初めて姫様に美紀を会わせるのは、とても心配だった。
何せ、美紀は遙と同じ格好をしているから、姫様は警戒して、口もきかないと思っていた。
案の定、出会ってすぐに花瓶を投げるし…。
本当、姫様らしいと言えば姫様らしいんだけど、美紀まで拒絶されたら、本当にお手上げだった。
でも、美紀の姫様の扱いは、本当にすごかった。
すぐに姫様の心を掴んで、仲良くなるんだから。
俺達は部屋に戻ると、焔にお茶を頼んで、またお茶菓子を食べながら、おしゃべりをした。
右目の旦那も、様子が気になるのか、俺達の部屋で待機していた。
「お前ぇら、首尾はどうだった?」
「旦那、美紀ちゃん、マジですごかったよ!!あの姫様を一発で丸め込んじゃうんだから。この調子で行けば、遙への誤解を解くのも時間の問題かな。後は、姫様が酷くならないうちに治ればいいんだけど…」
「佐助、医者が患者さんの心を掴むのは当たり前なんだよ?信頼関係がないと、治療は上手く行かないんだから。遙だってそうだったんじゃないの?」
「そう言われてみればそうだったなぁ…」
俺は、患者へ向ける、遙の優しい笑みを思い出していた。
快活な美紀とは違って、遙はとてもとても優しい目をしていて、膿に塗れた患者の手をそっと握って勇気付けていた。
菩薩が本当にいるとしたら、遙のような人だと思ったくらいに。
基本的に遙は物静かだけど、あの微笑みと忍耐強さと、俺達に対する指導も分かりやすくて、とても優しくて、俺も焔も遙に惹かれて行ったんだった。
それを思い出しながら、右目の旦那と美紀に話すと、二人は感嘆の吐息を漏らした。
「遙様、何とお優しい。あのように酷い疱瘡の患者の手を握って一人一人勇気付けて、あまつさえ、初めは敵だったお前ぇらを憎む事もなく、むしろ忍耐強く優しく接して、味方に引き入れるとは…!それも、疱瘡の免疫がまだ出来ないうちに、村を回るなんて、御身に危険が及ぶやも知れないのに…。この小十郎、感服の極みでございます!」
「遙らしいやり方だね。本当に遙はお人好しだし、医師としての心構えも一流だもんね。流石に末期の天然痘の患者さんの手を握って勇気付けるなんて、なかなか出来るもんじゃないよ?私だったら、ナースに任せるかな。いや、ナースだってそんな事、出来るか分からないくらいだよ。本当に、もっと自分の身体の心配をした方がいいのに…全く、遙ったら…」
「だから、俺達も遙を信頼したの。遙の手助けをしたいって。食事もしないし、仮眠しか取らないしさ。だから、料亭にも連れて行きたくなったんだよ」
「なるほどな。あのようなお身体になってしまわれたのは、そのせいか…。おいたわしいが、それで、敵地である甲斐で皆に慕われるようになった、遙様の人徳は誠、素晴らしい」
ひとしきり、遙の話をすると、次に俺は、美紀がどうやって姫様の心を掴んだか話をした。
「美紀、よくやった。政宗様の権力については、許せねぇ発言だが、あの姫にとっては心に響く言葉だな。姫の信頼がそれで得られたのなら、許す。あとは、治療をしながら、遙様の誤解を解いて来い」
「もちろんだよ。親友をそんな形で誤解されるなんて、私も嫌だし」
そんな話をしていると、政宗殿と遙が部屋に入って来た。
「姫様の様子、どうだった?美紀は傷付けられなかった?」
遙は、心配そうに俺を見つめた。
こんなに身体も心もぼろぼろなのに、姫様の様子まで気が回るなんて、相変わらず遙はお人好しだ。
また、遙への恋心が復活しそうになって、俺は、ぐっと堪えた。
「姫様の熱は40度。それなのに、美紀ちゃんに向かって花瓶を投げるしびっくりしたよ」
「え!?怪我しなかった?」
「俺がついてるのに、そんな事、させる訳ないだろ?もちろん、受け止めて、美紀ちゃんには怪我はなし」
「良かった…」
遙はホッとしたのか、またふらりと倒れそうになって、政宗殿が後ろから遙を抱き締めて、そして遙を横抱きにして座った。
「政宗、恥ずかしいよ」
「いいから、おとなしくしてろ。ったく、あのバカの心配なんて、お前はしなくていい」
「でも、疱瘡のせいで、姫様が幸村の愛情を失ったら可哀想だもの」
「そんなくらいで愛情を失うくらいだったら、真田幸村は、その程度の男ってだけだ」
「でも、疱瘡って辛いでしょう?政宗だって、辛かったでしょう?」
「まぁな。でも、あの姫にはいい薬だぜ」
「そんな事、言わないで。誰にも政宗みたいな辛い思い、これ以上して欲しくないもの」
「お前って奴は…どれだけ俺を喜ばせば気が済むんだ」
政宗殿は、遙の額にそっと口付けた。
ああ、やっぱり、俺、遙の事が好きだけど、この恋心は完全に封印しなきゃ。
だって、遙が政宗殿をどれだけ愛してるのか、ひしひしと伝わって来るから。
隣りに座ってる美紀は、気遣わし気に俺を見つめて、それから遙に視線を移した。
「遙、姫様には栄養たっぷりのお食事を申し付けたんだけど、天然痘の患者なんて診た事ないから、どうすればいいかな?対症療法しかないよね?」
遙は、厳しい目付きになって頷いた。
「予防接種が遅れたから、どこまで酷くなるか分からないけど、ある程度はワクチンが効くはず。口腔内の水泡が見られたら、内臓までやられてるはずだから、その時点で中心静脈栄養法に切り替え。あとは、運任せかな。二次感染が見られたら、点滴で抗生物質投与。それしか方法はないよ…」
「ああ、遙が取ってた方法ね。口腔内の水泡については、くノ一に観察させるよ」
「ありがとう。あと3日経ったら、美紀の免疫も出来るはず。そうしたら、美紀に観察は任せるよ。カルテに記録して、一緒に対策を練ろう」
「了解!んもう、天然痘の封じ込めなんて、遙の専門外なのに、本当によくやるよ…」
政宗殿は、驚いたように、目を瞠った。
「お前、専門外だったのか!?」
「うん…。だから、手探りだったよ」
「右目の娘の治療も専門外だったのか…。全く、お前には驚かされてばかりだぜ」
「ん?手術は私の専門だよ?だから、義眼を入れられたの」
美紀は、驚いたように息を呑んだ。
「ちょっと、その話、もっと詳しく教えて」
俺と遙は、交互に右目の子どもの話をした。
美紀は頷きながら、真剣に耳を傾けていた。
政宗殿も右目の旦那も、言葉を失い、驚いた様子で話を聞いていた。
「そうだったんだ…。遙も、もう、右手が震えなくなるね。それにしても、その子のタイミングもあって、遙の事件が防げなかったのも納得。遙なら、その子の事、絶対に見捨てられないからね」
「あの娘が飛び出して来た時は、俺も驚いた。でも、それで遙の身に何かが起きたんじゃないかって後で気付いた。あの戦闘中に気付いてたら、俺は、甲斐をすぐに攻め滅ぼしただろうな。許せねぇ事は確かだが、猿飛の機転が甲斐を救ったな。伊達軍にも疱瘡が広がって、江戸に飛び火する所だった。これもタイミングか…」
政宗殿は、本当に憂鬱そうに、溜息を吐いた。
「遙の事は、全部俺の責任なんだ…。どこかでまだ真田幸村を信じてたから、遙に警告出来なかった…」
「そりゃ、幸村は佐助の主だもん。仕方ないよ。それよりもさ、今後の事を考えよう?姫様と幸村が結婚までこぎつけないと、遙の身にまた何か起きるかも知れないし、姫様を早く丸め込まないとね!」
美紀はぽんぽんと俺の肩を叩き、朗らかに笑った。
あ、またヒマワリの笑顔だ。
俺、まだ遙の事が好きでたまらないのに、なんで美紀にこんなに癒されるんだろ…。
自分で自分の気持ちが分からないよ…。
「さぁ、佐助。もう夜も更けたから、遙を寝かさなきゃ。私達も寝よう?」
「そうだね」
「そうだな。俺も遙を寝かせて来る。じゃあな」
政宗殿は、遙を抱き上げて、自分達の部屋に消えて行った。
「ねぇねぇ、佐助。今日は一緒の部屋で寝よう?何か落ち着かなくてさ。天然痘の話をもっと詳しく聞きたいから」
「あのねぇ、俺は、一応、男!」
「別にいいじゃん。イケメンは、私には興味持たないから大丈夫!」
「そういう問題じゃないでしょ!?」
「いや、一人で寝るの、何か不安なんだよね…。一人でいたら、色々考えちゃって眠れそうにないんだ。天然痘の事とか、元旦那の事とか、自分の存在意義とか、私の未来の事とかさ…。護衛だと思ってさ、今日だけはお願い!」
手を合わせて頭を下げられたら、これ以上断れなかった。
「分かった、分かった。お布団は一つ?」
「二つに決まってるでしょっ!!」
俺は美紀の気分を変えようと冗談を言うと、美紀は俺のおでこにデコピンをしてすぐに突っ込んだ。
右目の旦那は、堪え切れないように笑った。
「好きにしろ。俺は、政宗様の護衛のために隣りの部屋で寝る。美紀、何かあったら、すぐに俺を呼べ」
「わ!小十郎もいたら余計に安心!嬉しいなー。佐助と恋バナしながら寝たら、余計な事、考えないで済みそう。という訳で、佐助、お布団よろしく!」
右目の旦那は、くすくす笑いながら部屋を出て行った。
それから、俺は、布団を敷き、天然痘と姫様の恋の顛末を話した。
そして、ふと美紀を見遣ると、小さな寝息を立てて眠っていた。
「恋バナしたいって言っといて、先に寝る事ないだろ?」
小さく頭を小突くと、美紀は唸りながら寝返りを打った。
予想以上に姫様の事で緊張していたのかも知れない。
そう思うと、何だかいじらしく思えて、そっとその髪を撫でた。
「君だけが頼りだよ、美紀ちゃん。姫様を幸せにしてあげてね」
しばらく、美紀の寝顔を見つめて、俺は、ぽつりと呟いた。
「中の上か…。寝てるとそうかもだけど、起きてると、本当に可愛いと思うんだよなぁ…」
小さく芽生え始めた気持ちに俺はまだ気付いていなかった。
それほどまでに、まだ遙が忘れられなかったし、裏の仕事の事が頭から離れなかった。
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