Play List -政宗- -3-

「遙、今のうちに明日の分の薬を用意しとけ。俺は今から猿飛に文を書く。文と一緒にあの村まで黒脛巾組に届けさせる」
「うん、分かった」

遙が薬を調合している間に、俺は猿飛に文を書いた。
夕餉を共にするため、なるべく早く来いとの内容だ。
文を書き終わると同時に、遙も薬の調合を終えて、言付けのメモを書くと、バッグの中から風呂敷を取り出し、包んで机の上に置いた。

「ごめん、政宗、ちょっとトイレ行く」
「また吐くのか?」
「多分大丈夫だと思うけど、何かやっぱり吐き気がする」
「分かった。とりあえず、もし吐いたらすぐに吐き気止めを飲め。吐かなくても飲め」
「うん、そうする」

俺は、遙を厠に連れて行った。
遙は苦しそうにえづいていたものの、吐いた様子はなく、用を足すと真っ青な顔で廊下に出てきた。

「大丈夫か?」
「うん。吐かなくなったから多分大丈夫。部屋で薬を飲むよ」
「分かった。一人で戻れるならすぐに薬を飲んで来い。俺も用を足したらすぐに行く」
「うん、そうする」

宿の一番奥が俺の部屋だから、廁から部屋までは小十郎の部屋しかない。
部屋の外に小十郎が控えているのを確認してから、俺は遙を部屋に先に帰した。
そして、遅れて部屋に戻り、小十郎に文と薬を託し、黒脛巾組に空から村へ向かうよう指示を出した。
空からならば、半刻もあれば村に着く。
猿飛も、あと1刻もあればこちらに着くだろう。
小十郎は、事付けが終わると煎茶を持って、部屋に入った。

「遙様はまだお食事が難しいのですね。おいたわしい。しかし、せめて茶と茶菓子くらいはお召し上がり下さい。江戸に帰りましたら、この小十郎の育てた野菜を是非振舞わせて下さいませ。さっぱりとした物ばかりを選びますので、きっと胸焼けも治まるでしょう」
「そうだね…。トマトと焼き茄子なら食べれそう」
「トマトと焼き茄子でございますか。ならば、焼き茄子だけでも今晩申し付けます。生姜と鰹節と溜まり醤油でお召し上がりになれば、さっぱりするでしょう。他に食べられそうな物はございますか?」
「仙台味噌のお味噌汁かな。お豆腐と油揚げの具のやつ。それから、きゅうりと茄子のぬかの古漬けかな。お米はまだ無理」
「分かりました。それならばこの宿で手配出来ます。少しずつ用意させます。無理はなさらず、食べられるだけ食べて残して下さいませ」
「ありがとう」
「では、一度下がります」

俺は茶を飲みながら、遙の身体が心配でたまらなかった。
まともに力になりそうな食べ物は味噌汁くらいだ。
遙はホッとしたように煎茶を飲んでいる。

「おい、遙。吐き気止めが効いたら、栄養剤を飲んで、眠れなくても横になれ。抱き締めててやるから心配すんな」
「うん。じゃあ、あと20分したら栄養剤飲む。それまで音楽聴いてていい?」
「ああ、いいぜ?何を聴くんだ?」
「クラシック。ストレスにいいんだって。特にベートーヴェンは、脳の疲れにいいみたいだから、それを聴くよ。交響曲第九番にする。通称、第九」
「ストレスに効くなら、お前の身体にも良さそうだな。分かった。一緒に聴こう」

遙はiPodをスピーカーに繋いで、布団に寝そべった。
どこかで聴いたような気がする曲だ。
何とか思い出そうとしてると、遙はくすりと笑った。

「政宗、のだめで聴いた事があるんだよ。この音の強弱がストレスにいいんだって。カラヤンの指揮は特に激しいけど、何か落ち着くのはきっと精神的に参ってるからなんだね」

遙は溜息を吐いて、目を閉じて静かな呼吸でベートーヴェンを聴いていた。
俺も布団に横たわると遙を抱き締め、遠い記憶を辿りながら情熱的な旋律に聞き惚れた。
やがて、遙は静かに泣き始めた。
やはり、昨日今日じゃ心の傷が回復するはずがない。
悔しげに顔を歪めて泣く遙を、ただ無言で抱き締める事しか出来なかった。
俺は、やるせない気持ちで遙の髪をそっと撫で続けた。

約70分くらいで第九が終わって、また身体を起こして俺達は茶を飲みながら、タバコを吸っていた。
遙は1時間ほどで泣き止み、少しすっきりしたような表情になった。
俺は短くなったタバコを揉み消した。

「政宗、ごめんね、泣いたりして」
「いや、構わねぇよ。昨日今日で忘れられるはずがねぇ。泣きたかったら泣けばいい。一人で抱え込むな。抱え込んだら長引く。俺がそうだったから」

遙はハッとしたように青褪め、そして頷いた。

「また今晩も消毒して欲しいな…。早く忘れたい」
「ああ、いいぜ。お前が望むなら何度でもな」

遙の唇に柔らかくキスをして、俺はまたiPodをいじってEternal Flameをかけた。
遙は、短くなったタバコを揉み消すと、透明感のある声で歌い出した。
そして、歌詞の通りに俺の手を遙の胸に押し当てた。
着物越しに微かに遙の鼓動を感じる。
初めて遙が俺にこの歌を歌ってくれた時の事を思い出して、何だか幸せ過ぎて泣けて来た。

あの頃から遙が好きでたまらなかった。
避けられない別れがあるのに、恋せずにはいられなかった。
その遙が、今は俺の隣りにいて、もう二度と離れる事はない。
そう思うと幸せでたまらなくて、余計に胸が苦しくなって、遙を抱き締めた。
俺の腕の中で、遙は最後まで歌い続けた。

「Thanks, 遙。あの夜の事、また鮮明に思い出した。夜中まで抱き合ってたな。お前がこの歌を歌ってくれて、嬉しくてたまらなかった。だから、離れてしまってもこの歌だけは忘れられなかった。また今夜、あの夜みたいに歌って欲しい」

遙は微笑んで頷いた。
Missing Youを遙はスキップすると、曲はEverythingに変わって、遙は歌詞に想いを込めるように情緒豊かに歌った。
少しハスキーな感じの歌い方は、遙がエリックが昔から好きだったから真似ているんだろう。

「もう、何があってもお前を離さねぇよ。涙に濡れる一人寝も、もう終わりだ。俺の愛がお前にとって全てなら、俺にとってもお前の愛が全てだ」

遙は涙を浮かべて頷き、最後まで伸びやかな声で歌い上げた。
言葉一つ一つが染み渡るようで、心の中が温かくなった。
愛する女にこんなに感情を込めてこの歌を歌われたら、幸せ過ぎてどうにかなりそうだ。
遙が泣いた気持ちも分かる。
俺は、もう一度Eternal Flameに戻して、それをリピートでかけながら、遙を一層抱き寄せ何度もキスを繰り返した。

あの鎌倉の夜を思い出しながら…。


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