それを父上が一喝すると静まり、足音が段々と近付いて来る。
父上…と思い至った所で、予防接種の事を思い出し、慌てて逃げようと庭の外を見遣ると、渡り廊下に見覚えのある男が二人いた。
見間違う事もない、あの日、あの街道で私を嘲笑って脅した伊達政宗と、恐らく片倉小十郎だ。
伊達政宗と片倉小十郎は、冷ややかな視線でじっと私を見つめていた。
何で、伊達政宗がここにいるの!?
まさか、まさか、私を娶りに来たの!?
そんなの、絶対に嫌!!
そう思うと恐ろしくて、辺りを見回したけれど、何か、いつもと様子が違う。
空気はぴんと張り詰めて、兵士達のざわめきが微かに聞こえ、前庭を囲むように無数の気配を感じた。
敵意はないけれど、絶対に私が逃げられるような数じゃない。
多分、あれは武田の兵士達で、父上は本気で私を逃がさないつもりだという事がひしひしと伝わって来た。
どうしよう、どうしよう、と頭の中で考えがまとまらず、ただ、どうしようという言葉だけが頭の中でぐるぐると渦を巻いているうちに、足音はすぐそばまで近付いて止まった。
「姫様、失礼致します」
佐助のくノ一の声が聞こえ、私の返事も待たずに襖が勢いよく開けられた。
くノ一達は武装していて、その後ろには、真っ白な変わった衣装を着た、綺麗な女の人が氷のような視線で私を見つめて立っていた。
ほんの一瞬、その儚げな美貌に見惚れてしまい、私が固まっていると、その人は、くノ一達に目配せをした。
「遙様、かしこまりました」
そして、私はあっという間にくノ一達に囲まれてしまった。
数は3人。
佐助の部下だから、私を絶対傷付けられない。
せいぜい峰打ちがいい所なのは間違いない。
手加減している相手を槍と拳で片付けるのなんて容易い。
問題は、父上の包囲網をどうくぐるかだけ。
あの父上が羽交い締めにしても、私は負けなかった。
今回だって、ただの脅しだからきっと何とかなる。
私はさりげなくじりじりと、壁際の槍の方へ移動し、槍を手に取ろうとした。
その瞬間、遙と呼ばれた女の人は、白い羽織の内側に左手を入れたと思ったら、次の瞬間、大きな銃声が連続で何度も響き、私は思わず目を瞑って耳を塞いだ。
顔に何か破片がぱらぱらと当たり、恐る恐る目を開けると、私の槍は完全に粉砕されていて、私は驚きのあまり声を失って、呆然と槍を見つめた。
「姫様、おとなしく予防接種を受けなさい。貴女は恐らく疱瘡を発症します。逃げる事は、私が許しません」
遙は、銃を構えたまま静かにそう言った。
でも、その有無を言わせないような、高圧的な言い方にカチンと来て、私は遙をキッと睨み付けた。
「何よ!その言い方!無礼者!!何様のつもり!?」
「お医者様のつもりですが、何か異存でも?」
その瞬間、伊達政宗と片倉小十郎の笑い声が聞こえて、私は渡り廊下を見遣った。
そこには父上までいて、父上まで笑いを噛み殺している。
「Ha!傑作だ、遙っ!!」
「ええ、全くです、ククっ…!!」
堪えきれないように笑う伊達政宗を見て、私の怒りは急激に膨らんでいった。
こんな医者なんて、聞いた事ない!!
「この私に恥をかかせるなんて、許さないんだからっ!!」
そう叫んで拳を振るおうとすると、また大きな銃声と共に、右のこめかみに大きな衝撃を感じて、私はよろけて座り込んでしまった。
ほんの少し遅れてまた大きな銃声が鳴り響いた。
あまりに銃声が大きくて、耳鳴りがして痛い。
遙は冷たい視線のまま、銃口を私に真っ直ぐに向けている。
「この銃の威力は抜群ですから、あまり動かれませんように。風圧だけでも気を失いますよ?あえて今回は外側を狙って外しましたが…」
そして、遙の桜色の唇が、悪魔のようなぞっとするような弧を描いた。
「次は、姫様の頭がこのように砕けるかも知れませんね」
そう言うなり、遙は手当たり次第に、私の部屋の調度品を銃で撃ち抜いて行った。
床の間の花瓶、化粧箱、文机、文箱、琴…。
その破片から身体を守るために、私は頭を抱えて小さく丸まった。
「やだ…やだ…怖い…怖い…怖いよっ!!怖いっ!!幸村ぁああああ!!!!幸村、助けてぇえええ!!!」
「姫様ぁああああ!!!!ええい、どけどけぇえええ!!!!!」
遠くから幸村の雄叫びが聞こえて来て、私は助かったという気持ちと、また幸村に会えるという喜びでいっぱいになって、胸の高鳴りを堪えながら、前庭に幸村が現れるのを待った。
間もなく幸村が姿を現した瞬間、空から複数の影が舞い降り、幸村の行く手を遮った。
あれは…!!
佐助!?
焔も紫苑もいる…!!
何で、佐助の精鋭が幸村の邪魔をするの!?
「ええい、佐助、道を開けよ!!おのれ!!姫様に無礼を働くのはこの真田幸村が許さん!!」
「おっと、旦那、ここを通す訳にはいかないね。悪いけど、おとなしくここで見ててくれる?…力尽くでもね」
周りからも佐助の精鋭部隊が現れて、手裏剣や苦無を構え、佐助達は小太刀で防戦体制に入っている。
流石の幸村も悔しそうに佐助を睨み付けた。
「佐助、お主、やはり遙と情を通じて絆されたか!!不埒者め!!」
「冗談じゃないね!!俺は、好きになった子には絶対に幸せになって欲しいって前に言ったはずだけど?俺が、本当に好きな子には唇にすら触れられないのは、旦那が一番よく知ってるはずだよね?それすら頭が回んないなんて、呆れるほどの大馬鹿だね!!遙は絶対に俺達が守るよ!!」
その瞬間、佐助達は幸村と刃を交え始めた。
佐助は、本気だ。
焔も、紫苑も、幸村の動きを熟知していて、完全に動きを封じている。
ものすごい殺気をびりびりと感じて、私は幸村の命の危険を感じた。
こうなったら…遙を人質に取るしかないっ!!
佐助達をじっと憎しみに似た表情で見つめている遙に襲いかかろうとすると、瞳だけで遙は私をちらりと見て、またすぐ頭のそばを二発撃たれて、眩暈がして私は座り込んだ。
ダメだ……。
隙が全然ない。
くノ一達も小太刀をすらりと抜いて私を威嚇し始めた。
遙は、私の頭に銃口を向けたまま、右手を白い羽織の中にゆっくりと入れ、もう一つ銃を取り出すと、冷たい目でそれを眺めてゆっくりと幸村に銃口を向けた。
「ヤダ…ヤダ…!!止めて!!」
「私も幸村に何度もそう言ったわ。でも、彼は止めてくれなかった…」
不意に遙の瞳が悲しげに揺れて、その囁きの意味が何だか意味深で、私は不覚にも遙に見惚れて動けなくなってしまった。
その瞬間、遙は叫んだ。
「佐助!!」
「ラジャー!!」
佐助達は、掛け声と共にパッと膝を付いて屈み、遙の銃口からは、聞いた事もないような激しい連発の銃声と共に、無数の銃弾が飛び出して行った。
不意を突かれた幸村は固まり、息を呑む間もなく幸村の槍が無数の銃弾で無残にも破壊されて行った。
武士の武器は武士の命そのもの。
幸村にとっては、かけがえのない命のような物だ。
それをあんな風に破壊されるなんて、悔しくてたまらない。
「止めて!!」
動こうとすると、遙は視線を幸村に真っ直ぐに向けたまま、左手で床の上を撃ち抜いて行き、危うく足に当たる所で、私は壁際に追い込まれた。
「姫様、お怪我をしたくなければ動かれませんよう。適当に撃っておりますから、命の保証は出来ません」
「ううっ…」
私は悔しくて、悲しくて涙が溢れ出した。
「遙っ!!貴様っ!!姫様を泣かせたなっ!!そして、俺の命の槍を…!!許せん!!うぉおおおお!!!」
幸村は折れた槍を構えて、それを遙目がけて渾身の力で投げようとした。
「政宗様っ!!」
片倉小十郎の掛け声と共に、伊達政宗と片倉小十郎は庭に飛び出した。
幸村の手から槍が離れた瞬間、片倉小十郎はそれを刀の峰で撃ち落とし、伊達政宗の全身は稲妻で包まれた。
「この時を待ち焦がれてたぜ、真田幸村っ!!Hell Dragon!!!」
伊達政宗を包み込んでいた稲妻は、巨大な球体に変化し、光の速さで幸村目がけて飛んで行き、幸村の身体は庭の角まで大きく吹き飛ばされて、幸村はそれきり動かなくなった。
伊達政宗の攻撃を読んで、飛びすさっていた佐助は、幸村の襟を掴むと、私の部屋の前にずるずると引きずって来て、伊達主従もその後に続いて、私を冷ややかな目で見つめた後、汚らわしい物を見るような目付きで幸村を睨み付けた。
「猿飛、拘束したまま真田幸村の目を覚ませ」
「了解」
佐助は、幸村を後ろ手に縛り上げると、頬を何度か軽く叩いて幸村を目覚めさせた。
そして、幸村の髪を掴んで顔を上げさせ、遙はそれを冷ややかに見つめて軽く頷いた。
そして、私に視線を移してじっと見つめた。
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