にわかにそう言われても実感がわかない。
でも…。
別れる数日前、私と政宗は約束をした。
一緒に天下を取ると。
政宗の天下分け目の戦に私が手助けをして、その事によって歴史の流れが変わり、そして、新しい歴史の流れが生まれたというのなら、その意味では、私は創造主と言えるのかも知れない。
しかし、実際にゲームを作った訳ではないという点において、やはり私は創造主ではない。
「私は実際にプログラミングをしていない。プロデュースもしていない。ただ、ゲームをクリアして、エンディングを迎えただけ。それでも、私が貴方の世界の創造主だと言うの?政宗天下統一のエンディングを迎えた人なんて、この世界に何万人もいるのに」
そう反論すると、プログラマーはゆっくりと首を縦に振った。
「確かに似たようなエンディングを迎えた人はたくさんいただろう。でも、決定的に違う事がある…。君の胸元に揺れているロケット…。それと対の物を身に付けた政宗の姿を、君はゲームの中で見たんじゃないかな?」
私はハッと息を呑み、胸元のロケットを握り締めた。
忘れもしない。
数年前のあの日、天下統一モードで政宗をクリアした後…。
政宗の第弐衣裳の胸元には私と対のロケットが揺れていた。
このロケットは一点物だ。
BASARAの世界で標準装備の筈がない。
「それが普通の事ではない事くらい、君も知ってるよね。それだけじゃない。政宗が君に与えた懐刀もまだ君の部屋にあるだろう?それが2つの世界が未だに相互に関係していて、また、君のクリアしたゲームは他の人のゲームとは違うという証拠だ。プレイする人間の数だけ、世界が存在している、と言ってもいいだろう」
そう言うと、彼は言葉を切り、深い溜め息を吐いた。
「僕の世界と君の世界は、元来互いに不干渉でなければいけない。そうすれば、例え僕が君の世界を作り、君が僕の世界を作った原因だったとしても、この袋小路のような世界に何も問題は起こらなかったんだ。でも、何らかの原因でバグが発生し、君と政宗は出会ってしまった。小さなバグだったかも知れないけど、でも、バグの影響がこんなにも大きくなってしまった」
「政宗は、元の世界に帰ってしまった。私の手元に、政宗の服や懐刀があっても、私はもう政宗と一緒に人生を歩んで行く訳じゃない。貴方の言うように、今の私達は互いに不干渉なんじゃないの?私は、ただ夢でもいいから政宗に会いたい。ただそれだけなのに…」
確かに、政宗と私は本来出会う筈はなかったのに出会ってしまった。
互いの心に2人の愛を刻みつけて、2人の人生観や価値観は変わったかも知れない。
でも、結局、政宗は自分の世界に戻る事になり、私も、本来送るはずだった人生と言う名のレールの上を再び走り出した。
互いに別の人生を歩み、交わる事はもうない。
そういう意味では、私達の世界は相互に不干渉な状態に戻って久しい。
何も問題なんてないはずだった。
私達の恋が罪だったと言われる筋合いはない。
「君の言い分は半分正しい。確かに、君自身は政宗との過去を乗り越えつつある。本来の人生に戻って行ってる。問題は、君じゃない。政宗なんだ」
「え?政宗が…?」
「ああ。君の役目は、政宗で天下統一した時に終わっている。それが、僕の世界の流れを決定付けた出来事だから。僕の知る歴史は近代が終わるまで、代々伊達家が天下を治めている。そして、問題なのが…。君と恋に落ちたせいで、政宗は本来娶るはずだった姫をなかなか娶らなくなってしまった。そのせいで、今、政宗の世界では、伊達の天下が危うくなってきている。伊達が天下を治めなければ、僕の生まれた時代はやって来ない。つまり…」
CGの瞳が、怯んだように揺れる。
「僕が生まれない事によって、君の世界が生まれない。君が生まれない事によって、僕の世界も生まれない。すなわち、二つの世界の崩壊を意味するんだ…」
世界の崩壊…。
そんなの信じられない。
「嘘…。だって、そもそもこの世界はビッグバンで始まって…」
「僕だって、そう思ってたさ。だけど、これが真実なんだ…。宇宙は我々の宇宙だけではなかった、って有名な言葉、君も聞いた事があるだろう?どこかに本当の宇宙があって、僕らの世界はそのコピーに過ぎないのかも知れない。でも、問題はそんな事じゃなくて、今、崩壊しつつある僕らの世界の事だ」
「証拠はあるの?世界が崩壊しつつあるなんて到底思えない」
最初はあまりにリアルな感覚に、これは夢ではないと思っていたけれど、今は、やはり夢なんじゃないかと思い始めている。
あまりに突飛だった。
「前兆はまだそんなにはっきりとは現れていない。でも、君も知っているはずだ。ある種の生物の異常発生。異常気象」
それなら思い当たる節がある。
でも、それは地球上の長い営みの中で起きる自然現象だ。
「それは地球の歴史上避けられない自然現象なんじゃないの?」
「一部はそう考えても差し支えない。でも、ある種の病原体のアウトブレイクは?生物の異常発生は?君もおかしいと思っていたんじゃないの?」
美紀との会話を思い出す。
最近、悪性新生物や、新たな病原体の蔓延がホットな話題だ。
今までの常識とは違う、何か新たな原因があるのではと、国際的な研究チームが発足した所だった。
地球温暖化に伴う異常現象は確かにあるけれど、他にも何か大きな力が働いているのでは、とぼんやりと思った事もあった。
「航海中の船や旅客機が忽然と姿を消す現象も、関係あるの?」
「世界の境界が曖昧になっている部分もある。次元の狭間か、または別の世界に消えてしまっているのさ。僕は、原因究明に乗り出して、そして、君達の事を突き止めた。僕の生きる世界は君達の世界よりももっと進んでいるんだよ。そこで、君にやってもらわなければならない事がある」
突然、彼は切り出した。
やってもらわなければならない事って、何…?
「何をすればいいの?」
私は、ただの駆け出しの医師だ。
ただこの世に生を受け、そして、何事もなく育ってきただけだ。
出来る事なんてたかが知れてる。
そう思うと不安で、ドキドキと心臓が嫌な音を立てる。
「その前に君に謝らなければならない事がある」
「え?」
こんな事に巻き込んだ事に対してだろうか。
でも、何か別の悪い予感がしていた。
「政宗は、君以外の女性に興味を示さなくなってしまったと言ってもいい状態だ。だから…僕は、君というデータをコピーして作った人間を政宗の下に送り込んだ事がある」
「私のコピー?」
「ああ。正確に言えば、その頃は技術力の関係で、データの一部をコピーしたに留まっている。…政宗は、拒絶したよ。一卵性双生児が、DNAに全く同じ塩基配列を持っていても個性が生まれるように、君のコピーは君の分身という訳にはいかなかったようだ。政宗は、ますます女性を拒絶するようになった」
私と似た外見の人間が政宗の目の前に現れた。
政宗は、きっとものすごく動揺したに違いない。
そんな女の人に言い寄られて…。
もし、私の目の前に政宗そっくりの人が現れて、そして、やはり政宗でないと思い知ったら、きっと私は傷付く。
面影を重ねて恋して、でもやっぱり彼でないと知ったら、後ろめたく、そして悲しい気持ちに囚われてしまうだろう。
「何で、そんな酷い事したの!?」
「だから、謝っている。政宗が彼女を受け入れれば、問題は回避出来たんだ。止むを得ない選択だった。彼を傷付けて、悪かったと思っている。だから…。コピーを送るのがダメだったら、本体を送ろうと考えたのさ。つまり、君自身が彼の世界に行き、そして、政宗と結ばれて欲しい。それが、君にやってもらいたい事だ」
「え…?」
それは、酷く魅力的な申し出だった。
政宗と同じ世界に生きられたら、と何度願った事だろう。
でも、2人を隔てる世界の壁を乗り越えられないとずっと思っていたから。
私は、諦めていた。
本当に、政宗と一緒に生きて行けるの…?
「本当にそんな事、出来るの?」
「やっと技術がそこまで追い付いた。いや、まだ十分じゃないけど。でも、君をBASARAの世界に送る所までの技術は確立した。ただし、精度にまだ問題があって、政宗の目の前に君を送り込める確率は45%程度だ。だから、君がこちらの世界に来てもすぐに政宗に会えず、苦労をする事になるかも知れない。それでも、やってもらわなければならない」
「でも、そうしたら、私の世界から私は消えてしまうの?私は家を継がなければならないんだよ?友達との思い出は?私の本体を送るってどういう事?」
政宗の世界に行けるというのはとても魅力的だったけど。
私は自分の世界に住む事にあまりに慣れていた。
戦国時代なんて想像もつかない。
もし政宗に会えなかったら、どうやって生活していけばいいか分からない。
それに、私には家族もいる。
あまり家族とは接点はないけれど、私の人格形成に大きな影響を与えている。
今は家族とは離れているけれど、いずれ家族の下に戻るつもりだった。
両親は私を大切に育ててくれた。
私には大切な友人もいる。
プログラマーは、悲しそうに溜め息を吐いた。
「君をここに呼んだのは、君を説得するためだけじゃないんだ。言わば、この空間は牢獄だ。君の世界から君の全データを切り取って、閉じ込めている。今までの試行錯誤で分かった事だけど、どうやら同一データを二つの世界に同時に存在させる事は出来ないみたいだ。だから、君がBASARAの世界に行くなら、君の世界からは君のデータは全て消さなきゃいけない。つまり、君は存在しなかったって事になる」
「そんな…!!まだ、言葉を交わしたい人達もいるのに!もう、私は存在しない事になってるの!?」
「早とちりしないでくれ。まだ消してはいない。君のデータをここに一時保存してる形だ。別れを言う時間くらいはあげられるよ。でも、そんなに待てない。この空間から、君の部屋に時空を繋げよう。身の回りの物で持って来たい物があれば取って来るといい。タイムリミットは夜明けだ。また君はあの扉からこの空間に戻って来なければならない」
真っ暗な空間に、白い扉が現れた。
淡い光を放っている。
「出来れば君の了解を得たい。やってくれるかい?」
彼はそう尋ねた。
私には…拒否権はなさそうだった。
私がずっと生きてきた世界から自分が消えてしまうという実感なんてわかない。
ただ、恐ろしい事だと思った。
自分の存在がなかった事になるなんて…。
かと言って、私は政宗に会う事を諦める事は出来なかった。
最後の瞬間、手が触れ合ったのに別れてしまった事を私は何度も悔やんだ。
もう一度出会えるなら、私は決して政宗を離しはしない。
「世界を守るためだなんて思ってない。私は自分のエゴのためにするだけ。それでもいい?」
「十分だ。その想いこそが君達2人を結びつけているのだから。君が戻るのを待ってる」
私は彼に促されて立ち上がり、そして、扉を開けた。
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