Don’t wanna miss a thing -5-

俺は完全に気配を消して天井裏の羽目板の隙間から部屋の中を覗いた。
その瞬間、政宗殿はちらりと俺を見て、口元に淡い笑みを浮かべると、また視線を遙に移した。

真田幸村でも感じられない気配に気付くなんて、やっぱり伊達政宗は只者じゃない。
流石、黒脛組を統括するだけの天下人だ。

そして、焔の言う通り、政宗殿は、こうして俺が見張りに来る事を読んでいて、それで護衛を許した訳だ。

あー、何かもう、俺一人何も分かってないみたいで、嫌になっちゃう。

思わず溜息が出そうになって何とか堪えた。

「薬、昨日と比べてかなり少ないね」
「ああ、そうだな。やっぱり、心理戦専門の手練れの見立てに任せて良かった。昨日は、気絶するように寝ちまったから心配した。今日は、約束通り歌ってくれるんだろ?」
「うん。多分、薬が効くまで15分はかかるから大丈夫。もしかしたら途中で寝ちゃうかも知れないけど」
「ああ、それでも構わねぇ。あの夜と同じように歌って欲しいだけだ。さぁ、薬だ。それとももう一本吸うか?」
「もう一本だけ。それからお茶飲んで、お薬にする」
「ああ、そうしろ。食べられないならせめて水気だけでも摂っておけ」
「うん…」

遙は頷くと、政宗殿に甘えるようにしな垂れかかった。
政宗殿は箱からタバコを取り出し咥えると、火を点けた。
そして、もう一本取り出して遙にもタバコを咥えさせた。

「じっとしてろよ」

政宗殿は、顔を近付けると、自分のタバコから遙のタバコに火を移した。
遙の頬は、ほんのりと染まっていった。
顔を離すと、政宗殿は満足げに口元を緩めて笑った。

「懐かしい…。新婚旅行の時にしてくれたね…」
「まだ覚えていてくれたか。ああ、そうだ。久しぶりだろ?」
「うん!」

遙は嬉しそうに笑い、そして政宗殿を眩しそうに見つめた。

「そんな顔で見んな。kissしたくなる。また後でゆっくりな」

えええ!?
もしかして、もしかしてなんだけど、2人で夫婦の営み、これからするの!?
ヤバいヤバいヤバい!!
それなら、俺、退散しなきゃ!!

焦って戻ろうかと思ったら、また政宗殿がちらりと天井を見てくすっと笑った。

「政宗、どうしたの?」
「いや、天井裏の黒脛組が焦って退散しようとして笑っちまっただけだ。今晩は、ゆっくり休めよ。お前には無理させちまったしな。俺も、ただお前と抱き合って眠りたい。あの頃のようにな」
「そうだね…」

政宗殿はそれきり無言になって、遙の華奢な肩を抱き寄せ、遙も幸せそうに無言でタバコをゆっくりとふかしていた。
やがてタバコが短くなると2人共タバコを灰皿で揉み消し、遙は急須からお茶を湯呑みに注いで飲んだ。
そして空になった湯呑みに水を注いで、注意深く薬を数えてから薬を飲んだ。

政宗殿は、遙を抱き上げて布団に下ろすと、自分も隣りに横になり、腕枕をして遙を抱き寄せた。
そして、ゆっくりと遙の髪を撫で始めると、遙は甘えたように政宗殿の胸に頬を寄せた。

遙の医師としての厳しい顔と、女子会で見せるはっちゃけた笑顔しか俺は知らなかった。
遙がこんなにも幸せそうに微笑む表情なんて初めて見た。

「なぁ、歌ってくれよ、Eternal Flame。あの晩みたいに」
「うん…。その前に、キスして欲しいな…」
「ああ、いいぜ?いくらでもな」

2人は絡み合うように抱き合い、啄むような口付けを何度も繰り返し、そして同時に甘い吐息を吐いてうっとりとした表情で見つめ合った。

情事を思わせるようなキスではない、互いに愛情を交わすようなキスと表情…。
俺も、そんな表情を知っていたつもりだったけれど本当は何も分かっていなかったと思い知った。

俺も遙を想って来たつもりだったけど、そんな幼い恋心とは比べ物にならないほど、政宗殿は遙を想っている。
どうあがいても、政宗殿の想いには敵わないし、遙が他の男なんて眼中にないって事が痛いほどよく分かるような、とてもとても幸せそうな表情だ。

政宗殿は遙を抱き寄せ、そっと後頭部を優しく優しく撫でると、また遙の表情が幸せそうに緩んだ。
遙はほんの少しだけ身体を離して、少し眠そうな表情で政宗殿を見上げると、政宗殿の頬をそっと撫でて、そして歌い始めた。

Close your eyes, give me your hand, darling.

歌と共に、遙が政宗殿の手を取り、自分の胸に押し当てた。

Do you feel my haert beating?
Do you understand?
Do you feel the same?
Am I only dreaming?
Is this burning an eternal flame?

透明感のある、少し掠れた眠そうな声で遙は歌った。
政宗殿の目が潤みだし、そしてすうっと涙が頬を伝って零れ落ちて行った。

「やっと…やっとこうして再び聞けた…。こんな日を、どれだけ待ち焦がれた事か!遙、愛してる…」

政宗殿は、涙を拭わないまま、遙にそっと口付けた。
遙も泣きそうな、切な気な表情を浮かべて政宗殿を見つめ、何度か瞬きをすると、また続きを歌い始めた。

I believe it's meant to be, darling.
I watch you when you are sleeping.
You belong with me.
Do you feel the same?
Am I only dreaming?
Or is this burning an eternal flame?

Say.. my.. name…

そこで、遙は目を閉じて安らかな寝息を立てて眠りに落ちて行った。
政宗殿は涙を拭って微笑んだ。

「寝ちまったか。寝顔を見て、お前は俺のもんだって思うのは俺の方だぜ、遙…」

眠っている遙の唇に一つキスを落とすと、政宗殿は小声で歌いだした。
さっきまで2人が聞いていた曲だ。

I could stay awake just to hear you breathing.
Watch you smile while you are sleeping, While you're far away and dreaming.

「幸せそうな寝顔…。ずっとこの表情が見たかった、遙…。俺の腕の中で安心しきって眠るこの寝顔が…」

また一筋涙を流すと、政宗殿は触れるだけのキスを二度繰り返してまた歌い始めた。

I could spend my life in this sweet surrender.
I could stay lost in this moment forever.
Every moment spent with you is a moment I treasure…

政宗殿にとって、遙と過ごした1ヶ月半は、かけがえのない宝のような時間だったのだろう。
想いを馳せるような歌声に何だか俺まで泣けて来そうになった。

I don't wanna close my eyes.
I don't wanna fall asleep, 'cause I'd miss you babe, and I don't wanna miss a thing.
'Cause even when I dream of you, the sweetest dream would never do.
I'd still miss you babe, and I don't wanna miss a thing.

きっと政宗殿は、何度も遙を想って夢で出会っていたけれど、目覚めて一人で何度も泣き濡れていたんだろう。
だから、こうして遙を腕に抱いて眠る幸せは、言葉に出来ないほど格別に大切な時で、眠ってしまうのが惜しいほどに幸せで、ずっと遙を見つめていたいんだろう。
遙は今まで見た事がないほど、とても幸せそうに眠っていて、口元が柔らかな弧を描いていた。
元々綺麗な子だけれど、こうして政宗殿の腕の中で眠る遙は、今までより一層綺麗に見えた。
やっぱり俺なんて、2人の間に入る余地なんてそもそもなかったんだと改めて思い知った。

Lying close to you feeling your heart beating.
And I'm wondering what you're dreaming, wondering if it's me you're seeing.
Then I kiss your eyes, and thank God we're together.

政宗殿はまた歌詞の通りに遙の胸に手を当てて、鼓動を確かめるように目を閉じた後、目を開いて愛しそうに遙を見つめて、そして、両目蓋にそっと触れるだけのキスをした。

And I just wanna stay with you in this moment forever.
Forever and ever…

歌いながら、段々と政宗殿も眠そうな表情になって行く。
いくら「眠りたくない」と歌っても限界がある。
昨日は徹夜だし、その前もほとんど眠らず24時間飲み会をしていたと聞いている。
もう、政宗殿も体力の限界だ。

続きを歌いながら、やがてそれは寝息に変わり、政宗殿は安らかな寝息を立てながらぐっすりと眠ってしまった。
その表情は遙とそっくりな、とても幸せそうな表情で、これが「愛」というものかも知れないと漠然と思った。
身体を重ねる事が愛じゃない。
互いを想い合い、温もりを分かち合うだけで幸せでたまらないのが愛というものなんだと、初めて自分の目で見て気付いたような気がする。
もっとこの2人を見つめていたい。
そうしたら、俺に欠けている何かが分かるような気がするから。

俺は、しばらく、ただただ2人の寝顔を見つめていた。
とても幸せそうで、いくら見つめても見飽きない。
やっとやっと、遙を政宗殿にお返し出来たんだと、何とも言えない充実感に心が満たされていった。

でも、俺は甘かった。
二刻ほど経った頃、遙はまたうなされ始めて、政宗殿がはっとしたように目を開いた。
俺が合図をすると、焔が部屋に飛び込み、俺も天井裏から部屋に降り立った。

「政宗様は、そのまま遙様を抱き締めて、耳元で愛のお言葉を囁いていて下さい」

焔は、遙のそばに座ると、例の道具を使って催眠状態に陥らせ、遙に、まだ政宗殿と結ばれたばかりの頃の夢を見るよう催眠をかけた。
また遙が安らかな眠りに落ちて行くと、政宗殿は遙をかき抱き、そして、押し殺した怒りに満ちた声で、怒りを迸らせた。

「真田幸村、絶っ対に許さねぇっっ!!!」
「ああ、俺もだよ、旦那。今までだって許せなかったけど、あんなに幸せそうに眠ってたのに、それをぶち壊すなんて、ますます許せないね!!」
「俺も同感です」

俺と焔が拳を握り締めると、政宗殿は鋭い目で俺達を見つめた。

「今、はっきり分かった。お前ぇらがどんだけ遙を大切にしてるか。真田幸村への報復、絶対に成功させようぜ。温いやり方じゃ気が済まねぇっ!!」
「もちろんだよっ!!旦那の好きにしていいから!」
「ああ、もちろんだ。援護、期待してるぜ!」
「お任せを。忍隊、全てを動かしてでも、お二方をお守り致します!」

俺達は、政宗殿とがっちりと手を握り合った。
政宗殿は、遙を抱え直すと、また悔しそうな表情で遙を見つめた。

「朝まで眠れる催眠ですからご心配なく。政宗様もお休み下さい」
「ああ、焔、恩に着る」

政宗殿はまた褥に戻って遙を抱き締めた。
俺達はまた持ち場に戻って、2人の姿を見つめながら決意を新たにした。

絶対に、真田幸村を許さない、と…。

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