「政宗様、小十郎でございます」
「ああ、小十郎か。入れ」
「はっ!」
部屋に入ると、政宗様は遙様を後ろから抱き締めるように添い寝をしていた。
すやすやと眠る遙様を見つめる政宗様の隻眼はとても優しく、政宗様は本当に遙様の事を大切にしている事が窺えた。
「小十郎、どうした?真田幸村とあの姫の件についてか?」
「左様でございます」
すると政宗様は、そっと腕枕をしていた腕を抜き、身体を起こした。
「いえ、そのままで結構でございましたのに」
遙様は、小さな声で唸りながら寝返りをうち、そして目を覚ましてしまった。
「政宗…?」
「遙、悪ぃ。起こしちまったか。お前は横になったままでいい。気分はどうだ?」
「まだ胃が痛いけど、麻酔は抜けたみたい。何かすっきりしたよ」
「良かった」
政宗様は、遙様の髪をそっと撫でると、俺と向き合った。
「話し声は所々聞こえて来た。その報告に来たんだろ?あの姫の件について、お前ぇらが話していた事を報告しろ」
「しかし、遙様が…」
「私は大丈夫。むしろ、美紀を危険な目に合わせないか心配だから、私も聞きたい。姫様にも悪い事をしたし…」
「はぁ…あのバカを庇うなんて、お人好しにもほどがあるぞ、遙」
政宗様は、遙様の頭を軽く小突いて、それから、艶やかな髪を優しく優しく撫でた。
遙様は、本当にお優しい方だ。
こんなにやつれて、人の面倒なんて見きれないのに、ご友人の心配をなさり、あまつさえ、倒れた要因の一つである、あの姫まで庇うとは、いじらし過ぎる。
政宗様が、遙様に惹かれたのは、そういう遙様の優しさゆえかも知れない。
「武田の姫が、遙様を傷付けた事は、この小十郎、到底許せませんが、確かにとばっちりではあります。しかし、遙様が真田幸村から受けた仕打ちに比べたら、あの復讐はまだまだ手温いくらいです。真田幸村が反省するとは到底思えません。そこで、猿飛と美紀と共に策を練った次第でございます」
「小十郎も、何が起きてたか、知っちゃったんだね…」
遙様が少し涙目になって、俺は慌てたが、政宗様がすぐに遙様の手を握って、触れるだけの口付けをすると、遙様はすぐに表情を緩めた。
「遙、すまなかった。でも、これで、小十郎は強硬な手段を取れるようになった。お前の事は俺が守る。もう怖い事は何もないから心配すんな」
そう言いながら、政宗様が至極優しい手つきで遙様の髪をそっと撫で続けると、遙様はようやく安心したように、淡い笑みを浮かべて、俺もホッと安堵した。
流石に、あんな形で陵辱されたら、遙様があんなにもうなされた事も納得が行く。
それに、俺にも知られるのがどんなに辛かったかも…。
だから、俺は真田幸村が絶対に許せねぇ。
遙様と、政宗様の御為にも、絶対に真田幸村の根性を叩き直す。
「政宗様、美紀と猿飛で、今後の方針について話して参りました。姫はおそらく疱瘡を発症するとの事でございます。遙様、間違いございませんね?」
「うん…。疱瘡の粉塵を吸ってから4日以内なら、予防薬の効き目はまだあるんだけど、姫様は一週間以上経ってるから、症状は軽いかも知れないけど、疱瘡を発症する可能性は高い」
「なるほど、ならば好都合でございます」
政宗様は、訝し気に片眉を吊り上げた。
「好都合ってどういう事だ?早く江戸に帰って遙を休ませたいのに、あのバカ姫に関わってる暇なんてねぇ!」
「政宗様、お言葉ではございますが、この小十郎、真田幸村の不甲斐なさに腑が煮えくりかえる気持ちでございます。男女の機微も分からず、あまつさえ遙様の事を誤解し、根性もないくせに遙様をこのように傷付けるやり方だけは確実で、殺しても殺し足りないほどです!しかし、遙様がそれをお許しにはならないでしょうから、猿飛と美紀と共に、真田幸村の性根を叩き直す所存でございます。信玄公もそれをお望みです。それには、あの姫が必要です」
政宗様は、しばらく思案していて、やがて溜息を吐き、遙様の手を握った。
「遙、お前が江戸まで帰れる身体になるには、あとどれくらいだ?」
「少なくとも10日は欲しい所かな」
「そうか…。なら仕方ねぇな。ここから動けない以上、小十郎の好きなようにさせるか。小十郎、あのバカ姫を使うってどういう事だ?俺の唇を穢しやがって。今でも胸糞悪くて仕方ねぇ」
「政宗様のお気持ちはよく分かります。幼稚な仕返しで、政宗様と遙様を傷付けた、到底許せないやり方ではございましたが、政宗様の側室宣言で、今頃は落ち込んでいるでしょう。そして、疱瘡を発症すれば、遙様があの画像をお見せになったため、姫は必死になって助けを求めるはずです。その弱みにつけ込んで、まずは姫から丸め込みます」
「姫様から丸め込む…」
遙様は、思案顔で、ぽつりと呟いた。
「あの姫様は苦手だけど、姫様には可哀想な事をしたし、その上疱瘡を発症したらもっと可哀想…。やっぱり私が治療に当たるしかないのかな。美紀の免疫が出来るまで、まだ時間がかかるから」
「いえ、それには及びません。治療は猿飛の忍隊が行い、美紀は初めは10尺は距離を置いて傍観するとの事。免疫が出来たら本格的に治療に当たりながら、猿飛と共に、姫と真田幸村についての…恋バナ、ですか、それをしながら、遙様の意図もお話して姫を丸め込むつもりでございます。この小十郎は、政宗様と遙様の護衛の指揮を取ります」
「なるほどな。それなら遙が傷付く事はもうねぇな。分かった、好きにしろ」
「はっ!ではそのように二人に伝えて参ります」
「ああ、頼んだ。それから、しばらく遙と二人きりにさせてくれ。俺の唇の消毒だ」
真剣な目でそう言う政宗様は、よほどあの姫の口付けが衝撃だったのだろう。
俺だって、好きでもない女にあんな事をされたら怒り心頭で、胸糞悪くて消毒したくなる気持ちになる。
「承知。では、一旦下がります」
一礼をして障子を閉めると、すぐに遙様の甘えたような声が聞こえて来て、それがとても微笑ましく、また同時に、これ以上は聞いちゃならねぇと思って足早に猿飛の待つ部屋へと向かった。
猿飛の部屋に着くと、美紀と猿飛は、先ほどよりも打ち解けた様子で、茶を飲みながら談笑していた。
「猿飛、美紀、政宗様から許可を得て来た。打ち合わせ通りに、姫を丸め込め」
「了解!小十郎、姫様の疱瘡の発症、間もなくかも知れない。佐助に聞いたんだけど、遙が襲われてから、9日目だよね?遅くともあと数日で高熱が出るはず。そこから作戦開始だね。遙の治療も続けなきゃだけど、基本的に内視鏡以外は、遙は一人で出来るから大丈夫かな」
「そうか。お前ぇらの腕前に期待してるぜ」
「任せてよ、旦那。これでも、遙の手伝いを長くしてたから、治療は出来るつもり。美紀ちゃんの監督下だから余計に安心かな。流石に道具がないと治療出来ないもんね」
「あはは!そうだね!小十郎、頑張ってくるよ」
「ああ、頼んだ」
それから、俺はまた政宗様の護衛に戻って夜を明かした。
3日目に、美紀はまた内視鏡で遙様の胃の検査をして出血が止まったのを確認すると、重湯を申し付けた。
遙様は、ようやく重湯を受け付けて、俺もやっと安心をした。
痛々しかった、綺麗な首筋の痣も消えかかって来た。
政宗様も安心したご様子で、二人きりの時は、ずっと思い出話と、会えなかった時の出来事を、抱き合いながらしている様子だった。
このまま、何事もなくお二人には幸せになって欲しい。
そう切に願った。
そして…。
美紀が言った通りに、その晩に信玄公から知らせが入った。
ついに、あの姫が高熱を出したという知らせが…。
決戦の火蓋は切って落とされた。
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