Revenge -1-

遙は日に日に回復しているとはいえ、まだ首筋に散りばめられた痣が痛々しい。
政宗殿の話によると、まだほとんど食べられない様子で、頬はやつれ顔色が青ざめていた。
昨日は、宴で酒のせいかそんなに気にならないほどだったけど、こうして見ると、本当に儚くなってしまいそうなほど弱っているのが分かる。

しかし、今日は姫様の予防接種、それから真田幸村への復讐の日だ。
遙も政宗殿も早朝から起きて、すでに支度を済ませていた。
片倉の旦那も、率いる軍勢の指揮を外で取り、後続部隊の前進守備も固めている。

俺は、宿の裏手の広場で伊達軍の兵士達と共に、遙と政宗殿を待っていた。
やがて、遙は身体にぴったりとした上下の白衣に身を包み、その上から長い白衣を着ていつもの鞄を持ち、政宗殿に手を引かれながら、俺達の前に姿を現した。
痣を隠すように首に巻かれた包帯が酷く痛々しかった。
遠目には分からないけれど、隠し切れない痣がまだある。

伊達軍の兵士達の雄叫びが上がった。

「筆頭!!お待ちしてましたっ!!」
「あ、あれが、姐さんっ!?遙様っ!?すんげぇ美人ッス!!スタイルも抜群ッス!!流石、筆頭の惚れた女です!!」
「姐さん、カッコいいッス!!カッコいい上に綺麗ッス!!」
「流石、筆頭ッス!!うおおおお!!!」

そうか、あの広間にいなかった伊達軍のリーゼントもまだいたんだ。
流石に今日率いる軍勢が全てあそこにいた訳じゃない。
それほどの守りを固めての出陣って事だ。
政宗殿は、くすぐったそうに笑って軽く手を上げて兵士達を制止し、それから厳しい顔付きになった。

「Okay, everybody!Are you ready guys!?」
「Yeah!!!!」
「今日は、真田幸村に怒りのrevengeをする日だ!!俺が、心待ちにしてた日だ!!」
「Yeah!!!」
「それから、遙のrevengeの日でもある。今日の復讐の主役は、遙だ!!!」

その瞬間、兵士達はどよめいた。

「あ、姐さんが、真田幸村と決闘ッスか!?」
「姐さん、coolですっ!!」
「でも、筆頭、真田幸村相手じゃ遙様が…」

不安そうな声に対して政宗殿は一喝した。

「だから、遙は、俺と小十郎が必ず守り抜く!!それに、今、猿飛佐助は、遙に仕えてる。武田信玄も味方だ。真田幸村の牽制は、猿飛佐助と武田信玄が必ずする。この戦、勝ち戦だっ!!お前ぇらは、俺と遙の復讐劇を見守ってろ!!」

するとまた雄叫びが上がった。

「姐さん、流石ッス!!猿飛佐助だけじゃなくて、武田信玄まで味方につけるなんて、最っ高の女です!」
「遙様っ!!是非、俺達にも声かけて欲しいッス!!姐さんの声、聞きたいッス!!」

そこから、長曾我部軍のような姐さんコールが響き渡り、遙は困ったように政宗殿を見上げた。
政宗殿は優しく遙の頭を撫で、頬にキスをして何か耳元で囁くと、遙は微笑んで頷いた。
政宗殿が軽く手を挙げると、姐さんコールは止んで、皆は固唾を飲んで遙の言葉を待った。

「今まで、ここにいる全員にご挨拶出来なくてごめんなさい。それから、私達を守ってくれてありがとう。疱瘡は収束したとはいえ、まだ油断は出来ない。そんな所までついてきてくれて、本当に、本当に、ありがとう。病から皆の事は絶対に私が守る!私の命をかけてでも!!本当は、こんな事に皆を巻き込みたくなかった…」

遙はそこで、悲しげな表情になって言葉を切った。
とても、遙らしい言葉だ。
俺が愛してしまった、遙らしい言葉だ…。
しかし、次の瞬間、遙はキッと前を見据えて言い放った。

「でも、賽は投げられた!!もう後戻りは出来ない!!この復讐、成功の可能性は高いけど、油断は出来ない!!それでも、やるしかない!!せめて姫様の予防接種だけでも終わらせないと、政宗のような悲しい思いをさせてしまう!!それだけは、断じて許されない!!だから、私は武田の屋敷へ出陣する!!」

一瞬、シーンと静まり返っていた広場に、拍手喝采が鳴り響き、兵士達は口々に遙を褒め称えた。
片倉の旦那も、政宗殿も、感極まったように薄っすらと涙さえ浮かべている。

敵に情けをかけるのにもほどがあるって思ったのは、いつだったっけ…。
つい最近のようで、遠い昔にも思える。
でも、それで俺は遙を疑うのを止めて、そして急速に惹かれて行った。
遙の人望の篤さは、その優しさゆえだ。

遙は厳しい表情のまま、俺に視線を移した。

「佐助?迂回路の確保は?」
「出来てる。忍隊が警護中」
「お館様への報告は?伊達軍が駐屯する場所の確保は?」
「それも手配済み」
「佐助、ありがとう。これで心置きなく出陣出来る。お館様へご挨拶の後、姫様のお部屋への案内の手配と、政宗、小十郎、及び、猿飛忍隊の配置は打ち合わせ通りに」
「了解、任せて。必ず君を政宗殿と共に守り抜くから」
「ありがとう」

遙は軽く頷き、微笑んだ。
でも、少し強張った笑みで、何だか弱々しい笑みだった。
政宗殿は遙の頭を撫でると、また声を張り上げた。

「Okay, guys!!Partyの始まりだぜっ!!行くぞ!!」

そう言うや否や、政宗殿は遙を抱き上げて、自分の愛馬に跨り、遙を自分の前に跨らせると、しっかりと両腕で抱き締めた。

「俺の護衛は小十郎と猿飛に任せた。他の忍隊に先導させろ」
「了解!!」

もうその布陣は予測出来ていたからこちらで打ち合わせも済んでいる。
俺が指笛を吹くと、街道の方から指笛が返って来た。

「首尾は万端。政宗殿の好きなように走ってくれればいいよ」
「I see. じゃあ、行くぜっ!!先鋒、行けっ!!」
「Yeah!!!」

先鋒部隊が走り出すと、それに続くように、俺達も馬を走らせ始めた。

街道を走り抜けて、迂回路で武田の屋敷へ向かう。
お館様と俺が掌握してる甲斐の地で、危険などあるはずもないのに、政宗殿は、まるで遙を失うのを恐れているかのように、ずっと後ろからキツく抱き締めたまま、馬を走らせ続けていた。

休む事なく武田の屋敷へ馬を走らせると、まだ朝のうちに屋敷へと着いた。
遙が俺に記録させていた、疱瘡の風向きからは遠く離れた、絶対に感染しない通り道を選んだから間違いは起こらないはずだ。
戦の時に騎馬隊が駐屯する広場は、伊達の兵士達で埋め尽くされた。
真ん中からゆっくりと、政宗殿が正面に馬を進め、その後に、右目の旦那が続き、俺も続いて、そして俺達は馬を降りた。
そして、そこで俺は焔と合流した。
焔は目で頷き、そして片膝をついて控えた。

片倉の旦那が隣りに立つと、遙は皆にも聞こえる声で指示をした。

「小十郎、ここにいる人達は皆、予防接種済みなのは間違いない?」
「はっ!間違いございません」
「まだ免疫反応のない兵士達に備えて、これを衛生兵に」

遙は、バッグの中から予防接種薬と針などが入ったビニール袋を片倉の旦那に手渡した。

「衛生兵には、免疫の確認方法は周知されてる?」
「ええ、もちろんです。この小十郎と猿飛が叩き込みましたから」
「そう、なら安心だ」
「では、衛生兵に薬を渡して参ります」

すかさず、群衆の中ほどから衛生兵が走り寄り、片倉の旦那から薬を受け取ると、また持ち場に戻った。
そして、政宗殿は兵士達を見渡し、馬上から声を張り上げた。

「免疫反応が出た野郎共は、猿飛の忍が合図に来たら、庭に入れ。ただし、手出しはすんな!小十郎の指示があるまで真田幸村には近づくんじゃねぇ。遙の足手まといになる。この俺と遙の、真田幸村への制裁を目に焼き付けろ!!」
「押忍!!」
「これから俺達は信玄に会って、それから楽しいPartyの始まりだ!!」
「Yeah!!!」

政宗殿は大きく頷くと馬から降りて、遙を馬から下ろすと手を繋ぎ、俺に視線を向けた。

「聞いての通りだ。野郎共も復讐を見ねぇと納得しねぇだろ。伝令を頼んだ」
「了解!焔、指示を部下に飛ばしたらすぐに俺と合流」
「かしこまりました」
「じゃあ、信玄の所に案内を頼む」
「分かった。じゃあ、行こう」

俺は、政宗殿、遙、片倉の旦那を先導してお館様の待つ広間へと向かった。

「お館様、政宗様と遙をお連れ致しました」

お館様のお部屋の外から声をかけると、すっと障子が開き、お館様は俺たちを迎え入れ、政宗殿と遙を上座へと誘った。
政宗殿は慣れた様子で上座に座ると、お館様をじっと鋭い隻眼で見つめた。

「今日の首尾には、感謝してるぜ、信玄」
「いや、わしの方こそ面目ない。政宗公と遙に辛い思いをこの信玄がさせたとあっては、武田の恥。それに、お二人の絆が見とうなった。武田の都合ばかり押し付けて申し訳ない。しかし、あのじゃじゃ馬と幸村への鉄槌には決して手を出さぬ。また、佐助から聞いた首尾は整っておる。いつでも始められても構わぬ」
「その言葉が聞けただけで十分だぜ。なぁ、遙?」
「うん」

遙は、緊張した面持ちで頷いた。
お館様は、ハッとしたように目を見開いて、悲しそうな表情になった。

「お主、そんなにやつれてしもうて…。本当に、遙には辛い思いをさせてしもうた。わしが姫の事を口走ったから、ずっと秘密を胸にしまっておったのであろう。お主は、この武田信玄の命の恩人。また、お主の目的が政宗公との再会であったならば、わしは必ずお主の力になったであろう。全てはお主の信頼が得られなかった、この武田信玄の不徳の致す所。詫びても詫びきれぬ。お主の好きなように、あのじゃじゃ馬と大馬鹿ものの根性を叩き直してやって下され」
「お館様、私…まだ体力も気力も万全ではありません。十分に脅しはかけますが、私が出来るのは、あくまで姫様の予防接種です。それでもいいですか?」
「ああ、十分じゃ。この後に及んで姫の事を気にかけてもらえるとは思わなんだ…。お主というおなごは、ほんに優しくよう出来たおなごよ。政宗公が惚れ抜くのも無理はない」

政宗殿は、じっと視線を落として、悔しそうに顔を歪めた。
遙はその手をそっと取り、優しく握り締めた。

「政宗、怒りを爆発させるのはもう少し待って。お館様、そろそろ首尾に着いてもよろしいでしょうか?」
「構わぬ。焔よ、くノ一達を呼んで参れ」

お館様は、障子の向こうに控えていた焔に声をかけた。

「御意」

すぐに、遙と予行演習をしていたくノ一達と若草が部屋の外に控えた。

「政宗、首尾は打ち合わせ通りに。佐助、焔、援護期待してるからね!お館様、幸村の誘導をお願い致します」
「あい分かった」

俺達はもう一度、互いの首尾を確認すると、お館様と共に部屋を後にした。
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