「根本的な解決ねぇ…。その選択を真田幸村が出来なかったから、遙を傷付けて政宗殿から遠ざけようとしたんだろ?要するに、真田幸村がお館様に真っ向から勝負をしかけなきゃいけない、いや、むしろお館様を超えなきゃいけないんだけど、真田幸村にはそれが出来ないんだよ。何せお館様命だからさ」
「信玄公命か…。分からなくもねぇけどな。政宗様がご正室を迎える前に、俺が祝言を挙げちまった時は、罪悪感があったからな」
「小十郎は、政宗より10歳年上だからしょうがないでしょ!それに、小十郎は政宗にちゃんと認められて祝言を挙げたんでしょ?」
「まぁな」
「だったらいいじゃん。政宗は小十郎を頼りにしてるし、小十郎の背中をいつも追いかけてるから、根本的に幸村と違うもん。幸村は主に従って、その傘下で甘えてるだけだよ」
美紀は頬を膨らませてぷんぷんと怒っていた。
確かにその通りだ。
筋は通っているし、的確な指摘。
それにしては随分可愛らしい膨れっ面だけどね。
俺は思わず声を立てて笑ってしまった。
「美紀ちゃん、言うねー。それ、俺も言いたかった事だし、その分析、正解。だから、真田幸村はお館様に逆らえないのさ」
「だよねー。じゃあ、発想を変えて姫様はどうなの?」
「あはは!流石、遙の親友!同じ事、言うねぇ。姫様は、じゃじゃ馬。お館様にも反撃するくらいの子だけど、22にしては幼いかな。姫様の兄上がお館様に逆らって切腹させられたから、真田幸村の切腹を恐れて身動き取れないかも知れない」
「えっ!?そうなの?」
目を丸くする美紀に、右目の旦那が補足した。
「甲州法度次第って分国法だ。当主も裁判で負ければそれに縛られるってな。信玄公も泣く泣く嫡男を切腹させたらしいぜ。だから、今の嫡男、勝頼は元々諏訪を継ぐよう育てられていてな、武田の当主の器じゃねぇんだ」
「そうなんだ…。ちょっと待って、諏訪って?」
「ああ、美紀ちゃんは知らないか。お館様は、諏訪の姫君に惚れ込んで、略奪して来ちゃったほどの情熱家でさ、諏訪を配下に入れちゃったんだよ。勝頼様は、諏訪の当主になる予定だったの」
「あのお館様が!?マジで!?何か想像つかないような、つくような…。待てよ、想像つかないと言えば、真田幸村の後朝の歌もなんだよね。あの破廉恥男が、後朝の歌だなんてあり得ない…」
俺は、美紀が会ってもいない真田幸村とお館様の事を、そこまで知ってる事に心底驚いた。
「えええっ!?何で、お館様と真田幸村の事、そんなに知ってるの!?」
「私の世界では有名なの!政宗も小十郎も佐助も!はぁ…遙は身を守るために隠してたんだね…」
「そっか…。遙は本当に慎重だったもんなぁ。俺だって、遙と出会ってなかったら、君を疑う所だったしね、納得」
「ねぇねぇ、佐助。後朝の歌の経緯って知ってるの?」
「嘘発見法の尋問の結果だけどね。しかけたのは姫様。処女だけど、『いろは』の『ろ』までは行ってるのは確認済み。何しろ真田幸村の初キスを奪ったのも姫様だからね。そっか、お館様と同じ情熱家と言えば情熱家かな」
「お館様と同じ情熱家…。でも、側室になる経緯聞いたら本当にお子ちゃまだよねー。年齢だけは立派だから、マジで厄介!それに幸村を誘惑するなんてね!うーん、これはかなり難しいな…」
美紀はそこで言葉を切って、何か一生懸命考えていた。
右目の旦那は、ふっと笑ってその頭をぽんぽんと叩いた。
「政宗様と遙様へのお前ぇの思いはよーく分かった。戦略なら俺にも考えがあるぜ?」
「え!?どんな?」
「旦那、流石、伊達の軍師!俺も聞きたいなー」
旦那は、顎をゆっくりと撫でながら、言葉を選んでいる様子だった。
「今回の復讐、お前ぇの言う通り、事態をややこしくしたのは事実だ。だが、一方で、遙様らしいやり方とも言えるな。つまり、予防接種と屈辱を与えるという目的だけを達成した。精神攻撃だ。あれだけの銃の乱射で誰も怪我をしてねぇってのは、遙様があの腕前でわざとギリギリ外してたからだ。その事に真田幸村も姫も気付いてねぇだろうな。真田幸村を殺したければ、遙様なら一発で仕留めたはずなのにしなかった。お命を絶とうとするくらい傷付いてらしたのに、しなかった。その事実を姫に突き付けてやるのはどうだ?武田の姫は真っ直ぐで単純だろ?そのまま、遙様の意図と優しさを理解するよう誘導するのは簡単だろうな」
美紀は目を瞠った後、ぶつぶつと呟いていた。
「単純バカを言いくるめるか…。流石、小十郎!!伊達の軍師だね!…という事は、待って!それ、私の役目!?」
「当たり前だ。武田の姫がもし疱瘡にかかったら、お前ぇの出番だ。そうでなくても様子を見に行け。お前ぇ、医者だろ?」
「そんなイノシシみたいな姫様怖いよー!」
「あはは!美紀ちゃんも、そう思う?大丈夫、大丈夫、くノ一を数人護衛につけてあげるし、俺も行くからさ」
「本当?良かったぁ!うん、遙への誤解はしっかり解いてくるよ!後は、姫様と恋バナ出来る間柄まで持って行けばいいかな。女子会だね!」
右目の旦那は、驚いたように目を瞠った後に、くつくつと笑った。
「クッ、女子会か!遙様も猿飛と女子会してたぜ?」
「ちょっ!そんな事バラさないでよっ!」
「えっ!?佐助、遙と女子会してたの!?そっか…遙、ひとりぼっちで、本当に淋しかったんだね…。それでもって、佐助が女の子に見えちゃったんだね、分かるよ、その気持ち、よーく分かる…」
「あのー、美紀ちゃん…?」
分かるよ、分かるって何が!?
俺、男顔だし、遙に恋してたし、俺、そもそも男!!
女の子に見えるって、そりゃないよ…。
「ん、なぁに、佐助?あ!佐助も姫様との女子会に参加したいんだ!なぁんだ、ドーンとウェルカムだよ!」
いやいやいやいや、そこ、違うから!
女子会に参加したいんじゃないってば!!
……ん、待てよ…?
これは……。
俺の方が姫様の性格をよく知ってる。
美紀の方が遙よりも快活で姫様とは馬が合いそうだ。
そこに俺が加われば……。
俺は、にっこりと笑った。
「うん!そうなんだ!俺も女子会に参加したいの!遙との女子会も楽しかったしね!くノ一のみんなも参加していいかな?」
「もちろん!人数いたら、恋バナも楽しいからね!」
ふと右目の旦那を見遣ると、とても哀れそうに俺を見つめていた。
「猿飛、お前ぇ……」
俺は思わず手を合わせて頭を下げた。
「お願いっ!それ以上言わないでっ!!頼むからさ!俺は俺で考えがあるのっ!」
右目の旦那は、虚を突かれたような表情になった後、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「何、考えてるか言ってみろ」
「うん…。何かさ、美紀ちゃんは姫様と馬が合いそうなんだよね、快活な所がさ。もちろん、姫様は最初は警戒するだろうから、俺とくノ一達で護衛。最初はあくまで、美紀ちゃんは傍観ね。検温くらい俺だって出来るし。何度か顔合わせしているうちに…俺の予想だと疱瘡を発症。姫様は、疱瘡でただれた顔を見てるから、必死に美紀ちゃんに命乞いするさ。そこで、美紀ちゃんの腕の見せ所かな。そのまんまの明るさで姫様を勇気付けてあげて。俺はさりげなく恋バナに誘導するから、美紀ちゃんもそれに合わせるの。その時に、遙の意図を打ち明けてもいいんじゃないかな。遙の意図については、最初に一度打ち明けてもいい。姫様は拒絶するだろうけど、心を開いたら、我に返って思い直すはずだよ。うちの姫様ってそういう人。単純なの。姫様の性格をよく知ってる俺がそばにいた方が誘導しやすいから、俺も女子会参加」
「なるほどな。お前ぇが本気で女子になるかと思ったら哀れで仕方なかったが、そういう意図なら納得が行く。……お前ぇ…確認だが、遙様を籠絡するために、料亭で女子会したんじゃねぇだろうな!?」
いきなりコワモテの顔で睨みつけられて、流石の俺もビビって、慌てて首を横に振った。
「濡れ衣だよっ!遙が食べ物に飢えてたし、練り切りやら玉露やら言うから料亭にしたのっ!牡丹鍋食べたいって言うしさ!」
「じゃあ、何で二回も行きやがった!?」
「一度目、真田幸村が欠席したから埋め合わせを女将に頼まれたのっ!!遙には、俺を絶対に男として意識しちゃダメだって釘さしたし、そしたら、遙が女子会だって言うから、本当にただの女子会だったの!」
「…偽りはなさそうだな。なら、いい」
ホッとすると嫌な汗が出ると共に、遙の涙と、涼風の件を思い出した。
痛くない腹をまた探られるくらいなら、遙が俺に抱きついて号泣した事は話した方が良さそうだ。
「ねぇねぇ、旦那。俺って男顔だけどさ、そんなに女子会似合う?ってか、美紀ちゃんに似てる?」
「ん?そうだな…。どうみても男にしか見えねぇが、美紀とお前ぇが話してると、似たもん同士で女の会話してるみいだぜ?確かに似てるな」
「そっか…。じゃあ、隠してた事、あるんだけど、絶対怒らないって約束してくれる?」
「内容によっては怒るだろうな」
「うっ……」
「何でもいいから、大事な話ならさっさと話せ!」
「分かった、分かったから!あのね…俺、無神経に遙の恋バナ聞いちゃって、そうしたら、遙は政宗殿を思い出して泣き出しちゃったんだ。…強がって、我慢してたけど、見てらんなくてさ。美紀ちゃんの胸でしか泣かないって決めてたのに、何でこんなに美紀ちゃんと似てるの!?って俺をなじりながら、遙は俺に抱きついて号泣したんだよね…。つい俺も遙が可哀想で抱き締めて慰めちゃったんだよね。ゴメンっ!!でも、襲うつもりなんてこれっぽっちもなかったからね!あくまで、美紀ちゃんの代わり!!お願い、許して!!」
その時の事だった。
襖がスパーンと開いて、政宗殿が俺を睨み付けていた。
「遙と抱き合っていい男は、俺だけだっ!!猿飛っ!!てめぇ!!」
うわぁあ!!
刀に手をかけてる!
これじゃあ、遙を温泉に入れてその時にキスしたのは、墓場まで持って行かなきゃ!!
こ、殺される!!
「政宗っ!!しょうがないじゃん!!遙は、佐助を私だと思って抱きついたんだよ!?約束したじゃん!泣きたい時に胸を貸すって!!佐助はね、遙には私に見えちゃったくらい、淋しかったし、全然男として意識されなかった佐助の方がよっぽど可哀想だよっ!」
……ゴメン、刀でザックリやられるくらい、今、傷付いた。
よっぽど可哀想、よっぽど可哀想、よっぽど可哀想…
頭の中でその言葉がぐるぐる回っていると、政宗殿は表情を和らげ、そして哀れみに満ちた目で俺を見つめた。
「猿飛、つくづくお前って不憫だな…。美紀の代わりなら仕方ねぇな。分かった。遙を看てくる」
政宗殿は静かに襖を閉めた。
その間、右目の旦那は、笑いをずっと堪えていた。
ますます情けなくなって行って…。
でも、一途に遙に愛情を注げる政宗殿がとても羨ましかった。
でも、俺には裏の顔があるから、大切な人は作れない…。
あんな風に愛情を注いであげられない……。
「なぁに、しけた顔してんの!」
軽く額を小突かれて顔を上げると、満面の笑みの美紀の顔がすぐそばにあった。
遙が桜の花なら、美紀はヒマワリだ。
顔は中の上だけど、くるくる変わる表情が愛嬌たっぷりだ。
「佐助は余裕ぶっかましているのが似合うの!姫様丸め込み作戦頑張ろうね!ファイト!」
拳を挙げて朗らかに笑う美紀の姿に、俺は何故だか救われた。
気分も明るくなって行く。
今思い返せば、遙への狂おしいほどの恋心と愛情で決壊しそうだった湖に、ヒマワリの花びらがひらり舞い落ちてさざ波を立てた瞬間だった。
「うん、そうだね!頑張ろうね!」
軽く手を挙げると、美紀はハイタッチをした。
その手は、とても温かかった…。
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