流石に、姫様の恋バナを聞いて、姫様の誤解を解くのは精神的に疲れた。
でも、姫様が素直な子で本当に助かった。
意気込んでいたせいで、余計に神経が張り詰めてて、ようやく解放されて、疲れがどっと出た。
「いつも明るい美紀ちゃんが、そんなに疲れてるのって珍しいね」
「そんな事、ないよ。私だって悩む事はあるし、精神的に参る事もあるよ。笑顔は演技の時もあるし。特に患者さんに弱みを見せる訳には行かないからね。だから、離婚…離縁の時は本当に辛かったなー。今でもあの騒動を思い出して嫌んなっちゃう。だから、一人で寝るのが嫌だったの」
「そっか…。そんな事情もあったんだね。俺と同じ部屋で寝たいなんて言うからびっくりしちゃった」
「ゴメンねー。流石に、異世界に来て、一人ぼっちだったら、淋しいし、余計な事を考えちゃうんだよ」
また溜息を吐くと、佐助はよしよしと私の頭を撫でてくれた。
こんなに疲れてる時に、そんなに優しくされたら、何だか泣けて来そうになって、私は佐助の手を押しとどめた。
「今は優しくしないでよ。珍しく疲れてるから、人恋しくなるでしょ?何か、元旦那の事も思い出すしさ」
「あ、ゴメン…」
佐助は、私の頭を撫でるのをやめて、私の隣りに横になった。
「ねぇ、美紀ちゃんは、本当は元旦那の事、好きだったんじゃない?」
「そうかなぁ。仕事で忙しくて、考える余裕もなかったかな。それに友達付き合いの延長だったし」
「それでも、浮気されて傷付いただろ?」
「浮気されたら、誰でも傷付くでしょ?あー、せっかく考えないようにしてたのにな」
あの時の怒りと絶望感を思い出すと、心が痛んで、大きな溜息が漏れた。
「大きな溜息!分かるな、その気持ち。俺も笑顔の仮面を着けてるからさ、陰でこっそり溜息吐いてるんだよね。特に裏の仕事をした後はさ、温泉に入って身体を清めながら、溜息吐いてる」
「そうなんだ…。佐助も苦労人だねぇ」
「それを言うならお互い様。美紀ちゃんのお陰で姫様の誤解も解けたしさ、少しリラックスして休めば?」
「そうだねー。でも、何か昼寝出来そうにないな。それくらい疲れた」
「整体してあげよっか?それとも温泉がいい?」
「温泉の後、整体!」
「あはは!美紀ちゃんは欲張りだねー。じゃあ、忍の里に行こうか?温泉あるし、そこで整体してあげる」
「マジで!?温泉なんて久しぶりだなー。ここにはピアノなんてないし、ストレスたまってるから」
「可哀想に…。じゃあ、早速行こうか?ねぇ、焔、今は紫苑が里の指揮取ってる?」
「左様でございます」
「じゃあ、人払いしてくれる?俺、凧に乗って部屋に戻るから」
「承知」
「え!?佐助の部屋に行くの!?」
「ん?だって、あそこが一番安全だから。遙にも釘を刺したんだけど、俺の事、絶対に男として意識しちゃダメだよ?」
「分かってる」
佐助は、まだ穢れの事を気にしてるんだ…。
佐助は穢れてなんかいないのに…。
むしろ、繊細で優しい。
だからこそ、傷付いてる。
出来ればその傷を癒してあげたい。
佐助が、部屋でリラックス出来るのなら、ついていくのもアリかも知れない。
やがて、凧が用意されると、私達は、佐助の部屋へと飛んでいった。
「紫苑、人払いは?」
「出来ております。ご帰還、お待ちしておりました」
「うん。紫苑、見張りよろしくね。誰も部屋に近付けないように」
佐助は、私に白い浴衣を差し出した。
「流石に女の子と一緒に入るのに、裸はキツいだろうからねー」
「えっ!?佐助も入るの!?」
「ん?俺の専用温泉だし。俺も久しぶりに温泉に入りたいの。ここの所、緊張ばかりだったからねー」
「交代で入ればいいじゃん」
「ダメ。美紀ちゃんとおしゃべりしながら入りたいの。温泉女子会だよ?」
「ん、もう!まぁ、女子会だったらいっか。浴衣着てるし。でもなー。ちょっと抵抗あるなぁ」
「だから、俺を男として意識しちゃダメだって。先に外で着替えて入ってて。俺も着替えてから入るから」
「はいはい、分かったよ」
私が着替えて先に白濁した温泉に浸かっていると、佐助は、浴衣に着替えていて、温泉に浸かった。
「はぁ…。温泉はやっぱりいいねー」
「そうだねー。気に入ってもらえて良かった!」
元旦那とも混浴なんてした事がないのに、何で私、こんな事をしてるんだろ…。
でも、佐助が何も気にした様子がないので、私もリラックス出来た。
私は何故か無性に元旦那の愚痴話がしたくなって、のぼせるまで、ずっと佐助に心の内を話していた。
佐助は、頷きながら、ずっと話を聞いていてくれた。
佐助は佐助で、遙への恋心について話していた。
佐助の恋は切なくて、泣けて来そうになった。
何で、佐助には弱みを見せられるんだろ…。
佐助も闇を抱えているから…?
笑顔の仮面を着けているから?
私は初めて心の澱を吐き出してすっきりとした。
温泉から上がると、浴衣に着替えて、佐助に整体をしてもらった。
「美紀ちゃん、遙ほどは凝ってないね」
「だって、部屋に待機が多かったもん。遙は激務だったでしょ?」
「そうだね。それでも肩と背中は凝ってるなー。やっぱり姫様の事で緊張してたんだね」
そう言いながら、佐助は全身を揉みほぐし、ばきばきと整体をしてくれた。
温泉の後の整体は、本当に気持ち良くて、極楽そのものだった。
整体が終わると、佐助は脱力したように、私の身体に覆いかぶさって、後ろから私を抱き締めた。
「佐助…?」
「ゴメン、もうちょっとこのまま抱き締めさせて…」
その声が弱々しくて、私は何故か憎まれ口を叩く事が出来なかった。
頬を何か温かい物が滑り落ちて行って、佐助の身体が少し小刻みに震えていて、私は佐助が声を殺して泣いている事を悟った。
やがて、佐助は私を仰向けにすると、濡れ髪のまま、私の唇に柔らかくキスをした。
唇を離すと、佐助の瞳は零れんばかりの涙で濡れていた。
「美紀、急にゴメンね。俺、今、すごく不安定。君を抱きたい」
そう囁くように佐助は言って、私の唇を奪い、柔らかく何度もキスをした。
その間、ずっと佐助は涙を流していて、涙のキスの香りがした。
私も数年振りの、それも、こんなに優しいキスに何だか泣けて来て、もつれ合うように抱き合いながら、柔らかなキスに応えた。
そのまま、なし崩しのように、私は佐助に抱かれた。
私を抱いている間も、佐助はずっと涙を流していて、私の名前を「美紀」と呼び、ゴメンねと謝っていた。
私もこんなに優しい愛撫は初めてで、小さな声で喘ぎながら、いつの間にか涙を流していた。
3年間の、辛い思い出が時折蘇り、でも、それが涙と共に洗い流されていくような気がした。
「俺、遙への想いを封印したはずなのに、何でこんなに苦しいんだろ。何で美紀にこんなに癒されるんだろ。君を利用して、ゴメンね。やっぱり、俺は、最低だ。こんなに穢れてるのに、君を抱くなんて…」
「私も最低だよ。淋しくてたまらなくて佐助に抱かれてる。そんなの、浮気した元旦那と同じだよ…。でも、何でだろ…。佐助が私を抱きたいならそれでも構わないって思うんだ。傷の舐め合いかも知れないけど、それでも佐助に抱かれてると何か安心するんだ…」
「美紀…。ありがとう。こんな俺を受け入れてくれて。今度こそ、遙を諦められそうな気がする。本当に傷の舐め合いだね。それでも君を抱きたいんだ。こうして繋がると、穢れが祓われる感じがする」
「佐助は、穢れてなんかないよ。穢れてる人がこんなに優しくなんか抱けないよ」
「美紀…」
私達は、涙を流しながら、身体を重ねて、何度も柔らかな涙のキスを繰り返し、そして、終わった後も、お互いに離れがたくて抱き合っていた。
「こんな形で君を抱いてゴメンね」
「ううん。何か私も救われたよ。例え傷の舐め合いでも。こんな年だから、身体だけを求める関係がある事だって分かってる」
「そんな風に言わないで。初めは身体の関係かも知れないけど、俺は君に癒されてるから。身体から始まる関係だと思って」
「佐助…」
佐助の髪をくしゃりと撫でると、佐助はまた深いキスをした。
「もう一度、君を抱かせて。今度は、君を想いながら抱きたいから」
私は曖昧に微笑んで、佐助にそのまま身を預けた。
何度も名前を呼ばれているうちに、もしかしたら、これが愛なのかも知れないと、そう思った。
情事が終わった後も、佐助は腕枕をしてくれたまま、私の髪をそっと撫でてくれていた。
「俺、この部屋で、女の子を抱くの、初めてなんだ。ここは俺の聖域で、こういう事は絶対しないのに…。何だろう…。君は俺の心の闇を知った上で、心の中にすっと入って来て、俺を癒してくれるんだ…。遙には感じた事のない、この気持ちは何だろう。とても温かくて、安心出来て、君が大切に思えるんだ…。これも、愛なのかな?」
「分からないけど…。少しずつ、お互いの心を開いて行こう?政宗と遙の恋だけが、愛情とは限らないよ?私は初めてイケメンに抱かれて役得かな」
そう言うと、佐助は初めて笑顔を見せた。
「美紀は面食いだね。でも、悪い気はしないな。君になら、俺は弱みを見せられるし、こうして抱きたくもなる。俺を男として見ちゃいけないって言うのは撤回だね。君に愛されたら、俺も本当の愛が分かるかも知れない」
佐助に、優しく優しく髪を撫でられているうちに、私は眠くなって、浅い眠りに就いた。
その微睡みの中で、佐助の優しい声が聞こえた。
「美紀…。君は本当に可愛くて、俺の癒しだよ。俺が陰の存在なら、君は俺の太陽だよ。希望の光なんだ。身体から始まっちゃった関係だけど、君を大切にしたい。そのままの君で、俺の闇を祓って…」
そして、佐助は、私の額と頬にキスの雨を降らせた。
そのキスが心地良くて、私もまた、心の中が温かくなっていった。
まだ愛なのか分からない。
でも、何かの始まりの予感がしていた…。
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