額に汗をかいて、意味を成さないうわ言を言っている。
やはり一度抱いただけじゃ、記憶は塗り替えられない、か。
素肌の背中を抱くと、怯えるように身体が強張った。
やはり、真田幸村に穢された肌に、もう一度俺の手で快楽を何度も刻み直さないとダメかも知れない。
「遙、起きろ」
優しく耳元で囁くと、遙は目をぎゅっと瞑り、声を上げた。
「政宗っ!助けてっ!」
その瞬間、自分の声に驚いたように遙は目を見開き、俺の胸に手を着いて身体を離して俺を見上げると、恐怖で強張った表情からホッと安心したような表情に変わり、脱力したように、また俺の腕の中に収まった。
「また、夢か…。あんな夢、もう二度と見たくないのに…」
「でも、すぐに目が覚めるようになったな。少しは改善してる」
「でも、やっぱり夢を見ると、自分の身体が気持ち悪くてたまらなくなる」
「そうか…。じゃあ、たっぷり時間をかけて、俺の唇と手で消毒してやらねぇとな。最初は怖いが、我慢だ」
「まだ、怖いよ…」
「大丈夫だ。じゃあ、聞くが、真田幸村に刻まれた快楽と、さっきの快楽、どっちが良かった?どっちが感じた?」
「もちろん政宗だよ。うっ…幸村に、感じた声、聞かれちゃって悔しかった…。薬を使われて、無理矢理声上げさせられて、淫らだって言われた…。何人この声で男を籠絡したかって言われた…。そんな事、してないのに…。政宗にしか聞かせたくなかったのに…」
遙はそう言って涙を浮かべた。
俺は、遙を抱きすくめて、深いキスを繰り返した。
遙の甘えるような声を聞いて、唇を離して髪を撫でた。
「お前は可愛い。お前の声は俺にとっては可愛くて堪らない声だぜ?俺で感じてる証の、愛しくて可愛い声だ。真田幸村への復讐は後で考える。真田幸村がそんな侮辱をしたなら、ただじゃおかねぇ。あいつのweak pointが分かったからな」
「弱点?」
「そうだ。あいつは武田の姫と出来てる。処女のままだが、俺に対する侮辱だな。あいつが穢した女をこの俺に嫁がせるつもりだなんて、侮辱するにもほどがある!その上、お前をこんなに傷付けて、絶対に許さねぇ!まぁ、あんな女、娶る気なんて元からさらさらねぇけどな」
「じゃあ、何で、私を…?姫様との関係が分からない」
「真田幸村は、お前が俺の女だと気付いていた。俺がお前を愛せなくなったら、嫁いだ姫を俺が大切にするとでも思ったらしいぜ。ずいぶんと甘く見られたもんだ。そのために、お前を深く傷付ける事にして、更に他の男に抱かれたお前を俺が見限るとでも思ったんだろう。猿飛がお前を見張らなかったら、お前が命を絶っていたかと思うとぞっとする。俺は、絶対に許さねぇ」
「でも、戦になるよ?流石に幸村と姫様相手だったら」
「そうだな…。だから、俺も悩んでいる。真田と同じ方法で姫を陵辱したら、娶らずにはいられねぇからな。別の策が必要だ」
「他の策か…。手持ちの情報が足りないな。やっぱりお館様の真意と姫様に関する情報か…」
遙は身体を起こして、浴衣を引っ掛けると、机の上のタバコを取り出し、火を点けて、ゆっくりと吸いながら、怜悧な表情で何か考えていた。
そんな冷たい大人びた無表情の横顔すら、とても美しい人形のようで、見惚れてしまう。
「そうだな、幸村を誘惑して虜にしたのは、間違いなく姫様だな。あの破廉恥ばかり叫んでる幸村が拒めないのは姫様だ。姫様が一発逆転王手を仕かけて、幸村が陥落したと考えるのが妥当か。つまり、姫様の一手で幸村は姫様と恋に落ちて抱いた。でも、中途半端に駒が動いただけで、状況が悪化した訳だ。姫様の処女だけ守って抱いたなら、幸村があんな事を私に出来たのも納得が行く。ただ、姫様について、予測不能なのには変わりがないな。私は姫様の事を何も知らないのには変わりがない」
あれほど、真田幸村の事で取り乱していたのに、今の遙は驚くほど冷静で、淡々と真田幸村の事を話し、しかも推測も鋭く筋が通っている。
こうして、頭が冴えた遙も魅力的でたまらない。
遙の知的な表情も昔から好きでたまらなかった。
俺も着流しを羽織ると、遙の隣りに座ってタバコを吸い始めた。
「お前の言う一発逆転王手って、姫と真田幸村が駆け落ちでもする事か?もしくは、信玄に認められて二人が祝言を挙げる事だな?それで、俺達の障害は消えるからな」
「流石、政宗。やっぱり政宗は最高に頭がいいね。何の補足もしてないのにすぐ分かるなんてね」
「いや、俺も似たような手を考えてたからな。あの姫は邪魔だ。姫については、いくつか知ってる情報はあるぜ?真田幸村は、姫の守役だった。俺と小十郎の関係だな。それで、真田幸村に武芸を仕込まれたみたいだ。何せくノ一を二人倒して家出までしたくらいだから、相当強いんだろな。真田幸村のコピーがいるみてぇだぜ」
「なるほど、幸村のコピーね…。やっぱり行動が読めない人だとは思ってたけど、そこまでとは…。猪みたいに突っ走って、いきなり方向を変えてまた突っ走っる。その方向が全く読めないって事か。くノ一を二人倒してまで家出までする行動派とはね、それは予想以上だな。お館様が無理矢理婚儀の仕度でも進めたのかな?」
「猪か、傑作だ!その表現は絶妙だな。いや、家出の原因は違う。疱瘡の予防接種を拒んだらしいぜ?それでくノ一を二人倒して家出だ」
遙は目を瞠って驚いたような呆れたような、それでいて恐怖で青褪めたような表情で固まった。
やがて、遙は溜息を吐いて、冷たい瞳でタバコの箱を見つめながら、指先でトントンと何度か机を叩いた。
「すごく嫌な予感がする…。村は封鎖してたけど、街道に抜ける道沿いにある村もあるから。そこは特に厳重に封鎖するため、私もそこに拠点を置いていたし、佐助の忍も全部精鋭だった。佐助から何も報告は聞いてないから、大丈夫とは思うけど…。どこを通ったかが、問題だな。それから、いつ頃かが問題だな。佐助から報告がないから杞憂の可能性も高いけどね。すぐに屋敷に連れ戻されていれば、何も問題はないけど、まだ予防接種が済んでいないのは、痛いな…。佐助に姫様の家出について調べさせないと…」
遙は苦々しく眉を顰めた。
俺は、迷った。
俺は、遙の欲しい情報を持っている。
猿飛を呼び出すまでもなく、俺自身の方が正確に掴んでいる。
しかし、姫との遭遇を話したら、遙は全てを悟り、きっとまた傷付く。
俺が遙を傷付けた原因だと思い至るに違いない。
それでも、それは紛れもない事実で、遙がそれで俺をなじるのであれば、俺は、それをじっと受け止めなければならない。
遙を傷付けたのは、紛れもない、この俺なのだから。
俺は、深い溜息を吐いて話し始めた。
タバコを持った手が微かに震える。
「出来れば話したくなかったけどな。お前に必要な情報なら話してやらなきゃならねぇな。落ち着いてよく聞け。あの日、俺がお前を迎えに行った日、甲斐と江戸を結ぶ街道で姫と遭遇した。家出をして来たって、言ってたな。俺は、最大限の脅しをかけて姫を追い返した。口外無用ってな。その後、姫を追わせた忍から姫が口外していないのは確認済みだ。ただ、通ったルートが悪かった。お前が俺に知らせた4つの村の前を全て通るルートだ」
遙の表情が、固まった。
またイラついたようにタバコの煙を吸い込んで、吐き出しながら机をとんとんと叩いた。
そして、眉を顰めて深い溜息を吐いた。
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