夢と現実の狭間 -3-

柔らかく優しく舌が触れ合うと、それが政宗の優しさそのもののようで、触れ合った所から幸せな陶酔感が全身に広がっていく。
久々に政宗の温もりに包まれて、この7年間感じたことのない安らぎに、思わず甘い溜め息が零れた。
唇を離して、また政宗の首筋に顔を埋める。

「政宗、大好き」

そう囁くと、政宗は軽く頷き、至極優しい手つきで私の頭をそっと撫でた。

「ずっとこうして抱き締めたかった。遙、会いたくて会いたくて堪らなかった…。俺も、愛している。ずっと、ずっと、お前だけを」

そう耳許で囁くと、私の頬に手を宛がい、そっと私を引き離して、じっと私の顔を見つめた。

「遙、見違えた。一瞬、お前だって分からなかった」
「老けたでしょう?」
「ますます綺麗な女になった。でも…お前のこの表情…哀しそうで、儚げで、しっかり捕まえていなかったらどこかへ消えちまいそうだ」

政宗は眉根をキュッと寄せると、私をまたきつく抱き締めた。

どこかへ消えてしまう…。
それはある意味当たっていた。
私はもうすぐ、政宗を想う事すら許されなくなる。
政宗を想う事が出来なくなるなら、いっそ何処かへ消えてなくなってしまいたかった。

「消えてなくなれればいいのにね」

そう呟くと、政宗は弾かれたように身体をビクリと震わせると、私をかき抱いた。

「ダメだ!やっとお前に会えたのに、そんな事許さねぇっ!お前だけが欲しくて、天下を統一した後なのに、まだ姫を娶る気にもなれねぇ。今だって、お前しか愛せなくて縁談を断り続けてるのに…!お前だけは離さねぇっ!」

政宗は今でも私を想って、縁談を断り続けてるんだ…。
これも、私の都合のいいただの夢かも知れないけど、今までの夢と違う、リアルな感覚に、もしかしたら、私達は今、同じ夢の中にいて、政宗の言っている事は本当なのかも知れないと思う。
そう思うと、政宗の変わらない想いに胸が熱くなる一方で、私は自分が下してしまった決断に消え入りたくなった。

「政宗、ゴメン」

身体を捩って、政宗の胸に手をついて身体を離すと、政宗は私の腰を引き寄せた。

「何故謝る?何故、俺から離れようとする?」
「だって、だって、私…。私、結婚しなければならなくなったの…」

政宗の身体が強張る。

「……本当か……?」

掠れた声で政宗が訊ねた。
私は政宗の顔を見る事が出来なくて、顔を背けたまま、こくりと頷いた。

「嫌だっ!!」

政宗は悲痛な叫び声を挙げると、痛いくらいに私を抱き締めた。

「こんなのって、こんなのって、ねぇよっ!やっと会えたのにっ!!やっとこうしてお前を抱き締められたのにっ!」

私を抱き締める政宗は震えていた。

「なぁ、これってただの夢だろ?嘘だろっ!?なぁ、遙。夢なら、ただ俺を愛しているって、ずっと俺だけを想っているって言ってくれよ!!」

政宗の願う通りに、ずっと政宗だけを想っていられたらどんなに幸せだろう。
政宗の願いがあまりに切なくて、胸に突き刺さって、悲しくて涙が溢れだす。

「私も、ずっと政宗を想っていたかった。形だけの結婚をして、夫を裏切りながら、政宗だけを想っていたかった。でも、現実にはそんなこと出来ない。相手を傷つけるだけだから。本当は、政宗の事が好きでも、夫を大切にしないわけにはいかないもの。私、酷いね。政宗も、生涯の伴侶も、二人とも裏切るんだね。私、こうして政宗に抱き締められる資格、ないね」

嘘を吐くことだって出来た。
そうすれば、政宗が傷付くことなんてなかったかも知れない。
それでも、ただ一人、愛した人だったからこそ、嘘を吐きたくなかった。

「最後にこうして会えて、良かった。抱き締めてくれて、嬉しかった。でも、そんな資格、私にはもうない。ずるい選択をしてしまったの。愛するつもりも資格もないのに、私を好きだと言ってくれる人と結婚することにしてしまったの」
「言うなっ!!」

政宗は、離れようとする私を無理やりに引き寄せ、きつく抱き締めた。

「今度こそ、お前を離さねぇ。向こうの世界には、もう帰さねぇ!!傍にいてくれ!!」
「私だって傍にいたいよ!!でも、現実を見なきゃ!帰らないで済むなら帰りたくない!!ずっと政宗を愛していたい!!こんなに好きなのは政宗だけだものっ!!本当は、本当は、離れたくなんてないよっ!!」

激情をぶつけてしまうと、ただただ涙が零れて頬を濡らし、私はしゃくりあげた。
政宗は私の頭を引き寄せると、優しく優しく撫でてくれた。
しばらくの間、政宗は無言で私の頭を撫でていたが、やがて深い溜め息を吐いた。

「遙、悪かった。頼むから泣かないでくれ……。お前の気持ちがどうであれ、俺は、お前だけを想い続ける。それだけは忘れないでくれ。俺だって、お前の本当の気持ちは分かってる。お前がクソ真面目すぎることだって。お前がどう足掻いたって、俺以外愛せないことも知ってる。その上で、婚儀の相手を想おうとしてることだって。それがどんなに辛いことかも分かる。だから、もう何も言うな」

政宗の許しの言葉に、今度こそ、声を上げて私は泣き出した。
政宗は優しく優しく私の背中を撫でてくれる。
時折その手が震え、短い呻き声が上がるのを聞いて、政宗もまた泣いている事を私は悟った。

こうして胸に縋って分かる。
私は政宗が好きで好きで堪らない。
こんな気持ちで元の世界に戻る事なんて出来そうになかった。

『やっと、見つけた……』

その時、空間全体に声が響き渡って、私と政宗は弾かれたように顔を上げた。

『目標、捕捉。データごと移送する』

その瞬間、私たちを包んでいた空間に無数の亀裂が走り、それが弾け飛んだ次の瞬間、私を抱き締めていた政宗の体温が消え、全ては闇に包まれた。
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