理由 -2-

「確かに美紀が来なかったら、遙の身体がこんなに病んでるだなんて分からなかっただろうな。治せるか?」
「今は確実に止血をして、悪性腫瘍…ガンじゃないか、撮影が終わったらすぐに調べるよ。ガンじゃなければ、服薬だけで数週間もあれば治る」
「そうか…。悪性腫瘍だったら?」
「胃の切除、及び抗がん剤の服用。残念だけど…その場合、子供は産めなくなる。だから、すぐに調べるよ」
「政宗様のお世継ぎが!?何とかならねぇか!?」
「あと30分もしないうちに分かるから、待って!今は、情報を集めるのが先!」
「…分かった。政宗様の御為にも早く結果を出せ」
「言われなくてもそうするってば!」

美紀は、ハサミでまた組織を切ると、止血をした。

「遙、潰瘍の深さは?」
「VとWの間。どっちかというとW」
「自分の病変の深さを低く見積もらないの!筋層より深いでしょ!?私の見積もりだと穿孔までいきそうなWだよ!この深さだと、クリッピングで止血しかないからね。クリッピングで止血、それから止血剤を投与して、次に十二指腸まで撮影するからね!」

遙はiPadを指差して、画面に図を描いて、レポート用紙に指示を出した。

「出血してる血管はここ。組織が柔らかい所で助かった。二本のクリップで、広範囲に止血で出血は確実に止まる。エタノールでの止血はしなくて良さそう。かえって悪化する」
「そうだね、クリッピングが一番確実だね。ったく、自分の胃の出血部位を見極めて指示する医者なんて初めて見たよ!まぁ、私は外科医じゃないからかも知れないけどさ。じゃあ、行くよ!」

美紀は、器具を操作して、遙が時々使っているクリップによく似た物で、出血部位の両脇を広範囲に挟んだ。

「ねぇねぇ、これってこのままなの?また外さなきゃいけないの?」
「治ったら自然に排出されるから大丈夫。でも、また数日後検査するよ?ここ2日は絶食が妥当かなぁ。遙、どう思う?」
「中心静脈栄養法でいこう。24時間点滴は辛いし、1200kcalじゃ、身体が保たない」
「了解。普通の点滴でもいいとは思うけどねー、短期間なら。まぁ、それくらいのわがままは聞いてあげる」
「Thanks!」

それから美紀は、胃の先の十二指腸を念入りに撮影し、組織を採取して、検査を終えた。
美紀が管を抜き取ると、遙は自分で点滴を抜き取り止血をして、絆創膏を貼った。

「美紀、ここからは私の専門だから、私が生検するよ」
「ちょっと、遙!麻酔まだ効いてるでしょ!?」
「大丈夫。美紀のダブルチェック、信じてるから!」

そう言って、遙は茶目っ気たっぷりにウィンクした。

ヤバッ!!今、超ときめいちゃった…!!
この子は本当に、自分が美女だって無自覚なんだからっ!!

政宗殿は、声を立てて笑った。

「お前ら、相変わらず仲がいいな!……でも、もし、お前が俺の子を産めなくなったら、俺はどうしたら…」
「政宗、だから、私がこの目で診断するの!だって、だって、私、政宗の子ども、産みたいもん…」
「遙っ!」

政宗殿は、本当に嬉しそうに笑って、人目もはばからず、また遙に何度かキスをした。

「あー、はいはい。7年前と変わらず、甘々のラブラブっぷりだねぇ…。はぁ…お産の時は私が取り上げてあげるから、安心して。それより、まず生検が先ね。ほらほら、遙先生、ラブラブは後回しだよー」
「あ!そうだった!急がなきゃ!」

遙は、美紀が予め用意してた、顕微鏡という器具を使って、先ほどの組織を染色して検査をした。
しばらく遙は厳しい顔をして、じっくりと観察をしてたけど、やがて、脱力したように遙はふらりと倒れた。
慌てて政宗殿が遙を抱き起こした。

「遙!?遙、どうしたっ!?まさか、お前…まさか…!!」
「政宗…ガンじゃなかった…!!良かった…良かった…。ぐすっ…政宗の子ども、産めるよ…。政宗と結婚出来るよ…!」

政宗殿も脱力したように遙の首筋に顔を埋め、深い溜息を吐いた。

「びっくりさせんなよ…。ダメかと思ったぜ…」
「私は最初から最悪のケースを想定してたから、ガンじゃないって分かって、何か安心して脱力しちゃった…。ううっ、怖かったよっ!死ぬのも怖かったし、政宗が他の誰かと結婚するのも怖かったよっ!ぐすっ…」
「悪かった、悪かった。例え、お前が病める時でもずっと一緒だって誓っただろ?俺の妻はお前だけだ、遙」
「ううっ、政宗ぇ…!!」

遙は、政宗殿に抱きついて、安心したように声を上げて泣いた。
政宗殿は、ずっと優しい目をして、遙の髪を撫で続けていた。

「政宗、遙の診断は間違いなかったよ。遙はガンじゃない。発がん性の細菌、ピロリ菌もいなかった。このまま止血が効いたら、あとは栄養たっぷりの食事ね。それで、遙は完全に治るから」
「そうか!美紀、thanks!お前がいなかったら、今度こそ俺は遙を永遠に失う所だった」
「いいのいいの!私は、伴侶を失ったから、せめて政宗と遙には幸せになって欲しいんだ…」

美紀はそう言って、弱々しく笑った。
遙は驚いたように、泣くのを止め、まだ涙で頬を濡らしたまま、美紀を振り返った。

「伴侶を失ったって…慶太郎君に何かあったの?」
「あいつには、何にもないよ。私、離婚したんだ…」
「ええっ!?たった2ヶ月前に結婚の話を聞いたばかりなのに、離婚!?」
「2ヶ月じゃないよ、遙。私にとっては、あれからもう3年半経ってるんだよ…」
「3年半…?何があったの?」

美紀は深い溜息を吐いて、この3年半の話を始めた。

遙と別れて間もなく、美紀は結婚したものの、産婦人科医は多忙過ぎて、夫婦の会話の時間すら取れずに、すぐにすれ違うようになってしまった事。
そのため、美紀は、学生時代に可愛がってくれていた形成外科医のお偉いさんの下で、形成外科医として働き出して、何とか慶太郎と和解しようと努力をした。
しかし、その努力も虚しく、夫に浮気をされて、離婚に踏み切ったものの、相手がごねてなかなか離婚が成立せずに、3年が経ち、ようやく美紀は、多額の慰謝料を勝ち取って離婚をした。
その時、何故か、特大サイズのエルメスのバーキン、つまり遙と同じバッグが欲しくなって、フランスまで買いに行って、慰謝料で豪遊して帰ってきたものの、虚しさで、突然、自殺願望に駆られてしまった事。
その時に、遙を助けるために、この世界に呼ばれたとの事だった。

遙の事を忘れていたというのは、遙がこの世界に呼ばれた時に、あちらの世界での遙の存在が消されたという事を初めて知った。
そして、美紀もまた、あちらの世界での存在を消されてここにやって来たとの事だ。
つまり、美紀はもう二度とあちらの世界には戻れないという事だ。

「私、思うんだ。遙との付き合いは、8年以上だったし、いつも、政宗への忘れられない恋心を聞いてた。エルメスのバーキンの事を聞いた時、私もすごく感動して泣いちゃった。遙の存在が消されたとしても、私の心の底からは、完全には消えなかったんだね。遙の面影を求めてエルメスのバーキンが欲しくなったんだと思うんだ。政宗の遙への愛の象徴みたいなものだったからね。遙と政宗の恋は、私の憧れだったよ、本当にね」
「そうなんだ…。でも、何で、3年半経ってる上に、私のピンチの時にピンポイントで登場出来たの?私なんて、政宗の前にすぐには行けなかったのに」
「それは、遙が政宗と科学技術の話をしたからだよ。その結果、本来の歴史よりも、未来ではもっともっと科学技術が進んで、私はピンポイントで登場出来たし、私の持ってる道具は、遙のプロトタイプよりずっと進んでる。多分、今なら遙の道具もアップデートされてるはずだよ。3年半経ってるのは、私の離婚問題と、形成外科医としての経験をある程度積むためだったみたい」

そこで、美紀は言葉を切り、溜息を吐いた。

「真田幸村の事件は防げなかったのか?」

おもむろに、政宗殿が怒りを含んだ声で尋ねた。

「変えられる運命と変えられない運命があるんだって言われた。複雑に事象が絡んでもつれ合うと、解けないんだって。その時は、何の事か分からなかったけど、幸村の事だったんだね。あと、遙の病気の事は変えられない運命だけど、私が唯一介入出来るタイミングがこのタイミングだけだって言われた。予防のために早く遙に会わせてって頼んだんだけど、無理だって。私がいたら、幸村の事も何とかなったかも知れないって、さっき本当にそう思ったよ?でも、何でそこまで事情が複雑に絡み過ぎてたのか、分からない。何でそうなったか聞かせてくれる?」

今度は俺が溜息を吐く番だ。
元はと言えば、姫様が政宗殿に愛される事なく犯されるなんて真田幸村に吹き込んだから、こんな事件が起きたんだし、俺が遙に辛く当たらなかったら、真田幸村は遙に恋する事なく、俺もあんな話をしないで済んだ。
俺は、言葉を選びながら、何故色々な事がずれて行ったか説明をした。
政宗殿は驚いたように目を瞠って聞いた後、溜息を吐いて、伊達陣営での動きと、八王子の使者の時期と姫様との遭遇が事件の引き金になった話をした。
遙は、ずっと怯えたように、政宗殿に抱きついてカタカタと震えていた。

「あ、ゴメン。遙には辛い話ばかりだったね」
「ううん、いいの。これで全てが見えたから」
「そう?でも、ゴメン…。安定剤打ってあげるから、少し眠りなよ」
「うん。美紀、その後でいいから、佐助に種痘してもらってね」
「分かってる。姫様の様子は?」
「今日はそっとしといた方がいいね。また暴れると困るし。あんだけ元気なら数日放っておいてもいいくらいだよ。万が一、姫様が発熱したら、お館様に多分呼ばれるから大丈夫だよ」

俺が肩をすくめると、美紀はけらけらと笑った。

「佐助って本当に苦労人って感じだね!…遙を政宗に返してくれてありがとう。私と佐助は、遙に幸せになって欲しい同志だね!じゃあ、遙、しばらく政宗と二人きりにさせてあげるから、寝なよ。佐助、隣の部屋って空いてる?」
「空いてるよ。人払いしてあるからね」
「じゃあ、私達はそこでお茶でもしようよ。政宗にもお茶お願いね。遙には湯冷ましを。遙、横になって。安定剤打つから」

俺は焔を呼んで、お茶を頼んで、隣の部屋に俺達は移動する旨を伝えた。
その間に、美紀は遙に注射を終えていて、遙はぼんやりとしていた。

「あとは、俺が遙についている。お前達は隣の部屋で休んでいてくれ」
「承知」
「了解」
「政宗、薬、ここに置いておくから、遙が起きたら飲ませておいてね」

焔が運んで来たお茶と湯冷ましを政宗殿のそばに置いて、俺達は隣の部屋に移動した。
美紀に、予防接種を終えてから、互いに物思いに耽りながら言葉少なにお茶を飲んでいると、隣の部屋からは、政宗殿の優しい歌声が聞こえて来た。
あの夜、俺が天井裏で聞いた歌だ。

I don't wanna miss a thingっていう歌なのかな。
遙を、とても、とても、大切に想って歌っているのが伝わって来る歌声と歌詞だ。

もう、ずっと、ずっと、永遠に二人でこうしていられるといいね…。
Eternal Flameのように、ずっと…。


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