遙は銃を構えたまま、静かに私にそう尋ねた。
「幸村が…私の肌は何人たりとも傷付けちゃいけないくらい、綺麗だって…」
「姫…様…」
掠れた声で幸村が私を呼んだ。
こうしてまた会えたのに抱き合う事も出来ない。
幸村がこんなにボロボロに傷付いている。
それが、悲しくて悲しくて涙がまた溢れ出した。
「そう…。……美談かも知れないけど…愚かね」
「愚かとは何よっ!!私達の事、何にも知らないくせにっ!!」
「疱瘡の恐ろしさを知らない貴女に言われたくないわ!!政宗の…政宗の右目を…政宗の母上の愛を失わせた、疱瘡の恐ろしさを知ろうともしない愚か者の戯言なんて聞きたくないっ!!」
遙はその姿からは想像も出来ないような声で私を恫喝すると、薄っすらと涙を浮かべた。
「政宗の気持ちの一厘でも知ってたら、そんな事、言えないわ…。疱瘡の本当の恐ろしさを貴女に見せてあげる。若草ちゃん、入って。例の物を姫様に」
「はい、遙様」
開け放たれた襖の向こうから若草が、鉄の板のような物を持って現れた。
そして、私の前に跪くと、それを私の目の前に差し出した。
そこに写っていた絵のあまりの恐ろしさに私は絶叫した。
「きゃあああああああ!!!何これ、何!?化け物!?」
その瞬間、遙はまた私の顔のすぐそばを撃ち抜いた。
「化け物という言葉だけは許しません、絶対に!!目を逸らさずに、見なさい、疱瘡の恐ろしさを!!」
「いやぁあああ!!」
遙が目で合図をすると、くノ一が私を羽交い締めにして無理矢理その画像を私に見せつけた。
赤い大きな膿を持った吹き出物がくまなく顔を覆い尽くし、目蓋までそれはびっしりと吹き出ていて、目がほとんど開いていない、世にも恐ろしい姿だった。
「断言します。姫様は、政宗と出会ったあの日、疱瘡にかかりました。姫様のお顔がこのようになるまであと10日足らずです。そして、その後、5日もせずにお亡くなりになるでしょうね」
「私が!?そ、そんな…嘘、でしょ…?」
「嘘で、お館様がこんな茶番をお許しになるはずがありません。ほぼ、間違いなく、姫様のお顔はこのようになります。さぁ、小傷のような予防接種と、こちらのお顔、どちらがよろしいですか?」
私は、無言で唇を噛み締めた。
父上があんなに必死だったのは、疱瘡の恐ろしさを知っていたからなんだ…。
でも、こんな女の言う事なんて聞きたくない。
でも…でも…。
私は小声で囁いた。
「……接種……」
「聞こえません。ふぅ、仕方がないですね。姫様は、死化粧も出来ないお顔の方をお選びになるのですか。分かりました。私がここにいる必要はございませんね。それとも…いずれにせよ死ぬのなら、死化粧が出来る今のうちに、殺して差し上げましょうか?」
遙は私の額の真ん中に銃口を向けた。
この人は、本気だ…!!
私が拒めば、死化粧が出来るうちに殺すつもりだ!!
遙の皮肉たっぷりの言い方が悔しくてたまらなかったけど、こんな顔になるのだけは御免だったし、まだ死にたくなかった。
「予防接種がいいって言ったの!!死化粧も出来ないだなんて、そんな言い方ないでしょっ!?」
「事実を申し上げただけです。分かりました。若草ちゃん、お願い出来る?」
「はい」
遙は銃を構えたまま、若草を呼び、私に予防接種をさせた。
予想以上に痛かったけれど、私にとっては遙の脅しの方が衝撃的で、屈辱的でたまらなかった。
悔しくて悔しくて涙が零れる。
遙は、やっと銃を懐にしまい、溜息を吐いた。
同時に、伊達政宗も片倉小十郎も、何だか安心したような吐息を何故だか吐いた。
遙は疲れたように軽く首を振った。
「遙、大丈夫か?早くこっちへ来い」
「うん……あっ!ヤダっ!!」
伊達政宗に呼ばれて遙が振り向いた瞬間、さあっと秋風が部屋に吹き込み、遙の首に巻かれていた包帯がはらはらと解けていった。
その瞬間、遙は首筋を押さえてカタカタと震え出し、伊達政宗も血相を変えたけど、私の目には、しっかりと紫色の痣が…それも男女がまぐわったあとに出来るという痣が焼き付いた。
その時、私は遙に一矢報いる手がかりを得た。
私はわざとクスクスと笑って意地悪く遙に向かって言い放った。
「あ〜ら、あんなにお堅い女なんて振りして、あんたってふしだらな女なのね!そんな痕付けて武田の屋敷を訪れるなんて、恥知らずにもほどがあるわっ!その綺麗な顔で何人たぶらかしたの?政宗様?片倉小十郎?それとも両方かしら?あー、しがない医者が天下人に抱かれて有頂天にでもなってるの?馬鹿みたい、どうせ天下人のお遊びなのに。汚らわしいわっ!!」
その瞬間、伊達政宗の身体がまた稲妻に包まれて、バチバチと帯電した。
伊達政宗は、視線だけで私を殺せそうな、殺気に満ち溢れた隻眼で私を睨みつけた。
「てめぇ…遙になんて事言いやがるっ!!小十郎、構わねぇ。この女、斬り捨てろ。俺の、この世で一番大切な女を侮辱した罪は、殺しても殺し足りねぇ!!」
「はっ!!罪状は、真田幸村と情を通じた故との表向きに致します!女…てめぇに遙様の何が分かる!覚悟しやがれっ!!」
まさか、遙への侮辱が、こんなに伊達政宗と片倉小十郎を怒らせるだなんて思ってもみなくて、私は思わず父上に助けを求めたけど、父上は厳しい顔で私を睨みつけていた。
殺される…!!
そう思って目を閉じた時の事だった。
「小十郎、待って!」
遙が、片倉小十郎の抜刀した左腕にしがみついて、私に斬りかかるのを必死に止めていた。
「遙様っ!?危険です。お下がりください!」
「遙っ!!お前、何で止めるんだ!?こんな女、斬っちまえばいい!!」
「政宗、待って!!」
「……はぁ、2分だけ待ってやる。何か言いたい事があるなら、今のうちにこの女に言え」
「ありがとう」
遙はホッとしたように伊達政宗に笑いかけた。
…この人、私を殺したいの?
…助けたいの?
意味分かんない…。
遙は、ギュッと伊達政宗を抱き締めて、深い吐息を吐くと、私に向き直った。
もうその瞳は、また凍りつくような冷たい視線で、私は何だか嫌な予感がして、背筋を冷や汗が伝って行った。
遙は、幸村にも見える所で、ゆっくりと包帯を解いて行き、首筋まで包んでいる衣裳の前をゆっくりとはだけていった。
「おいっ、遙っ!!止めろっ!!」
伊達政宗の制止も聞かずに遙は胸の谷間がくっきり見える所まで露わにした。
首筋から豊かな胸へかけて、数えきれないほど無数の紫色の痣があった。
男は好きな女にこうして唇で痣を付ける事があるとは聞いた事があるけど、これは想像以上の痣だった。
「ねぇ、姫様?姫様は何か勘違いしてるようだから訂正するね。姫様は、これを政宗と小十郎が付けた痕だと思ってるみたいだけど、ハズレ」
「えっ!?でも、でも、だって、貴女、伊達政宗に大切にされてるじゃない」
「政宗だって戯れにこうしてキスマークを付けた事もあったよ…まだ恋に落ちたばかりの頃にね…」
遙は、切なげな、遠い目になった。
やがて、その瞳が潤み出して、遙は絞り出すような声で言った。
「この痣は、全部、真田幸村に付けられたのっ!!私、嫌だったのに!!幸村に無理矢理抱かれたのっ!!」
あまりの言葉に私は驚き、幸村を見遣った。
「嘘!!幸村、私だけを愛してるって!!」
幸村は、顔を背けて唇を噛んでいた。
「ねぇ、嘘!!嘘でしょっ!?」
「姫様、嘘じゃないよ。真田幸村から遙を救ったのは、焔なんだから」
「焔!?嘘でしょっ!?」
焔はゆっくりと首を横に振った。
私は衝撃のあまり、言葉を失い、ただ泣き崩れた。
その隣りに遙が座り、私の目の前に胸の谷間をすっと寄せた。
「姫様、よく覚えておいてね。これは、真田幸村が刻んだ痕。私を愛して抱いた痕だよ」
「違うっ!!」
幸村が突然叫んだけれど、この痕を見せられたら、もう何を信じていいのか分からなくなった。
「幸村の卑怯者。あんなに私の身体に夢中になって、私を無理矢理抱いたのに、否定するの?そうね…確か、男を悦ばせる最高に淫らな身体だって言ってたよね?」
遙がそう言うと、幸村はまた口を噤んで顔を背けた。
「しかし、其れがしは…姫様の事が…」
「じゃあ、幸村、何で姫様に接吻の痕をつけなかったの?愛してるなら付けるものなんじゃないの?所有印とも呼ばれるんだよ?」
「うっ…幸村ぁ…何で…?」
「全ては姫様の幸せのために…」
「全然幸せなんかじゃないよっ!!幸村は、遙の身体をこんなに愛したじゃないっ!!嘘吐きっ!!」
そう怒鳴ると、幸村は顔を背けて震えていた。
幸村は嘘がつけないから…。
遙の言ってる事は本当なんだ…。
幸村は、私より遙の身体の方をもっと愛したんだ…。
胸もこんなに大きいし、顔だって綺麗。
無理矢理犯したくなるくらい、やっぱり幸村は遙が好きだったんだ…。
「遙、もういい、止めろ。その女にはいい薬になっただろ。真田幸村なんて想うに足りねぇ男だってな。そんな男に抱かれた哀れな女だ。俺も興醒めした。遙、早くこっちへ来い」
伊達政宗は、遙の手を取ると、優しく抱き締め、ゆっくりと、はだけた衣裳を直し、包帯をすっかり巻いてから、また遙をきつく抱き締めた。
そして、手を繋いでゆっくりと父上の所に歩いて行った。
父上は、薄っすらと涙を浮かべて、遙の手を両手で握った。
「誠、天晴れなおなごよ。政宗公の怒りを鎮め、よう姫の命を救ってくれた。誠、天晴れ…!!そなたは正に女傑よ!政宗公との絆もこの目によう焼き付けた。かたじけない…。誠、そなたのようなおなごに、あのような辛い思いをさせてすまなんだ…」
父上は声を殺して泣き、遙はただ静かに淡い微笑みを浮かべて、薄っすらと涙ぐんでいた。
……私、父上にあんなに褒められた事なんてない。
……幸村にも愛されてなかった…。
何で、遙ばかり私の欲しい物を奪って行くの?
政宗様の心を奪うだけじゃ足りないの?
佐助にも焔にも大切にされて、私に一体何が残っているの!?
そう思うと、何もかも手に入れている遙が憎くてたまらなくなった。
憎い…遙が憎い!!
遙が私の欲しい物を奪うなら、私は遙の一番大切な物を奪ってやる!
どうせ、遙はしがない医者。
そんな医者風情が武田の血筋に敵う訳なんてない!!
どうせ、遙は政宗様の側室止まり。
ならば、私は、政宗様の正室になって、一生いじめ抜いてやるんだから!!
私は、そう固く決心をして、父上の泣き顔を見つめていた。
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