「もうしばらく、甲斐に?Shit!疱瘡か!あの馬鹿娘が予防接種を拒んだせいだな!?」
遙は頷いて、苦々しい表情で、タバコを深く吸い込んで、ゆっくりと煙を吐いた。
「感染してない可能性もある。それが、一番面倒がなくて、最高なんだけどね。私自身が、信玄公に呼ばれるだろうね、おそらく2週間後くらいに。今度は姫様の疱瘡の治療でね。本当は、もっと早く出向いて治療薬を与えればいいんだけど、私の気力も体力も落ちてるし、幸村が姫様を守ってるなら、今の私には無理だな。それに、例えお館様が姫様を羽交い締めにしても、暴れられたらあの予防接種は無理だ。私なら出来るかも知れないけど、暴れる患者への注射は難しい。くノ一じゃ絶対無理だ。発症して事の重大さに気付いて、初めて姫様も抵抗を止めるかな。それまでは、お手上げだな」
「んな厄介なもんにかかる前にさっさと予防接種させられねぇか?疱瘡を甘く見ると痛い目に合うって何で分からねぇんだ!?」
「無理だよ、政宗。痛みを知ってる人間にしか事の重大さは分からない。ましてや、予防接種なんて概念がないこの時代の人間に強制するのは難しい。お館様次第だね。政宗が内政に干渉しない事になっているのなら、そのまま静観するしかない。お館様を説得出来るとしたら佐助だけだけど、百聞は一見にしかずって言うからね。あの悲惨さがお館様にどこまで伝わるか読めない。一度道を通っただけだから、感染なんてしないって気にしない可能性が高いな。例えお館様が事の重大さに気付いたとしても、暴れる姫様に予防接種するのは難しい。忍の痺れ薬を使えば出来るけど、お館様がそこまで深刻に捉えて許可を出すかも分からない。ただなぁ…。天然痘ウイルスの曝露後4日以内なら予防接種は間違いなく効く。でも、それは今日だね。だから後は姫様の運次第。それでも、発疹が出る前なら助かる可能性は大きい。発熱と同時期までがリミットかな。おそらく政宗が望んでいる意趣返しもその時出来るんじゃない?私にとっても都合がいいし。治療の妨げがなくなるからね。これでも医者だから、治療は最優先。ただし、過剰には接しないつもり。全て、佐助の忍隊にやらせる。容体急変の時だけ私自身が手を下す。治療は最優先だけど、それ以前に私も人間。姫様には関わりたくないからね」
遙は言葉を切ってまたゆっくりとタバコを吸い始めた。
冷たい無表情の綺麗な横顔が、何かを計算している感じがする。
途中まではよく理解が出来た。
しかし、俺の望む意趣返しが出来て、それが更に遙の治療に役立つという所が分からない。
俺もタバコを吸いながら、遙の計算が終わるのを待った。
「政宗は、今すぐ、私を武田の屋敷に派遣したい?面倒事を回避するために」
「いや、それは出来ねぇな。お前が心配だし、その痣が完全に消えるまでは外には絶対に出さねぇ。例え俺が一緒にいても、真田幸村が、その痣がお前と契りを結んだ証で、お前を貰い受けたいなんて信玄に言い出したら、俺ですら止めるのは難しい。信玄は娘を俺に嫁がせたいし、障害になるお前を真田幸村が貰い受けたいと言い出したら、すぐにでも真田幸村にお前を娶らせる可能性だってある。だから、今はここから動けないのは確かだ。流石のお前も、信玄の前で真田幸村にそんな事を言われたら、冷静でなんていられねぇはずだ。信玄は、間違いなくこれは真田幸村が刻んだ痕だって確信して、責任を持って真田幸村に娶らせるだろうな。そんなの絶対に許さねぇ!」
「そうだよね。私も今は武田の屋敷には行きたくない。医者として失格だけど、政宗の考えている通りの事態になるのが怖いし、幸村を見ただけで怖くて動けなくなる。いくら政宗が私を守ろうとしても、こうして目に見える証拠があるうちは、政宗も守り切れないと思うよ。姫様には可哀想だけど、このまま私の傷が治るまで放置だな。佐助に任せるしかないな」
遙は溜息を吐いて、タバコを揉み消し、もう一本タバコに火を点けて吸い始めた。
「なぁ、遙?お前の言う俺の望むような復讐って何だ?それがお前にとって都合がいいってどういう事だ?」
「そうだね…。ただ、まだ、推測の段階かな。幸村にとってはある程度は屈辱的だとは思う。ただ、姫様の性格が単に幸村のコピーだったら、二人にとって、そんなにダメージにはならないかな。政宗が見た姫様の印象ってどんな感じだった?」
「ああ、あの馬鹿女か。えらく鼻っ柱が強い女だったぜ?甲斐では、みんな自分に優しくして言う事を聞いて当然だっていう態度を取りやがった。この俺に対してもな。流石に30万の軍勢で数日で甲斐を壊滅させるって脅したら血相を変えて黙ったけどな」
遙は堪え切れないように、笑った。
「ははっ!政宗相手によくそんな態度、取れたね。何か想像ついた。あの怒り狂った政宗相手にそんな態度を取れるなんて、呆れるほどの温室育ちなんだね。世間知らずの私ですら、殺気を初めて感じた時、命の危険を感じてそれなりの身の振り方を考えて動いたのに。武田の屋敷だけが自分の世界で、幸村とお館様に完全に守られてて自分の身には絶対危険がないと思ってるんだろうね。弦月の前立てを見ても引かないとは恐れ入ったよ。ただ、30万の軍勢には流石に身の危険を感じたか、なるほどね。自分の価値観がどこでも通用すると思ってる、プライドが高い姫様ね」
「ついでに付け加えると、これっぽっちも頭が回らねぇ、大馬鹿女だ。脅しが何度か必要だった。マジで大馬鹿だ」
「まぁ、政宗から見たら大抵の女の子は馬鹿に見えるだろうから、そこは差し引かないとね。ただ、そこまで政宗に言わせるほどなら、思考回路は単純って事か。なら、意趣返しの成功はほぼ間違いないけど、その後の姫様と幸村のやり返し方が私には読めないな。姫様には何の罪もないから心が痛むけど、私に完全に服従してもらわないと予防接種も治療も出来ないから、最大限の脅しはかける。でも、そんなにプライドが高い姫様なら間違いなくやり返しに来るだろうね。ある意味短絡的過ぎてかえって読めないな。私がダメージを受ける仕返しを何か考えるだろうね。子どもっぽい仕返しには間違いないんだけど、一応成人してるからね。一番苦手なタイプだ」
「お前を敵に回したら、怖ぇな。本当に怖いくらいの策士になりやがって。お前の計算が全く読めねぇ」
「ううっ…やっぱり…?怖い…?嫌われた…?」
遙は、計算高い冷たく光る瞳から一転、俺に縋るように不安そうな、甘えるような表情に変わって、俺を見上げた。
「やだ…。政宗に嫌われたら生きて行けない…」
みるみるうちに涙が目に盛り上がっていって、俺は、思わず声を立てて笑って、遙の頭をくしゃりと撫でた。
「敵に回したら怖いだけだ。俺の前だと、お前は可愛い可愛い女だ。俺しか愛せない、健気で可愛いくてたまらない女だ。俺に嫌われたと思うだけで泣くなんて可愛いにもほどがある。こんな甘えた顔しやがって。このまま押し倒して抱きたくなる。本気でな」
俺は、タバコを揉み消すと、遙の手からもタバコを取り上げ、揉み消して、そのまま遙を押し倒して深く唇を重ねた。
何度も何度も深いキスを繰り返すうちに、本当に言葉通り、抱きたくてたまらなくなってしまった。
キスを止めないまま、遙の頬から首筋へ、指先を滑らせ、そのまま指先で触れるだけの愛撫をしながら、柔らかな胸の輪郭をなぞり、手のひらで下から揉みあげると、遙は堪えられないようにくぐもった声を上げた。
久しぶりに柔らかな胸を手で触ると、もう止まらなくて、遙が俺の手に自分の手を重ねて止めようとするのにも構わず、より深いキスをしながら、何度も何度も胸を揉みしだいた。
とても柔らかいこの感触をずっと忘れていた。
あの頃より、少し大きくなっているような気持ちさえする。
しばらく胸の柔らかさを堪能すると、ようやく満足して、俺は、唇と手を離し、遙の頬に手を当てて見つめた。
「政宗、酷い…。本当に押し倒されるなんて思わなかった…」
「お前が可愛い事を言うからだ。あんな目で見つめられたら、止まらなくなる。でも、今はこれで満足した。お前の胸、柔らかくて気持ち良かったからな。お前を最後に抱いてから、女には一切手を触れてねぇから、柔らかい胸を触るのも7年振りだな。お前、こんなに胸デカかったか?何となく記憶と違う気がする」
「政宗、よく覚えてるね。確かに体型変わったよ。ずっとピル飲んでるせいか、胸は大きくなったかな。FとGの間だよ。胸が重くて肩が凝って仕方ないよ」
「F…お前、Eだったよな?」
「うん。あの時、政宗に大きくされた。あと薬のせい」
「クッ…俺のせいか。そうだったな。お前、全体的に前よりスタイル良くなってねぇか?何て言うか、やたらと色っぽい体型になった気がする」
「それは年のせいだよ、政宗。25才前後が一番スタイルいいの。安産の適齢期だから、一番男の人に魅力的に見える体型になるの。これは、科学的な事実だからね。私も例外じゃないって事だよ」
「そうか。チッ、ピークは過ぎたか」
「ここ数年、体型変わってないよ?」
「なら、良かった。早く江戸に帰ってゆっくり子作りだな。俺は、世継ぎが生まれるまで引きこもるって宣言したからな。誰にも邪魔はさせねぇ」
遙は堪え切れないように、笑った。
「政宗ったら、そんな宣言したの?」
「何が悪い。俺は、今まで十分国のために尽くしたからな。支配制度も整えた。後は、伊達の世継ぎだけが足りねぇ。まぁ、それは口実だ。単にお前が抱きたくてたまらないだけだ。世継ぎのためだって言ったら、誰も文句なんて言えねぇからな。そうだな…。あんまりすぐに子どもが出来たら、お前を抱き足りねぇから、しばらくピル飲んどけ。俺が満足するまでな」
「よくそこまで思い付くね。呆れた…」
「お前も人の事、言えねぇよ。お前の知恵には俺もびっくりだぜ。似た者夫婦だ。だから、お前を俺が嫌うはずなんてねぇよ。安心しろ」
軽く唇にキスをして、俺は、身体を起こした。
そして、遙の身体も抱き起こして、乱れた浴衣を整えてやった。
すっかり冷めた茶を二人分湯飲みに注いで、ゆっくりと茶を飲みながら、二人共またタバコに火を点けた。
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