めにあずかり光栄でございます。しかし、遙様の琴も大変素晴らしい腕前でございました。何度か合わせているうちに、きっと思い出されるでしょう」
「政宗、ちょっと待ってくれる?譜面確認するから。やっぱ忘れてる所がちょこちょこある」

遙は、バッグの中からiPodを大きくしたような板を取り出して、いじり始めた。
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