涙のキス -2-

「姫様、無理にお茶を飲まなくてもいいからね?」
「大丈夫。何か口が乾くから、少しなら飲みたいな」
「それだったら、いいよ」
「ありがとう。本当に貴女って優しいのね」
「そう?ありがとね」

姫様は、少しお茶を飲むと、また夢見るように話を再開した。

「ある日、幸村が久々に武田の屋敷に帰って来たって知ったの。幸村が遙に恋してるって聞いて悲しかったけど、幸村がまた武田の屋敷に帰って来た事の方が、私、嬉しかった。佐助のくノ一の警護も薄かったし、私、部屋を抜け出して、幸村に会いに行ったの」
「姫様、すごいね!お館様に怒られるかも知れなかったのに、恋のパワーはやっぱり一番強いね!」
「パワー?」
「うん、力って意味だよ」
「そっか、パワーっていうんだ。うん、幸村が帰って来たって聞いてから、パワーがみなぎってきたの。だから、乳母に泣きついて、幸村に会いに行っちゃった…」

そこで、姫様は、真っ赤に頬を染めた。

「私、決心してたの。政宗様に嫁ぐ前に、幸村に抱かれたいって」
「ええっ!?そんな事したら、政宗にバレちゃうんじゃないの?」
「うん…。でも、どうしても、初めては幸村じゃないと嫌だったの。幸村はもちろんダメだって言ったけど、私、無理矢理、幸村に迫ったの。そうしたら、幸村、私の…その…処女を守ったまま、抱いてくれた…。私、とっても幸せだった。そんなに幸せなのに、一晩じゃ嫌で、次の日も、幸村の所に行っちゃった…」
「そうなんだ…。そこで、両思いになったんだね。姫様、良かったね」
「うん…。でもね、次の日から父上の監視が厳しくなって、もう幸村に会えなくなっちゃった…」

また姫様は、しくしくと泣き出して、美紀は、勇気づけるように、姫様の手を握った。

「でも、姫様は強いね。会えなくなっても幸村を想い続けたんだから。予防接種から逃げ回ってたのはいけない事だけど、幸村のためだったんだね?」

姫様は、涙を流しながら頷いた。

「でも、あんな顔になるくらいだったら、予防接種を受ければ良かった…。幸村に嫌われちゃうもん」
「だから、栄養をたっぷりとって、治そうね?」
「うん…」

姫様は、熱で辛そうに眉を顰めながら、頷いた。

「姫様、ゴメンね。俺達、姫様の事が心配で、遙はあんな強硬手段に出たんだ。じゃなかったら、姫様はずっと予防接種から逃げ回ってただろ?」
「それは…そうだね…。私、何も知らなかったから…。遙があんなに脅したのは、私を助けるためだったの?」
「そうなんだよ。本当は、もっと早くに遙は姫様に予防接種をしたかったんだけど、旦那に酷い目に遭わされて、取り乱して出来なかったんだ。遙は、それを今でも悔やんでると思うよ?」
「幸村が…?でも、本当に遙は怖かったし、幸村に愛されたなんて言ったよ?」
「あれは、旦那への報復。旦那は、遙に本当に酷い事をしたんだ…」

俺は、あの時の事を思い出して、膝の上で拳を握り締めた。

「佐助がそんなに怒るなんて珍しいわ。幸村は何をしたの?」
「じゃあ、例え話をしようか。姫様は旦那の事が好きでたまらないよね?」
「うん」
「そこで、姫様は、監禁されて、声も出せないって事があったとする。もちろん、旦那は必死に姫様の事を探すよね?」
「うん、絶対に幸村は私を助けに来る」
「でもさ、姫様は声を出せないんだよ。しかも忍の妙薬を使われて、感じやすい身体になってる。そこで、旦那が必死に姫様の事を声の限りに叫んでるのを無理矢理聞かされながら、そうだね…伊達政宗に犯されたらどんな気持ち?」
「悲しくて悲しくて、たまらないよ」
「そこで、接吻の痕を身体中につけられたら、姫様は、旦那に会いに行ける?」

姫様は、少し思案して、首をぶんぶんと横に振った。

「そんなの絶対に無理!恥ずかしいし、悲しいし、そんな姿見られるのなんて絶対に嫌っ!死んだ方がマシよ!」
「その上、感じた声を、伊達政宗に聞かれて、嘲笑われたら、姫様は伊達政宗を絶対憎むよね?」
「うん!殺したくなるよ!例え負けるとしても」

俺は、怒りを含んだ声で、姫様に告げた。

「それが、真田幸村が遙にした事。必死に遙を呼ぶ政宗様の声を聞かせながら、遙を犯したんだ。だから、あんなに接吻の痕が付いてたし、遙はそれを見る度に、自分の身体が気持ち悪くて仕方なくて、命を絶とうとした。遙の気持ち、女の子だったら分かるよね?」

姫様は、唖然としたように口を開いた後、ぽろぽろと泣き出した。

「遙がそんな目に遭ってたのに、私、酷い事、言った。そんなの、幸村に愛されてない!幸村を殺しても殺し足りないくらい、憎くてたまらなくなる…!」
「遙は、あんな姿を政宗様に見せたくないって酷く取り乱して、泣いてはうなされて、政宗様のもとに戻ってもうなされてて、政宗様も辛い思いをしてた。でも、遙の願いで、政宗様は甲斐を滅ぼすのを思い留まっていたんだよ…」

姫様は、顔を覆って、声を上げて泣いた。

「幸村の馬鹿っ!!なんで、そんな酷い事をしたのっ!?遙が可哀想!!私だったら、絶対に復讐して殺してやるのにっ!!馬鹿っ!!馬鹿っ!!」
「だから、遙は真田幸村に復讐をしたんだ。真田幸村の目の前で、姫様を傷付けて、屈辱を味合わせるってね。でもね、遙は、決定的に人を傷付けられない。遙の銃の腕前、見ただろ?真田幸村を一発で殺すなんて、遙には赤子の手をひねるより簡単さ。でも、遙は、それをしなかった。姫様だって、真田幸村だって、全く怪我をしなかっただろ?予防接種だって出来ただろ?遙が来られなかったのは、遙の心がボロボロだったからなんだ…。姫様には可哀想な事をしたって悔やんでるはずだよ?」
「そんな…じゃあ、じゃあ、私が政宗様にした事は…」
「ああ、あれで遙はまた傷付いた。それで吐血しちゃって、遙はここに来られないんだ。少しは回復したけど、まだ真田幸村に怯えてる。その気持ち、分かるよね?」

姫様は頷き、またぽろぽろと涙を流した。

「私、何も知らなかった。遙を憎んでた。でも、遙は、もっと辛い目に遭ってたのに、私に予防接種してくれた。なのに、私、遙と政宗様に、本当に酷い事した…」
「姫様がそう思ってくれるなら、遙も政宗様も姫様の事をお許しになるさ。あの二人は優しくて、深い絆で結ばれてるから」

そう言うと、また胸の奥がつきんと痛んだ。
でも、俺は遙に想いを伝えられたから、もうそれでいいんだ…。

「でも、何で幸村は、そんな酷い事を遙にしたの?」
「それは、全部姫様の幸せのためだよ」
「何でっ!?そんな酷い事を遙にしても、私、全然幸せじゃないよっ!」
「もちろんそうさ。でもね、姫様が政宗様に嫁いでも、政宗様に姫様が愛されなかったら、姫様が不幸になるって真田幸村は思い込んでいたんだ。だから、政宗様に遙を諦めさせるように、遙を傷付ける事にしたんだ。俺と遙が料亭に行った事も誤解してね、遙が誰とでも寝る女だと思ってたし」
「あの二人を見ても、そんな風に思うなんて馬鹿げてる!本当に幸村の馬鹿っ!!馬鹿っ!!私の幸せは、幸村と祝言を挙げる事なのに!!」

姫様は、またぽろぽろと涙を流した。
俺は、その頭をよしよしと撫でた。

「姫様は、本当に真っ直ぐで、いい子だね。姫様のそういう所、俺、大好き。遙の誤解もこれで解けた?」

姫様は、涙を拭いながら、頷いた。

「遙の誤解が解けて、良かった…。佐助、姫様、ありがとね。じゃあ、恋バナに戻ろうか。政宗と遙の恋を話してあげる。それで、あの二人の絆が分かるよ。あれは、7年くらい前の話だったなぁ…」

美紀は懐かしむように、遙と政宗殿の、とてもとても幸せで、そして切ない恋の話を始めた。
姫様は、目を輝かせたり、二人が別れに怯えていた事にまた涙を流し、夢中になって聞いていた。
そして、二人の別れの所では、号泣をして、苦し気に胸を押さえていた。

「遙と政宗様の恋って、そんなに絆が深かったんだね。だから、政宗様は、縁談を断り続けていたんだ…。遙との再会を夢見て…。私と幸村なんかじゃ比べ物にならないよ…」
「姫様がそう思ってくれて嬉しいよ。あの二人は、世界で一番、幸せな恋をしてたよ。今でも…。だから、姫様も頑張って。私、応援してるから」
「美紀、ありがとう。遙の恋を話してくれてありがとう。私、遙と政宗様に謝りたい」
「遙がもう少し回復したらね。疱瘡の事は遙の方が詳しいから、きっと姫様の様子を見にくるよ」
「うん、分かった。私も頑張って幸村と幸せになるよ」
「姫様、その調子!じゃあ、これ以上は、姫様が疲れちゃうから、失礼するね」

美紀は、薬を乳母に渡すと俺と共に部屋を去って行った。
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