鉄門の友 -2-

美紀は俺をじっと見つめて聞いた。

「何で、佐助が遙の事をそんなに把握してるの?」

俺は、遙との出会いを思い出して、深い溜息を吐きそうになって何とか堪えた。
遙のストレスの原因は、俺だし、遙の食事に気を配らなかったのも俺の責任だ。
でも、それは全部事実だから、美紀に必要な情報だったら、伝えなきゃいけない。

「美紀ちゃん、ゴメンね。多分、遙の最初のストレスの原因は俺だし、遙の絶食も俺の監督不行き届きのせいなんだ…」
「遙の最初のストレス?じゃあ、カルテに整理するから、最初から話してくれる?」
「遙が起きてる間は話せない事もあるけど、それって今の治療に差し障る?」
「差し障るとも言えるし、そうでもないとも言えるかな。いずれにせよ、遙の検査はするから、今、話せないなら、話せる範囲でいいよ」
「分かった、その方が助かるな。じゃあ、遙が甲斐に現れた時の話からでいいかな?」
「いいよ」

あれは、もう、二ヶ月ほど前の話になるのか…。
二ヶ月なんてあっという間のはずなのに、その間になんて多くの出来事が起こった事だろう。
それを思うだけで、遙がどれだけ過酷な状況に置かれていたか、よくよく思い返せば不憫でたまらない。

「遙が甲斐に現れたのは、丁度二ヶ月くらい前の事。その時、お館様は多数のマムシに噛まれて、遙は緊急処置を行ったんだ。俺は、遙が間者だと思って辛く当たってた。また、お館様が姫様を政宗殿に嫁がせたいって口走ったから、遙は甲斐から動けなくなってた。これが、遙の最初のストレスかな」
「…まぁ、どう見ても不審者だから、佐助が辛く当たっても仕方ないし、遙が政宗の事を言い出せなかったのも仕方ないか。で、佐助が遙と和解したのはいつ頃?それまで遙はきちんと食べれてた?睡眠は?」
「ゴメン、順を追って話すね。まず、遙はお館様の急性期の治療で、ほとんど食べずにだいたい5日くらい軽食だけで徹夜してた。それから8日ほどは、城下で数時間働いて、部屋でのんびりしてたかな。食事も普通に摂ってた。でも、その後、甲斐で疱瘡が流行し始めて、遙は予防接種の効き目が現れる前に治療を開始したんだ」

美紀は心底驚いたように目を瞠った。

「疱瘡!?それって天然痘!?しかも、種痘直後の免疫が出来る前に!?そりゃ、命がけだし、相当なストレスだよ!!私だったら、意地でも免疫出来るまで動かなかったと思うけど、遙は無茶するからねー。はぁ…これも大きなストレッサーだね。それもかなりデカくてダメージの大きいストレッサー」

俺は、遙をなじって、頬をぶたれた事まで思い出して切なくなった。
本当にあの時、俺は遙に酷い事を言ってしまったんだと、美紀の言葉からしみじみと感じて、申し訳なくてたまらなくなった。

「ゴメン、俺、遙にきちんと謝ってもいなかった。疱瘡の免疫が出来てない事がどんなに恐ろしい事かも知らなかったくせに、重症患者の治療をしなかった遙をなじっちゃった…。遙はすごく傷付いて、俺にビンタをしたんだけど、今なら、俺がどれだけ遙に酷い事を言ったか分かるよ。本当にゴメン…」

遙は弱々しく笑って、俺の手を握った。

「仕方ないよ、佐助。誰も私の事を最初から疑わないで、生き延びられるなんて思ってなかったから。初めから政宗に会えたら良かったんだけど、そうしたら、甲斐の天然痘の人達を助けられなかった。私は、これで良かったと思うよ。この目で、政宗が経験した辛さを見るまでは、私は本当の意味で政宗を理解出来なかったと思うから…。そういう運命だったんだよ…。だから、佐助は悪くないよ」
「遙、お前って奴は、どこまで俺を泣かせる気だ…。お前は疱瘡の醜さや辛さなんて知らなくても良かったのに…。お前は、ただ俺の腕の中で微笑んでいてくれれば、それで俺には十分なのに、なんでそれが分からねぇんだ!」
「でも…私は、本当に、天然痘のない時代に生まれたから、政宗の痛みを共有したかった。それじゃダメ?」
「遙様…何と、健気な…!!」

政宗殿と右目の旦那は、また薄っすらと涙を浮かべた。

「はぁ…遙らしいね。政宗命だから、余計に放っておけなかったんだ、納得。それからすぐに治療開始?」
「3日間、流行地域の予防接種をして回ってた。食事は、武田の屋敷から届けられたおにぎりくらいで、今、思うと可哀想な事をしたね、本当にゴメン。3日目に遙は発熱して4日間寝込んでた。その間、ほとんど食事が喉を通らないみたいだったよ」
「分かった、1週間ほどほぼ絶食ね。それから?」
「遙は免疫が出来たから、村に腰を据えて治療を再開したよ。俺、あんなに酷い事を言ったのに、俺の忍隊の予防接種の薬までくれて、俺、遙を疑うのを止めて、そこから遙を手伝うようになったんだ。でも、食事に関しては、遙は村人に栄養のある食事を回したいからって栄養剤でずっと過ごしてた。遙が大丈夫だって言うのを真に受けてた」
「遙に言われたら、そりゃ佐助も信じるよね、遙が悪い。で、栄養剤?どんな?」

すると、遙が補足した。

「経腸栄養剤だよ、胃瘻に使うやつ」
「ああ、あの流動食ね。どれくらいの期間、それ使ってたの?」

遙が決まり悪そうに顔を背けたので、政宗殿が代わりに答えた。

「村にいた頃、外食は二回。俺が把握してる限りでは、今朝までその栄養剤だ。重湯も受け付けねぇ」
「えええっ!?ちょっと待って!!じゃあ、遙が胃をまともに使って食事をしたのってこの二ヶ月で2週間くらいしかないの!?」
「途中で、忍の里の食材できちんと食事はしたんだけど、2日間だけだから、そういう事になるね」

美紀は口をあんぐり開けて、固まった後、深い溜息を吐いて、額を手で押さえた。

「想像以上だったよ。そりゃ、遙も忙し過ぎて自分まで手が回らなかっただろうし、貧しい村にいたなら仕方ないよね。でも、政宗がいるのに何で?政宗といたら、まともに食事出来たはずでしょ?政宗と再会したのはいつ?」
「俺と遙の再会は丁度一週間前だ。その時すでに、重湯も受け付けなかった」
「うーん、何か変だな…。出血初期なら重湯なら食べられるし、遙もすぐにプロトンポンプ阻害剤を飲みそうなはずなのに、おかしい。……何かあったでしょ?」
「ゴメン、それは今は話せない。後でね」
「はぁ、そこが秘密なのね。分かった。触診の後、内視鏡で検査するから。その後、遙には安定剤を打って眠ってもらうよ。はい、男性陣、後ろ向いてて。これから、胃の触診するから」

触診で、何で後ろを向かなきゃいけないんだろうと不思議に思いつつ、俺達が後ろを振り向くと、衣擦れの音がして、そして美紀が息を呑み、遙が悲鳴を上げる声が聞こえた。

「ちょっと、政宗っ!!キスマーク付け過ぎ!!」
「いやぁあああ!!!」
「美紀、止めろっ!!」

慌てて政宗殿が、遙の衣服を整えて、美紀を睨み付けた。

「濡れ衣もいいとこだぜ、美紀。俺がいくら遙を愛してるからってここまでするはずねぇし、遙がこんなに取り乱すはずがねぇだろ!?」
「政宗っ!!」

遙は、カタカタと震えながら、政宗殿にしがみつき、ポロポロと涙を流した。
政宗殿は遙をしっかりと抱き締め、そして、優しく優しく髪を撫でながら囁いた。

「遙、今だけは忘れろ。もう大丈夫だ。俺も小十郎もいるから大丈夫だ。猿飛、人払いをもっと徹底させろ」
「了解」

俺が指笛を吹くと、庭先に焔の気配を感じた。

「焔、人払いの徹底をもう一度しっかりね。お館様には、労咳の危険有りとの事を、武田の兵士達全員に叩き込むよう、お願いして。この部屋の警備は猿飛忍隊が管理。姫様と真田幸村を絶対に近付けないように。…力尽くでもね。お館様にその了解も取って来て」
「承知」

焔の気配はすぐに消えた。
美紀は、鋭い視線でそれを聞いていた。

「まさか…まさかなんだけど、幸村の仕業なの?」
「ああ、そうだ。俺と遙で今日、復讐して来たけどな、手ぬるいくれぇだし、遙はまだトラウマから立ち直ってねぇ」

美紀は、拳を握りしめて怒りでわなわなと震え、愛嬌たっぷりの可愛い顔に似合わない凶悪な表情で低く呟いた。

「政宗一筋の遙にこんな事しやがって、絶対にタダじゃおかないんだからねっ!!ぶっ殺す勢いで後で〆てやるっ!!」
「是非、この小十郎もお供を」
「小十郎、流石!!ありがとね!あと、敬語、私には止めてよー。政宗様の奥方様の友達なだけだし」
「では、遠慮なく。美紀、絶対に、後で真田幸村を吊るし上げようぜ!!遙様のやり方はこの小十郎には歯痒く感じられました。お身体の事もあったでしょうが、真田幸村は男女の機微を全く分かっておりません!美紀、お前ぇは危なくなったら下がれ。俺が盾になってやる。気が済むまで真田幸村をぶん殴れ!」
「もちろんだよっ!小十郎、頼りにしてるからね!!」

美紀は、右目の旦那とニヤリと笑って拳を合わせた。
その迫力に、俺、ビビって一歩下がっちゃったよ…。

「美紀、復讐は好きにしていいんだけど、内視鏡の後で、佐助に種痘してもらって。武田の姫様が天然痘の発病の可能性あるから。美紀が代わりに治療に当たってくれる?」
「了解、任せて。対症療法しか出来ないけど。ワクチンは?」
「種痘は済んでる、今日終わったばかりだけど。ウイルス曝露から10日は経過してるから、発症の可能性は高い。治療はそれで十分。毎日検温をお願い。佐助、護衛のくノ一、後で手配よろしくね」
「了解。もう!姫様より自分の心配しなさいって!で、美紀ちゃん、これからどうやって遙を治療するの?」
「内視鏡で…つまり、遙の胃の中を画面に映し出して、道具を使って出血を止めるの。…生々しいから見ない方がいいと思うけど…」
「いや、自分の妻の事だ。生々しいのは俺の右目や戦で慣れてる。俺は遙が治るのを見届ける」
「俺も同感。新しい治療、知りたいしね。疱瘡の治療にもずいぶん慣れたんだよ、これでも。点滴も出来るようになったし、元々忍は医術の心得あるし」
「そうなんだ!分かった!じゃあ、内視鏡の準備するね。遙も見るでしょ?」

遙は頷いた。

「モニター二台あるといいんだけど。一応、点滴で弱い麻酔入れてくれる?喉の麻酔だけじゃ辛くて話し合えないから。レポート用紙で筆談するよ」
「なるほどね、二人で診断の方が間違いないからね。モニターは大丈夫!iPadをBluetooth接続でモニターに出来るから。遙も持ってるんでしょ?」
「そうなの?うん、持ってるよ。便利になったねー」

遙は、さっきまで泣いてたとは思えないほど、嬉しそうにのほほんと笑っている。
美紀は、本当に政宗殿の次くらいに遙の癒しで頼れる仲間なんだ。
余命に怯えている様子もない。

きっと、美紀が助けてくれる。
遙は必ず治る!

いそいそと道具を出して消毒を手早く念入りに施して行く美紀の姿を見つめながら、俺は、全ての願いと想いを美紀に託した。

必ず、遙を救ってね。
君だけが頼りだよ。
だから、お願い。
俺の願いを叶えて…遙を政宗殿と幸せにしてあげて…。


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