Don’t wanna miss a thing -4-

遙は結局、夕餉がほとんど食べられない上にまた厠で嘔吐している様子だった。
遙が食べられなくなってから、もう4日も経つ。
それでも、政宗殿の話では、重症患者に与えていた例の栄養剤を飲んでいるという事だから、おそらく体力は保つだろう。

問題は…。
またうなされて、睡眠までほとんど取れないんじゃないかって事だ。
政宗殿に全てを話したのが、まだ今朝の事だ。

人間は少々食べなくても飢え死にはすぐにはしない。
だけど、睡眠だけは別だ。
拷問で、捕虜を眠らせないというものがある。
大抵の人間は、5日か6日で発狂してしまう。
このままでは、遙の心が壊れてしまう。

もう、遙の笑顔も見られない。
そして、政宗殿がまた悲しまれる。
遙の心が壊れてしまったら、きっと政宗殿はまた心を閉ざしてしまい、世継ぎがいない伊達を滅ぼそうと画策する大名が現れてもおかしくない。
遙が何より望んでいた、太平の世が失われてしまう…。

俺と焔は、政宗殿と遙の様子を見に行く事にした。
政宗殿と共にいる今なら、焔の弱い催眠でも眠らせる事がきっと出来る。
政宗殿の部屋の前には、少し目の下に隈の出来た右目の旦那が控えていた。

「猿飛、何の用だ?政宗様はこれからお休みになる。護衛は俺だ。何人たりとも近づけるつもりはねぇ」

殺気を迸らせた、鋭い眼光で睨まれて、俺は肩をすくめた。

「まぁまぁ、そんなに怒んないでよ。遙が今日も眠れなかったら、これで4日目。人間は睡眠を取らないと体力も消耗するし、全く眠らなかったら5日くらいで発狂してしまう事くらい、当然竜の右目なら知ってるよね?」

溜息を吐きながらそう言うと、右目の旦那も苦渋の表情で頷いた。

「そうだな…。遙様もさる事ながら、政宗様のお身体の事も心配だ。昼間、仮眠を取っていらしたが、また夜中じゅう起きていらっしゃるおつもりだろう。俺と交互で見張りをするつもりだったが、あまりに長丁場になるようだったら、確かに政宗様のご負担になるのは間違いねぇな」
「やっぱりね。あのさぁ、俺、思ったんだけどさ、今日は遙と政宗殿の護衛は俺と焔に任せてくれない?旦那も相当お疲れみたいだしさ。部屋、隣りだろ?不穏な動きがあったら飛び込んで来てくれてもいいし、黒脛組と共同で護衛でもいいよ。今日の遙の様子だったら、焔の軽い催眠でも眠らせられると思うんだ。だからさ、俺達を信用してくれないかな?」

じっと右目の旦那の目を見つめてそう言うと、詮議するような鋭い眼差しでしばらく俺を見つめていたけれど、ふっと表情が和らいだ。

「遙様がお前ぇらを信頼して今日わざわざここに呼んだんだ。それに、遙様をお守りして、手遅れになる前に政宗様の所にお連れしてもらった恩義もある。政宗様もお前ぇを信頼していらっしゃるし、お前ぇを疑う筋合いはそもそもねぇな。俺も遙様の報復に手を貸すとなると、体力を温存しなきゃならねぇし、大事な時に政宗様の背中をお守り出来なかったら悔やんでも悔やみきれねぇ。何かあったら飛び起きて政宗様の下に馳せ参じるが、今日は猿飛、お前ぇに任せた。悪ぃが俺は少し休ませてもらう。猿飛、頼んだ」
「ありがと。そう言ってもらえると嬉しいな。じゃあ、焔、早速行こうか。右目の旦那、心配しないでね。俺達、遙の嫌がるような事は絶対しないし、誰もこの部屋には近づけないから」
「クッ…。猿飛、お前ぇも遙様に惚れたって訳か。政宗様のおっしゃる通りだな。遙様を泣かせたくないから、猿飛は必ず全力で遙様をお守りする。政宗様はそうおっしゃっていたぜ?」

右目の旦那は堪えきれないように、喉の奥でくつくつと笑った。
流石の俺も、失恋を指摘されたら何だか切なくなって思わず溜息が出た。

「はぁ…。信頼されるのはすんごく嬉しいんだけど、理由が何か微妙。俺、失恋で傷心…。でも、いいんだ。それで遙の笑顔が守れるなら。遙は政宗殿と一緒にいるのが一番幸せなんだって、よく分かってるからね」
「だからこそ、政宗様はお前ぇを信頼してるんだろうな。俺は後続部隊の予防接種の指揮も執らなきゃならねぇから丁度良かった。頼んだぜ、猿飛」

右目の旦那は目だけで微笑むと、席を外して階下へ降りて行った。

俺は、部屋の外から政宗殿に声をかけた。

「ねぇねぇ、政宗殿。さっきの会話、聞こえてた?」
「ああ、聞こえてたぜ?小十郎が俺の側から離れるのは珍しいが、あいつにはいざという時に倒れられたら困る。それに後続部隊も気になってたからな。猿飛、今日の護衛は任せた。ただし、遙に何かが起こらない限り部屋には入んな」
「そんな野暮な事はしないよー。だって、夫婦水入らずって言うでしょ?あ、そうだ!俺と焔、二人いるからさ、お茶とか必要だったらいつでも言って。お茶汲みくらいするよー」
「佐助、ありがとう!佐助って仲居さんも似合いそうだね!」

俺は、がくっとうなだれた。
あくまで俺って、遙にとってはいつまでも女の子なのね…。
部屋の中からは、政宗殿の爆笑の声が聞こえて来て、ますますやるせない気持ちになった。

「ククッ、本当にお前って、他の男は眼中にねぇんだな!」
「うん!7年間、政宗一筋だもん!それに、佐助は美紀に似てるし」
「確かにな!まぁ、腕も立つし、焔もいるならお前も安心だろ。俺も小十郎の事を心配してた所だったしな」
「うん…。ねぇ、佐助!仲居さんにお茶とお水を持ってくるようにお願いしてくれる?お茶飲んだら、お薬飲んで寝るから」
「うん、任せて!」

俺は中居を呼んで、お茶とお水を頼んだ。
しばらくすると、水がたっぷり入った水差しと、熱い煎茶が4つの湯呑と共に届けられて、俺は少し困惑した。

お邪魔虫はいけないよね…。

「ねぇねぇ、政宗殿!お茶が届いたんだけど、どうしたらいい?」
「ん?ああ、構わねぇ、入れ」
「んじゃ、失礼」

俺は、焔を部屋の外に控えさせたまま、一人で政宗殿の部屋に入った。
遙はすっかりリラックスした様子で、政宗殿にぴったりと寄り添って、二人とも柔らかな笑みを浮かべてKOOLを吸っていた。

Keep Only One Love、か…。
遙も政宗殿も、今までたった一つの愛を貫いてきて、それは今後もきっと変わらないんだろう。
だからこそ、真田幸村の仕打ちが俺も許せない。

でも、こうして幸せそうな二人を見ていると、何だか俺の心までふわりと暖かくなるような気がした。
俺は仮面ではない、素顔の笑みで二人の前に座り、残り少なくなった水差しと湯呑みを取り替え、熱いお煎茶を新しい湯呑みに注いで二人の前に座った。
相変わらず、二人ともiPodで音楽をうっとりしたような表情で聞いていた。
英語で歌い上げている、とても甘い、男女の恋歌だ。
とても、遙と政宗殿の恋に似つかわしい、二人の恋の象徴のような歌だ。

「これもいい恋歌だねぇ」
「猿飛、お前の英語力、半端ねぇな」
「伊達の旦那ほどじゃないよー。俺は英語は読めないしね」
「ったく、そのくせI love youしか読めねぇなんてな。まぁ、好都合だったけどな」
「ごめんねー。はぁ、初めての女子会の晩にでも、遙の夫が政宗殿だって教えてくれたら、すぐにでも遙を政宗殿にお返ししたのに」
「佐助、無理だよ。あの子の疱瘡の治療が出来なかったら、私は悔やんでも悔やみきれなかったから」
「それでも、あの晩だったら、君はまだあの子の異常に気付く前だから、伊達の旦那の所に迷いなく帰れただろ?何か、本当に、ゴメン」

俺が軽く頭を下げると、遙は悲しげに笑った。

「これも運命だと思うの。私が目の手術の前に右手が震えるのは、政宗を思い出すから。政宗と同じ理由で右目を失う子供を治療する事でしか乗り越えられなかったような気がするから、いいの。きっと私はもう大丈夫。もっと腕を磨いて、立派な外科医になるよ。八王子の里の人達の細菌感染を治したら、次は形成手術で見た目も普通の人と同じように再建手術しなきゃいけないからね」
「右手が震える…?お前ってやつは、全く…!!」

政宗殿は俺がいるのに構わず、遙の顎を引き寄せ、深く口付けると髪をくしゃくしゃと撫でた。

あまりの素早い行動に、思わず目を逸らすタイミングすらなかったよ…。

あーあ、もう、二人とも嬉しそうな顔しちゃって…!

でも、こんな二人を見てて、何か俺まで幸せって、本当に遙だけじゃなくて、俺って政宗殿にも幸せになって欲しかったんだな…。

「可愛いにもほどがあるぞっ!!もう、右手は震えないか?」
「うん、大丈夫だと思う。八王子の人達を助けたいけれど、私一人じゃちょっと無理だな…。黒脛組を鍛え上げて助手にしてもいいけど、せっかく佐助の忍隊の人達の顔も覚えたし腕も信用出来るから、佐助に手伝ってもえらたら嬉しいなあ」
「猿飛か…。少し妬けるが仕方がねぇな。細菌感染が治った後ならうつらねぇんだろ?なら、護衛はもちろん俺と成実だ。自分の妻を外出させたまま放っておく事なんて出来ねぇからな。猿飛の忍隊については信玄と交渉する。猿飛、お前に異存は?」
「特に異存はないよ。政宗殿が雇ってくれるなら、それはそれで嬉しいし」
「なら、真田幸村への報復の後に信玄と交渉だな。I've got it. そろそろ遙を休ませる。窓の外は黒脛組が警護してるが、手薄なようだったら、お前の忍を使っても構わねぇ。遙がもしうなされたら、手を借りる。そのつもりで願い出た警護だろ?」
「まあね」

途端に遙は不安そうな表情になった。

「私、またうなされちゃうの…?」

政宗殿は、しまった!というような表情を一瞬浮かべ、そしてまたふわりと微笑むと、指の背でそっと遙の頬を撫でた。

「昨日は薬がよく効いただろ?心配すんな。お前が精神科が苦手だったら、分析は心理戦専門の焔に任せればいい。どうする?」

遙はすぐに頷いた。

「うん。ねぇ、焔、入ってくれる?」
「はい、かしこまりました」

焔は部屋に入ると一礼をし、遙の前に座るとすぐに遙の精神状態を分析し始め、遙はそれを聞きながら薬を処方した。

「では、俺は失礼致します。何か御用がございましたら、何なりと」
「Thanks. さぁ、遙、薬を飲め。お前達は下がって護衛を続けてくれ」
「うん、分かった。焔、行こう」
「はっ!」

俺達は、また部屋の外に出て、部屋の前に控えた。
それでも、遙の事が心配で、それにあの2人の本当の愛とは何か気になって仕方なくなって、俺は小声で焔に囁いた。

「焔、悪いけど、俺、天井裏に行くよ。野暮なのは分かってるんだけどさ…。でも…何て言うか…」

焔はくすりと笑って頷いた。

「佐助様のお気持ちは分かります。ご自分の目で確かめるのもまたよろしいでしょう。伊達政宗は、おそらく佐助様の気配に気付くでしょうが…。俺の勘では伊達政宗は、佐助様を咎めないでしょう」
「何で?」

焔はまたくすりと笑った。

「俺の勘です」
「何だよ、それ」
「何と申しますか…。むしろ、伊達政宗は佐助様に見張られるのを前提で護衛を許したと思われます。ですから、佐助様も気兼ねなく様子を見に行かれても構わないかと」

俺が覗き見するのが前提ね…。
はぁ、本当に食えない男だよ、全く。
流石、天下人というか何と言うか…。

「はぁ、分かった。何かあったらすぐに合図するから。じゃあね!」

俺は、政宗殿の部屋の天井裏に潜り込んだ。
prev next
しおりを挟む
top