Surrender -4-

猿飛は、武田に仕えて長い。
それに、とても賢明だ。
大将二人のための縁の下の力持ちで、言わば俺にとっての小十郎のような存在だ。
猿飛の洞察力を信じて、好きに交渉させるのも一つの手だ。
猿飛は、遙の事をとても大切に想っていて、俺の所に返すのを最大の目標としている。
信玄と数回しか会っていない俺よりも、上手く立ち回れるのは間違いない。
俺自身が出陣する前に、猿飛に根回しさせるのは、信玄に対する牽制にもなる。

「分かった。武田の家中に関しては、お前が一番よく分かっているからな。それに、俺は、お前の洞察力と判断力を高く買っている。腹の探り合いのような感じにはなるだろうが、遙の事件を伏せるのであれば、後はお前の判断に任せる。どこまで明かすかも任せた。信玄が何を掴んでいて、どういうつもりでいるのか探れ。それから報告に来い。またこちらから接触して、時間を指定する」
「ありがとう、政宗殿。最善の策を練りながらお館様とお話して来るよ。これでも忍だからね。表情を変えるのは自在さ。特に交渉をする時はね。今は、俺の素顔。遙と政宗殿には素顔で接したいんだ。二人の純愛は、俺にとってすごく憧れで、とても大切にしたいから。だから、お館様とも最善の交渉をしてくるよ」
「Thanks, 猿飛。マジで全て解決したら、無理にでもお前を雇いたいぜ」
「じゃあ、そうお館様に交渉してくれる?俺も二人の行く末を見守りたいよ。じゃあ、これ、遙に頼まれたものね。遙が起きたら渡しといて。何かそろそろ遙が起きそうな予感がするから、俺は、退散するよ。近くで待機してるから、遙が薬を変更するならまた呼んで。警備の黒脛巾組に居場所は伝えとくから」
「分かった。遙に渡しておく。猿飛、頼んだぞ。全てをお前に託す」
「全ての知恵を総動員させて頑張るよ。じゃあね」

猿飛は風呂敷包みを机の上に置くと、来た時と同じように、音もなく去って行った。

猿飛が去ってから15分ほど経った頃の事だった。
遙の意味を成さないうわ言が聞こえて、俺は布団に戻った。
そっと抱き締め、髪を優しく撫でながら、俺は遙の耳元で囁いた。

「遙、愛してる。もうお前を一生離さない。生涯忘れられないほど、幸せな結婚式だった。お前はとても綺麗だった。あんな幸せな結婚式なら何度でも挙げたい。毎回違うドレスを着せてな。何度でも、誓いのキスをしたい。永遠の愛を誓うキスを。お前は、俺の大切な大切な妻だ。たった一人愛してる、俺の宝物だ。生涯かけてお前を守り抜く。俺の命を懸けてでも守り抜く。遙、愛してる。もう一度、誓いのキスをしよう」

遙の顎を少し上げて、柔らかく何度もキスをすると、長い睫毛が震えて、そしてゆっくりと目が開いた。
夢からまだ覚めないような、まだ眠そうな目が、段々と覚醒して行って、不思議そうな表情で俺を見つめた。

「これは、夢?私、夢の中で夢を見てるの?」
「いや、夢じゃねぇよ。もう、朝だ。部屋を見てみろ」

遙は、少し身体を起こして、部屋を見回した。

「本当だ…。ここ、政宗の部屋だ…」

そう呟くと、遙はまた俺の腕の中に戻り、幸せそうに俺の胸に頬をすり寄せた。

「気分はどうだ?」
「うん…。いつ寝たか全然覚えてないんだけど、ぐっすり眠れた感じがする。それでね、目が覚める前に、珍しくすごく長い夢を見たの。何かね、とても幸せで、ドラマチックな夢だったなぁ。政宗と大恋愛をしてね、親の反対も政宗が説得してくれてね、政宗も同じ東大の医者なの。婿養子になるからって言って説得してね、二人でアメリカに修行のために留学して、そこの教会で海外挙式したの。何かね、政宗が色々ドレスを選んでね、私は着せ替え人形だったなぁ。ドレスの試着だけで一週間かかって、結婚式までに間に合うかすごく心配になったけど、何とかギリギリに決めて、間に合ったの。政宗がね、ドレスの試着のたびに、写真をたくさん撮ってて部屋で一緒に眺めたなぁ。でも、一緒に結婚式の準備をするのがとっても楽しかったの。政宗の燕尾服姿、すごくカッコ良かったなぁ。誓いのキスもすごく幸せだった。お父さん、滅多に泣かないのに、目を真っ赤にして泣いてて、なんかもらい泣きしそうになっちゃった。すごく理想の結婚式の夢だったよ」
「そうか、良かったな。結婚式の準備は楽しかっただろうな。俺だったら、1週間なんかじゃ選べねぇな。半年はかかるな。一度しかない結婚式なら、その前にお前の花嫁姿は何度でも見たいからな。一週間じゃ全然物足りねぇな。お前なら何でも似合いそうだから、片っ端から着せてじっくり眺めてぇな」
「ふふっ…。何かもっと時間があればゆっくり選べたんだけど、親に急かされてね、仕事の合間を縫ってバタバタしちゃった。それだけが残念だったなぁ」
「お前とは、もう一度、祝言を挙げるからな。小十郎が張り切ってる。好きなだけ時間をかけて、お前の花嫁衣装もゆっくりと考えよう。その前に帝に謁見するから、十二単を選ぶのも楽しみだ。俺が満足するまで、お前は着せ替え人形だぞ?」
「十二単かぁ…。憧れだったなぁ。光源氏が、宴のために姫君の個性に合わせて全員の衣装を決めるでしょう?あのシーンがすごく好きなんだ。政宗ならどんな色で合わせるか楽しみ。だって、政宗は天下一の伊達男だから、きっとすごくセンスが良さそうだもの」
「そうだな。お前は上品な顔立ちだから、その魅力を引き出すような色合いを考えないとな。あまり派手ではなく、それでいて華やかな感じがいいな。俺は、シンプルな黒い束帯だ。生地には繊細な模様を同じ黒い絹糸で織り込んで、差し色に赤い単を入れるか。眼帯に似合うだろ?」
「わぁ…。すごく似合いそう!赤って殿上人にしか許されない色だよね?」
「ああ、そうだ」
「差し色に使う所が素敵。流石、伊達男だね」
「お前が引き立つように、黒い束帯だ。江戸に帰ったら、ゆっくりと色の重ねを考えよう」
「うん…」

俺は、遙をキツく抱き締めてキスをした。
遙の心の傷の深さを思い知った今、夢見るように話す遙がいじらしくて、同時に酷く痛々しくて、涙が溢れ出す。
深く深く傷付いているのに、どこか何かが狂ったように、夢心地のように半ば呆けたように話すのがあまりに痛ましくて、幸せな会話のはずなのに、辛くて堪らない。
俺は唇を離すと、遙をキツく抱きすくめて、声を押し殺して泣いた。
真田幸村に対する憎しみが急激に胸の中で膨れ上がっていく。

真田幸村、絶対に許さねぇ!!
絶対に復讐してやる!!

「政宗っ、苦しいよっ。何で泣いてるの?」
「お前が愛しいからだっ!!」

俺は、押し殺した声で、苦し紛れの嘘と真実を吐いた。
こうして欺き続けるのが、本当に遙のためになるのか分からない。
もしかしたら、俺自身がそうだったように、どこかで傷と真っ正面から向かい合い、全てを吐き出して、乗り越えて行かないといけないのかも知れない。
でも、受けた傷の深さと仕打ちがあまりにも残酷過ぎて、そんな事をさせたら、取り返しがつかないくらい、遙は壊れてしまうかも知れない。
治せそうな傷から向かい合い、そこから治していくしかない。
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