Eve -1-

ずっと、ずっと会いたかった。
夢の中でもいいから、会いたいと願っていた。
その望みはようやく叶えられた。
やっと温かな腕の中に抱き締められ、懐かしい香りと温もりに包まれて、幸せだった。
やっぱり政宗と離れたくないと強く願うと、願いは涙となって零れ落ちた。

それでも…。
やはり夢はいつも唐突に終わってしまうものらしい。

『やっと、見つけた…。ターゲット、捕捉。目標ごと、移送する』

あの空間に声が響くと、政宗の腕はかき消え、地面の底が抜けたかのように、私は奈落の底へと落ちて行った。
それが数秒だったのか数十秒だったのか定かではない。
気が付くと、真っ暗な空間の中に私は倒れ伏していた。
ようやく身体を起こしてみても、何も見えず、私は立ち上がる事が出来ずに、その場にぺたりと座り込んだ。
身体は痛くないけれど、頭がくらくらする。
そろそろ目覚めの時だろうか。

政宗との夢の中での逢瀬はいつも唐突な別れを伴う。
例えば、抱き締められそうになったり、キスを交わそうとしたりする瞬間、一気に意識が浮上し、目が覚めてしまうのだ。
まるで、夢が政宗の姿をはっきりと映す事を拒んでいるようだ、と思った事もあった。

でも、さっきの別れは違う。
いつも、別れは私の目覚めを意味していた。
政宗の腕の中から消えてしまった私が、こうして目覚める訳でもなく、まだ夢の中にいる事なんて初めてだった。
いや、ああして、政宗の姿をはっきりと見て、触れ合った事も初めてだった。
ここは、夢とは異質なような予感がする。
しかし、現実ともかけ離れた場所のようだ。
こんなに意識が冴え渡っているのに、夢から覚める気配もない。
不安になって、周囲を見回していると、突然、テレビのノイズのような光が目の前に広がり、そして、100インチほどの画面が目の前に広がった。
白い画面が、真っ暗な空間の中でやけに明るく光っている。
すると、画面が切り替わり、テレビの中にCGの若い男性が映し出された。
男性は私を真っ直ぐ見つめる。

「如月遙だね」

CGにこんな風に話しかけられた事はない。
やけに風変わりな夢だ。
でも、五感が妙にリアルで、まるで夢ではないようで、内心怯える。
私は恐る恐る頷いた。

「ずっと、君を探していたよ」
「え…?探してたってどういう事?政宗はどこに消えたの?貴方は誰?」

CGと話すなんて馬鹿げてる、と思う自分もいたけれど、この人と話さない事にはこの空間から抜けられないのだと本能が告げていた。
CGは、おかしそうにフッと笑った。

「一度に全部は答えられないよ。でも、僕はそれらを説明するために、ここに現れた。いや、君を呼び出したと言った方がいいか…」
「私を呼び出した…?」

と言う事は、さっきの政宗との逢瀬を阻んだのは、この男性という事になる。
せっかくいい夢を見ていたのに、と思うと恨めしくて、私は男性をキッと睨んだ。
それに、もしあれが夢でなかったのならば、私はもう一度政宗と会えたかも知れない。
二人ずっと、今度こそ離れる事なく一緒にいられたかも知れない。
そう思うと、怒りが込み上げる。

「そんなに怖い顔しないでよ」
「何故、邪魔をしたの!?せっかく会えたのに!!」

CGの男性は少し驚いたように私を見つめた後、溜め息を吐いた。

「やれやれ。君達は本当に頑固だ。そして、2人とも想いがとても強い。世界の理を変えるほどに。その想いが罪だと言うのに、君達はきっと捨てる事が出来ないのだろう。厄介な事だ」

『君達』というのが、私と政宗を指している事に気付くのにそう時間はかからなかった。
そして、2人の想いというのが私達の愛だという事も。

では、世界の理を変えるというのは?
何故、罪だと言われなければならないの?

「ずっと好きでいる事をそんなに責められる覚えはありません」

住む世界が違っても、少なくともこの愛だけは尊く、奇跡に等しいものだと私は信じていた。

「いいや、君達は出会ってはいけなかったんだ。恋に落ちてしまうのなら、決して出会ってはいけなかった。まず、君の質問の一つに答えよう。僕が誰かなのか、という事に。僕は…君の住む世界をプログラムした人間だ。…君は、ゲームの中の人間なんだよ、如月遙…」

私が、ゲームの中の人間…?
何の冗談だろう。
たちの悪い夢だ。

政宗と出会っていなければ、私はそう思い、早く目覚める事を願っただろう。
でも、私は政宗と出会った。
ゲームの世界から来た彼に。
私がゲームの世界の人間でないと誰が言えるだろう?

でも…。
私が、ゲームの中の人間なら、政宗はさらにその中のゲームの世界の人間という事になる。

「政宗は、ゲームの中の、更にゲームの中の人間という事?」

そう尋ねるとプログラマーは、少し思案した後に頷いた。

「この世界のある一面を説明するとそういう事になる。でも、それで全てを説明した事にはならない。事態はもっと複雑なんだ」

まるで、ロシアのマトリョーシカ人形のような入れ子状の成り立ちの関係ですら十分複雑なのに、まだこれ以上何かあるというのか。
でも、それこそが、私と政宗の愛が罪と呼ばれる原因のような気がして、私は彼の説明を待つ事にした。

「君が理性的な人間で助かる。もっと取り乱すと思っていたから」

自分がゲームの中の人間だと言われてしまったら、今までの人生が否定されてしまうものだと思っていた。
しかし、衝撃を受けるよりむしろ、私は何となく納得した。

私は政宗を見ていたから。
作られた世界の人間なのに、あんなに生き生きと輝いていた政宗を、私を愛してくれた政宗を見ていたから。
ゲームの世界の人間という事が、その人間性や存在を否定するものではないと、そう感じていたから。
むしろ、私もゲームの世界に住むからこそ、政宗と接点が生まれたのかも知れない、と思えた。

「疑問はいくらでもあるよ。この世の全ては、原子で成り立っていて、バイナリーで成り立っているとは思えない、とか色々。じゃあ、何故バイナリーで成り立った世界の政宗と接点が生まれたかって疑問も出てくる」

ゲームの世界はデジタル。
つまり、零と一で全てを表す事が出来るバイナリーの世界。

「原子もそれを構成する素粒子もバイナリーで表す事は可能さ。まだそれが発見されていないと言われれば、君は反論出来ないだろう?」

宇宙論物理学の世界では、この世の成り立ちを説明するために様々な研究が行われている。
物質を構成するのが原子なら、原子を構成するのは、陽子、中性子、電子。
最近は、それらを構成するのが素粒子であるという研究が行われている。
じゃあ、その先は…?
全てを分解したら、結局、零と一で表される世界なのかもしれない、と納得する自分もいる。
しかし、問題はそこではない。

何故、罪と言われなければならないのか、という事だ。

「宇宙論の事は今は置いておこうよ。私が聞きたいのは、何故、私と政宗が愛し合った事が罪と呼ばれなければならないのか、って事だよ。お互いにゲームの世界の人間なら構わないでしょう?」
「君達が互いに消えてしまってもプログラムに影響を与えないデータだったならば、そうだっただろう」

互いに消える…。
私ならともかく、政宗が歴史上から消えるという事は考えられない。
ただ、日本史の教科書を思い出してみる。
伊達政宗という名前が消えても、歴史の大きな流れには関係がなさそうだった。
それならば、政宗が、歴史から消えても問題はなさそうだ。

「確かに、政宗様が仙台に与えた影響は大きいと思う。だけど、他の誰かにとって代わられても、歴史の大きな流れには関係ないんじゃないの?こんな事、政宗様に失礼だから言いたくはないけれど。豊臣の世の後に徳川の世が来て、やっぱり鎖国して、そして、開国を迫られて、現代に繋がっていくんじゃないの?」
「待った。君が話してるのは、あくまで、『君の世界』の歴史だろう?君の世界ではそれは正しい。でも、僕の世界では違う」
「貴方の世界?」
「そう」

頷くと、プログラマーは言葉を少し切り、そして重々しい言葉で告げた。

「君は、僕が、より上位の世界で君の世界をプログラミングしたと思っているだろうけど、そうじゃないんだ…。僕の世界は、BASARAの政宗が生きている時代の未来の世界だ。つまり、君が政宗というキャラで天下統一をした事によって、生まれた世界に生きているんだ。君の世界の創造主は僕。でも、僕の世界の創造主は君なんだ」
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