そして、意を決したように、遠慮がちに政宗に声をかけた。
「政宗様、遙様のご様子はいかがでしょうか?」
「さっき目を覚ましたが、また眠っている。何か用か?」
「はっ、今後の方針についてお話致したく」
「ああ、構わねぇ。お前も着替えて入って来い」
「はっ!」
小十郎が深々と頭を下げて私は焦った。
ここで着替えられたら鼻血が…じゃなくて、やっぱり異性の着替えを見るのは気が引ける。
「ねぇねぇ、佐助、隣りの部屋も空いてる?」
「空いてるよ。美紀ちゃん、女の子だもんね。そりゃ、遠慮するよね。右目の旦那はここで着替えて。本陣から着替えを持たせてあるからさ。はい、これ」
佐助は、障子を開けて、風呂敷包みを取ると、小十郎に手渡した。
「猿飛、気が利くな。政宗様は?」
「部屋の外に置いておくよう焔が申しつけたから、もう着替えているはずだよ」
「分かった、恩に着る」
「じゃあ、俺と美紀ちゃんは、隣りの部屋でお茶してくるねー。美紀ちゃん、行こう」
昔の部屋は、どうやら襖で部屋が区切られているらしく、佐助は政宗の部屋の反対側の襖を開けて、隣りの部屋に移動したので、私も後をついて行った。
「ねぇ、焔、そこにいるね?お茶菓子とお煎茶頼んでくれる?」
「承知」
私には全然分からない気配を佐助は読んで、さっきのイケメンにお茶を頼んでくれた。
ほどなくして、焔というイケメンが現れ、お茶菓子とお煎茶を置くと、部屋を出て行った。
「はぁ、焔ってイケメンだねぇ」
「イケメンねぇ。はぁ、俺だって男顔なのに、女子扱いされちゃってさ…。俺はそんなに女顔?」
「そんな事ないよっ!佐助もイケメンだし、声がめっちゃ私のツボ!目ぇ閉じて聞いたら溶けるよっ!」
「そ、そうなの?良かったー。遙にあんまりにも女扱いされるからヘコんでたの。俺にも責任はあるんだけどさ。絶対俺を男として意識しちゃダメだって言い聞かせてたせいかな」
「あはは!そんな事言わなくても、遙は政宗一筋だから、絶対大丈夫なのに。それにしても、女子扱いとは佐助も哀れだねー。こんなにイケメンなのにさ」
「イケメン、イケメン、連呼しなくていいから。美紀ちゃんって、面食いなんだねー」
私は慶太郎の顔を思い出して、また胸の中がムカついた。
「そうでもないよ。私の元旦那は、普通だったし。イケメンは、逆に近寄り難いって言うか…。何か、私には分不相応だと思って避けちゃうんだよね…。遙みたいに美人だったら、もう少し自分に自信が持てるのかなって思った事もあったよ…」
「そう?十分可愛いんじゃないかな?確かに遙は本当に綺麗だけどね。ああ、遙はそれだけじゃないか…」
佐助は、何だか遠い目をして、哀しげに笑った。
何だかとても意味深なその笑顔に、何だか私もセンチメンタルな気持ちになった。
遠い昔の記憶の中の、政宗と遙を見ていた自分の心境と重なる…。
「そうなんだよね。遙って一途でさ、か弱そうなのに、努力家だし、芯が強くて、政宗に愛されるべくして愛されたんだなぁって思った事もあったよ…」
「そうなんだ…。あの二人を見てるとそう思うよね。でも、美紀ちゃんも結婚したんだよね?旦那さんの事、愛してなかったの?」
私は慶太郎の事を思い出して、何だか切ないような、寂しいような、複雑な気持ちになった。
「私…もしかしたら、愛って何なのかよく分からないのかも知れない…」
そう呟くと、佐助は驚いたように目を瞠った。
「愛してないのに結婚したの!?」
「愛だったのかなぁって時々疑問に思うんだ。大学時代に知り合って、向こうから告白されて、何だか流されたように付き合っちゃったんだ。こんな私でも、好きになってくれる人がいるんだって。それが嬉しくて付き合ったんだけど、何か友達付き合いの延長みたいでさ、別れるきっかけもなかったから、そのまま結婚しちゃった。だから、悪いのは私かもね。遙が政宗を愛するみたいには、彼を愛せなかったから」
こんな事、遙にも話した事がないのに、何故か佐助には話してしまった。
佐助がセンチメンタルな表情を浮かべていたから、その雰囲気に呑まれたのかも知れない。
そう、遙みたいな恋愛が出来なかったから、浮気されちゃったんだ…。
「はぁ…。遙と政宗の恋愛は、本当に私の憧れだったよ。二人の笑顔が眩しくてさ。二人が喧嘩しちゃった時、仲直りさせたいって本気で思って手助けしたんだ。ここだけの話ね、その時、政宗とデートしたの」
政宗とのデートを思い出すと、何だか胸の奥が甘酸っぱい気持ちになって行った。
政宗は遙しか愛せないのに、一緒に買い物をして、とても楽しかった。
政宗なりの優しさで、泣いてる私を慰めてくれたんだった。
「デートって逢瀬の事?」
「別に何かが起こるとかそんなんじゃないけど、二人きりで男女が出かけたら、デートって言うかな」
「そうなんだ!じゃあ、俺、遙と二回デートした事になるのかぁ…」
佐助は、また遠い目をして、優しい思い出を懐かしむような、どこか哀しそうな表情を浮かべた。
私は私で、政宗とのデートを思い出していた。
「ねぇねぇ、政宗殿とのデートって?あの人、たらしで有名だったから、何かあったんじゃないの?」
「何にもなかったよ。頭は小突くし、遙の指輪を選ぶのに私の指を使うしさ。私と遙、指のサイズ、同じなの。今は多分違うけど。ピアノの弾きすぎで指の節が太くなっちゃったから」
「ええ!?意外!ピアノって?」
「楽器の事だよ。西洋の楽器でね、私のストレス発散。あとは、キックボクシングが憂さ晴らしだったかなぁ」
「キックボクシング?」
「格闘技だよ。ちょっとお館様と幸村の殴り合いみたいな」
「ええっ!?そんな事まで嗜んでるの!?やっぱ、遙も美紀ちゃんも化け物級だ…」
「遙の射撃ほどじゃないけどね。遙は私から見ても化け物級だよ」
「そっか。なら良かったー。遙は、本当に大名の姫様級の教養人だろ?医者としての腕前も一流。射撃もびっくりだったよ。美紀ちゃんの医術もすごかったけどね!」
「ありがと。医学は頑張ったよー。だから、離婚したんだけどさ…」
そう言うと、佐助はしまったというような表情を浮かべて、またにこにこと笑った。
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