「そうだね。一言で言えば、姫様のプライドを幸村の目の前で傷付ける事かな。それには、二種類の方法がある。一つ目は、幸村の目の前で、佐助に忍の痺れ薬を姫様に使わせて、動けない姫様に予防接種をする事。佐助が何とかお館様を説得すれば出来なくもない。お館様に幸村を羽交い締めにしてもらえば、幸村も手出しは出来ない。目の前で、姫様が予防接種とはいえ傷付けられてプライドも傷付けられるのを見たら、それなりのショックは受けると思う。ただ、意趣返しにしてはダメージは少ないし、政宗も納得しないかな、とは思う。医者としては、それが最善の一手ではあるけどね。ただ、もう疱瘡の潜伏期間には入っているから、いずれにせよ感染してたらいつかは呼ばれる可能性もある。その時、姫様には完全に私に服従してもらわなければ治療は出来ない。だから、二つ目の策の方が政宗にとってもオススメだし、私にも都合がいい」
「一つ目の策は、納得いかねぇな。そんな温いやり方じゃあ、俺の気が済む訳がねぇ。この俺の目で、真田幸村が絶望的に屈服して、屈辱を味わうのを見てぇな。出来れば叩き切っちまいたいが、それでも気が済まねえ。そんな温い死に方なんか、許さねぇ。あいつの目の前で、一番大切な者を傷付けて、苦しむのが見てぇな」
「はぁ、やっぱりね。うん、二人共、傷付けつつ、治療にも従ってもらう、とっても都合がいい方法が一つだけあるよ」
遙は唇の端を吊り上げて笑った。
俺、そっくりの笑い方だ。
戦が楽しくてたまらない時の俺の笑い方だ。
「お前、笑い方まで俺に似たか。ずいぶんと楽しそうだが、俺がそうやって笑う時は、何か悪戯を思い付いた時だ。それもタチの悪い悪戯だ。お前にはいつも可愛く笑っていて欲しかったが、7年間、男社会に揉まれて、それだけ男前の策士になったか。今は復讐を考えてるから尚更だな」
「ふふっ…。復讐はついでだよ?あくまで治療優先。ただ、政宗の気持ちも私の気持ちもすっきりしそうだから楽しみなだけ。姫様のプライドを完全にズタズタにして、私に完全に服従する様を幸村に見せつけるの。服従はしてもらわないと、治療に影響するから、不本意だけど強硬手段を取るよ。反撃に出る幸村に怪我はなるべくさせないつもりだけど、私の手に負えなかったら、殺さない程度に政宗に任せるよ。正当防衛って形に持って行くから、お館様も絶対に文句は言えない」
「なるほどな。復讐のターゲットは分かった。ただ、どうやるつもりだ?それを聞くまですっきりはしねぇな。真田幸村にはそれでも温いくらいだ」
「そうだね。政宗と佐助の協力がいるから、教えてあげる。ただし、まだ佐助には内緒」
遙は俺の耳元で、遙の思い付いた復讐について囁いた。
俺は、そのやり方の鮮やかさと、信玄でも納得せざるを得ない方法、それから、姫にも真田幸村にも最高に屈辱的で、しかもその後の治療にも効果的な策に驚いた。
正直、遙がそこまでの強硬手段をこの短時間で思い付いていたなんて思わなかった。
遙も、真田幸村に相当怒りを覚えてるんだろう。
俺にとっても、遙にとっても、最高の復讐だ。
しかも、全て丸く収まる鮮やかな復讐劇だ。
想像するだけで、わくわくして、今から楽しみでたまらない。
それでもまだ温いとは思うが、最善の策で、俺自身が真田幸村にそれなりに手を下す大義名分が得られただけでも十分だ。
「遙、お前、やっぱ最高にcoolだ!医者ならではの発想だな!でも、お前、本当にそんな事、出来るのか?」
「政宗の援護があれば出来るよ?佐助も小十郎もいれば尚更。本当はこんな事はしたくないんだけど、そこまでのじゃじゃ馬娘だったら、宥めすかすか脅すしかないからね。宥めるのはくノ一がもう既に実行してると思うから、これしかないと思うし、政宗もすっきりするでしょう?タチの悪い悪戯だとは思うけどね」
「タチの悪い悪戯でも何でも構わねぇ。ああ、すっきりしそうだな!楽しみになって来たぜ!じゃあ、猿飛には無理に信玄に説得はさせねぇ事にする。この方が断然面白ぇ!」
「はぁ、ちょっと後ろ暗いけどね。でも、どうせ後で呼ばれるのなら、面倒な事は一度で片付けたいから。姫様が感染してなかったら、なしね?」
「あの馬鹿には正直関わり合いたくねぇから、無事だったら、さっさと信玄に挨拶して江戸に引き上げだ。俺なりの復讐方法もあるしな。そんなのは江戸に帰ってからでも出来るから構わねぇよ。ああ、ずいぶん気分がすっきりしたぜ。この話題はしばらく忘れて、またお前と二人きりの時間を楽しみてぇな」
二人共タバコを吸い終わって、ゆっくりと冷たい茶を飲んだ。
「政宗、今、何時?」
「午後1時半くらいだな」
「何か食べたら?お腹空かないの?」
「いや、別に。3時過ぎに何かつまめばそれでいい。お前こそ大丈夫か?」
「うん、私は食べなくていい。何か胃の調子が悪くて」
「そうか…。でも、甘味くらいは食べた方がいいぜ?そうだな。練り切りでも用意させるか。俺が立てた茶を飲みたいんだろ?」
「わぁ…。それなら食べる」
「分かった。用意させる」
俺は、遙の浴衣を着付け直し、俺の着流しも着付け直した。
「おい、小十郎!」
声を張り上げると、小十郎の気配が近付いて来た。
そして、小十郎は部屋の前で控えた。
「はい、政宗様」
「八つ時に、練り切りと薄茶の用意だ。それから、今から煎茶を大きめの急須で持って来い。あと、遙の着替えを手配しろ」
「かしこまりました」
小十郎は中居を呼び、言付けた。
「政宗って流石だね。佐助に玉露飲みたいって言ったら、料亭じゃないと無理だって言われて、練り切りも久しぶりって言ったら、お嬢様お嬢様ばかり言われたけど、政宗は当然のように申し付けるから、何かすごいなぁって思って。私の好きな物ばかり、あっさり頼んでくれるから、すごく幸せ。佐助みたいにお嬢様お嬢様言わないし」
俺は、思わず首を傾げた。
「そうか?普通だと思うけどな」
「良かった!政宗にとっては普通なんだ。うん、私も普通だから、一緒にいて、すごく気を遣わなくていいし、幸せ。お嬢様って呼ばれるの、苦手なんだ」
「まぁ、お前の教養のレベルは確かに突き抜けてるし、大名の娘でも通用するからな。猿飛から見たら、お嬢様か姫君にでも見えたんだろうが、俺は、伊達家の当主になってから長いし、これが当たり前だ。お前と出会ってから、舞い込む縁談に一応は目を通したけど、全然興味もなかったしな。お前ほどいい女なんてもちろんいなかったし、やっぱりお前を忘れられなかった。7年経って、お前は更にいい女になって、お前に敵う女なんていねぇよ」
「そう?まつとか濃姫様とかかすがとか、魅力的だと思うけど?」
「そうだなぁ。前田の嫁は確かにいい女だが、前田に尽くしてこそのいい女だな。あれは、夫婦だからそれぞれの魅力が生かされてる。見ていて飽きねぇな。面白いし、微笑ましい。濃姫は、流石魔王の嫁だな。妖艶な美女で気も強いのに夫も立てるよく出来た女だが、俺の好みじゃねぇ。もっと清楚な女がいい。かすがは完璧に男だな。身体はいいが、あの身体もやっぱり好みじゃねぇな。上手く言えねぇけど、何て言うか、もう少し控え目くらいの方がそそる。まぁ、簡単に言えば、お前の身体が俺の理想だな。かすがは謙信の前でだけ乙女だが、流石にこの俺でもあの主従には引くな。やっぱり前田夫婦が理想だな」
「そうだね、まつは可愛いよね。犬千代様命で。お料理も上手そうだし。あの二人、好きだなぁ」
「お前の料理も美味かったぜ?祝言を挙げたら前田夫婦を江戸に呼んで、もてなすのも悪くねぇな」
「うん、是非会いたい。でも、私、研修医になってから、まともに料理してないな。時間がなくて。たまに時間が出来た時にしてただけ。美紀が近所に引越して来たから、お互いに作って一緒に食べてた程度だから、まつみたいに毎日は作ってないよ?」
「別に料理だけが嫁の役割じゃねぇよ。お前の手で救われる命も多い。右目の娘の治療には感動した。あれはお前じゃないと出来ねぇな。あの娘を見てお前の話も聞いて、俺も救われたし、お前に更に惚れ直した。俺の部下達も、お前は最高にcoolで情が深いって感動して泣いてたぜ?だから、お前は何も気に病む事なんてねぇ。この7年で、本当にお前は成長した。美しさも頭の良さも、何もかも。そして、相変わらず情の深い最高の女だ」
俺は、遙を抱き寄せてキスをした。
やっぱり、遙が俺の理想の女だ。
いくら策士になろうと、やっぱり手加減は心得ているし、遙は決定的には人を傷付けられない。
策士としては、甘いかも知れないが、そんな詰めの甘さが遙の優しさを表しているようで、そんな所も愛しくてたまらない。
敵地で真田幸村も猿飛佐助も遙に惹かれたのは、そういう遙の優しさと誠実さのせいだろう。
右目の娘も、あんなに遙を慕っていた。
遙は、その優しさゆえにみんなに愛される。
そんな女が、俺しか愛せないなんて、最高の気分だ。
何度か柔らかいキスを繰り返すと、遙は幸せそうに微笑んで、俺の肩に顔を埋めた。
その髪をそっと撫でる。
相変わらず、さらさらとした、触り心地のいい髪だ。
根元から少し茶色いのを見ると、元々色素が少し薄いんだろう。
だから、肌も透けるような透明感があって、唇も胸も綺麗なピンク色をしている。
それだけに、真田幸村がつけたキスマークが痛々しい。
少し変色して、紫色がかっていて、禍々しい。
やはり、どう考えても目立たなくなるまであと2週間ほどかかりそうだ。
「なぁ、遙。右目の娘の治療は、今後どうするんだ?」
「今、少し膿かけているから、それを完全に治して、手術の跡から液が出てこなくなったら、本物の義眼を入れて終わりかな。1週間以内に一度、経過観察には行きたいけどね。2週間以内には終わると思う」
「その身体で外には出したくねぇけどな」
「大丈夫。研修医時代の白衣なら、首まで隠れるから。あとは、それでも隠れない所には絆創膏を貼って隠すしかないな。ある程度、髪で隠れるけど」
「そうか…。そういう服があるならそれを着てても構わないぜ?」
「うん…。でも、何か、仕事から抜け切らなくなるから、白衣は仕事の時しか着たくないな」
「そうか。まぁ、しばらくお前を独占したいから、浴衣で構わねぇよ。部屋の中で息が詰まるようになった時に、その白衣で部屋を出ればいい」
「うん、そうする」
もう一度、遙とじゃれ合うようにキスを繰り返していると、部屋の外から小十郎の声がかかった。
「政宗様、茶と遙様のお着替えをお持ち致しました」
「Okay, 小十郎、入れ」
「はっ!」
小十郎は、部屋に入ると、急須と湯呑を取り替え、茶を湯呑に注いだ。
「遙様のお着替えは、こちらでございます。政宗様、小袖などはいかが致しましょうか?」
「まだしばらく外には出さねぇ。遙、2週間後、どうする?男装するか?」
「武田の姫様が疱瘡を発症してたら、男装。そうじゃなかったら、小袖」
「分かった。小十郎、そういう事だ。手配を頼む」
「政宗様、武田の姫君が疱瘡とは一体…?」
「ああ、あの馬鹿が家出した理由が、疱瘡の予防接種から逃げるためだって今朝猿飛から聞いた。2週間後、疱瘡を発症する可能性が高い。しばらく甲斐に逗留だ」
「何と…!!」
小十郎は青褪めて固まった。
「俺と遙の読みでは、おそらく疱瘡を発症するまであの馬鹿は予防接種から逃げ回るだろう。つくづく馬鹿で傍迷惑だ。多分遙じゃねぇと暴れる姫に予防接種は出来ねぇし、遙は痣が消えるまでここから動けねぇ。手詰まりだ」
小十郎は深い溜息を吐いた。
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