作戦開始 -1-

高熱にうなされながら、私は夢とも現とも分からない夢を見ていた。

愛しい幸村と寄り添う夢。
幸村が背中を向けて去って行く夢。
幸村が…切腹をする夢。

幸村の血がぱっと周囲に飛び散った瞬間、私は悲鳴を上げて目を覚まして飛び起きた。
まだ、恐ろしさと悲しさで胸がどきどきとして苦しい。
視界は涙と熱で歪んで見えて、私はまたふらふらと布団の中に倒れこんだ。

ほんの一刻前まではあんなに元気だったのに、急にこんなに熱が出るなんて思いもしなかった。

…きっと、伊達政宗のせいだ…。
私を側室にして、離れに閉じ込めるなんて言うから…。
私は幸村と結ばれない。
会う事も出来ない。

ただ、私に屈辱を与えた、伊達政宗とあの女の幸せを風の噂に聞かされて、一生を終えてしまう。

そう思い悩んでいたから、こんな知恵熱が出たんだ…。

絶対、あの二人を許さないんだから!!

…でも、流石に父上も天下人には逆らえない。
私が伊達政宗に嫁ぐなんて言って、あの医者に仕返しをしたのがいけなかったの?
でも、あの女にはどうしても復讐したかった。

だって、遙は、伊達政宗にも愛されながら、幸村にも愛されたんだから…。
着物の上からでも分かる、あの綺麗な身体を…。
胸も大きかったし、腰は細くて、佐助のくノ一だってあんなに綺麗な顔と身体をした人なんて数少ないもの…。
幸村だって、そういう女の人の身体が好きなのかも知れない…。
父上だって、私よりあの女を大切にしてる…。

そう思うと、悲しくて悲しくて、また涙が溢れて来た。

「姫様、お気を確かに」

乳母が、私の手を握って励ましてくれたけど、元気なんてこれっぽっちも出なかった。

「全身が熱くてくらくらするの」
「姫様…」

乳母は、私の額に冷たい手ぬぐいを乗せてくれたけど、すぐに熱くなって、辛くてたまらない。

私はこのまま儚くなってしまうの?
それなら最期に幸村に会いたい…。

幸村を想いながら、何度も寝返りを打っていた時の事だった。

「姫様、俺だよ、佐助だよ。お館様に呼ばれて、姫様の様子を見るように、だってさ。入ってもいい?」

佐助…?
あの女の配下にいるじゃない!!
絶対、会うのなんて嫌っ!!

「帰ってよっ!佐助は遙と一緒にいればいいでしょっ!!」
「ふーん…。その高熱、疱瘡の初めに出るんだよね。姫様、疱瘡に罹っちゃったのに、俺を追い返していいんだ?遙の言う通り、死化粧も出来ないお顔になってもいいなら、俺、帰る。じゃあね」
「待って!!」

幸村に、あんな顔だけは見られたくないし、父上にだって見られたくない。

「佐助は、私を助けられるの?」
「姫様の運次第だけど、治ったら、ほぼ元のお顔になるよ。そもそも、予防接種から逃げ回っていた姫様が悪いんだよ?俺は、姫様の事、まだ可愛い妹みたいに思ってるし、お館様のご命令だからね。でも、姫様が嫌なら仕方ないよねー」

疱瘡があんなに恐ろしい病だなんて知らなかった…。
だから、父上も必死だったし、私を助けるように佐助に命令してる。
あの女の配下に完全に下った訳じゃないのかも…。

「佐助、助けて!あんな顔になるのだけは絶対に嫌!」
「分かったよ、姫様。じゃあ、入るね」

佐助は、くノ一数人を伴って私の部屋に入った。
そして、一番後ろに、遙と同じ衣装を着て覆面をした医者がいて、私はあの時の屈辱を思い出して、思わず床の間の花瓶をその女に投げつけた。

「姫様っ!!」

乳母が慌てて悲鳴を上げたけれど、佐助は花瓶を軽々と受け止めた。

「姫様、こんなおイタしたら、帰っちゃうよー?このお医者さんは、遙じゃないの。美紀ちゃんって言うんだ。遙は今、ここには来られないから、美紀ちゃんが代わりのお医者さん」
「姫様、よろしくねー。高熱辛いでしょ?丸薬みたいなお薬あげるから、それで少しは楽になると思うよ?丸薬みたいに苦くないし。ダメかな?」

遙みたいに冷たい声じゃなくて、美紀は何だか明るくて打ち解けたような声で、私は少し安心した。
よく見ると、目だって愛嬌があって優しい。

私は無言で頷いた。
すると、美紀はくノ一に目配せをして、薬を手渡すと、薬を受け取ったくノ一は、乳母に薬と水を手渡した。

「一日3回、毎食後、飲んでね。辛いと思うけど、頑張って食事もしてね。姫様の体力勝負だから。佐助から聞いたんだけど、姫様、幸村が好きなんだってね。幸村にまた会えるように、頑張らなきゃ。恋の力は何にも負けないんだからね!」

そう言って美紀は、拳を軽く挙げた。

そうだ…。
私は、綺麗な顔で、また幸村に会わなきゃいけないんだから。
頑張らなきゃ!

「うん、頑張る!頑張って食事もする!」
「そうそう、姫様、その調子!じゃあ、今晩はこのままお薬飲んで構わないから、明日から栄養たっぷりのお食事しようね!」

美紀は微笑むと佐助の肩をぽんと叩いた。

「佐助、さっきはサンキュ!」
「どういたしまして。美紀ちゃん、今日の所は帰ろっか?」
「うん。姫様、また様子を見にくるからね。政宗の権力なんかに負けちゃダメだよ?姫様は幸村と幸せにならなきゃいけないんだからね」

この人は…私の味方だ!
佐助だって、うんうんと頷いてる。
美紀と佐助は、私の味方なのかも知れない。
もっと美紀と幸村との事を話したい。

「ねぇ、美紀。もっと幸村の事、あなたと話したい。ダメ?」
「うーん、あと3日くらい待ってくれる?私、あんまり姫様に近付いたら疱瘡に罹っちゃうから。予防接種したばかりなんだ。でも、また必ずここに来るから、そうしたら、お菓子を食べながら、お茶しようね」
「うん」

美紀が疱瘡に罹ったらお話出来なくなるし、きっと代わりに遙が来る。
それだけは嫌だった。
もっとお話したいけど、3日くらい待てる。
美紀の目はにこにこと笑っていて、何だか親しみを感じた。

「姫様、じゃあね。明日、くノ一が姫様の熱を測りに来るけど、おとなしくしててね。何も怖いことないから。お薬を選ぶためだから、我慢出来る?」
「あなたの言う事なら信用する。また来てね?」
「もちろん!佐助、行こう?」
「そうだね。じゃあね、姫様!」

美紀は佐助と共に部屋を出て行った。
私はくノ一に熱を測られてから、薬を飲んで、美紀の言葉を噛み締めていた。

政宗様の権力になんか負けちゃダメ…。
恋の力は何にも負けない…。

私は絶対に、疱瘡に負けない!

そう思ったら、何だか身体も楽になって、そのまま私は眠ってしまった。


それから、2日間、美紀は私から距離を置きながら、また私を励ましてくれた。
口の中にできものが出来て、痛かったけれど、幸村の事を想いながら、私は頑張って食事もした。

明日は、美紀とお茶を飲みながらお話出来る…。
私は、それがとても楽しみになっていた。
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