Don’t wanna miss a thing -2-

「政宗様、猿飛佐助とその忍隊が参りました」
「…分かった。通せ」
「はっ!」

急に現実に戻されて、名残惜しかったけれど、俺は遙から身体を離し、音楽をかけたまま茶を飲んでタバコに火を点けた。
遙もタバコに火を点けて、茶を飲んでいる。
間もなくして、小十郎は猿飛佐助と忍隊を伴って部屋に入った。
十代の娘が遙の姿を見て目に涙を浮かべた。

「ああっ!遙様っ!お元気になられて嬉しゅうございます!」
「若草ちゃん、心配かけてごめんね。もう大丈夫だから」

若草と呼ばれた娘は、顔を手で覆って泣き出した。
焔がそっと撫でてあやしていた。
猿飛は、一礼をすると顔を上げた。
そして、ハッとしたような表情を浮かべた。

「遙が歌ってた歌だ…。ほんのさわりしか聴いてなかったからずっと続きが気になってたんだ」
「猿飛、お前、英語が分かるのか?」
「聞くだけならね。簡単な会話も出来る。焔もね。でも、読むのはほとんどお手上げだな」
「なるほどな。I love you. は読めたって事か。遙の愛してるが回りくどかったのはやっぱりお前のせいか」
「あはは!バレた?でも、遙も政宗殿もすごいね。まさか他の異国語で愛してるを書いてたなんて思いもしなかったよ。ねぇ、政宗殿、この曲、最初から最後まで聴いてもいい?」
「ああ、いいぜ」

俺は、もう一度Eternal Flameを最初からかけ始めた。
小十郎も耳を澄ませて聴き入っている。
最後までじっくりと聞くと、猿飛は感動したような吐息を漏らした。

「遙の恋ってこういう恋だったの?失恋してた所に政宗殿が現れて、恋をして結ばれたの?」
「うん、そう、その通りだよ。佐助、完璧に歌詞が分かったんだね?」
「このくらいならね」
「俺と遙が結ばれた夜に、遙がこの歌を歌ってくれた。遙の鼓動を感じながら。だから、俺も遙もこの歌だけは忘れられなくて、互いを想うたびに歌ってた」
「思った通り、最後まで幸せな純愛の歌だったよ。良かった、最後まで聴けて。何か俺まで幸せな気持ちになった。永遠に燃える恋の炎だなんて、キザだけど、2人には本当にぴったりだね。遙も落ち着いたみたいだし、やっぱりここまで想い合ってるからこそ遙は癒されつつあるんだね、良かった…」

猿飛は、本当に嬉しそうに、にこにこと微笑んだ。
その横顔を見て、焔も口元を緩めて微笑んだ。
遙は、本当に忍隊の皆にも慕われているのがよく分かった。
この様子なら、忍隊の援護は完全に期待出来る。
今すぐにでも、信玄とのやり取りと打ち合わせをしたい。
俺は、音楽を止めた。

「小十郎、忍隊に煎茶と菓子を振舞え。早速話を始める。それから、折を見て、夕餉だ。猿飛、すぐにでも夕餉の方がいいか?」
「いや、まずお茶がいいな。急いで来たからね。夕餉は四半刻後から半刻後でいいよ。みんなそれでいいね?」

忍隊の連中はみな頷いた。

「分かった。小十郎、夕餉は半刻後だ。遠出させちまったから、上等な酒を振舞え」
「かしこまりました」
「政宗殿、流石太っ腹!嬉しいな。仕事の話でも、政宗殿と遙相手なら、俺達もゆったり気分で飲めそうだしね」
「そうですね。お前達も酌など気にしなくていい。政宗殿には遙様がおられるから、気兼ねなく飲め」

焔がそう言うと、くノ一達は嬉しそうに微笑んだ。
忍は酒に強いから、酒が入っても十分打ち合わせは出来る。

「遙、お前、飲めるか?」
「うん。昔、一緒に飲んだじゃない。すぐに赤くなるけど、私の別名はうわばみだよ?」
「クッ…そうだったな。美紀から聞いた。じゃあ、宴会ついでに打ち合わせだな」

小十郎は手配を済ませると、大きな急須を持って部屋に入り、菓子と煎茶を忍隊に振舞った。

「あ、急須、ここに置いといて。後は自分達でやるから大丈夫。流石に天下人の右腕をこき使えないよ、いくら客でも」
「ああ、分かった。好きにしろ。足りなかったら遠慮なく言え」
「ありがとう、右目の旦那!」

猿飛はへらっと笑って、茶を少し啜るとホッとしたように吐息を吐いて、そして真面目な顔付きになった。
小十郎は、護衛のため、部屋の外で控えた。

「じゃあ、早速、お館様との会談の報告してもいい?」
「ああ、順を追って聞かせろ」

隣りの遙も居住まいを正して、タバコの火を消した。

「まず、政宗殿の指示の通り、お館様には遙の目的を話した。お館様は天下人の所に遙が行くなら、遙のせいで戦の火種にならないし、遙の世界に帰るにしても政宗殿ならその手立てを探す適任者だと仰り、遙を無条件で伊達に身柄を引き渡すっておっしゃった。俺の予想通りのご回答だったよ」
「そうか…」

やはり、俺が早計だったばかりに遙を傷付けてしまった。
悔しさに顔を顰めると、遙は俺の手を握り、首を横に振った。

「姫様の治療はきっと避けられなかった。政宗の出陣と姫様の家出は関係ないからね。その間に幸村が私に対して何かしでかしてたかも知れない。これは変えられない運命だったかも知れないよ?だから、政宗は自分を責めないで。こうして政宗に守られながら甲斐にいる方がずっと安心だから」
「遙の言う通りかも知れないね。例え俺と焔が張り付いてても、外さなきゃいけない時もある。その時くノ一だけで真田幸村から守り切れるかと言われれば、保証は出来ない。間違いなく政宗殿に守られる方が安心だ」
「そう言ってもらえると、少しは気が楽になるな。結局は姫の件で遙が甲斐に足止めされるのであれば、遙には辛い思いをさせたが、俺の下に早く来られて良かったのかも知れねぇな」
「うん、俺はそう思うよ。流石に俺もお館様も真田幸村が遙を襲うなんて思ってもみなかったからさ、守れなかったかも知れない」

そう言うと、猿飛は深い溜息を吐いて茶を啜った。
隣りに座る遙が青褪めて少し震えていて、肩を抱き寄せて、頬にキスをして腕をさすると段々と落ち着いて行った。

「ごめんね、遙。辛い事、思い出させて。話、続けていい?」
「うん、大丈夫」

遙は不安を隠すようにタバコに火を点けて、深く吸い込んだ。

「政宗殿にも話した通り、俺は率直に遙と政宗殿は7年前から夫婦だってお話したよ。切り札は、遙の持ってた政宗殿の懐刀だ。あれって名刀正宗の対の懐刀なんだってね。そこまでは知らなかったよ。お館様は刀の銘まで確認して、この懐刀を授けるとはよっぽどの事だっておっしゃってた。だから、信じてもらえたよ。懐刀も銃も返すね」

猿飛は懐から懐刀と銃を取り出すと机の上に置いた。
7年振りに見る懐刀は、傷一つなく、曇りもなく、遙がとても大切にしていた事が窺えた。

「名刀正宗は、俺が持ってる。鎌倉時代の刀匠の作った名刀だからな。戦では竜の爪で十分だから、家宝として伊達家で保管してる。遙にやったのは、その対の懐刀だ。元から俺自身の持ち物で、遙と対になる物ってそれしかなかったから、別れ際に遙に授けたんだ」
「そうなんだ…。それが俺の手に渡ったのもまた運命だね。お館様も、この懐刀で政宗殿と遙の絆に納得して、二人には申し訳ない事をしたって言ってた。お館様が後ろ盾になって、政宗殿に最大限の礼を尽くすってさ。ここまでは、俺の読み通り。真田幸村のことも忠告したし、姫様と真田幸村の関係も御存知で、政宗殿には面目ないって。はぁ、問題はここからなんだよなぁ…」

猿飛は、そこで深い溜息を吐いて、憂鬱そうにまた茶を啜った。
信玄がどう俺達の後ろ盾になるかも分からないし、何が問題なのかも気になる。
真田幸村の処遇についてもだ。

「猿飛、お前らしくない曖昧な説明だな。まず、信玄がどう俺達の後ろ盾になるつもりか、真田幸村の処遇はどうするつもりなのか、答えろ」
「うん、それがね、お館様は政宗殿を驚かせたいから後ろ盾については俺にも秘密だって。こういう関係になった以上、姫様と真田幸村については、お館様は2人の婚儀を望んではいらっしゃるけど、真田幸村の漢気のなさが納得行かないから試練を与えるって。2人には、まだ姫様を政宗殿に嫁がせるつもりだと思わせて、真田幸村がお館様から姫様を貰い受ける漢気を見せるまで欺くつもりみたい。ただし、遙の事は、お館様が全身全霊をかけて守るって。だから、武田の屋敷に行っても政宗殿が遙のそばにいてもいなくても、お館様は約束をきちんと果たすよ。だから、遙はもう絶対に安全だ。俺の忍隊もしばらく政宗殿と遙に尽くせだって。だから、俺達も遙を守る」
「なるほどな。信玄らしいぜ。ただ、あの2人をそのまま放っておくのはいけ好かねぇな。また遙を傷付けかねねぇ。もちろん、俺がそんな事は許さねぇけどな。で、お前の言う、問題って何だ?」

猿飛はきまり悪そうな顔になって頭を勢いよく下げた。

「政宗殿、ゴメンっ!!俺と焔の報復から遙の事件が露見しちゃった!本当に、ゴメン!!ただし、政宗殿に口止めされてるから詳細は言えないって、お館様に納得してもらった。遙が真田幸村に心を深く深く傷付けられて命を絶とうとまでしたって事だけは伝えた。本当にゴメン!!」

やっぱり甲斐の虎と言うだけあって、欺けなかったか。
遙は溜息を吐き、目に涙を溜めたけど、それを拭って猿飛に尋ねた。

「お館様なら気付いても仕方ないね。詳細を伏せてくれたならいいよ。でも、佐助ならそこでただで引いて来なかったでしょう?佐助の打った手を教えて?」

猿飛は顔を上げて、遙を見つめ、優しく微笑んだ。

「遙、そう言ってくれてありがとう。俺を信じてくれてありがとう。うん、君と政宗殿の気持ちを考えて、真田幸村に報復する大義名分をお館様から頂いたよ。お館様からは、政宗殿と遙のする事に一切口出しも手出しもせずに静観するって約束を取り付けた。お館様は二人の絆が見たいってさ。遙の事件が露見した以上、これくらいのお膳立てはしないと政宗殿に申し訳が立たないからね」
「猿飛、よくやった!!その約束さえ取り付けたらこっちのもんだ!!」
「うん、あと、じゃじゃ馬姫様を従わせるのも自由にしていいってさ。何を話したかは秘密だけど、お館様は政宗殿の漢気に感動して、すごく政宗殿と遙に惚れ込んでる。まぁ、簡単に言えば、政宗殿ならそこまで愛してる人を傷付けられたら甲斐を攻め滅ぼしてもおかしくないし、姫様のこともあるから余計に武田にとって不利なのに、遙が甲斐を守ってる事と、愛ゆえに政宗殿が怒りを抑えて踏みとどまっている事に、まずとても感謝してらっしゃるよ。2人の絆と遙の健気さに感激してた。でも、その上で遙にはどうしても姫様を救って欲しいって。何か、武田の都合ばっかり押し付けて申し訳ないんだけど…」

猿飛は俯いて、深い溜息を吐いた。
俺はニヤリと笑った。
これで遙の計画した復讐劇のお膳立ては全部済んだ。
これ以上はないくらいに、完璧だ。

「Hey, 猿飛、そんなに落ち込むな!!お前は最高の手札を切って来た。これ以上はないってくらいな。なぁ、遙?そうだろ?」

遙もにっこりと微笑んだ。
その口元が微かにつり上がっている。

「うん、政宗の言う通りだよ、佐助。流石、ただじゃ転ばないね。お館様からその確約が得られれば、私の計画は必ず上手く行く。佐助は最高のお膳立てをしてくれたよ!!政宗の制裁を読んで、打ってくれた一手だね?」
「ああ、もちろんだ。さらっと政宗殿の文に遙の策は書いてあったけど、具体的にはどうするつもり?」

遙はくすりと笑った。
その目は爛々と光っている。

「それは、また後で。政宗がどこまで佐助に知らせたかは分からないけど、きちんと予行演習をしたいし、武田の館の造りを知りたいから、今日、佐助達を呼んだの。姫様の予防接種は早ければ早いほどいいからね」

猿飛は驚いたように目を瞠って、そして愛し気な眼差しで遙を見つめた。
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