運命の恋人達

浅い眠りの中、ぼんやりと隣の部屋の話し声が、霞がかった意識の中で聞こえてきた。
心地よい微睡みの中で、確実に感じられるのは、ゆっくりと髪を梳いてくれる、政宗の手の感触だった。
このまま眠りたい欲求と、政宗に甘えてしまいたい欲求で、私は目を閉じたまま、完全に落ちそうになる意識を何とか繋ぎ止めていた。

「遙、眠たかったら、寝ちまえ。俺は、ずっとそばにいてやるから」
「うん…。髪の毛撫でられるの、気持ちいい…。これからは、ずっと一緒?」
「ああ、ずっと一緒だ」
「もう、怖い事、ない?」
「俺が守ってやるから心配すんな。病気の事は、美紀に任せればいい」
「早く、キスマーク消えないかな…。見たらまだ思い出すの…」
「身体が良くなる頃には消えてるはずだ。もう心配すんな。お前がどんな姿になっても、俺はお前を愛してる。お前が心に傷を負ってるなら、お前の傷が治るまで、何度でも愛してるって囁いてやる」

優しい顔でそんな事を言われたら、無性に政宗に抱きつきたくなって、私は身体を起こそうとした。
政宗は、いつの間にか、袴と小袖姿に着替えていた。
身体を起こそうとしても、身体がだるくて起きられない。

「どうした、遙?」
「政宗に抱き締めて欲しいの。でも、身体がだるくて起きられないの…」
「後でいくらでも抱き締めてやるから、とにかく今は身体を休めろ」
「うん…。でも、今がいいな」

まるで駄々をこねる子供のようにねだると、政宗はフッと笑い、私を抱き起こして、ギュッと抱き締めてくれた。
私も政宗の背中に腕を回して政宗を抱き締めた。
こうして抱き合うと、7年前の記憶が蘇る。
飽きる事なく、抱き合って、優しいキスを交わしていたあの一夏の恋を…。
でも、私達は、もう別れに怯えなくていい。
それがとても嬉しかった。

「遙、とりあえず、白衣の上着を脱いで、物騒な銃を仕舞え」
「あ、そういえば、私、あのまま倒れたんだった。でも、身体がだるいな…」
「じゃあ、俺が脱がせてやるから、おとなしくしてろ」

政宗は、器用に片腕で私を抱くと、銃を抜き取り、白衣を脱がせた。
政宗は、切なそうに私を見つめ、そしてまた抱き締めた。

「真田の野郎、腕にまでこんなにキスマークをつけやがって!それに、お前、こんなにやつれちまって…。美紀に渡された薬がある。飲めそうか?」

私は、政宗から薬を受け取り、湯冷ましの入った湯飲みを持ったけれど、その手がかたかたと震えてしまう。
相当疲れているんだと、私は改めて気付いた。
政宗は、すぐに湯飲みを私の手から受け取った。

「とりあえず、薬を口の中に入れろ。口移しで飲ませてやるから」
「ちょっと恥ずかしいよ…」
「でも、これを飲まないと治らねぇんだろ?ほら、とにかく薬を口の中に入れろ」

私は、口移しでなんて薬を飲んだ事なんてなくて、恥ずかしさで頬に血が上っていくのが分かった。
でも、政宗が少し厳しい顔をしているから、私は美紀が処方した錠剤を口に入れた。
すぐに、政宗は、湯飲みから湯冷ましを口に含み、私を抱き締めて、口移しで湯冷ましを飲ませた。
それを何度か繰り返して、すっかり薬を飲んだのに、政宗は、キスを繰り返して、軽く舌を優しく吸われているうちに、気持ちよくてたまらなくなって、政宗の腕にすっかり身体を預けた。
政宗は、キスをしながら、私に覆いかぶさるように、また私の身体を布団の上に横たえた。

「ずっと隠していやがって。医者の不養生ってのはお前の事だな」
「ごめんなさい…。でも、甲斐の人達を見捨てられなかったし、幸村の事で取り乱してたから、薬まで考えられなかったの…」
「そうか…。あの復讐じゃ手ぬるいくれぇだな」

政宗は、厳しい目付きになって、拳を握りしめた。

「ねぇ、政宗。久々にいい夢を見たの。懐かしい、7年前の政宗との結婚式と、新婚旅行の夢だった。あの時見た花火、綺麗だったね」
「ああ、そうだったな…。あの時、俺は、お前の子が欲しくてたまらなかった。この世界に戻ってからも、お前のラブレターを読んで、何度も泣いた。俺にはお前しかいないって、ずっとずっと忘れられなかった。縁談騒ぎになって、諦めかけた事もあった。でも、お前の写真を見て、やっぱり会いたくて仕方なくて、縁談を拒み続けたら、気付いたら、7年も経ってた。お前、まだロケット持ってるか?」
「うん、持ってるよ」

私は、白衣のポケットから、ロケットを取り出した。
仕事中はアクセサリーはつけられなかったから、医局のバッグの中に、大切に仕舞っていた。
政宗は、相変わらず着物の下に隠すようにロケットを着けていた。
それが、私達を繋ぎ止めていた証のようで、何だか泣けてきそうになった。

「政宗、ごめんね。仕事柄、いつも身につけていられなくて」
「いや、構わねぇ。全然色褪せてねぇじゃねぇか。お前が大切にしてくれてた証だ。俺も、小十郎に一度だけ見せた事がある。小十郎は、それで縁談話をさりげなく断わってくれるようになった。それに、そのガーネットのピアス…。まだ着けていてくれて嬉しかった。前田慶次が教えてくれた。俺のピアスにそっくりだってな。だから、俺は甲斐の探索を続けたんだ。本当にお前に会えて泣けてきそうなほど嬉しかった。例え、お前があんなに傷付いた姿に変わり果てても。俺は、お前しか愛せない」

政宗の愛情が心の中に染み渡っていって、嬉しくて、切なくて、温かい涙が目尻から零れていくのが分かった。

「泣き虫遙だな。いくら泣いても構わねぇよ。それが嬉し涙だったら、いくらでも」

政宗は、親指で、そっと涙を拭ってくれて、また優しいキスをしてくれた。

「ねぇ、隣りの部屋から話し声が聞こえる…。何か美紀が興奮して、何か怒ってるみたいなんだけど」
「お前のやり方が手ぬるいって言ってるぜ。お前らしいと俺は思ったけどな。俺の一番大切な女をこんなに傷付けたんだ。あのバカ姫はとばっちりでも、真田幸村の目の前で傷付ける必要があったからな。でも、正直、真田幸村はあれじゃ反省しねぇな。お前にした事は万死に値する。小十郎が、姫をこちら側に引き入れて、美紀が猿飛とまた女子会するって言ってた」
「佐助が女子会…?ふふっ、佐助、よっぽど女子会が気に入ったんだね」

そこで、政宗は、少し拗ねたような表情になった。

「お前、猿飛に抱きついて泣いたらしいじゃねぇか。あいつ、一応男だぜ?お前が抱きついていいのは、俺だけだ」
「だって、佐助が恋バナするんだもん。政宗の事を思い出したら、泣きたくなって、佐助があんまりにも美紀に似てたから、抱きついて泣いちゃった…。ごめんね…」
「やっぱり美紀の代わりか…。それでも許せねぇな」

政宗は、厳しい顔をして、私の耳元で囁いた。

「お前にはお仕置きが必要だな」
「えっ!?やだっ!隣りの部屋に聞こえちゃう!」
「聞こえねぇよ」

政宗は、そのまま、私の唇を奪った。
時に優しく、時に深いキスに酔いしれて、政宗がようやく満足した頃には、私の息は上がっていた。

「お仕置きってキスの事?」
「今はな。とにかく眠れ。眠れないなら添い寝してやるから」
「ふふっ…。初めて政宗と出会った時のセリフだ…。後ろからギュッとして」
「ああ、分かった。お前こそ、同じセリフで誘いやがって。早く良くなれ。すぐにでも江戸に連れて帰りたい」
「うん…。でも、最低10日は安静かな」
「そうか…。美紀がいるから安心だな。あのバカ姫の事は、美紀が面倒を見る事になった。お前の事は、俺が守る。だから、安心して俺に甘えてろ」
「うん。ギュッとしてくれたら、眠るよ」
「分かった」

政宗は、私に添い寝をしてギュッと抱き締めてくれた。
あの頃を思い出して、切ないと同時に、もうこれからは、政宗を失う事はないと思ったら、幸せでたまらなくなって、私はいつの間にか眠ってしまった。



私達の会話の途中から、襖の向こうでは、美紀と佐助が襖のそばで盗み聞きをしていた。
佐助は、目に涙を浮かべて、「運命の恋人達だ」と感極まって呟き、美紀は、とても嬉しそうに笑って、「遙と政宗は、いつもあんな風に幸せな恋人達だったよ」と囁いて、佐助と小十郎を泣かせていた。
それは、また別のお話。


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