隠し事 -2-

「政宗、姫様を娶るの…?私…あの姫様は苦手。いくら政宗が手を出さないと言っても、城の中で鉢合わせるのも嫌…」
「分かってる。あれは、ただの脅しだ。成り行き任せだったが、あれで真田幸村が俺から本気であのバカを奪い返さなかったら、本当にただの腑抜けだな。それで、姫が俺に嫁いでも、離れに半幽閉だ。お前とは絶対に鉢合わせしねぇよ」

信玄は、感心したように吐息を吐いた。

「流石、政宗公じゃ!遙の身分をすでに考えておったか!それに、姫にも幸村にもいい薬になるであろう。幸村が姫を奪うつもりがなかったら、政宗公の言う通り、あれはただの腑抜けよ。政宗公、かたじけない」
「胸くそは悪いけどな。面倒な邪魔が入ったが、本題に戻るぜ。信玄、あんたの策ってなんだ?」

信玄は頷き、自信満々に答えた。

「うむ。遙を勝頼の母、諏訪の姫とわしの隠し子として、正式に武田の姫とする!家臣の前で、遙に目通りさせ、遙に武田の姫としての血筋を与える。甲斐にあと数日は止まってもらわねばならぬがな」

俺は正直、驚いて絶句した。
あくまで武田の血筋と伊達の血筋が交わる事にこだわるのか。
確かに武田の血筋は、名門だから、遙との婚儀は上手く行く。
でも、ここまで根回しを進めてそれはねぇだろ!?

その瞬間の事だった、遙は胸の下辺りを抑えて、口元を手で覆い、嘔吐した。
その細い指の間から、血が滲み出ていて、俺はさぁっと血の気が引いて行った。
信玄も、驚き、猿飛を呼んだ。

「佐助!佐助はおらぬか!?」

すると、風のように猿飛が現れ、遙を見ると驚きに目を瞠った。
遙は手ぬぐいで、口元の血を拭き取り、辛そうに肩で息をしながら、咳き込んでいた。

「佐…助…。屋敷の奥で人払いを。労咳の可能性があるって周知させて…」
「労咳!?お前、労咳なのか?」

遙は答えず、ただ、また咳き込んだ。
信玄は慌てた様子で、猿飛に命じた。

「遙を屋敷の奥の部屋に通して休ませよ。政宗公にうつったら世が乱れる。残念ながら、遙のそばにはおらぬ方が…」
「労咳は…治せます。予防薬もあります。…時間はかかりますが…」
「そうか!ならば、政宗公も遙のそばへついてやって下され。佐助よ、すぐに部屋にお通しせよ」
「承知」

猿飛に促され、部屋を出る瞬間、俺は小十郎を振り返った。

「小十郎、信玄から詳しい話を聞いて、後で報告に来い。俺は、今すぐ遙を寝かせに行く」
「承知」
「政宗殿、急ごう」
「分かってる」

俺は、遙を抱き上げ、猿飛と廊下を走り、屋敷の奥の部屋に着くと、猿飛が手早く用意した布団に遙を横たえた。

「猿飛、手水を用意して持って来い」
「分かった」
「佐助、待って!」

それを、遙が遮り、辛そうに肩で息をしながら言った。

「労咳は、幸村を寄せ付けない口実。この吐血は労咳…結核じゃないの…」
「労咳じゃないの?はぁ、また策士遙の登場か…」
「でも、気になる。労咳以外の吐血なんて、俺は思いつかねぇな」

遙は、視線を彷徨わせ、そして段々と涙目になって行った。

「政宗、佐助、ずっと隠しててごめんなさい。吐血は初めてじゃないの。でも、一人で治療出来なくて…。政宗、取り乱さないで聞いてね…」

そこで、遙は、すうっと涙を流して、悲しげな表情で俺を見つめた。

「もしかしたら、そこまで深刻じゃないかも知れない…。でも…私の知る限りの最悪のケースだったら…私の命は持って、一ヶ月から二ヶ月かも知れない。せっかく会えたのに、ずっとずっと政宗と一緒にいたかったのに、ごめんなさい…」

俺は衝撃のあまり立ちくらみがして、その場にうずくまって、遙の手を握った。

「お前が…一ヶ月か二ヶ月で死ぬ…だと!?冗談…だろ?なぁ、嘘だって言ってくれよ…。嘘だろ…?」
「そんな、遙、せっかく政宗殿とこれから幸せになると思ったのに…。そんなのってないよっ!!」

遙は涙を流したまま、ゆっくりと首を横に振った。

「私も断言は出来ないんだけど、可能性は否定出来ないの。もう一人、私の世界の医者さえいれば、はっきりした事が分かるんだけど、いずれにせよ、長く持たないような気がするの。政宗、佐助、本当にゴメンね。でも、政宗にまた会えて良かったよ…。政宗に抱き締めてもらえて、本当に幸せだった。一生分の愛をもらったよ。ずっと一緒にいたかったけど、ゴメンね…」

遙は本当に悲しそうな目をしていて、それは冗談でも何でもなく、遙は死期を悟っている事が伝わって来た。

遙とやっと会えたのに、今度は間違いなく永遠に失ってしまう…。
だったら、俺達の再会は一体何だったんだ!?
遙を看取るためか…!?
冗談じゃねぇ!!

「遙、望みを捨てるな。お前は必ず良くなる。俺と再会するためにまた俺の下に戻って来たなら尚更だ。お前は助かる!」
「無理だよ、政宗。この時代の医療じゃ治せない。本当に、ゴメン。政宗、ゴメンね…」

そう何度も謝られているうちに、遙を遠くに感じて、涙が溢れて来て俺は遙をキツく抱き締めた。

「嘘でも、元気になるって言ってくれ!!お前を失うなんて、絶対あり得ねぇ!!嘘だろ!?なぁ、遙っ!!嘘だ…嘘だ…嘘だっ!!死ぬなんて絶対に許さねぇっ!!」

段々と嗚咽交じりになって、俺は遙を抱き締めたまま号泣をした。
猿飛も声を殺して泣いていた。

「君の幸せだけが、俺の望みで願いだったのに、あんまりだよ…。こんな結末が待っていたなんて、酷すぎるよ…」

その時、小十郎が部屋に入って来て、俺達を見て絶句した。
俺は声にならず、ただただ、嗚咽を漏らしながら嘘だと繰り返しながら、泣き続けた。
猿飛が、遙のセリフを小十郎に伝えると、小十郎は絶句した後、膝から崩れ落ち、悔しそうに涙を流し始めた。

「政宗様がたった一人、愛し抜き、やっと再会出来たというのに、あんまりでございます!遙様、本当に治らないのですか!?」

遙はゆっくりと頷いた。
もう、何も言葉にならなくて、俺達は静寂の中、啜り泣いた。

神よ…。
俺達の出会いは何のためだったんだ?
遙との恋も、夢描いてた未来も、全部お前の戯れなのか…?

遙の命があと2ヶ月足らずで尽きてしまう。
そう思うと、俺は運命を呪わずにいられなかった。


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