「うん…。夢も見なかった。Everythingが聞こえて来てうとうとしながら聞いていたら、何かエリックの声じゃなくて、起きたら政宗が歌っててすごく嬉しかったの。すごく政宗の気持ちが伝わって来るような歌声で、嬉しくてたまらなくて、幸せでたまらなくて、涙が止まらなかった。歌詞がすごく好きで、政宗にこの気持ちをずっと伝えたかったの」
「俺も何度も聞き直した。お前がこの歌を聴いてた気持ちが伝わって来て、嬉しくてたまらなくて、お前が愛し過ぎて泣けて来た。何度でも歌ってやりたい」
「私も歌いたいな。ずっと政宗に伝えたかったから」
「そうだな、お前が歌うのも聴いてみたいな。それから、お前のEternal Flameがまた聴きたい。眠る前に、あの夜みたいに、歌って欲しい」
「うん…。7年振りだね」
「ああ、そうだな。懐かしくてたまらない。俺にとって、一番大切で幸せな歌だ。7年経っても忘れられないくらい、大切な思い出の歌だ」
遙の髪を撫でながら、またそっとキスをした。
遙は幸せそうに、また俺の胸に顔を埋めた。
「お前、何か飲んだ方がいいんじゃねぇか?夕餉はどうする?普通に食べられるか?」
「お茶が飲みたいな。夕餉は、まだ食べられないと思う。栄養剤でいいよ」
「そうか?あんまりにも食べないから心配だ。夕餉の前だが、薄茶で菓子でも食べるか?」
「うん。それなら食べれる」
「分かった。おい、小十郎!薄茶と菓子を申し付けろ。あと、遙の夕餉はまた重湯だ」
「かしこまりました」
小十郎は仲居を呼んで申し付けた。
遙は湯呑みの茶を少し飲み、それからしばらく言葉少なに、ただ抱き合って優しいキスを繰り返しているうちに、茶の道具と練り切りが届けられた。
「政宗様、茶はいかが致しましょう?」
「今日は俺が立てる」
「かしこまりました。それから、猿飛佐助から文が参りました。こちらでございます」
小十郎が差し出した文を受け取り、中身を改めた。
信玄とのやり取りの概要と、それについて相談したいという内容だった。
遙の事件は伏せ切れなかったけれど、詳細は遙の名誉のために何とか伏せ、俺と遙の制裁のためのお膳立てをして、信玄が静観する約束を取り付けたとの事だ。
本当に、あいつは仕事が出来る男だとしみじみ思った。
返答については、遙にも許可を取らなくてはならないが、いっそ猿飛と直接話した方が遙のためだろう。
「遙、夕餉が終わった頃に猿飛をここに呼んでもいいか?」
「うん。何で?あの子の容体の事?」
「いや、猿飛が信玄と会見をして来た。お前は正式に伊達が貰い受ける。無条件でな。それから、姫の予防接種を信玄が依頼して来た。お前の事は俺が勿論守るが、信玄は俺とお前の婚儀を認めてるから、真田幸村にお前を娶らせる事もない。それに、信玄が必ずお前を守ると約束したらしい。詳しくは猿飛と相談だな。どうする?」
遙は少し思案するように視線を落として、やがて頷いた。
「予防接種は早ければ早いほど効果的なのは確かだね。ただ、護衛の伊達軍の予防接種がまだ完了してない。佐助に武田の屋敷に通じる別ルートも聞き出したいし、作戦を練るために小十郎にも聞いて欲しい。出来るなら佐助と焔も一緒に夕餉を取れるように黒脛巾組に遣いをやらせて。それで、明日、作戦のシミュレーションをしたいから、佐助のくノ一3人と若草ちゃんも連れて来るようお願いして。私の武器も全部返してって。私もその間に明日の薬の準備をするから、お茶を飲んだら手配しよう。佐助達も泊まれる部屋、ある?」
「ああ、離れに部屋が空いてるはずだ」
「良かった。皆には今日はそこに泊まってもらって?佐助が色々指示を出すはずだから、今晩はここにいてもらった方が都合がいい」
遙は今日、俺に話した復讐劇の予行演習を猿飛佐助と忍隊相手にするつもりだ。
正直、俺も遙の腕前が少し心配だから、予行演習を見て安心したい。
「分かった。茶を飲んだらすぐに手配する。小十郎、夕餉の時刻を少し遅らせろ」
「かしこまりました。では、一度下がります」
「ああ、頼んだ」
小十郎は部屋を下がり、夕餉について仲居に申し付けると、また部屋に戻って来た。
その間に、俺は茶の仕度をした。
茶巾を盆の上の茶碗の中に入れ、茶筅と茶杓も作法通りに仕込み茶碗の上に置いて一礼をした。
今回は用意されていた建水も使う事にして、略式ながら、帛紗と茶巾を使って綺麗に見える動作だけを意識して、作法に則って流れるような動作で、鉄瓶の湯で茶碗を清め、湯を建水に捨て、茶杓を取ると、菓子を振舞った。
「菓子をどうぞ」
そして、なつめから抹茶を茶碗に入れると、遙は感嘆の吐息を漏らした。
俺は、目で遙に菓子を促すと、遙は小さく菓子を切り分けながら、少しずつ食べ始めた。
その間に、鉄瓶から湯を注いで茶を立てて、茶碗が遙の正面を向くよう回して振舞った。
俺の動作に見惚れていた様子の遙が少し困ったような表情を浮かべた。
「遙、小十郎の事は気にするな。一人でゆっくりと好きなだけ飲め。お前が俺の茶を立てる所が見たいって言ってたから、作法通りにしただけだ。お前が一通り茶を飲んだらまた作法通りに点前を終わらせる。その後は、作法は気にせず茶を立ててやるから、俺と一緒に菓子を食べて茶を飲めばいい」
「わぁ、ありがとう!政宗のお点前、とっても綺麗…」
「そうか?お前がそんなに喜ぶなら今度は茶室で振舞ってやるよ。柄杓を茶釜に落とす音が好きなんだ。茶釜の湯を掬う音もな。心が落ち着く。さぁ、冷めないうちに飲むといい」
「うん、ありがとう」
遙は嬉しそうに笑って、綺麗な所作で茶を飲むと、茶碗を畳の上に置いた。
茶碗を受け取り、また茶碗を湯で清めて建水に捨てる。
「結構なお点前でございました」
その言葉に茶碗を置いて軽く一礼をすると、茶筅と茶杓を順に清めて、茶巾と共に元の形に戻し、建水の上で帛紗を払って腰に戻した。
本来ならここで退出するが、ここまでで十分だろう。
遙も、おしまいの挨拶の頃合いをわきまえている。
習っていた頃から10年経っても、こうして略式ながらきちんとした点前をすると思い出すものかと感心する。
遙はうっとりとしたように俺を見つめていた。
「政宗のお点前の動作、最後まで本当に綺麗だった…!!一つ一つの動作に意味があるって習った覚えがあるんだけど、やっとその意味が分かった気がする。政宗が俯いた顔って本当に綺麗で男前だね。姿勢もすごく良かったし、惚れ惚れしちゃった…。本当に綺麗な動作を意識するって意味も分かったよ」
「そうか?それならお前もすぐに思い出せる。簡単だっただろ?」
「順番さえ完全に覚えればいいのかも知れないけど、着物を着慣れてないし、姿勢もそんなに良くないから最初は苦労しそう…。やっぱり政宗は流石だよ。本当に惚れ惚れしちゃったんだから」
「お前にそんなに惚れ直されるのなら、また最初から点前を始めてもいいけどな。今日はこれで終わりだ。後は、建水は使わずに適当に茶を立てて飲む。せっかくの菓子だから、俺も楽しみたいしな。お前、立ててみろよ。火傷しないようにな」
「うん。じゃあ、もう少しお菓子食べてからね」
遙は楊枝で三切れほど菓子を食べると、火鉢のそばに移動して、鉄瓶を火にかけて、茶碗の中から茶巾と茶筅を取り出した。
間もなく、しゅんしゅんという音が聞こえて来ると、茶碗の中から茶巾と作法通りに茶杓を持ち、なつめを開けて二杯抹茶を茶碗に入れて、軽く茶杓を茶碗に当てて手拭いで茶杓を拭くと、なつめと茶杓を元に戻した。
そして帛紗の代わりに手拭いで鉄瓶を持つと湯を注ぎ、また鉄瓶を戻して、茶筅で茶を立てた。
完璧な温度と湯の量だ。
茶は綺麗に細かく泡立ち、最後にのの字を書いて茶筅を置くと、先に綺麗な泡が少し着いていた。
茶の立て方も完璧だ。
遙はこちらに茶を振る舞うと、俺の隣りに移動して、また菓子をつまみ始めた。
俺は一口茶を飲んだ。
細かな泡立ちといい、濃さと温度といい、俺好みだ。
「お前、やれば出来るじゃねぇか」
「出来ないよ。美味しく淹れるので精一杯」
「湯加減も完璧だぜ?」
「祖母がね、お茶は鉄瓶がいいってこういう風に実家で淹れてたから、お湯の沸く音を覚えてただけだよ。でも、政宗ほど上手く行かなかったかも…」
「いや、そんな事ねぇよ。濃さも温度も俺好みだ。泡立ちも細かくて綺麗に出来てる」
「そう?なら良かった!私も少しもらおうかな」
「ああ、いいぜ?」
二人で菓子をつまみながら、茶を分け合っていると、小十郎が感心したように吐息を漏らした。
「遙様は姿勢の事を気にしてらっしゃいましたが、とても綺麗でございましたよ。帛紗や建水を使わなかったとはいえ、一番簡単な略式としては十分でございました。政宗様がお褒めになるほどでございますから、もう少し自信を持って下さい」
「小十郎の言う通りだ。こうして二人で菓子を食べるだけなら十分だ」
「そう?さっき政宗のお点前を見たからきっと影響受けたんだね。良かった!」
遙はにこにこと微笑み、美味しそうに茶を飲みながら、菓子を少しずつ食べて平らげた。
小十郎も、ホッとしたように微笑んでいる。
「遙様が少しでも食べられてホッと致しました。また折を見て菓子を用意させます。正直、重湯よりもこちらの方がよろしいでしょう。そのように手配致します」
「そうだな。その方がいい。小十郎、任せた。あと、煎茶も申し付けろ。俺はこれから猿飛に文を書く」
「かしこまりました。では、一度下がります。茶道具は念のため置いておきますので、いつでもお楽しみ下さい。では、失礼致します」
小十郎は茶道具を片付け、火鉢のそばに置くと、一礼をして下がって行った。
間もなく、俺も菓子を食べ終わり、残った茶を飲むと落ち着いた。
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