独眼竜の妻 -1-

遙と広間に向かうと、広間からはざわざわと雑談の声が聞こえて来た。
広間の襖は一つだけ開けられていて、そこに小十郎が立っていた。
俺が目配せをすると、小十郎は頷いて声を張り上げた。

「おい、てめぇら!!政宗様のお出ましだ!静かにしやがれっ!!」

小十郎がそう叱咤すると、ざわめきは小さくなり、やがて完全に静まった。
広間は、興味津々な張り詰めた空気で満ち溢れていた。
無理はない。
遙を今まで誰にも見せた事がなく、俺が7年間もの間、愛して止まなかった女だからだ。

遙は緊張した面持ちで、俺を見上げた。

「心配すんな。みんなお前の味方だ。不安なら手を繋いで行こう」
「うん…」

手を繋ぐと、遙はホッとしたように微笑んだ。
それを見た小十郎もまた微笑み、俺たちを広間に案内した。

広間に足を踏み入れた瞬間、皆は息を呑み、そして轟くほどの歓声が上がった。

「遙様、超美人で可愛いッス!!流石筆頭の惚れた姐さんッス!!」
「遙様!!こっち向いて下さい!!」
「筆頭、良かったッスね、ぐすっ…」
「筆頭と遙様、ラブラブッス!!感動の嵐ッス!!」
「これぞ、愛の大河ドラマ再会編ッス!!」
「うおおおおお!!!マジで感動ッス!!」

皆は口々に俺と遙を褒め称え、俺は笑いながら上座に座って、遙を隣りに座らせた。
遙は驚いたように、呆気に取られたような表情と、少し恥ずかしがっているような表情が入り混じった顔付きで俺を見上げた。
その髪をそっと撫でると、また野郎どもの歓声が上がった。
俺は、苦笑いをした。

「おい、お前ぇら、少しは黙りやがれっ!遙を見せるためだけにお前ぇらを呼んだ訳じゃねぇんだ」

すると、皆は真面目な顔付きになってじっと俺の言葉を待った。

「お前ぇらも知っての通り、遙は7年前から俺の妻だ。真田幸村は、遙に横恋慕をした挙句、勝手に遙に幻滅をして、遙を手酷く傷付けやがった。この包帯は、その傷のせいだ。遙に仕えていた猿飛佐助及びあいつの忍隊も真田幸村に制裁を下した上で見限って、今は俺と遙に仕えている。もちろん、ただじゃおかねぇ。当然真田幸村に復讐してやるっ!!」

そう言うと、悲鳴のような怒りに満ちた声を皆は口々に上げた。
その時、猿飛佐助が忍隊を伴って、部屋に入って来た。
猿飛は、少し驚いたように目を瞠った後、遙を見て血相を変えた。

「遙!大丈夫なの!?まだ予行演習だけにして、部屋に籠っておとなしくしてた方がいいんじゃないの?」
「佐助、大丈夫だよ。みんなには、復讐の理由を早く話さなきゃいけないから。そうしないと、武田の屋敷に進軍出来ない」
「まぁ、そりゃそうだけどさ」

猿飛は溜息を吐いて、壁際に控えた。
皆は改めて感嘆の声を漏らし、遙を褒め称えた。

「流石、筆頭がぞっこんな姐さんッス!あの猿飛佐助を配下にするなんて、流石ッス!!」
「うおおおおお!遙様、すげぇええ!!流石、筆頭の嫁さんッス!!」

猿飛はげんなりしたように、溜息を吐いて壁に寄りかかった。

「話の途中に悪かったよ。そのまま続けて」
「OK. とにかく、真田幸村は俺に喧嘩を売りやがった。俺から遙を永遠に奪おうと、遙を深く傷付けて、遙は危うく命を落とす所だった。それを救ってくれたのが、そこにいる猿飛佐助と忍隊だ。だから、猿飛は俺たちの味方だ」
「猿飛佐助が!?猿飛の兄さん!あざーッス!!マジで感謝ッス!!」
「どういたしまして。遙って一生懸命でさ、守ってあげたくなるんだよね。とにかく政宗殿にお返し出来て本当に良かったよ」
「猿飛の兄さんも漢気溢れた男前ッス!!」
「ありがとね」

猿飛はへらっと笑って、また遙と俺を見つめた。
俺は軽く頷き、また話を始めた。

「俺は真田幸村を絶対に許さねぇっ!!あいつは武田の姫と出来てやがる。俺に姫を大切にさせるために遙を傷付けたなんて、殺しても殺し足りねぇ!!…でもな、一番復讐したがってるのは、傷付けられた遙自身だ。復讐は遙がする。俺もついでに真田幸村に制裁だ!」
「ええええ!?遙様がっ!?流石ッス!!最っ高にcoolッス!!」
「うおおおおお!遙様、すげぇええ!」
「でも、筆頭、どうやって遙様は復讐をするんッスか?」

俺はニヤリと笑った。

「It's secret. まだ秘密だ。小十郎と猿飛の力を借りる。ただこれだけは言える。真田幸村と武田の馬鹿姫にとって最高に屈辱的だってな!!武田信玄も俺たちの味方だ。存分に暴れるぜ!!」
「うおおおおお!流石筆頭!!最高にcoolッス!!俺たちも真田幸村に復讐したいッス!!」

俺は声を立てて笑った。
士気はこれで十分に上がった。
そろそろ引き上げて、予行演習だな。
その時、遙は俺の袂をくいと引っ張って、耳元で囁いた。

「ねぇ、政宗。私からもみんなに一言挨拶してもいい?」
「ん?ああ、構わねぇよ」
「ありがとう。ねぇ、みんな、聞いてくれる?」

遙がよく通る声で話しかけると、皆は歓声を上げた後、すぐに静まり返った。

「あんな危険な思いをして、私を迎えに来てくれてありがとう。そして、みんなに会えなくてっ、お礼も言えなくて、ごめんなさいっ…」

遙は、あの時の哀しみと屈辱と悔しさを思い出しているのか、段々嗚咽混じりの声になり、ぽろぽろと涙を流した。

「でも、嬉しかったっ…。私はあの時あの村を離れられなかったけど、みんなの気持ちは嬉しかったよ…。何より、政宗の懐かしい声が聞けて、本当に嬉しかったっ…。本当にありがとう…ありがとう…。政宗を守ってくれてありがとう…」

遙が涙ながらに礼を言うと、皆ももらい泣きを始めた。

「ぐすっ…。遙様、すんげえ優しくて健気ッス。可愛いッス。俺たちなんて、筆頭をお守りして当たり前なのに、そんな…」
「ううっ…遙様っ…!!」

ひとしきり男泣きの声が止んだ所で俺は皆を叱咤した。

「Hey, お前ぇら、いつまでも泣いてんじゃねぇっ!!遙はそういう女だ!だから、俺も忘れられなかった。7年間もな。今から復讐の予行演習に行って来る。危険だから覗き見は禁止だ。いいな!?」
「押忍!!」
「筆頭!!そういう筆頭も毎晩涙酒してたじゃねぇッスか!!こんないじらしい姐さんの話を聞いて泣くなって方が無理ッス!!」

俺は、遙の前でそんな事をバラされて、羞恥で頬に血が上っていった。

「ば、馬鹿野郎!!Shut the fuck up!!よりによって遙の前でそんな事をバラしやがって!!後で覚悟しろよっ!!」

ああ、情けねぇくらい赤面してるのが自分でも分かる。
遙は涙が止まったのか、俺の顔を見て、くすくすと笑った。

「政宗、可愛い…」
「うるせぇ、あんま俺の顔見んな!」
「姐さんの笑顔だ!!超可愛いッス!!」
「遙が可愛いのは当たり前だ!!遙は俺だけのもんだからな!!変な気を起こしたらぶった斬る!!ほら、遙、行くぞ!!」

俺は照れ隠しに、遙を抱き上げて、部屋を出て行った。
後ろからは喝采と口笛の嵐が聞こえていた。

すぐに小十郎と猿飛達が後に続き、俺たちは、宿の裏手に広がる草原へと向かった。
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