Surrender -3-

「俺は、あの村に向かう途中で武田の姫と遭遇した。その時、ものすごく嫌な予感がして、本気で斬り捨てようかと思ったほどだった。だから、俺の存在を少しでも漏らしたら数日のうちに甲斐を攻め滅ぼすと、最大限の殺気を込めて脅しをかけた。そして、すぐに黒脛巾組に姫を追わせ、武田の屋敷でも姫を見張らせた。姫は、真田幸村とすれ違った瞬間、真田幸村に当たり散らしてそのまま武田の屋敷に戻り、俺の存在は一言も漏らさず寝込んだらしい。これが、俺の掴んだ情報だ」
「はぁ、なるほどね。じゃあ、あやふやだった推理は合ってたんだ。伊達に姫様の守役を長くやってないから、姫様の罵声で勘付いたんだろうね。政宗殿の名前を出さなくても真田幸村には政宗殿の存在を十分に確信させるような事を無意識に叫んで、真田幸村は遙を襲いに来た訳だ。多分、黒脛巾組にも意味の分からない罵声だったんだと思う。また、遙も自分が政宗殿の妻だとは誰にも言えなかった。甲斐においては命取りになるからね。俺だって遙が政宗殿の妻だって知ってたら、すぐに肩に担いで走ったよ。遙は、総力戦だと気付いて血相を変えて、4分以内に忍隊の布陣を指令した。ただ、運悪く、遙は直前まで村の奥の林の中で射撃の練習をしてたから、銃声で真田幸村に居場所が知れたんだね。俺の出陣まで真田幸村は身を潜めていたか、もしくは俺の出陣直後に到着して、遙が一人になった所を襲ったんだ。俺は、あの破廉恥男がまさか陵辱なんて出来ないと思っていたから、あんな事をするなんて夢にも思わなかったし、完全にお館様の監視下にいると思ってたよ。ただ、遙の到着予定時間より遅れてすぐに、政宗殿を欺きながら、部下に探索させて、何とか未遂で救出した」
「未遂だったから無事とは言えねぇ状態だ。何の薬を使った?」

そう尋ねると、猿飛佐助は目を見開き固まった後、深い溜息を吐いた。

「もしかして、うなされた時に、薬の事を言った?」
「薬の事は口走ってねぇ。ただ、うなされている時に、嫌がって泣きながら、艶っぽい喘ぎ声を上げた。犯されながら、あんな声を出すはずがねぇ。媚薬か何かを使われたと考えるのが妥当だ。遙の心の傷を治すには、何が起きたか知る必要がある。だから、包み隠さず話せ」

猿飛は、じっと考えるように机に目を落としていた。
その瞳が哀しみに満ちていて、涙を堪えるように潤んでいた。
そして、猿飛は悔しそうに小声で囁いた。

「使われたのは、忍が使う拷問用の薬だ」
「拷問だと!?」
「しーっ!!遙に聞かれたらまた錯乱するから黙って聞いて」

俺は、怒りと苛つきでどうしようもなく怒鳴り散らしたい気持ちになって、それを堪えるために、タバコに火を点けて吸いながら、何とか衝動を無理矢理抑え込んだ。

「薬の特徴を話せ」
「薬は鼻や口の粘膜から吸収される即効性の痺れ薬だ。捕虜が抵抗出来ないようにするためだ。それから、痛みを強く感じさせるために、触覚がかなり過敏になるように作られている。更に、聞き苦しい叫び声を抑えるために、自白だけは十分に聞き取れる程度の声しか出ないように作られている。これが薬の特徴だ」

薬の特徴から、遙の置かれていた状況を推測する。
真田幸村に薬を嗅がされて、動けなくなった遙は、わざと俺の声が聞こえる場所に連れて行かれて、そこで真田幸村に襲われた。
遙の声が聞こえる距離だったから、それは間違いない。
そこで、真田幸村に執拗にキスマークを付けられた。
触覚がそこまで鋭敏になっていたなら、少し身体のラインをなぞられただけでも感じてしまうだろう。
増してや、遙はただでさえ首筋が弱い。
キスマークを付けられながら、胸の先でも愛撫されたら、いくら声を堪えようとしても、堪え切れなかったに違いない。
犯されているのに、あんな声をあられもなく無理矢理上げさせられるなんて、屈辱以外の何物でもない。
俺の声に応えようにも叫び声も上げられない。
何度俺を呼んでも声は届かず、真田を悦ばせるような声しか上げられなかった遙の気持ちを考えると、それは、絶望と哀しみと屈辱の地獄だ。

「多分、本来は、遙を籠絡して心を虜にしてから手酷く振るつもりでいたんだろうね。でも、政宗殿が遙を迎えに来た事を知って、時間がないから、少なくとも遙が政宗殿の下へ行けなくなるような姿にするのが一番の目的だったんだと思う。遙が政宗殿を焦がれていたのを真田幸村は知っていたし、遙を酷く憎んでいたから、二度と政宗殿に会えないようにするために、わざと深く傷付けようと、政宗殿の声の聞こえる場所で犯したんだと思う。それも、最も屈辱的で一生忘れられなくなるような方法でね。そうしたら、目的が一度で二つ達成出来るから。その結果、未遂とはいえ遙は自分の命を絶とうとするくらいに傷付いてしまった。俺だって悔しくて堪らなかった…。真田幸村に嫌疑をかけていたのに、まだどこかで信じていたし、本当に遙の願いを叶えてあげたかったから…」

猿飛は、薄っすらと涙を浮かべ、そして、それが一筋頬を伝って行った。

「政宗殿、遙を守れなくてごめん。俺も胸騒ぎはしてたんだ。遙はそれを見抜いて、容疑者を俺に尋ねた。まだ完全な容疑者ではなかったけど、もし遙に忠告していたら、遙は真田幸村が射程距離に入った瞬間に死なない程度に銃で撃っていたと思う。ごめん、俺のせいだ…」

猿飛は、また一筋涙を流した。
その涙を見て、猿飛の真実の想いに心を打たれて、怒りが静まって行って、俺はやっと再び冷静になった。

「猿飛、よく話してくれた。礼を言う。俺は、一生かけてでも遙の心の傷を癒す。だから、自分を責めるな。考えようによっては、これで武田の姫を押し付けられる事もなくなったし、武田に対して強硬な策が打てる。意趣返しの手がかりも出来たしな。お前、当然、真田幸村に制裁は下したんだろうな?」
「もちろんだよ。尋問の後、遙に使われた薬を真田幸村に使って、俺と焔…俺の右腕だけど、二人で同時に五臓六腑の急所を死なない程度に、遙が苦しんだ時間の分より多めに打ち込み続けた。簡単に死んでもらったら困るしね。あれはかなり痛いよ。少なくとも丸二日は激痛に苦しむね。その後、荒地に放り投げておいたよ」
「よくやった。少しは気が晴れた。ところで、話は変わるが、信玄とは何を話すつもりだ?」

猿飛は、少し考えるように机を見つめていた。

「遙が俺に話した懸念材料は、お館様の婚儀に対する意気込みと、姫様の存在だ。姫様が真田幸村に抱かれた以上、お館様は政宗殿に嫁がせるのは止めるだろうね。ただ、誘導尋問の結果だから、信用性が足りない。その一方で、お館様はとても鋭いお方だから、何か勘付いているはず。武田の屋敷で何が起きたかお館様から探るつもり。ある程度お館様のお考えの予想はついてるんだけど。遙の事を伏せるかどうかは、政宗殿の意見が聞きたい。だから、俺は、貴方に接触したかった」
「なるほどな。お前は本当に賢明だな。武田がお前を捨てるなら、伊達が忍隊ごと丸々お前を雇ってやるから安心しろ。遙は最後の重症患者の治療中で手が離せないとでも言っておけ。それから、疱瘡はそろそろ収束だと遙が言っていたから、疱瘡の収束状況を信玄に報告だ。次に、八王子と吉原の件について信玄に話し、遙が哀れに思って次の治療は武蔵で行いたい事を強く希望しているから、伊達に身柄を引き渡せないか、交渉してみろ。それが、遙の当初の目的だから、そのまま信玄に伝えればいい。遙が信玄に会いたかった要件はそれだと伝えろ。その時の信玄の出方を後で俺に報告だ。とにかく、忍隊を完全に指揮して、遙の事件を伏せ続けろ。いずれにせよ、俺は、遙の外傷が治り次第、遙を連れて信玄に会って、遙との婚儀の話をするつもりでいる。すでに養女縁組についても小十郎と話をしている所だ」
「伊達で雇ってくれるのは嬉しいな。政宗殿、俺も提案があるんだけど、いい?」
「ああ、構わねぇ」
「最初にも言ったんだけど、多分、お館様は、姫様を切り札にはなさらないような気がするんだ。政宗殿の言う通り、遙の当初の目的は話す。その後、もしお館様が無条件で遙を差し出すとおっしゃるなら、政宗殿と遙は7年前から夫婦だって明かしたいんだ。遙から聞き出したのと、この懐刀が証拠だってね」

そう言うと、猿飛は懐から、俺が遙に最後に贈った、伊達家の家紋が鞘に蒔絵で散りばめられている懐刀を取り出した。
これを猿飛が持っているという事は、この懐刀は遙を守るのではなく、死ぬならせめて俺の手で死にたいと、命を絶つために使おうとしたのだと思うと、悲しくてたまらなくなって、涙が頬を伝って行った。

「遙は、これで命を絶とうとしたよ。政宗殿の手で死にたいって。遙の武器は全部俺が預かってる。この懐刀を使えば伊達との接触については伏せつつ、遙と政宗殿の絆の証になる。これ、使わせてもらってもいい?」
「ああ、構わねぇ。遙と伊達との繋がりの証明には一番だ」
「ありがとう、政宗殿。俺の予想だと、お館様はすでに姫様の異変に気付いている。何故なら、疱瘡の予防接種を姫様がすごく嫌がって、くノ一を二人倒した挙句、家出までしたからね。政宗殿と姫様が遭遇したのはその時だったんだね。後で報告を受けて、すごく引っかかった。あの武芸の達人の姫様に限って、痛いのが嫌だとかあり得ない。怪我だってしょっちゅうだったのに気にもしなかった。しばらく放っとけば跡も残らず治るような擦り傷や切り傷程度だけどね。あのお館様の鉄拳を食らった事も何度かあるけど、反撃に立ち向かうし、当然勝てなくても痛みなんてへっちゃらで、悔しがるだけだから、予防接種くらいの痛みなんて慣れっこだ。誰だって何かあったって気付くよ。お館様は、もう姫様の事を知っていると考えてもいい。乳母でも問い質してね。そして、相手が真田幸村って聞き出してるはずだ。遙の事件の事は完全に伏せて、真田幸村が姫様と政宗殿の婚儀を幸せにするために、障害となる遙を奪ってでも政宗殿と遙を引き裂こうとしてるって感じに進言したい。そうすれば、お館様なら何か策を練るはずで、それは政宗殿にとって決して悪い策ではないと思う。武田にとって、姫様の事はお家の恥だし、真田幸村が姫様の貞操を奪った上に、遙を奪おうとしてるとお館様がお考えになったら、真田幸村にそれなりの沙汰を下されるはず。それに政宗殿に申し訳なく思って最大限の礼を尽くすはずだよ?あくまで俺の予想だけど。それに政宗殿には姫様を理由にお家お取り潰しって最終手段もある。お館様もそれには逆らえない。証人は俺にしてくれていい。俺は、お館様の真意を確かめに行きたいんだ」
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