「ねぇねぇ、布団敷いてあげよっか?疲れたでしょ?」
「いや、いいよ。遙があんなに無理してたって聞いてショック受けてるだけだから」
「そっか…何か、色々、ごめん…」
「いや、それを言うなら、伊達の動きも早過ぎた。遙様にはとてもお辛い思いをさせてしまって、申し訳なかった…」
「はぁ…。いいよ、2人とも。それよりさ、幸村の事件の事、もっと詳しく聞かせてよ。遙が眠ってるうちに。あのキスマーク、まさか…まさか、遙は幸村に最後まで…?」
美紀は真剣な鋭い眼差しで、ほとんど俺を睨み付けるように見つめた。
俺はすぐに首を横に振った。
「未遂だよっ!はぁ…でも、君には話しておいた方がいっか。右目の旦那は知ってるの?」
「政宗様からの文でおおよそはな。だが、簡単な説明だったから、あの村での戦闘の全容と遙様に何が起きてたかは、断片的な情報で掴み切れてねぇのは確かだ」
「そうだよね。あの場にいて、更に真田幸村を尋問したのは俺と焔だから、俺しか話せないよね、分かった」
あの時の悔しさと、政宗殿の笑顔、遙の変わり果てた姿、そして、遙が命を断とうとした事。
全てが俺のせいのような気がして、悔しさに涙が一筋頬を伝って行った。
そして、俺は、初めて2人に戦闘の全容と遙の身に何が起きてたかを話し、命を断とうとした遙を欺いて政宗殿にお返しした事を全て話した。
美紀は怒りに震え、拳をギュッと握り締め、右目の旦那も悔しそうに、膝の上の拳を震わせていた。
「手温いな…。あんな復讐じゃ手温いったらありゃしねぇっ!!遙様がっ!政宗様の悲痛なお声を聞かされながら、そんな拷問の薬なんて物を使われて犯されていたなんて、あんな復讐じゃ、この小十郎、絶対に許せねぇっ!!」
「復讐…?何をしたの?」
美紀は今度は鋭い目で右目の旦那を見つめた。
右目の旦那は、復讐から遙が倒れるまでの経緯を事細かに美紀に説明した。
「温いな…。もう、遙は、本当に甘いにもほどがあるよっ!そんなんで、幸村が反省する訳ないじゃん!まぁ、姫様はとばっちりでちょっと可哀想かもって最初は思ったけど、世間知らずにもほどがあるし、遙の目の前で政宗にキスして仕返しだなんて、幼稚なくせに、やる事だけは確実に遙が傷付くやり方で、何か超ムカつく!!政宗が側室宣言したかおかげで、今頃はヘコんでるだろうから、政宗グッジョブだけど、私はヤダね!やり方が小賢しいし、好きでもない男とキスして仕返しって死んでもやりたくないね!遙、本当に可哀想だよ…。10年前、別れに怯えながらも、あんなに政宗と幸せそうだったのに…」
美紀は怒りを迸らせた後、懐かしそうな遠い目をした。
それは、遙が時折見せていた表情によく似ていて俺はドキリとした。
美紀は、右手首に着けた腕輪をいじりながら、呟いた。
「政宗、天下取ってくれたんだね。私との約束、ちゃんと守ってくれた…。私も政宗との約束を守って来たよ…。政宗と離れ離れになったら、泣きたくなった遙に必ず胸を貸すってね…」
「政宗様とお前ぇが、約束…?確かに俺は政宗様から、遙様との出会いから別れまで聞いたが、お前ぇの口から聞きてぇな。第三者から見て、政宗様と遙様はどんなご様子だったか、聞かせてくれねぇか?」
「あ!俺も俺も!俺も遙と政宗殿の恋、実は知らないんだ。教えてよ」
「うん、いいよ。あれは、私の時間ではもう10年前になるのかぁ…」
美紀は、遙が失恋して落ち込んでいた所から話し始めた。
失恋した遙の元へ、政宗殿が現れた事。
美紀が、絶対に遙を泣かせないと政宗殿に約束させた事。
でも、政宗殿は、遙に惹かれてしまって距離を置いてしまった事。
遙も政宗殿に恋してしまったけれど、遙は政宗殿に別の想い人がいると思い込んで、塞ぎこんでしまった事。
2人が両思いだと気付いた美紀が遙の背中を押して、龍恋の鐘の前で政宗殿に想いを告げるよう促した事。
龍恋の鐘の謂れもロマンチックだ。
「待て。ならば、政宗様の告白は、お前ぇが、お膳立てしたって事か?」
「結果的に上手くそうなったけどね。遙が怖気付いちゃうんじゃないかって、随分気を揉んだよ。やっぱり、遙は怖気付いて逃げようとしたんだけど、政宗が何らかの理由で遙の気持ちに気付いて、龍恋の鐘の前に抱き上げて行ったんだって、遙から後で聞いたよ。その告白もロマンチックだったなぁ…」
美紀はうっとりとしたように、遠い目をした。
俺は、どんな告白だったのか、気になって気になって仕方なくなった。
「ねぇねぇ!どんな告白だったの?気になる!!」
「政宗様らしい告白だったぜ?」
「えー!?右目の旦那は知ってるの!?ズルい!!ねぇ、なんて告白したの?」
すると、右目の旦那はニヤリと笑い、低い渋い声でこう言った。
「龍は天女に恋をした。天女は、遙、お前だ…。ってな。夕陽が沈む丘の上だったらしいぜ」
想像を絶するほどロマンチックだ!!
流石天下の伊達男!!
これこそ、俺の理想の、運命の姫と王子だ!!
美紀は頬を染めて右目の旦那を見つめていた。
「政宗の声で聞きたかったけど、小十郎のその言い方と声、ヤバいくらいカッコいいんだけど!!いいもの聞いちゃった!!ねぇねぇ!もう一回言ってよ!」
「もったいなくて聞かせられねぇな。さぁ、美紀、続きを聞かせてもらおうか」
「う、うん」
そこで、美紀は少し頬を染めながら、話を再開した。
「私が遙から連絡をもらったのは、翌朝。政宗に想いが通じたって。でね、数日後に遙からメール…えーと、文が届いてね、告白された翌朝、政宗から後朝の歌をもらったって」
「後朝の歌か、政宗様らしいが、そいつは聞いてねぇな。なんて歌だった?」
「えーとね、ちょっと待ってね」
美紀はiPadで何か探して、そして声を上げた。
「あった!えーと、かみつけの あそのまそむら かきいだき ぬれどあかぬを あどかあがせむ、だって。これ、どういう意味?」
俺は思わず口元を手で覆ってしまった。
柄にもなく、頬が染まって行くのが自分でも分かった。
だって、これって、これって、これって!!
真田幸村の後朝の歌となんか比べもんにならない!!
ハイセンスで超情熱的!!
美紀は、俺の顔を不思議そうに見つめていた。
右目の旦那は、くつくつと笑っていた。
「万葉集か。上野の国の安蘇に生えている麻を、束ねて掻き抱くように、お前を何度も抱いて寝たが、いつまでも飽き足りねぇ。俺は一体どうすりゃいいんだ、って意味だ。分かるか?」
途端に美紀は顔を真っ赤にして口元を覆った。
「後朝の歌って初夜の翌朝に送るんだよね?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、じゃあ、政宗ったら、もしかして…!」
「お前ぇの想像通りだと思うぜ?政宗様らしくもあり、政宗様らしくもねぇ歌だな」
「政宗殿らしくない?何で?」
「あのお方は城下で一目惚れした女を一度抱いたら満足して捨てて来たお方だからな。何度も抱いても飽きたらねぇなんて、らしくもねぇ。でも、それだけ遙様への想いが深くて、愛してらしたんだろう。あひみての、に比べれば、より政宗様らしいとも言えるな」
「ああ、そうか。そういえばそうだったね。何せ一目惚れの語源が政宗殿なくらいだからねぇ。旦那も苦労したねぇ。…それにしても、あひみての、ねぇ…。はぁ…真田幸村の後朝の歌がそれなんだよね、何か情けなくなって来た…」
俺は深い溜息を吐いた。
有名過ぎて嫌んなっちゃう。
美紀はけらけらと笑った。
「あはは!それ、私ですら知ってる!百人一首でしょ?同なじ直情な歌でも、それはちょっと有名過ぎだよね!あはは!幸村らしい!…って待って!!幸村、それ、姫様に贈ったの!?」
「はぁ、そうなんだよ…」
「…何か色々見えて来た気がするよ。幸村が単純バカで、しかも早とちりの上に意気地なしだってね!」
美紀は鋭い目で頷いた。
流石、遙の親友、飲み込みが早い!
でも、その言い方、的確だけど身も蓋もないよ!
あー、もう、本当に情けない!
俺も思ったけど、他人に言われると情けなさ倍増だよ、本当。
「その話は後だ。続きを聞かせてくれ」
「うん、分かった」
それから、美紀は、話を再開した。
カメラで政宗殿と遙の写真を撮った事。
政宗殿が遙の浮気を疑って喧嘩してしまった事。
美紀がそれをとりなして、政宗殿の金子を交換する手助けをした事。
遙への結婚指輪を政宗殿と一緒に選んだ事。
そのお礼にさっきからいじっている右手首の腕輪を政宗殿からもらった事。
2人の結婚式と新婚旅行の手配をした事。
そして、美紀は、思い出したように涙を浮かべながら、政宗殿と遙の祝言の儀式を話した。
あまりにもロマンチックで、俺は、また思わず泣いてしまった。
右目の旦那も薄っすらと涙を浮かべている。
「遙には、ちゃんとしたロングのウェディングドレスでもう一度結婚式を教会で挙げて欲しいな…。白無垢もいいけど」
「ウェディングドレス?何だ、それは?」
「えーと、ちょっと待ってね。…あった!こういうの!」
美紀は、iPadの画像を俺達に見せた。
そこには、南蛮風の真っ白なドレスを来たモデルが写っていた。
美紀は次々に様々なドレスを見せて、男性の衣装も見せてくれた。
「誠、政宗様と遙様に似つかわしい衣装だな。白無垢の祝言はもちろんだが、ウェディングドレスの祝言も挙げて頂く事にしよう。この小十郎の、いや、伊達の沽券にかけて!」
「小十郎、マジで!?嬉しいなー!期待してるからね!」
「もちろんだ」
「俺も政宗殿と遙の祝言見たいけど…武田の人間じゃ無理だよね…」
「いや、お前ぇは遙様の命の恩人だ。必ず呼んでやる」
「それは嬉しいな。ありがと」
それから、美紀は、新婚旅行の写真をiPadで俺達に見せてくれて、遙から聞いたというその後の2人の様子を話して行った。
そして、最後の別れに近付くにつれ、美紀は涙声になって行き、それがまた俺の涙を誘った。
運命の王子と姫なのに、別れなきゃいけないなんて辛過ぎる!
でも、政宗殿はこの世界に必要なお人だ。
遙も来られれば良かったのに、と思いながら美紀の話を聞いていた。
「遙が言ってた。全部、遙が臆病だったから、政宗について行けなかったって。政宗が消える瞬間、しっかりと手を握った感触があったのに、それがスッと消えちゃったって…。もっと早く政宗の手を握ってたら、政宗とずっと一緒にいられたんじゃないかって後悔してたよ…」
最後に手が触れ合ってそれで消えたと聞いた瞬間、俺の涙腺は崩壊した。
まるで、ロミオとジュリエットの最期みたいに別れ別れになって、遙は政宗殿を7年もの間、想い続け、政宗殿もまた、7年もの間、遙を想い続けて縁談を断っていたなんて思ったら、余計に泣けて来た。
隣りで右目の旦那も薄っすらと涙を浮かべていた。
「私の話はこれでおしまい。これが、私の知ってる政宗と遙の恋だよ。世界で一番幸せな恋愛をしてた、恋人同士だったよ、遙と政宗は」
右目の旦那は深く頷き、頭を下げた。
「政宗様への手助け、この小十郎、感謝してもし切れません!」
「そんな、堅苦しくならないでよ。困った時はお互い様でしょ?私は遙と政宗に幸せになって欲しかっただけだから」
「お前ぇ、本当にいい奴だな。遙様が慕うのもよく分かる。政宗様への呼び捨てもこの小十郎が許す」
「ありがと。じゃあ、これからの課題について話してもいいかな?」
美紀はにっこりと笑った後に、また真剣な顔をした。
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